01
なんだ、あのトンデモ機体は。発想が常人のそれではない。とんだ化物だ。設計者の顔が見てみたいものだ、いやつい先ほど見たばかりか。
多くの人がごった返す食堂で黙々とランチをとっていたウィンターは、表面上は何食わぬ顔をしていたが、その実〈アサルト〉の異常さに混乱しっぱなしであった。
近接兵装への謎のこだわりなど、かわいいものだった。バーニアの推進力だけで機体を飛ばす、という発想がぶっとびすぎている。そもそもHFの利点とは、地から空へ、空から地へと、3次元的な動きを自在に行えることである。その犠牲として、重さと機体の重量バランスから、揚力による飛翔は不可能だとされているのだ。
――それを、飛ばすだと? バーニアで?
ありえない、と一蹴したくもなった。しかし、リナは悪意のある嘘だけはつかない。自信満々に説明してくれたのだ、おそらく飛ぶことは可能なのだろう、と思わざるをえない。
それ以上に、ウィンターには懸念事項があった。コクピットをさわらせてはくれるらしいものの、実際に機体を動かせるのは作戦決行時のみだというのだ。色々と試作段階のHFを乗りこなしてきたウィンターは、本来ならこの程度は気にならなかったが、今回は事情が違う。彼が今まで乗ってきたHFと、〈アサルト〉とでは、恐らく基本となる機体の動かし方からして別物だ。
そんなものを使ってぶっつけ本番で基地を襲撃しろとは、さすがのウィンターも無理があるという意見に同意せざるをえない。命令でなければ降りているところだ。いや、知り合いからの頼みという形でなければ、今頃脱走の手順を考えているかもしれない。
ともあれ、引き受けてしまったことは確かである。ならばやり遂げるのが軍人、と、仏頂面で食事をとりながら出発までの予定を考えていたときだった。
「あれ、ウィンターじゃない」
「……リナか」
彼女は声をかけながらウィンターの元までやってくると、当たり前のように向かいに腰掛けた。
「待て、食事を共にする許可を出した覚えはない」
「えぇー、いいでしょ知らない仲じゃないんだし」
抗議もむなしく、リナはニコニコしながら食事をとり始めた。いつものことだ。ウィンターが食事をしていると、彼女は勝手に相席してくるのである。どんなに混んでいようと、来るときは巧みに人混みをすり抜けてやってくる。
「人間食べないと死んじゃうし、基地の人数を考えたら、これくらいは混んでるうちに入らないって」
なぜこの人混みから毎回的確にこちらまで来るのか聞いたとき、リナは気楽そうに笑いながらこう言った。そういう問題ではないのだが、と返してやりたくなったが、それは飲み込んだ。
「……私から頼んでおいてなんだけど、やれそう?」
やれそう? というのは、今度の任務のことだろう。イレギュラーなことが多い分、失敗したりはしないかと、彼女も不安なのかもしれない。
「できるできないじゃない。やるのが俺の仕事だ」
「いや、それ真顔で汗だらだら流しながら言うことじゃないよね」
口では「やる」と言ったウィンターだったが、正直に言って課題が山積みであり、かなりの焦りを感じるほどであった。故に、滝のような汗が流れるのも仕方ないことである。ということを、一言でまとめた。
「仕事だからな」
「なにそれ」
大いに呆れられた。リナに呆れられると無性に腹が立ってくる気がする、と、ウィンターの思考は脱線しつつあった。
「……おい」
不意に、聞き覚えのない男の声が、ウィンターのすぐ近くで発せられた。そのトーン、雰囲気には心当たりがあり、ウィンターはため息をついた。
「俺になにか用か」
相手を見もしないで答える。どうせくだらない因縁をつけてくる輩だ、視界に収める価値がない。しかし、よりにもよってリナがいるときに来るとは。
「てめぇ、なんだってリナちゃんと親しげに話してやがる」
――ほぅ、今度はそうきたか。
新しいタイプだな、と少しばかり感心する。
「黙ってねぇで答えろよ、“ウィンター”さんよ」
男は、ことさら“ウィンター”を強調してきた。まるで、蔑んでいるかのような言い方である。
「……おい、だんまり決め込んでんじゃねぇぞ。俺ぁさっさとリナちゃんと話したいんだ」
黙々と食事を続けていたところ、男がいらだつ気配を感じ取った。目の前のリナも体を震わせていたが、ウィンターはまだ反応を示さない。まだ、というより、一切反応せずやり過ごすつもりだった。
「……そうやって見下してるつもりなのかよ。いい加減にしろよこの仲間殺しがよぉっ!」
男は叫ぶやいなや、ダンッ! と力強く卓を叩いた。わずかに残っていたスープが、衝撃でゆらめく。
「ちょっとあなたねぇ――」
「待て」
眉をキッと吊り上げながら立とうとしたリナの手を、ウィンターはさえぎるようにつかんだ。
「ウィンター! あなた侮辱されて――」
怒りに燃えているらしいリナが詰め寄ってくるが、それに対してウィンターは、ただ、力なく首を振った。それで毒気が抜けたらしく、リナは黙ってうつむいた。
――無視するわけにもいかなくなったか。
また、ため息をつく。
「……あんた、パイロットか?」
「そ、それがどうしたよ」
ウィンターがなにを言おうとしているのか分かりかねているらしく、男は多少驚いた様子で答えた。
「なら、俺に模擬戦で勝ったことはあるか?」
「……それがどうしたってんだよ!」
――なし、か。
男の焦った様子を、ウィンターは冷静に分析した。
「模擬戦で俺に勝てないような奴が、余計な口を効かないでほしいな」
「なにっ……!?」
「実力主義なんだからそれくらい当然だろう」
そこまで言うと、男は口をつぐんだ。悔しそうな目で、ウィンターを睨みつけてくる。
「……くそっ」
男は吐き捨て、忌々しげに立ち去っていった。
――結局、リナはだしにしただけか。底が知れてる。
ウィンターはもう、男のほうは見向きもしなかった。ただ、わずかな嫌悪感を覚えるだけだ。
リナは、いつの間にか座りなおしていた。
「……あの、ウィンター――」
「すまなかった」
リナがなにか言おうとしたが、無理矢理さえぎった。
「えっ?」
「俺のせいで、お前にも迷惑をかけた。詫びにおごる」
ウィンターは、懐から小銭を取り出し、卓の上にバラバラと置いた。大体一食分である。
「い、いやいや、なんでおごられなきゃならないの? むしろ私がおごるよ」
リナも小銭を出し、ウィンターの分と合わせて、こちらにつきかえしてきた。
「何故」
「いや、だって、迷惑かけたし」
「迷惑をかけたのは俺だ。だから俺がおごる」
「いや私がおごるって」
「俺が」
「私が」
問答を繰り返しながら、その都度お互いに小銭を押し付けようとする。一歩もゆずらない。
結局、数分ほどこのやりとりが続き、ふたりとも埒が明かないと悟って、この時はおごるという話はうやむやになった。