00 プロローグ
素人目にはなんのためにあるのか見当もつかないような機械が、そこらじゅうに並べられていた。機械と機械はコードで繋がれ、作業服姿の男たちが、工具を手にあれこれいじったり、眉間にしわを寄せてじっと考え込み、首をかしげたりしている。あちこちで怒号がとび、専門用語の応酬があり、あたりは喧騒に満ちていた。
「おい、見ろよ」
ふと、ひとりの技術者が同僚に向けてささやく。怪訝そうな顔をした同僚は、指し示された方を見て目を細めた。
「まさか、あいつが?」
「だろうな。他にパイロットらしき奴ぁいねぇ」
ひそひそ声で会話を続けるふたりの目線の先に、男が歩いていた。
誰もが一様にこちらに意識を向けているのを、男は感じる。どれも、あまり歓迎している風ではなさそうだ。そんなものだろう、と、男は周囲を気にすることをやめた。
男の視線は、目の前にある巨大な人型の機械に戻った。HF、と呼ばれる、戦闘機の一種だ。戦闘機、とは言うが、空を飛び回るわけではなく、実際の動きは、戦車が跳ぶ、だの、ヘリが走る、だのとくだらない論争に発展するようなものだ。戦車かヘリかって話だったのに戦闘機を名乗るなんて予想の斜め上だよね、と、知り合いが笑っていたことを思い出す。
「おーい!」
声がしたほうに顔を向けると、白衣に身を包んだ女性が、こちらに向かって手を振っている。ちょうど、頭に浮かんでいた知り合いである。リナ、という、目の前のHFの設計者だ。周囲から煙たがられているような視線を受けている男に対してのこの反応は異質で、技術者たちはなんだ、という顔をしてリナを見た。
男がこの場にやってきたのは、リナに呼ばれたからである。本当は目の前のHFを一目見るだけでよかったんだが、と思いつつ、男はリナの方へ歩み寄った。
「わざわざごめんね、ウィンター」
呼ばれた男は、黙ってかぶりを振った。ウィンターというのは、男のコードネームだ。戦闘要員はコードネームを与えられ、それを新たな名とするのが決まりである。男の態度を見たリナは、相変わらず無口だなぁ、と笑った。
「ひどい話だよね。試作機のテストなんて言っておきながら、敵基地を襲撃しろ、だなんて。そんなのぶっつけ本番だよ」
リナは、不満そうな顔をする。ウィンターは、気にしている風ではなく、黙ってリナの話を聞いていた。
「上は焦ってるって聞くけど、それにしたってやりすぎだよ。私は反対したんだけど、押し切られちゃって。パイロットの推薦権だけ渡されて、途方に暮れてさ。それで、貴方の活躍を思い出したの」
ウィンターと違い、リナはよく喋る。食堂で相席するときも、リナの愚痴を延々とウィンターが黙って聞き続ける、という風になる。愚痴の中身は大体上司への不満だ。
「激戦区からひとりで生還するなんて、できないよ。仲間を盾にしたって、普通は逃げ切れないはずだもん。貴方にしか頼めない、って思ったよ」
そこまで言ってから、あっ、とリナは口を手でふさいだ。
「……ごめん。この話、されたくないんだっけ」
リナは、悲しそうに、申し訳なさそうに眉を下げ、うつむいた。細かいことを気にするやつだな、と、ウィンターはあきれた。
「気にしていない」
それだけ言った。激戦区から生還した話をされるのは確かに不快ではあるが、それは誰もが仲間を犠牲にしたと文句をつけてくるからであり、実際そう思われても仕方ないと、ウィンターは割り切っていた。
「……本当は、貴方に頼むのもいやなんだ」
リナはうつむいたまま、ぽつりとこぼした。
「目標の基地は最近できたばっかりで、最新鋭の兵器が配備されてるって噂もある。なにが起こるか分からないんだよ。だからこそ貴方に頼むしかないと思ったんだけど、でも、そんな怖いところに貴方を送りたく――」
「いい。作戦の詳細と、機体のスペックを教えてくれ」
リナの話をさえぎる。これ以上好き勝手に喋らせると、感情が爆発して手がつけられなくなりそうだ、と思ったからだ。
――こういう手合いの相手をするのはめんどうくさい。
ウィンターは内心でため息をついた。
面食らった形になったリナはしばらくほうけていたが、ふっと肩を落とすと、そばに無造作に置かれていた資料を手に取った。
「貴方に頼みたいのは、拠点強襲用HFの試作機、〈アサルト〉のテストね。テスト内容は、上からのお達しで、このポイントにある敵拠点を単機で襲撃、これを壊滅させること。目標地点付近までは、ヘリに機体を吊り下げて輸送します。ヘリから切り離されたら、テスト開始」
「敵基地の戦力は」
単機で基地を襲撃しろ、と言われても、ウィンターは動じない。とっくに知らされていたことだし、命令なら遂行するまで、と思っていた。リナもそのことは知っており、ただ説明を続ける。
「偵察隊の情報では、量産化に成功したHFが早速複数機投入されているみたい。ただどういうわけか、基地の軍律はボロボロで、上意下達の上の字もない有様で、そこに付け入る隙があるとか」
なるほど、上は上なりに勝算を見出しているのだろう。大事なはずの新型HFのテスト、これくらいの好条件があっても不思議ではない。
「他にも、さっき言った噂だけど、未確認の新兵器もあるかもしれないって」
「それだけか?」
「うん。分かってるのは、これだけ」
言うと、リナは別の資料を取り出した。
「〈アサルト〉だけど、主兵装は右腕に握っている機関銃。でも敵がHFだと大して効かないだろうし、背中に積んでるマルチロックミサイルとか、両腕両足に格納されてるあの振動剣を使ったほうがいいと思う」
説明しながら、リナは何枚かの資料を渡してきた。コピーのようだ。ウィンターはそれを受け取り、ざっと目を通す。目の前の実物と見比べてみたりもする。
「足にも剣があるのか。4本もどうやって使えばいい」
「膝装甲がサブアームになってるの」
言うと、リナはこちらの資料を覗き込み、ほら、とひとつの図面を指差した。見ると、確かに膝関節を保護するための装甲部分が展開し、新たな腕として機能する様が示されていた。こんな無茶な機構を実現させるやつがあるか、と、ウィンターは内心であきれた。
「コクピットの操作でどうにかなるなら問題はない」
ともあれ使いようはありそうだったので端的に答えると、リナは不満そうに頬をふくらませた。
「もう、説明しがいがないなぁ」
――ころころと表情が変わるやつだ。
リナはめげた様子もなく、細かい部分について更にあれこれと説明してくれたが、操作できればいいと、機構については半分ほど聞き流した。簡単に言えば、腕の剣も足の剣も、咄嗟のタイミングで出しやすい位置に格納されていること、腕の剣は柄の先端が尖っており、装甲を貫くことも可能だということ、両腕には防御用の盾型の分厚い装甲がとりつけられていること、といったところだ。
「随分と近接兵装に特化しているな」
率直な感想である。元々かっこよさを重視した設計を好む女だと思っていたが、なんでもできる人型の設計をやらせると、こうなるらしい。
「だって、近接戦って一瞬でしょ? その短い間に、どれだけのことができるかっていうのは重要だと思うんだよね。向こうで量産されてる機体はわざわざ背中から剣を引き抜くけど、距離次第ならこっちは剣を抜くまでもなく、柄で突いたり、足を振って無理矢理剣を当てたりできるんだよ。剣を抜くのも、柄をつかんで向きをひっくり返すだけだし」
熱く語られたが、ウィンターはやはり聞き流した。どういう考えで用意されたものなのかについては、興味がない。自分が使えれば、それでいいと思っている。
「あとは、拠点の施設を破壊するために、背部に榴弾砲を搭載してるよ。普段は砲身が折りたたまれてるから、機動の邪魔にはならないはず」
そう言うと、リナはまた別の図解を示した。背部のミサイルラックとは別に、榴弾砲が格納されており、展開が可能だ、という説明書きが添えられている。なるほど、強襲というだけはある。おそらく、ミサイルで敵機動兵器を殲滅し、榴弾砲で施設を破壊して制圧、という戦い方が想定されているのだろう。熱く語られた近接兵装は、いわばもしもの時の備えというやつだ。
「大体分かった。作戦の決行はいつだ」
聞きかたが悪かったのか、リナは不満そうにくちびるをとがらせた。
「……あくまでテストだよ。確かに正規の作戦も同然の内容だけど。予定日は明後日。それまでは機体の最終調整が残ってるから、担当パイロットは資料を読んで待機、だよ。あ、テスト前にコクピットを直にさわれる機会はあるからね。さすがにそこまでぶっつけ本番じゃないよ」
そうか、とウィンターはうなずいた。操作習熟ができるのはありがたい。
「ところで、一目見たときから気になっていることがあるんだが」
ウィンターがたずねると、リナは不思議そうな顔をした。
「んー?」
「肩部や腰部にとりつけられているあの巨大なユニットはなんだ?」
すると、リナはしばらく考え込んでから、あっ、と叫んだ。
「超重要なことを説明してなかった! あれはね、巨大バーニア。フレキシブルに可動するんだけど、この〈アサルト〉はあのバーニアの推力だけで、無理矢理“飛びます”」
「……なに?」
――飛ぶ? HFが? 空を?
始めは理解が追いつかず、気づいてからは、ウィンターは驚愕した。彼にしてはめずらしく、顔にまで出たのであった。