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剣王と魔術姫  作者: 熢火
剣人-第1章/王城に咲く血の桜
9/38

剣人-作戦開始

最後に投稿したのが11/15

久々の二ヶ月以内の投稿となりました。


前回のあらすじ

殺人の容疑をかけられたナールが、治安維持局の第三支部に出頭。だが、彼が治安維持局に出頭している間に、ラウレが奴隷市場に返還されてしまう。

ナールはラウレを助ける為に支部から逃げ出そうとするが、アルフレートに阻まれ拘束される。

目を覚ましたナールは監獄に入れられており、そこでアルフレートが奴隷市場で働いていた理由と、自分が奴隷市場摘発の協力者に抜擢されたことを告げられる。

そして、衛兵の中でも幹部の『一番隊隊長』で、アルフレートの姉でもあるハンネローネに、『奴隷市場摘発の協力。報酬は奴隷市場への損害賠償及び、ラウレ・グラウチェの返還の取り消し』という交渉を持ちかけられ、ナールはこれを受けた。

ボロ布に着替えさせられ、奴隷用の首輪を嵌められたラウレは、奴隷市場の倉庫に置かれた檻の一つに入れられていた。

倉庫は地下牢とは違い、合法な奴隷を置いておく場所だ。


逃げたというのに手荒なことをされなかったのは、綺麗になって戻って来た彼女を表に商品として並べようとしているからか。


(結局、戻って来ちゃった・・・)


ナールが治安維持局の支部に行っている間に、宿泊していた宿に衛兵が来てこう言った。


『ナール・リュグナーには奴隷市場から商品を強奪した罪がある。お前が大人しく奴隷に戻るなら、彼の罪は少なからず軽くなるだろう』


ラウレは二つ返事で了承した。

ナールにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。


頼られると喜ぶたち、などと言っていたが、無駄な気遣いをさせない為の方便であったことは理解していた。だから、頼るつもりはない。

たった三日間だけだったとはいえ、笑ったり、怒ったり、楽しい日々だったと思う。

名残惜しいのは当然だが、仕方がないと割り切った。

諦めていた明るい未来を一時でも期待できたことだけでも良しとしよう。


だが、強い希望が潰えた後にやって来た絶望感を振り払うなどできるはずもなく、今にも心が折れて泣き出しそうになるを、思考を続けることで耐える。


(私を忘れて、前へ進めるといいんだけど・・・)


出会ってからたった三日だけだが、ナールのことを思った以上に知れた気がした。

彼のことだ。自分のことなど省みず、助けたい誰かにこだわり続けそうだ。


(私にこだわって不幸になったら嫌だな・・・)


ラウレは思考して、すぐにそれを否定する。


(まさか。私なんかの為に人生を費やしたりしないよね・・・)


ナールがラウレを助けてくれたのは、偶然同じ牢だったからだ。

他に理由はない。


そこまで思考したとき、ガチャンッ、と牢の入り口が開錠される音が響き、ラウレはやっと思考の海から浮上した。

ハッとして顔を上げると、いつの間にか奴隷市場の従業員と思われる男が二人立っていた。


「《立て》」

「うっ!?」


ラウレの意思に関係なく、命令通りに体が動く。首輪の効力だ。

今の彼女は、服を脱げと言われればその場で服を脱いで裸になるし、靴を舐めろと言われてば跪いて靴を舐めるだろう。


「《ついて来い》」

「くっ!?」


だが、それはまだ先の話だ。

表に商品として並び、どこかの変態に買い取られた後にさせられる。もっと恥辱的なことをさせられるかもしれない。


ついて来るように命令されたラウレは、命令した男の背後を無理矢理歩かされる。もう一人の男はラウレの背後だ。

一度逃げ出したことから、警戒しているのだろう。


(最後にお礼ぐらい言いたかったなぁ・・・)


ラウレは絶望の中で、もう二度と会うことはない少年の幸福を願った。





ナールは用意された席の一つに座り、奴隷市場摘発の為の円卓会議に参加していた。


右隣にアルフレートが、さらにその右隣にハンネローネが座っている。

そのまま反時計回りに座っている人物を言っていくと、『一番隊隊長 』のハンネローネの隣に『一番隊副隊長』、その隣に『一番隊班長』が二人、『四番隊副隊長』、『四番隊隊長』、『四番隊班長』が二人。これで全員だ。


計十人居る会議の出席者の過半数が、一番隊と四番隊の衛兵なのは、目的の奴隷市場が一番隊と四番隊が管轄する地域の丁度境界に位置しているからだろう。


「では、冒険者であるナールさんとアルを主体とした作戦で決定。異議はありますか?」


ハンネローネの問いに、全員が沈黙で賛成を示す。

この作戦を提案したのも彼女で、無論最初は反対の意見も出たが、衛兵でないナールとアルフレートの方が作戦の内容的に適任だった為、結局異議はなくなった。


「全員異議なし。会議はこれで終了とします。作戦開始は今日の夕方から。各自準備を進めてください」


作戦会議が終わると、四番隊の四人は挨拶もそこそこに退室した。

ここは第一支部。彼らが務める第四支部でもなければ、ナールの取調が行われた第三支部でもない。

彼らは自分達の支部に戻り、部下へ指示を出すなど仕事があるのだろう。


ハンネローネは彼らの背中を見送りつつ口を開いた。


「焦る気持ちは理解しているつもり。ですが、もう少し落ち着いたらどうです?お兄さん」

「?落ち着いているが・・・」

「兄さん、嘘が下手だな。会議中も奴隷市場の現状聞くたびに殺気が漏れてたぞ?」


そんなにあからさまだっただろうか。

アルフレートにも指摘され、自制が効きにくくなっていることをナールは反省した。


「すまん・・・」

「今すぐ飛び出して行くんじゃないかとハラハラしてたぜ?いや、割とマジで」


ラウレは無事だろうか、と考えただけで今すぐ飛び出して行きたくなるのは確かだ。

だが、無闇に突っ走ればいいわけではない。

今助けに行っても失敗する可能性はある。

何せあの奴隷市場は貴族だけではなくアジェナが属する国、グランドガラの王族御用達の店だと聞いた。


アジェナの中心にある城は、現国王の甥が住んでいる。彼が贔屓にしている店なのだろう。

蛇足だが歳は二十代前半でまだ未婚だ。誠実すぎて未婚なのではなく、すぐに飽きて女を捨てるからだそうだ。クズである。


奴隷市場に乗り込んでそのクズが居たりすれば、縦つながりの強い衛兵はナールの敵に回るだろう。最悪グランドガラ自体を敵に回すことになりかねない。


「今は冷静のつもりだ」

「『今は』、な」

「作戦前にいきなり突っ込んだりはせん」

「命令をきいて、作戦中も突っ込まないでくれよ。鎖で手元に繋いどくわけにもいかねえんだから」

「善処する」

「はぁ・・・」


暴走しそうなナールに対し、アルフレートは重い溜息を吐く。


奴隷市場の違法性を証明できる唯一の場所が地下牢で、そこへの入り口を詳しく知っていて作戦の要とも言えるナールが暴走すれば、作戦はご破算だ。

作戦中に行動を共にするアルフレートには、彼の手綱を握る役割もあった。


「完全な作戦通りなんてありえない。ある程度は自分で判断できなくては困ります。ですが、過度な独断専行は慎んでください」

「わかっている」

「取引の内容。覚えてますか?」

「『奴隷市場摘発の協力。奴隷市場の違法性の証拠を差し押さえることが目的。

その過程で、奴隷商や用心棒などの従業員が激しく抵抗し、こちらに死傷者がでると判断した場合と、証拠を抹消しにかかった場合のみ、できるだけ無力化することを前提に殺傷を許可。

この作戦が終了次第、ラウレ・グラウチェを奴隷から解放する。

ただし、従業員の無闇な殺傷や、正当な理由がない状況での客や奴隷の殺傷が認められた場合、取引は無効』だったよな?」


奴隷市場への損害賠償の取り消しが含まれていないのは、奴隷市場の違法性が認められれば、賠償の必要が無くなるからだ。

逆に言えば、奴隷市場の違法性が認められなければ、賠償だけでなくラウレを助けることすらできない。


「その通り。一回聞いただけでよく覚えられましたね」

「忘れるわけにはいかんのでな」


ナールが独断専行しないように取引がされているが、結局彼の第一優先はラウレだ。

彼女に危害が及べば、取引は二の次にされるだろう。どころか、王族にも手を出しかねない。


因みに、ナールが脱走する際に、奴隷市場の従業員だけでなく客やその護衛にも被害を与えていたが、そもそもの原因が奴隷市場の違法行為にある為、責任はそちらに押しつけるつもりのようだ。


「取引も忘れていない。問題なさそうですね。では、私達も準備を始めましょう。アル、お兄さんをよろしくね」

「へいへい。兄さん、こっちだ」


姉に対し手をひらひらと振るアルフレートを追って、ナールは会議室を後にした。

これから向かうのは、彼らの準備を整える為に用意された部屋だ。


道すがら、歩調を乱さず会話が始まった。


「なぁアルフレート」

「なんだ?」

「成功率はどのくらいだ?」


アルフレートは戯けた風に訊き返した。


「作戦のか?ヒロイン救出のか?」

「ラウレの方に決まっているだろ・・・」

「それ以上言わねえってことは、理解してんだろ?奴隷市場が摘発できれば、地下にいた連中も救えるって」

「言っただろ。俺は救世主じゃない」

「そぉだなぁ。でも、逆に理解して尚揺るがねぇのは尊敬するぜ?って悪い悪い。成功率の話だったな」


詫びれた気持ちの欠片すらも感じさせず続ける。


「七割は上回る。けど、あいつが表に商品として並べられてたら・・・」

「勿体ぶらずに言え」

「未知数だ。高くねぇのは確かだけどな。買われてればアウトだ」

「・・・」


ナールから殺気が漏れる。

これで何度目だろうか、とアルフレートはげんなりした。


「どぉにもならねぇんだから殺気出すなよ。姉貴のことだ。買われててもなんとかしようと動いてくれる」

「王族に買われててもか?」

「あのなぁ、兄さん・・・」


ついに足を止めた。


「考えてもしかたねぇだろ」

「わかっている。だが・・・」

「今は無事を祈れ」

「ああ・・・そうだな」


行き先もわからないくせに勝手に歩き出した少年の背中を見て、アルフレートは不安しか覚えなかった。





目の前に既視感のある煉瓦造りの大きな建物がある。既視感があるのは当然だ。一度ここから逃げ出しているのだから。


奴隷市場を前にしたナールは、緊張感が高まるのを感じた。

自然と顔が強張り、右隣のアルフレートに指摘された。


「ただの買い物(・・・)で緊張すんなよ、御主人様(・・・・)

「き、緊張などしとらん」

「してんじゃねぇかよ」


ナールがアルフレートに御主人様呼ばわりされている理由は、ナールの格好から想像がつく。


動きにくそうな服に、目立つ黒髪を隠す簡素なターバンをした姿はまるで商人だ。つけ髭をして顔と年齢を誤魔化している。

アジェナ周辺の地域は、砂地があるわけでも環境が厳しいわけでもない。ターバンは遠くから来た人が着けているのを偶に目にすることがあるぐらいだ。とはいえ、そこまで目立つわけでもなければ、黒髪を出しているよりはましだろう。

つけ髭は、僅か数日の間にトラブルを何度も起こしたナールの顔が知れ渡っていることを危惧してだ。

設定は遠くから来た商人と言ったところか。服の質から金には困っていないように見える。


対して、アルフレートの格好はいつも通りだ。剣を持っていないナールの護衛役として、しっかり武装している。


これが作戦だ。

ナール達が地下牢の入り口まで客に扮してできるだけ近づき、強行突破で地下牢を抑える。店の周りや中にも衛兵は紛れ込んでいる為、騒ぎが起きたらすぐに集まる手筈になっている。


「ご安心ください。俺とアルフレートが、何があってもお守りします」


そう言ったのが左隣の男だ。

彼は衛兵で、階級が『一番隊班長』。会議にも出席していた。

名前は、


「あ、ああ。インゴ、よろしく頼む」

「お任せください」


仕事とはいえ身分が高いわけでもない子供に対し敬語を使うとは、インゴという男は真面目である。


「インゴ、逆に怖いってよ」


真面目な男にナールが苦笑しているのを見て、不真面目な男アルフレートが軽口をたたく。


「そうなんですか、御主人様?」

「いや、問題ない」


無論インゴも護衛役だ。だが、衛兵である彼の顔も知れ渡っていることを危惧して、ナールと同じ簡素なターバンで髪を隠し、首に巻いたスカーフで口元を隠している。

素顔は三十代のおっさんだ。会議で見ている。

以前から共に居る護衛という設定だから、ターバンを着けている。彼の髪は黒髪ではなく金髪だ。

動きやすそうな服に腰に差した二本の剣から、共に居るナールとの主従関係は一目でわかる。


「正直に言えよ。『御主人様』はキモいからやめろって」

「では『旦那様』でどうですか?」

「思っとらんからそのままで構わん」


気づけば緊張がほぐれていた。

二人共気を遣ってくれたのだろう。いや、アルフレートはわからないが。


とにかくナールは一呼吸で気持ちを切り替えると、小さな声で礼を言った。


「すまんな。では行くか」

「へぇい」

「仰せのままに」


ついに建物内に歩みを進める。


入ってすぐにエントランスから無駄に幅の広い廊下が四本、突き当たりの階段まで一直線に伸びていた。

階段下が従業員だけが入れる倉庫になっていて、その中に地下牢の入り口がある。

倉庫の入り口は突き当たりの階段の傍にあり、警備が二人ついているとのことだ。まあ関係ないが。

エントランスから突き当たりの階段まで百メートル以上あった。本当に広い店だ。


「そぉいやぁ、破壊痕が消されてんな」

「お金持ち御用達の店ですからね」


ナールが脱走する際に残した破壊の爪痕は綺麗に消されていた。 インゴの言う通り金持ち御用達の店だからか、 仕事が早い。


客の中で一番多いのが貴族で、次に商人、冒険者も偶に見かける。ほとんどの冒険者はもっと安い奴隷市場を利用しているのだろう。商人も大商人などの金持ちばかりだ。

客達は、廊下の左右に設置された檻の中に入れられた奴隷達を吟味している。


ナールも奴隷達を流し見ながら歩を進めた。少しは興味があるように振るまわなくては怪しまれる。

だが、奴隷達とそれを吟味する客達は、見ていて気分のいいものではない。自然と嫌悪感が湧く。


(ラウレもこの中に居たら・・・)


考えても仕方のないことを思考し、また殺気が漏れそうになる。

アルフレートとインゴが戒める前に、そこへ知らない声がかけられた。


「お客様、どんな商品をお探しで?」


咄嗟に殺気を抑えつつ、声の方を見る。

一人の奴隷商人が愛想笑いを浮かべて立っていた。

怪しまれたか、とナールは冷や汗を流すが、その心境はおくびにも出さずに応えた。


「いや、目星があって来たわけではーーーーー」

「よぉ。繁盛してるか?」


それに、アルフレートが割って入る。


ナールは彼に任せ、会話を見守ることにした。


視線の先にいる奴隷商人の表情が、驚愕と怒りを浮かべた。


「あ、アルフレートッ!!お、お前、よくのこのこと!!しかも、もう鞍替えしたのか!?」

「今の鞍は前より座り心地がいいぜ?」


(俺は鞍か・・・)


「なっ、お、お前!!お客様っ、こいつは役立たずです!解雇した方がよろしいかと!!」


アルフレートは以前奴隷市場で働いていた。

クビの原因となった敗戦の後、奴隷商人と一悶着あったのかもしれない。


だが、ナールには関係のない話ではあるし、 面倒なので、不機嫌を装ってこのまま立ち去ってしまうことにした。


「役立たずかどうかは俺が決める。一介の奴隷商人が口を出すな」

「こ、こいつは、脱走した奴隷(ゴミ)にすら勝てないような奴です!」


目の前の商人の姿をした男が以前脱走した奴隷とも知らず、悪口を言い始めた。


ゴミで悪かったな、とナールの眉間の皺が演技ではなくなった。


隣のアルフレートは口元を手で覆っている。吹き出す寸前だ。


「そいつを雇う金額より安く、そいつより屈強な奴隷がございます」


眉間の皺が深くなるが、奴隷商人は気づかないのか続ける。


奴隷(ゴミ)餓鬼(クズ)にも決して負けないようなのが!!」

「ブフゥッ!?」


不真面目な男、アルフレートが早くも吹いた。


売り込みをしているのか、アルフレートを馬鹿にしているのか、ナールを馬鹿にしているのか。

ナールの思考が三番目の悪意のない答えに行き着いたあかつきには、この場で血の雨が降りかねない。


真面目な男、インゴがフォローに入る。


「聞こえなかったのか?御主人様は、ご自分で決めるとおっしゃっている。それとも何か、御主人様の炯眼を疑うのか?」


彼の目が怖い。


奴隷商人もやむおえず引き下がった。


「くっ・・・、も、申し訳ありません。出過ぎた真似をお許し下さい」


頭を下げた奴隷商人の手は白くなるほどの力で握り込まれており、悔しがっている。

アルフレートは相当嫌われているようだ。


「構わん」


ナールは一言残して不機嫌そうに立ち去る。


奴隷商人と距離が開いてからアルフレートが口を開いた。


「御主人様、よく耐えたな」


仕事の内容が目立つことを避ける必要がないものであれば、彼は腹を抱えて笑い転げていただろう。今も涙目であることから容易に想像できる。


「そりゃあ耐えるさ」

「血の雨が降るかと思いました」

「俺もだ」

「ラウレがかかっているんだ。あのくらいは自制できる」

「どれぐらいだったらキレんだ?」

「まあ、お前が死んでもキレんな」

「酷え御主人様だな」


さっさと会話を打ち切ると、奴隷を流し見ながら再度目的地へ向かう。

途中に設けられている違う廊下に移る為の少し細めの廊下ーーーーー少し細めと言っても、人が十人並んでも幅に余裕のあるーーーーーも使い、ただの客を装う。


倉庫までの道のりが遠くに感じる。

歩いているのが焦れったい。

ナールは今にも走り出したくなる気持ちを抑え、早まりそうになる歩調を調整した。


「順調ですよ、御主人様」

「みたいだな・・・」


時たまアルフレートとインゴは、些細な、本当に気をつけないと見逃してしまいそうなサインを出していた。

奴隷市場内の客に紛れている衛兵に対してだろう。


「着くぜ」


やっと階段までもう少しのところまで来た。

本番はここからだ。


ナールは気を引き締める。


「始めます。手筈通りにお願いします」

「わかっている」

「『水よ』」


歩調は乱さず、インゴが小声で魔術の詠唱に入る。

無詠唱でも使えるらしいが、詠唱することによって魔術の効果を上げられることが大きな理由だ。


「『霧散して、全てを覆い隠さん』」


階段に着くと同時に、魔術を唱える。


「《水霧(アクア・ニーブラ)》」


直後、奴隷市場の一階の階段付近は、二メートル先を見通すことも困難な濃い霧に包まれた。

客や従業員達が混乱に陥る。


「霧!?」

「一体なんだ!?」

「おいッ魔術師共ッ、霧を払え!!」

「治安維持局です!ご安心ください、これは我々が指揮をとって行っています!すぐに霧は晴れますので、その場でお待ちください!」


この作戦が原因で、貴族に負傷されて責任問題になるのも御免なのだろう。外で待機していた制服姿の衛兵達が入って来て、注意を喚起している。

動揺が走るが、混乱は落ち着いた様だ。違法行為を隠している奴隷商人達の混乱は倍増したようだが。


それにしても凄い霧だ。

《水霧》の効果範囲はせいぜい五メートルだ。中級の《濃霧》なら十メートルはいくが、奴隷市場内に発生した霧の範囲は五十メートルを越える。

インゴ一人だけではない。客に紛れた他の衛兵も同じ魔術を行使し、効果を相乗させたのだ。


ナール達はその隙に階段を離れ、(わき)の倉庫の入り口の方へ近づく。


「早く霧を払えってよインゴ」


アルフレートの軽口を黙殺し、インゴは次の魔術の詠唱に入る。


「『風よ』」


ナールはそれを一瞥すると、倉庫の入り口の隣の壁に近づく。


「誰だ!?」

「近づくな!!」

「治安維持局だ。安心しな」


気配で接近に気づいたのか、二人の警備員が喚くがナール達の居場所まではわからないようだ。


「『流れをつくりて、大気を運ばん』」


インゴは取り乱すことなく詠唱を紡ぐ。


ナールは歩いているうちに右手から生み出した直剣を振りかぶり、壁を斬る。

一、二、三、四回。

ガゴンッ!!

大きく切り抜かれた壁は内側に倒れ、破壊音が響く。相変わらず凄い斬れ味だ。


「そこか!」


音で標的の居場所を把握した警備員が、持っていた槍で突きを繰り出そうとし、


「《気流ウェントゥス・フルアント》!!」


インゴが、右手を壁の穴へ向かって振るい魔術の方向性を確立しながら、大声で魔術を唱える。


それを合図に、他の場所からも魔術を唱える声をが聞こえた。

作った壁の穴の正面から退けていたナールの隣を、ゴォッ!!と凄まじい風が通り抜けた。

二人の警備員は壁に叩きつけられ、仲良く気を失う。


風は勢いを保ち続け、倉庫に全ての霧を流し込もうとすると共に、轟音を生み出し続け、声を張り上げた会話を強いられる。


「流石に下級魔術も十人態勢でやれば破格の威力だな!!」

「感心してる場合か!?証拠隠滅が始まってるかもしれんのだぞ!!」


霧を発生させた複数の地点から《気流》を使い、開いた壁の穴へ空気の流れを集約させている為、ナール達が居る地点が暴風域と化している。

着けていた簡素なターバンが風に攫われたが、もう変装する必要もないので問題ないだろう。


「霧で俺達も進めねぇ!!それよりも正義の御主人様!!」

「もういつも通りで構わん!!」

「兄さん、服をある程度破いとけ!!走りにくいぞ!!」

「わかった!!」


アルフレートの言う通り動きにくい。

ナールは関節の外側に剣を生やし、必要な分だけ服を破く。これで動きやすくなるはずだ。


服を破き終える頃には風も止み、奴隷市場内に漂っていた霧は全て倉庫に流し込まれ、視界はいつも通りのクリアな状態に戻っていた。

風が止んだことで轟音途絶え、インゴの詠唱が耳に入った。


《風流》を行使した後すぐに詠唱を始めたというのに、今やっと完了する。


「『ーーーーー冷血で冷酷な我が意志のもとに、その場から熱を奪いて、全てを不動とせよ』」


長い。

今までの下級魔術とは一線を画する詠唱の長さ。

そして、詠唱の目的が今までの『効果を高める為』から、『発動させる為』に変わり。

事務室へ向けたインゴの右手から、上級魔術が放たれる。


「《凍結世界リジンディム・テラルム》」


パキパキパキパキパキパキパキパキッッッ!!!!

ガラス細工が割れるような音が連続して響き、倉庫内の霧が瞬く間に氷結した。

読んでくださってありがとうございますm(_ _)m

次話は23日投稿の予定です。


Twitterにて予定の変更などお知らせしております。

@Hohka_noroshibi

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