剣人-交渉
30分遅れ...
予告から遅れてすみません
部屋の広さは、ナールが宿泊する宿の一人部屋とそう変わらないだろう。
ナールが広く感じた理由は、部屋に置いてある物が中央のテーブル一つと、それを挟んで置かれたイスが二脚ずつしかないからだ。
世間ではその部屋を取調室と呼ぶ。
「名前はナール・リューグナー。間違いないかね?」
「自分の名前を忘れるほど老けとらん」
未だにボケない脳筋サディスト師匠より自分の方が若いのだから名前を忘れるはずがない、とナールは心の中で毒づきながら、自分の対面に座る男を見る。
第一印象は『ちょび髭』。
左右に伸びるそれを生やした彼の制服には、両肩には縫い付けて、左襟と左胸にはバッチで、一般兵とは異なる階級章がつけられている。一本の槍が描かれた階級章だ。
表す階級は、『副隊長』。
因みに、衛兵の階級と各幹部階級の定員、階級章のデザインは以下の通りだ。
『総司令』 一人 階級章は金色の盾とその前で交差する三本ーーーーー中央は金色ーーーーーの剣。
『副司令』 二人 階級章は盾とその前で交差する三本の剣。
『団長』 一人 階級章は盾とその後ろで交差する二本の剣。
『副団長』 一人 階級章は盾とその後ろの一本の剣。
『十二隊長』 十二人 階級章は交差した二本の槍。
『副隊長』 十二人 階級章は一本の槍。
『班長』 階級章は交差した二本の剣。
『衛士』 階級章は一本の剣。
『衛士見習い』 階級章は一本の木剣。
これを見れば分かる通り、『副隊長』は下から数えた方が早い階級だが、二千人近く居る衛兵の中でも、その階級になれる者は僅か十二人だけだ。
さらに、『副隊長』以上は治安維持局の幹部であり、なれるのは三十人未満だ。
そんな幹部がなぜ、わざわざナールの尋問を行っているのか。
ナール自身、なぜ部下にやらせないのか知らないでいた。
(他の者に聞かれたらまずい内容か・・・。話すのは俺かこのちょび髭かは分からんが)
それにしても、とナールはちょび髭副隊長から視線を外し、彼の隣、テーブルに立てかけてある鞘に納められた剣に視線を移した。
(警戒心なさすぎだろ・・・)
取調室に居るのは、ナールとちょび髭副隊長の二人だけだ。
普通ならナールを拘束していない状態で、剣を手放しておくことも、二人だけになることもないだろう。
不自然過ぎる。
一つだけ分かっていることは、ナールにとって目の前のちょび髭副隊長が、恩人であるということだ。
衛兵と一触即発の状態になった料理店での出来事を治めてもらった。
衛兵を敵に回すということは、アジェナという街だけでなく、アジェナが属する国自体を敵に回すということだ。
体力が少ないラウレと共にいるナールにとっては、胃が痛くなるような話である。
それを避けるだけでなく、こうして尋問を行うのも翌日まで伸ばしてもらえた。
そう、翌日だ。
昨日は、ラウレが疲れていたことを考慮して、逃げも隠れもせず出頭することを約束し、帰路についた。一応宿の場所を確認されたが、今日の朝出頭するまで何も音沙汰も無かった。
感謝はしている。穏便に済ませることができたのだから、それ以上のことはない。
だが、あまりにも話が良すぎる。
部下の非礼の詫びというのが建前らしいが、裏があるに決まっている。
「お前は、元奴隷か?」
「違う」
ちょび髭副隊長は、 ナールが警戒を募らせていることなど承知の上で、何の弁明もせず尋問を続けた。
「短期間でも奴隷商に捕まっていたことは?」
「ない」
「この街に来て、どのくらい経つ?」
「今日で四日目だ」
「魔術はーーーーー」
「回りくどい尋問はしないでもらえるか?」
止まらない質問の雨をナールは止める。
「俺には何の容疑がかかっている。心当たりは無いんだが」
そして、白々しく嘘を吐く。
心当たりが無いわけが無い。
彼はアジェナに来て今日で四日目になるが、その短期間のうちに三回も事件を起こしている。もはやトラブルメーカーどころか厄病神だ。
「それに、貴方も暇ではないのだろう?『八番隊副隊長』カール殿」
十二隊は、アジェナ内の貴族区と貧民区以外をそれぞれ管轄する十二ある衛兵部隊で、八番隊は商業区と居住区の東を管轄している。
そのはずなのだが、ナールが出頭した治安維持局支部は第三支部、商業区の北東を管轄する三番隊の支部である。
三番隊の支部で、八番隊の『副隊長』が尋問を行っているのは、かかっている容疑が八番隊の案件だからだ。
「ああ、どっかの誰かが、民家を死屍累々にしなければな」
皮肉めかして言われたことに対し、カールは半目で睨む。
「この街は物騒なようだな。一ヶ月ほど滞在する身から言わせてもらえば、心配でならん」
ナールはまたも白々しく言ってから続ける。
「俺にかかっている容疑はそれか?」
「その通りだ」
「なぜ俺だと?」
「襲撃された生存者のほとんどは、襲撃者は刀を持った黒髪の少年と証言している」
「と言われてもな・・・」
まずい、とナールは内心焦った。
そこまで知られているなら、ダールグリュン武具店でサーベルと短刀を探していたことや、教会に攫われた子供を預けたことなどから、いずれ犯人だと気づかれる。それほどまでに、どちら件も盗賊と深く関係し過ぎている。
さらに、今頃病院のベッドで寝ている盗賊に、顔の確認などさせられたら終わりだ。
ここまで誤魔化してしまった今犯人だと知れれば、後ろめたいことがあったのでは、と疑われかねない。例え、盗賊だと知って襲撃していたとしても。
「これは、襲撃された民家から見つけられた物だ」
ナールの思考を断ち切るように、カールは懐から何か取り出す。
カードのようだ。
携帯しやすいように、ポケットにも入るサイズのそれは、血で汚れていた。
ナールはそのカードが何か知っていた。
(盗賊に、身包みと一緒に剥ぎ取られた冒険者証・・・)
誤魔化しが効かなくなってきた。
だが、ここで自白しても、後ろめたいことがないか疑われる。
そうしたら芋づる式だ。
後ろめたいことがないことを証明するには、盗賊のアジトを襲撃した理由を話さなければならない。
つまり、奴隷市場に売られ、自力で脱出したことを話すのだーーーーーラウレという道ずれも含めて。
ナールは、犯人が既に捕まっている為違法奴隷の証拠が揃うだろうが、ラウレは違う。
彼女を攫ったのは、別の人攫いであることは想像がつく。違法奴隷の証拠が揃うことはまずない。
このままでは『回収』されるかもしれない。
(全員殺すべきだったか・・・)
相手は、数多くの人の人生を食い物にしてきた。
だから、苦しんで死ぬように重傷を負わせて放置したが、今はそれが裏目に出ている。
ナールが襲撃犯であることがバレることはまず避けられない。
自白はできない。だからと言って、彼が強盗殺人犯になれば済む話でもない。
盗賊が生きている限り、ラウレが奴隷に逆戻りする道は確実に残る。
(いっそ今から生き残りも・・・)
危険な方向に思考がずれた為か、表情が固くなっていたようで、カールに指摘された。
「何を考えているかは知らないが、そう怖い顔をするな」
軽い調子で続ける。
「この冒険者証に刻まれている名前はナール・リューグナー。お前の名前だ」
「この街で落としたらしくてな、困っていたところだ」
「なら良かった。被害者の一人が持っていたものだ。そのせいで、血で汚れているがな」
「洗えばいい話だ」
「そうだな。これは返却しよう」
その言葉が予想外で思わず聞き返した。
「いいのか?」
「何がだ。私達がそれを持っている理由はない」
「何かの証拠品として扱うものかと。いや、感謝する」
ナールは誤魔化しながら冒険者証を受け取った。
冒険者証を紛失すれば、再発行の対象だ。
面倒が減ってよかったと、普段の彼なら思ったが、今はそう思えるほど余裕が無かった。
カールは追い打ちをかけるように訊いた。
「本当に、心当たりが無いのか?」
「・・・ああ、全くない」
少しの間の後の答えに、カールは嘆息すると、部屋の入り口に視線を向ける。
「入って来い」
ドアが開く。
入ってきたのは、無精髭にじゃっかん癖のある茶髪を切り揃え、長身で無駄のない体、腰にはロングソードを差している男。
「よぅっ、黒髪の兄さん。一昨々日ぶりだな」
アルフレートは手を上げて陽気に挨拶してくる。
「!?」
ナールはなんとか取り繕うと努力したが、誤魔化せた自信がない。
(なぜこいつがここに居る!?)
アルフレートは、驚愕する彼が誰なのか気づいているようだ。
「あん時は、首取ろぉとして悪かったな」
「誤魔化しは・・・もう無駄か」
ナールが謝罪を聞きつつ観念たところで、カールが割って入った。
「ナール・リューグナー。お前には強盗と殺人の罪がある」
「俺とラウレは奴隷市場か牢獄行きか?」
言いながら、すぐにでも戦えるように気持ちを切り替える。
どんな手を使ってでも、ラウレを奴隷に戻す気はない。
「おいおい、素手で俺を倒して、衛兵がわんさか居るこの支部から逃げるってか?」
アルフレートは呆れたように言ったが、いや待てよ、と続けた。
「魔術で剣が出せるなら素手じゃねぇか」
「処遇の前に、聞きたいことがある」
不穏なことを言うアルフレートをカールは黙殺する。
「なぜあんなに人を殺した?しかもわざわざ苦しむように」
「東居住区、貧民区寄りに建つ三階建ての家で、三日前の起きたことか?」
「その通りだ」
彼は責めるような目でナールを睨む。
それに対し、ナールは動じなかった。
「あそこに居たのは盗賊だ。俺を騙した後、身包みを剥いで奴隷市場に売り飛ばした。だから報復した」
「地下に居た攫われた者は?」
「?全員子供だったから、北の教会に預けたが?」
盗賊であることは、最初から知っていたのだろう。カールは驚くことはなく、その言葉を聞いて睨むのを止めた。
「そうか。その話が本当なら安心した」
話すことは話したとばかりに、ナールは次の話を促した。
「・・・それで、俺とラウレの処遇はどうなる」
「ナール・リューグナー。お前の殺人罪は不問とするが、奴隷市場から商品を強奪した強盗罪は残る」
ナールの顔が険しくなるのも構わず、結論を言う。
「よって、奴隷市場への損害賠償と、ラウレ・グラウチェの返還を命ずる」
「・・・」
その言葉を聞いたナールは、現在居る治安維持局支部から逃げることを決めた。
ーーーーーキンッ。
小さく、軽い音が響いた。
イスを倒しつつ立ち上がろうとした彼の眼前に、アルフレートのロングソードの切っ先が突き付けられていた。
音は抜剣した音だ。
「動くなよ、兄さん。できれば斬りたくない」
立つことすら許されなかった。
これが、実力の差。
裏をかき、虚を突いた奴隷市場での時とは違う。
手の内を全て見せたわけではないが、ナール程度では勝てる相手ではない。
だから、懇願した。
「ら、ラウレは、ラウレだけは、見逃してくれんか?」
「無理だ。見逃すことはできない。できるのは、盗賊団を壊滅させた功績を持つ、お前の罪を軽くするだけだ」
カールの声は冷たかった。
その声のまま、絶望の一言を言った。
「もう既に、『回収』された」
ブチィッ!!
直後、何かが千切れるような音がした。
ナールが躊躇なく口内を噛んでいた。そのまま顔をアルフレートに向け、口内に溜まった血を吹きかける。
「うぉ!?」
彼は反射的に叫びつつ、目眩しの血を掻い潜るように避け、剣を振るう。
だが、壁際までバックステップで退がったナールには当たらない。
その間に、ナールは右掌から刀を生やした。
(なんとしても逃げ出す!!)
濃い鉄の味が不快だが、無視して横流しに構える。
アルフレートは追撃して来ない。
警戒しているようだ。一度敗北しているのだから当然だろう。
しかし、カールなどイスに座ったままだ。
「罪を増やす気か?」
「・・・」
無視したナールに、カールは嘆息した。
「ラウレ・グラウチェを助ける方法がある」
「!?」
ハッとしたナール。
その隙を突くように、カールはテーブルをひっくり返した。
宙に上がりカールの姿を隠したそれを、アルフレートがナールに向かって蹴り飛ばす。
ナールは、迫るテーブルを咄嗟に両断した。
「ッ!?」
だが、抵抗なく両断されたテーブルの隙間から、アルフレートの拳が飛来する。
刀を振り切り、無防備になった瞬間を狙われた。
剣を生やして身を守ることも、流すこともさせてもらえぬまま、拳がナールの鳩尾にめり込む。
かはっ、と空気と共に口内に溜まった血が吐き出される。
「っ、ぅそ・・・」
言葉にならない悪態を最後に、ナールの意識は途絶えた。
テーブルと共に床に崩れ落ちる少年を尻目に、カールはやっと立ち上がると部屋のドアを開けた。
「拘束しろ。奴隷の首輪を自力で壊すような奴だ。拘束具は、高耐久の物を着けれるだけ着けろ」
待機していた衛兵が入室し、彼は呆気なく拘束された。
⌘
口内に残る鉄の味で目を覚ました。
血は残っているものの、回復魔術をかけられたのか、ズタズタにしたはずの口内が治っていた。
アルフレートに殴られた鳩尾の痛みと、長い間同じ姿勢でいたかのような全身の凝りを感じる。
(腹も治療して欲しかったなものだな・・・)
そんなことを考えながら、闇から浮上したばかりのぼんやりとした意識を御すように、目を開けた。
目覚めた直後の目の前の光景に、ナールはどこか既視感を感じた。
見えたのは、通路を挟んだ向かい側の牢獄。
監獄に居るようで、通路の壁に等間隔に設置されたランプが唯一の光源なのも同じだ。
違うのは、異臭がしないことと、他の牢には誰も入っていないこと、全身を雁字搦めにされていることーーーーー。
頭が冴えてくると、共通点の方が少ない気がした。
ナールは目だけを動かし、自分の状態の確認を試みる。
なぜ目だけなのかというと、首から下は動かないからだ。
磔のように両腕を水平に吊るされ、足も床に着いていない。
両腕だけでなく、全身に巻きつけられた鎖で吊るされ、一箇所に負荷がかからないように配慮されている。
腕だけで吊るされていたなら、肩に全体重がかかり、骨が皮膚を突き破っていたことだろう。
配慮されていることから、彼を何かに利用しようとしているのかもしれない。
それにしても、拘束具の数が尋常ではない。ただ拘束するだけなら奴隷と同じ首輪一つで事足りるところを、手枷や足枷、大量の鎖を何重にも着けられていた。
頭部意外は、拘束具で覆い尽くされている。
それらの全ての拘束具が、術式やらが組み込まれている魔術道具だ。
術式は、その素材だけでは成し得ない耐久度までの強化から始まり、拘束されている者の魔力を奪うもの、魔力を乱し魔術の使用を防ぐものなど様々だ。
奴隷の首輪を破壊したことを知られているのか、かなり念入りである。
しかし、ナールからすれば、それらの拘束具も犬用の首輪と変わらない。
(やろうと思えばすぐにでもーーーーー)
そこまで考えたとき、思考を遮るように足音が聞こえた。
「兄さん、目覚めの気分はどうだ?」
視線を前に向けると、いつの間にかアルフレートが居た。
会話の為に、顔に拘束具をつけなかったのかもしれない。
「目覚め一番でかけられるのが、男の声・・・、これも相違点だな」
「?・・・寝ぼけてんのか?」
「寝ぼけとらん」
ナールは、首を傾げたアルフレートの言葉を即否定すると、ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「お前、なぜ治安維持局に居る」
アルフレートは、今は治安維持局側についていると思われる。
でなければ、囚人を入れておく監獄に彼一人で入れるはずがない。
侵入したとも考えられるが、カールの味方をしていたことから、許可を得ている可能性の方が高い。
ナールに敗け、奴隷市場に解雇された腹いせかどうかは知らないが、わざわざ証人になりに来たのかもしれない。
だが、そんなナールの予想は外れた。
「雇われたんだよ」
「治安維持局にか?衛兵・・・ではないか。『雇われた』とは言わんしな」
「俺は冒険者で、治安維持局に雇われた」
ナールは、補足しつつ肯定したアルフレートの顔を凝視した。
「まさか、奴隷市場に居たのは・・・」
「そぉ、潜入捜査でしたー。まあ、兄さんのせいでクビになったけどな」
「は?なっ、だって・・・」
混乱する彼を無視して、説明は続けられた。
「あの奴隷市場は違法奴隷を扱ってる。攫われた連中を裏に隠してんだ。攫われた兄さんなら分かるだろ」
ナールの頭に、地下牢の光景が蘇る。
絶望と異臭が混ざり合った空気。
助けを求める声を躊躇なく切り捨てた自分。
アルフレートの立場に混乱していた頭が、急激に冷める。
それを狙っていたかのように、アルフレートは訊いた。
「こっちも聞いていいか?なんであの娘にこだわる。知り合いだったのか?」
奴隷市場の地下牢には、ラウレと似たような者も居たはずだ。
なぜ彼女だったのか。
そんなの決まっている。
ラウレにも言った。
『これもなにかの縁だ』
偶然。
同じ牢だったから、ただそれだけだ。
「・・・俺は救世主じゃない。助けられる定員が一人で、それに乗ったのが、ラウレだっただけだ」
事実とはいえ、ラウレが聞いたら幻滅されそうな内容だ。
もし同じ牢に入っていた奴隷がラウレではなく、脱走の途中にラウレが助けを求めたとしても、彼は間違いなく見捨てただろう。
だが、実際は彼女を連れ出したのだから、最後まで責任を持つつもりでいた。今もそれは変わらない。
「一人助ければ、他はどうなってもいいってか?」
アルフレートの冷たくなった視線が、ナールを射抜く。
そんな非難は理不尽で筋違いだ。
彼は、困った人を全員助けなくてはならないのか。
しかし、ナールは抗議することなく目を逸らした。
「その一人すら守りきれん俺に、言わんでくれ・・・」
その自嘲と悔恨が混じった声。
彼は、たった一人の少女すら守れない自分を責めているようだ。
それを聞いてたアルフレートは、追い打ちをかけることなく、数拍置いた後短く息を吐くと共に視線を緩めた。
「冗談だよ。兄さんに、人助けの義務なんてない」
気にしている部分をつつく、冗談にしても傷口に塩を塗るような冗談だ。
悪趣味である。もう少しネタを選べなかったのだろうか。
おかげでナールは、少ししおらしくなっていた。
「生憎力が無いんでな」
「そうでもないぞ」
自嘲気味に言った言葉を、アルフレートは否定する。
「兄さんは一度俺を倒してる。しかも一撃でな」
「上手く虚を突けただけだ。二度目はそう上手くいかんかった」
取調室でのことを思い出す。
ナールの虚を突いたのもあるが、完全に封殺された。
だが、アルフレートにとっては、ナールが負けたこと自体どうでもいいようだ。
「そっちはどぉでもいぃんだよ。重要な事実は、『一人の走れない奴隷を連れたまま、Aランク冒険者を撃破して、奴隷市場から脱出した』ことだ」
「お前Aランク冒険者だったのか。あの速さにも納得だ」
ナールが一人納得したのを無視して、アルフレートはふざけるように続けた。
「『その』実力を踏まえて、兄さんは違法奴隷市場摘発の協力者に抜擢されましたー。はい拍手ぅ」
「は?」
その顔は、随分間抜けに見えたことだろう。
彼自身自覚があった。
「また悪趣味な冗談か?」
否定の言葉を待つが、アルフレートは肩を竦めるばかりで、否定することはなかった。
つまりはそういうことだ。
「意味がわからん。なぜ部外者の俺を?」
一度奴隷市場に捕まっている為無関係ではないが、摘発に関しては部外者だ。
疑問を解消すべく、アルフレートは説明を始めた。
「理由は二つ」
彼は指を一本立てた。
「一つは、兄さんが違法奴隷の居場所を知ってるからだ」
確かに、ナールは地下牢から抜け出たのだから、場所も出入り口も分かるが、それは理由にならない気がした。
「地下牢への入り口が分からんのなら、俺が倒した盗賊との関係を口実に、強制捜査を行えばいいだろ」
「そぉ上手くいくか。知ってる奴がいなきゃ、見つける前に奴隷全員殺処分されて、死体置き場とか言われんのがオチだ」
逮捕と奴隷の大量処分の選択を迫られれば、大抵の奴隷商人は後者を選ぶだろう。しかも、合法でないなら尚更だ。
「二つ目」
アルフレートは二本目の指を立てた。
「兄さんの気持ちが伝わったんだろ」
「?」
「俺達を殺してでも、助けたいと思ったんだろ?」
「・・・」
確かにそうだ。
ラウレを助ける為なら、アルフレートやカールだけでなく、治安維持局の衛兵や奴隷市場の奴隷商人を全員殺しても構わないとすら思っていた。
数日前に知り合った一人の少女と、数百人の命を天秤にかけ、迷いなく前者を選ぶ。利害関係や損得感情もなしにだ。
周りからすれば、その他者救済願望は狂気的にすら感じるだろう。
しかし、アルフレートは気にしていないようだ。
「いいんじゃねぇか?そういうの嫌いじゃないぜ?まあ他の奴がどう思ってるかは知らねぇけどな」
彼は、ナールが協力することに賛成のようだが、あくまでも個人的な意見だ。
しかも彼は冒険者だ。奴隷市場摘発に携わる衛兵達は、どう思っているかは分からない。少なからず反対する者も出てくるだろう。
「協力するかどうかは兄さんの自由だ。だけど交渉だとよ。協力してくれればーーーーー」
「奴隷市場への損害賠償及び、ラウレ・グラウチェの返還を取り消す。まあ、あの奴隷市場が摘発されれば、損害賠償や商品の返還は必要なくなるんですが」
誰かが、アルフレートの言葉を途中で引き継いだ。
女の声だ。
通路を歩く複数の音が聞こえる。
会話の権利を譲るかのように、アルフレートはナールの正面から退ける。
部下を引き連れ制服に身を包んだ女がすぐに姿を現し、先ほどまでアルフレートが立っていたナールの正面に立った。
「こんにちは。黒髪のお兄さん」
若干癖のある茶髪をショートカットにし、アルフレートよりは低いとはいえ、女にしては高い身長、彼女の顔はどこかアルフレートに似ていた。
制服についている階級章は、交差した二本の槍。
表す階級は、
「私は『一番隊隊長』ハンネローネ・ベッカー。こっちのアルフレート・ベッカーの姉です」
ナールは驚愕した。
「治安維持局内に身内が居たのか・・・」
それも一般兵ではなく、幹部である『十二隊長』ときた。実力は相当なものだろう。
「違法奴隷の場所を、潜入して調べる必要があった。だから信用できる弟を私が推薦しました」
奴隷市場で働いている者に、違法奴隷の場所を聞いても確かめる術がない為信憑性に欠ける。
それは冒険者を雇っても同じことだが、違法奴隷を扱っている従業員の情報よりは信用できる。
ここで衛兵が潜入できないのは、衛兵が行う訓練は基本的にどこも同じ為、見るものが見れば、手にできた剣だこや構えから一発でバレるからだ。
バレなくとも、疑われるようなことがあれば、大きい奴隷市場は貴族との繋がりを利用して、強引な身辺調査を行うだろう。
だから、アルフレートは適任だ。
冒険者=何でも屋、という認識は世間一般的だ。奴隷市場の用心棒をやっても疑われる要因はほとんどない。
そんな中で、姉という確実な衛兵との繋がりがある。
それに、アルフレートの実力からして、周りから評価されるのは確実だ。
評価され、信用を得れば、より機密性の高い情報が入ってくる。
「潜入調査は順風満帆。そのまま用心棒を続けていれば、近いうちに望みの情報が手に入る予定でした」
だが、ナールが現れた。
敗北し、役立たずとみなされたアルフレートは解雇され、結局違法奴隷の場所もわからずじまいだ。
ナールはバツが悪そうにした。
「なんか・・・すまん・・・」
「アルの力不足。謝る必要はありません。貴方は、降りかかった火の粉を払っただけです」
「酷え言われようだ・・・」
姉に力不足と言われ、アルフレートは苦い顔をしている。
ハンネローネは、無視して続けた。
「捜査妨害に繋がった。ですが、咎めではなく、これは対等な交渉です」
彼女はその顔に、人を安心させるような微笑みを浮かる。
「此方の要請は、貴方が一度捕まった奴隷市場の摘発の協力。報酬は先ほども言った通り、奴隷市場への損害賠償及び、ラウレ・グラウチェの返還の取り消しでどうですか?」
利害の一致からくる要請と報酬。
十分だ。
それに、衛兵達がどう思っていようが知ったことではない。
狂気的な他者救済願望に身を任せる。
「それで構わん。ただし、俺の判断で約束が反故されたと思ったら裏切らせてもらう」
「裏切られると損失と不利益が大きい。そうならないように、交渉の詳しい内容も決めましょう。ここは仮契約成立ということで、場所も移しましょうか」
ハンネローネは苦笑すると、連れて来ていた部下にナールの拘束を解くように指示する。
すぐに鉄格子の扉が開かれ、入ってきた三人の衛兵がナールに着けられた拘束具を外し始めた。
尋常じゃない拘束具を全て外すのは、それなりの時間がかかった。
少し経って体の自由を取り戻したナールは、鉄格子の扉をくぐった。
床に立って再確認したが、ハンネローネの身長は女にしては高く、ナールとそう変わらない。弟のアルフレートは頭一つ分くらい抜きん出ている。
そんな彼女は、友好の証として握手を求めた。
「お兄さん。働きを期待しています」
「あんたの方が年上だろうに・・・」
今更だが、歳上の女に『お兄さん』と呼ばれることをむず痒く感じながら、彼はその手を握った。
読んでくださってありがとうございますm(_ _)m
次は銀双の方を執筆します。
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@Hohka_noroshibi