剣人-帰還
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前回のあらすじ
ナールはミナヅキと共にアジェナを目指す。
付近に川が流れている野営に適した場所まで来た。ガルバーの竜車で初めて野営したのと同じ場所だ。
夕方前で少し早い時間帯だが、本日の行軍はここまでとなった。
野営の準備をしなければならないが、火起こしや夕食の用意は御者や商人達がしてくれている。ナールとミナヅキは、臭い袋の設置を請け負った。
臭い袋は魔物避けだ。中身は薬草やら魔物の部位やら。ツンとした鼻をつく臭いを魔物達は嫌う。
今回使っているのは安物だ。高い物はもっと高能か、無臭で魔物のみに効果がある。
安価なそれを適当な間隔で野営地を囲むように木に吊るしていく。
「これが終わったら手持ち無沙汰になってしまうな」
「暇なら鍛錬に付き合え」
「他にはないのか、他には・・・」
「本音を言うなら『流摑司流』を教授願いたいところなんだが」
まだ諦めていなかったようだ。
難しいが、ナールは了承することにした。鍛錬付き合うよりは地獄をみないで済むはずだ。
「多くは教えられんぞ?内容も行きの竜車で言った事とほとんど変わらん」
それでも構わんなら、と同意を求めるように締めると、それで構わない、と了承を得た。
断りを入れたものの、今は移動中ではない。できることの幅は広がる。
二人は作業を終えると川へ向かった。
商人達は川と街道の中間辺りで火を起こしていた。川からの距離は約三十メートル。護衛任務にも問題はなさそうだ。
「川辺で行う必要があるのか?」
「水の方が『流れ』が分かりやすいだろ?」
風と違い、川の流れは見ることができる。理解が深い方が操作性が高いのは魔術と同じだ。
砂利の岸辺に立ち、説明を続ける。
「だがまずは『力流』を感じ取れなければ始まらん」
「それは前にも聞いた。問題はーーーーー」
「理解できんし、感じ取れんのだろ?」
「腹立たしいがその通りだ」
そもそも『感じる』とはどうすれば成功したと言えるのだろうか。風が体に当たり、『風が吹いている』と判断するだけでは駄目なのだろうか。
ミナヅキの分からないことだらけという状態に、ナールはさらに拍車をかける。
「目の前の川を見ようとるな。水の流れはあくまで提示された正答に過ぎん」
水の流れを感じるのに目に頼るな。また、風の流れでは体に頼るなと言いたいのだろう。
つまり、
「五感に頼るな」
「それでどうやって感じろと・・・?」
「ぅむ、これは感覚の話だが、自分の奥底で感じるといった感じか?」
「さっぱり分からん」
目をすがめたミナヅキに、ナール自身唸りながら何とか説明を試みたが、やはり全く理解してもらえない。無茶苦茶なことを言っている自覚はあるにはある。
ので、少し趣向を変えてみる。
「そうだな、・・・じゃあこれでどうだ?」
「っ」
殺す気で腰の剣に手を伸ばす。
だが、届く前に喉元に切っ先を突きつけられた。
「何の真似だ」
「今の殺気と似た感じ方だ」
「なら口で言え。首を飛ばされても文句は言えない立場だぞ」
「習うより慣れろと言うではないか」
ナールは刀と共に殺気が失せるのを感じて、無傷の首をさすった。
「首がなくなるかと思った」
「剣すら出していないのによく言う」
首から刃を生み出せないことはなかった。それでも間に合ったかは怪しい。
「まず目を閉じて川に意識を向けろ。気配を探るのようにだ。音は聞かんでいい」
冗談をさておき出された指示に、ミナヅキは従う。
刀を納め、言う通りに川に向き直った。目を閉じ、意識を向ける。
「意識を川に向けたまま思考を空にして、集中するように沈めていけ。上手くすれば『力流』を感じ取れるはずだ」
「・・・」
これ以上指示を出す必要はない。あとは彼女次第だ。
(すごい集中力だな・・・)
没頭している。今ならナールにでも背後から斬り殺せるくらいに。
野営の準備をしている商人達の話し声、風が木々を揺らす音、川のせせらぎ。どれも聞こえていないだろう。
しばらくして静かに目を開けたミナヅキに、ナールは問いかけた。
「何かわかったか?」
「何も・・・」
「すぐにはできん。師匠曰く、一生できん者が大半らしい」
それは後継者が居ないことから明白だろう。ミナヅキ自身、できるようになるとは限らない。できるようになったとして、一週間先か、一ヶ月先か、一年先か、果ては十年先かもしれない。
ナールはたった十日で習得したのだが、それでも最後は才能が無いと見限られた。
「なぜお前が苛立たしそうにする・・・」
「クソジ、師匠のことを思い出したら腹が立ってきた」
「元はお前が悪いという話じゃなかったか?」
まごうことなき事実、ナールが悪い。
師は愚かでどうしようもない弟子を許せなかった。
「だからと言って、ネチネチと二年経っても引きずるようなことをした覚えはないんだが」
愚痴を呟きつつ、川に手を浸した。
「ただ封じていた魔物を復活させただけではないか・・・」
「殺されても文句は言えないな」
突っ込みを無視し、水を握って川から引き上げる。
手には手のひらサイズの水の球が収まっていた。手のひらに留まってはいるが、スライムのように形が不安定だ。
「これも初歩だ。《集》という技で水が散らばらないように集めている」
ちなみに『流摑司流戦技』は、直接的な攻撃技以外全て『力流の動かし方』を技名にしている。《流》や《集》、《乱》や《廻》何て技もある。
「これを一段階上げる」
手のひらの水が高速回転し始めた。形が安定し、少しずつ縮んでいく。すぐにビー玉サイズまで小さくなった。
手のひらを川へ向け、《集》を止める。
パンッ!と水が弾け、ナールの手がわずかに跳ね上がった。
「規模を大きくすれば攻撃にもなるが、反動も大きくなる。人を殺せる威力なら少なからず自損する。圧縮を一部だけ止めれば飛ばすこともできるが、それなら魔術の方が有用だ」
魔力を使わず自損覚悟で攻撃するなら、魔力を使って無傷で攻撃した方が賢明だ。
「ミナヅキ、あんた程の実力者だと『流摑司流戦技』を有効的に使うには、それなりの高みを目指さんといかんぞ?」
「・・・」
ミナヅキは黙って聞いている。
「あんたとの決闘で飛ばした風の刃も、さっきの水球も魔術で代用が効く。攻撃を流す《流》だって『流水流』の技で似たものがある」
ナールが有効的に使えているのは、強くないから。魔力が無く、闘気が纏えないことで身体能力も高くない。
実力が低いからこそ、程度の低い技能が役に立つ。
だが、ミナヅキは違う。魔力があり、闘気が強靭で身体能力も高い。
《衝》を覚えるより、力任せに殴った方が早い。
《流》を覚えるより、『流水流』の技を代用した方が早い。
《集》を覚えるより、魔術で風の刃を飛ばした方が早い。
ちなみに、《瞬動》と同じ古流武術には《鎧通し》もある。《貫》の代用もある。
「俺が口出しすることではないが、他の流派や魔術を浅く広く習得することを勧める。それに、どこまで伸びるかは不明だが、ちゃんと教授できる者がおらんと話にならんだろ」
それこそ、開祖である桜庭 統流のように何百年もかけられる寿命がなければ、手探りで極めていくなど無理難題だ。
「『流摑司流』をものにするのは困難か・・・」
ミナヅキの呟きには諦念がこもっていた。
現実的な弊害のうちの一つとして、ナールも自分の事情を話すことにした。
「俺ももうすぐアジェナを発つ。教えるのは一向に構わんが、そう長く付き合えんぞ?」
「何だ、もう発つのか?」
「あと半月くらいで出るつもりだ。滞在は仲間の体力回復が目的だったんでな。寂しいのか?」
「正直に言うと。面白い奴に会えたと思ったんだが・・・」
軽口には素直に答えられた。そこでよせばいいものを、もう一度軽口を叩くナール。
「俺もあんたみたいな美女に会えて光栄ーーーーー」
刀に手が伸びた。
それを見たナールは、暴力反対を訴えるように両手を突き出し、数歩後退した。
「待て待て待てッ、すぐに刀を抜こうとーーーーー」
その先が川でなければ転倒することもなかっただろう。
「うぉわぁっ!?」
「世話が焼ける・・・」
ミナヅキが差し出した手をナールは咄嗟に掴んだが、危機は終わらなかった。
ミナヅキが驚いた表情をする。
「重いーーーーー!!」
ナールの体重が彼女の予想を超えていた。バランスを崩す。
ドボンッ。二人は仲良く川の中にひっくり返った。
⌘
大熊に襲われたが危なげなく討伐し、ミナヅキと川に落ちたが、濡れて透けるような布地の衣服ではなかった為、ナールは命拾いしてーーーーーただし浮かび上がった流線的なボディラインを直視して平手を一発被弾しながらもーーーーーアジェナに帰還した。
ミナヅキは『流摑司流戦技』の修得を諦めたようだ。
ナールの心配は、彼女が東竜山脈に隠居している老害を捜し始めないかの一点だ。釘を刺したから大丈夫だと思いたい。
馬車、それも集団での帰路は、竜者より時間がかかった。馬車でも単独であれば昼には着いただろうが、もう夕刻が迫っている。
身分証を提示し、荷物検査を受けて入街してしまえば、護衛は終了だ。
依頼に関する書類にサインを貰うと、適当に挨拶をして、荷物を持って早々に立ち去る。居ても邪魔になるだけだ。
「私は依頼の報告と精算に行くが、お前はどうする?護衛任務の報酬は、共に受け取った方が手っ取り早いぞ?」
「ああ、俺もコボルト討伐の報告がある。だが、しかしな・・・」
ナールは頭を掻いて言葉を濁した。
決闘やら喧嘩やらでかなり目立っていたのだ。一緒に行き、『黒龍』討伐の貢献者などと認識されたらたまったものではない。
「草喰とマクダも到着するだろう。『黒龍』の素材の話も含めて、夕食でもどうかと思ったんだが、何か用事でもあるのか?」
「フェリクスの親父さんーーーーー『業物作り』の所に、ちょっとな」
「丁度いい。私も刀の修理依頼がある」
藪蛇だった。
フェリクス父のことだ。ミナヅキに直接『黒龍』の魔石を要求しかねない。そんなことをされれば、ミナヅキ達を出し抜こうとしていたことが露見してしまう。
(殺されかねん・・・)
「っと、その前にラウレを迎えに行かなければならんかった・・・」
「冒険者でもない女を、この時間帯のギルドに連れて行くのか?」
冒険者ギルドでは夕方以降は酔っ払いが増え、乱闘騒ぎが多発する。大抵が屈強な男なので、貧民区より危険かもしれない。
「報告は明日でも構わん」
「・・・そうか」
ミナヅキは、ほんのわずかに表情を曇らせただけで食い下がらなかった。別れを惜しむことなく背を向けた。
冒険者ギルドは商業区の西ーーーーー西門から大通りを東へ真っ直ぐだ。居住区の東側にあるベッカー家は、大きく迂回する必要がある。
「ミナヅキ」
「?」
首だけで振り返った彼女に、軽く手を挙げた。
「またな」
「ああ、また」
些細な別れの挨拶を告げると、ナールは足をベッカー家へと向けた。いつも通り複数の視線を集めながら、人の往来を抜けていく。
そうしているうちに違和感を覚えた。
何かがおかしい。
北の居住区に来た所で、その正体に気づいた。
(やけに衛兵が多いな。何かあったか・・・?)
空気が少し張り詰めている。
気が立っているのは衛兵だけではないからだろう。彼らを嫌う日陰者達も、活動の影響を受けている。
ナールは、フェリクスの鍛冶屋に寄るのをやめ、ベッカー家へ直行することにした。嫌な予感がする。
すれ違う衛兵が、東の居住区に近づくに連れ、増えていく。
何かが、おかしい。
歩く速度を上げ、ベッカー家へと急いだ。
高級住宅街が騒然としている。嫌な予感が膨らんだ。
「おい、お前」
服装が服装なだけに、衛兵に声をかけられた。
苛立たしげに足を止め、近付いてきた衛兵を見た。無自覚のうちに殺気立っていた。怯ませて無駄に警戒させてしまった。
「っ!?こ、ここで何をーーーーー」
「あぁっ、ちょっと待ったッ。この人、カール副隊長とハンネローネ隊長のお知り合いですッ」
詰問する衛兵と、殺気立つナールの間に、若い衛兵が割り込んだ。
「そうだよね?ナール君」
「そうだが・・・、あんたは?」
「僕はカール副隊長の直属の部下なんだ。ああ、会ったことはなかったね。ナール君は事件の当事者なので、僕に任せてもらっていいですか?」
「あ、ああ」
声をかけてきた衛兵は厄介払いできたとばかりに、その場を立ち去った。巡回しているのだろう。
それを見届けることなく、ナールは聞いた。
「当事者?どういうことだ?」
「落ち着いて聞いて欲しい。ベッカー家が何者かに襲撃されたんだ・・・」
「どういうことだ!?」
思わず、怒声と共に胸ぐらを掴んだ。
なだめるカールの部下に構わず質問を続けた。
「落ち着いてっ」
「ラウレはッ?アルフレートは無事なのか!?」
「落ち着けってば!」
「言え!!二人はどうなった!?」
「アルフレートさんは重傷っ。なんとか一命を取り止めたけど、ラウレさんは・・・」
少女の名前と区切りを聞いて、心臓が縮んだまま硬直する。
「行方不明だ」
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