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剣王と魔術姫  作者: 熢火
剣人-第1章/王城に咲く血の桜
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剣人-力量

前回のあらすじ

ブラックドラゴンに襲撃されたミナヅキ達は、ナールの助けもあって、なんとか討伐に至った。

ナールは思いもよらない形で討伐の立役者となり、『黒龍』の素材も分けてもらえることになったが、彼は知らない。企みの証拠品である仮面が焼け残ったことを。

『低い力量に、卑小な意志。正に愚劣。今の主は刃引きされた剣にも及ばぬ、錆びた鉄屑じゃ』


ーーーーー知っているさ、この程度が今の俺の全力だ。


『守る者が居ないから良しとするか。救済の業を背負っていながら、強さを諦めるか』


ーーーーー諦めとらん。現に、あんたと修行しているだろ。


『理解せず、自覚も持たぬか。救いようのない愚か者め』


ーーーーー何が言いたい?


『主はいずれ後悔する。己の無力を泣き叫ぶことになる。ーーーーー覚えておけ』


(ああ、そうだ。あんたはいつだって正しい。それを受け入れられない俺は単なる愚か者だ)


あの時は理解できなかったが、修行生活から開放されてからは一目瞭然だ。

鍛錬は現状維持に留め、上を目指そうとしない。


(どうすれば強くなれる・・・)


ナールはぼやけた思考で答えを考えながら目を開けた。答えは出ない。


記憶を辿った、嫌な夢をみた。


露骨な舌打ちをしてベッドから這い出ると、カーテンの隙間から差し込む光を見て、大方の時刻を判断した。

光が弱々しい。夜が明けて間もないのだろう。


昨夜の町で行われた宴には討伐の立役者として参加させられたが、さっさと依頼を終わらせて帰る為、酒は程々に早めに退散させてもらった。

鍛錬を済ませて朝食をとったら、依頼のコボルト討伐に向かうつもりだ。


夢のせいで、朝の鍛錬が憂鬱だ。


(軽く済ませるか・・・)


コボルトとの戦闘に備えてだ、と正当な理由なのか言い訳なのか自分でも分かりかねる思考をすると共に、この場に師匠が居れば叱咤ーーーーーこの場合は半殺しだろうがーーーーーされるという予想もした。

言い訳と被害想定を同時にしてしまう自分にうんざりしてため息を吐くと、新しく買い揃えた服に着替え、剣を携えて外に出た。


先客が居た。

老人は朝が早いと言うのは本当のようだ。


「鍛錬か。精が出るな、ナール」

「あんたもな、クサハミ。体は大丈夫なのか?」

「お嬢やお前より軽傷だ」


ぶんッ!と槍を振るって健全さを見せつけたクサハミは、普段着に面頬を着けていた。盾は持って来ていないようだ。


「あまり年寄り扱いするな」

「そういうつもりはなかったんだが・・・」

「不機嫌そうだな。何かあったか?」

「気にせんでくれ、酒が抜けきっとらんのだ」


顔面を撫でて誤魔化すと、ナールも剣を抜いて素振りを始める。


クサハミは槍を肩に担ぐと、その様子を眺めながらくぐもった声で切り出した。


「ところで、野良討伐はできなかったな?」

「ぶっ!?!?」


ナールの剣筋が乱れた。振り下ろした剣で危うく自分の足を切りかける程だった。


「図星か・・・」

「なんのことかわからんなー」

「・・・」


黙り込んだクサハミが、近くに置いてあった荷袋から何かを取り出す。


フェリクスに用意してもらった仮面だった。煤けているが見間違えようがない。


(何で燃えとらんのだぁッ!!)


だらだらと、ナールは嫌な汗を流す。


「汗が尋常ではないようだが、大丈夫か?」

「汗?ああ、剣を握るとキンチョーしてアセガトマラナクナルです」


言葉遣いすらおかしくなり始めた。

リューグナー(嘘つき)の名が泣いている。


「その仮面は俺の物ではない」

「まだ何も言っていないが?」

「・・・」


面頬を着けた老人の表情は窺えない。視線が冷たいことから、朗らかではないことは確かだ。


「おかしいとは思っていた。『黒飛龍』の目撃された時期、地域で依頼を受け、お嬢達との同行は都合が悪そうだったからな」

「・・・コボルト討伐は『早急』の依頼で報酬が良かったからだ。それと、ミナヅキは少し苦手だ。勘が鋭い・・・」

「建前はいい。ナール、この被り物の用途も含めて正直に話せ」

「うむ、あれだ。・・・この顔で活動していると、色々と入り用になるかもしれんだろ?」

「『剣王』と似ているからか?ならばなぜいつも晒している?」

「・・・」


誤魔化せそうにない。

こうなったら恩人であることを盾に、何とか言い逃れるしかない。

命を助けた恩を忘れたのか!?とナールは小物台詞をほざこうとした。


「と言いたいところだが・・・」


その前にクサハミが視線を緩めた。


「恩人を問い詰めるのは義理に反する」


恩を仇で返すような相手ではなかった。


それはそれで自分の小ささを見せつけられ、ナールは自己嫌悪に陥る。


そんな彼をよそに、クサハミはもう一度荷袋を漁り始めた。


「ならば剣で白黒つけようぞ」


木刀を二本取り出し、片方をナールの方へ放った。

残る一本を右手に持ち、切っ先を向ける。


「この兎角(とかく) 草喰(くさはみ)、貴殿に一対一の決闘を申し込む」


敵意のこもった視線と声色がナールを叩く。

逃げられない。

逃さない。


「お前が勝てば企みを見逃す。だが負ければ、全て話してもらう」

「・・・わかった。使う武器は木刀だけか?」

「呪いを使っても構わないが?」

「・・・いや、木刀(これ)だけで十分だ」


クサハミが地面に槍を突き立て、少し離れた場所で構えると、ナールも応じるように構えた。


「『剣人』ナール・リューグナー。その決闘、受けよう」





クサハミが大上段に構えたのに対し、ナールは木刀を左に流して構えた。

静止。


静寂と穏やかに吹く風は心地いい早朝そのものだが、張り詰めた空気が奇襲に脅えた戦場のように殺伐とさせる。


両者とも動かなかった。彫像のように、このまま永遠に動く時が訪れない予兆すらする程に。

それでも始動の時は来る。


「っ!」


先に動いたのはナールだった。

が、初動を制したのはクサハミだった。ナールが動こうと力を入れた瞬間、彼も動いた。

虚を突かれた初動で、タイミングが崩れる。


「くっ!?」


脚が、筋肉が、体が僅かに強張った直後、先手を叩き落とされた。返し技が放てる後手の余裕も、優位性も確保できていない。


態勢を立て直そうとしどろもどろになっている間に、クサハミは間合いに入り、容赦ない袈裟斬りを放つ。


「ぬンッッ!!」


時機の選び方で相手の先手を狂わせ、鋭い踏み込みで余裕を潰し、切れのある攻撃で仕留める。

防御する時間は与えなかった。


無防備に晒されたナールの首に撃ち込まれた木刀は、彼の体をーーーーー透過した(・・・・)


「っ!?」


ナールの体は、蜃気楼の如くそこにあって居なかったように、陽炎のように揺らいで消える。


(残、像・・・!?)


本体は、


「下か!」


低姿勢から脚のバネを使い、体を跳ね上げつつの逆袈裟斬り。


クサハミの判断は速かった。後退しながら体を仰け反らせ、木刀の間合いから逃れる。


「ッ」

「逃がさん!」


ナールは、驚愕に開かれた目が覗く面頬ごと、顎を下から打ち上げる。


カァンッ!と乾いた音が鳴り、面頬が打ち上げられ、回転しながら地面に落ちた。





結論から言おう。

ナールは負けた。それはもうコテンパンにされた。

『偽閃流闘術』の奥義ーーーーー身体能力の低いナールでは一撃目限定になってしまうーーーーーまで使ったというのに。


カウンターは顎を打ち抜き損ね、面頬を弾くだけに留まり、その後は素顔を晒したクサハミの独壇場だった。


そしてナールは全て吐いた。決闘後に持ちかけられたフェリクス父の依頼から『黒飛龍』野良討伐の算段、果ては同行させてくれたミナヅキ達より先に討伐する腹積もりに至るまで。もうどうにでもなれと半ば自棄になって吐いた。


クサハミの視線は厳しい。今にも槍を手に首を刎ねられそうだ。

彼の素顔は、左の頰からこめかみにかけて皮が剥がされた痕があり、迫力がある。


「・・・クサハミ」

「何だ?」

「面頬は着けんのか・・・?」


クサハミは鼻を鳴らすと、槍を地面に突き立て、手に持っていた面頬を着け直した。


「不快だったか」

「・・・その程度可愛いものではないか」


そう言うと、視線が鋭さを増した。


「す、すまん、無配慮だった」

「・・・周りが恐がる。依頼で同行する商人にも、いい顔をされた試しがない」


自己嫌悪で着けているわけではないようだ。職業柄、護衛の依頼ーーーーー主に商人や金持ち相手にーーーーーなどで苦労するのだろう。


「魔物にやられたのか?」

「否だ、自分でやった。この傷は誉でもあり恥でもある」

「なら外していても構わんのではないか?」


なぜ、そうなるのだ。

周りを気にしているのか気にしていないのか、判然としない少年を黙殺すると話を戻す。


「お前が恩を仇で返そうとしていたことはわかった。だが、結果としてお前のおかげで俺達は助かった」

「・・・見逃してくれんか?冒険者ギルドを追放されると色々困るんだ。『黒龍』の素材はいらんし、目障りならーーーーー」

「そう急くな。言ったはずだ、恩人には相応の礼はする。義理に反することもしない」


クサハミは瞠目した。


「もう一つ聞くが、なぜ逃げなかった?」

「?決闘の話か?」


ナールはとぼけているつもりはなかったが、冷ややかに見つめられた。


「察しが悪いな、『黒龍』に襲われた時だ」


下手をすればナールの手出しは無意味で、全員死んでいたかもしれない。さらに、もう一人分の死体が加わる可能性も明らかに高まった。


あのまま逃げることもできたはずだ。

それなのになぜわざわざ竜車から飛び降り、戦いに横槍を入れたのか。

勝算があったわけではないはずだ。ミナヅキに頼った時点で、彼一人では勝てなかったという証明ではないか。

数日前に知り合った相手に、自分の命を躊躇いなく賭け、助けようとした理由は何だ?


ナールは少しの間黙っていたが、静かに脈絡なく答え出した。


「・・・俺は、誰一人として救いを与えることができんかった・・・」

「・・・?」


クサハミの怪訝そうな視線を無視して続ける。


「何千、何万の人を諦めて見捨てた。代わりにならんことはわかっている。だがせめて、」


救済の業。理解されないことを理解して尚、言い切った。


「手が届く所に居る相手くらいには、できるだけ救いを与えることに決めた。・・・まあ、要するに、助けたいから助けた、ただそれだけだ」

「・・・傲慢だな」

「知っている。だが、」


弱者の分際で、救いを与えることができると思っている。救いになると思っている。

愚かにして傲慢。

嘘つきにして咎人。


「それが俺だからな」


どうしようもない、不遜な少年。


クサハミは重々しく溜息を吐いた。槍を持ってナールに背を向けると、仮面を背後に放り、その場を後にする。


「・・・俺は今朝、一人で(・・・)鍛錬した」


老人が何を思ったのか、ナールには判断しかねた。

ナールは受け止めた仮面を適当に置くと、一人で鍛錬を始めることにした。





鉄と鉄がぶつかる音が連続する森の中に、血の臭いが漂う。


ナールは、武器を力任せに振り回すだけの二足歩行の犬を掃討していた。

コボルト。Dランク。


連中の武器は、商人や冒険者から奪った武器を使用しているようだが、手入れなどされておらず、剣や斧も棍棒と同じ鈍器と化している。

フェリクス父の剣とナールの剣術の前には、盾にもならない。武器は両断、相手には深傷を負わせることができる。


奇襲で気付かれる前に二体、動揺している間にさらに二体屠った。

囲まれて殺到されると面倒なので、一旦距離を取ろうとした所、横から一体突っ込んで来た。


「グルァッ!」


攻撃を軽く流してカウンターで急所を抉る。


「五体目」


剣の血糊を払いながら距離を取った。


残敵は八。仕留めた数も合わせて十三体、中規模の群れだった。


「ふむ、いい斬れ味だ。この分なら残りも・・・」


余裕だろうが、油断は禁物だ。

ナールは気を引き締め直すと、仲間を殺された戸惑いと怒りに唸り声を上げるコボルト達から全力疾走で逃げ出した(・・・・・)


一拍間を置いて、獣らしく吠えた野犬達も追って来る。


木々が生える森の中だ。森や山の中の走り方は知っているが、生まれ育った敵方に部がある。そのうち追いつかれるだろう。

だから、迎え撃つ。

剣を左手に持ち替え、右手五指の腹から、曲げた指の延長のような片刃の刃ーーーーー鉤爪を生み出す。それを通りすがりの木に突き立て、アンカー代りに木の周りを半転した後、左手の剣を一閃。


半転している間にも距離を詰めた先頭のコボルトは、予想に反して木の反対側から現れたナール動きに反応しきれず、喉笛を切り裂かれた。


「六体目」


他のコボルト達は、急な方向転換をした人間に合わせるように、その場で足の爪を地面に突き立てた。

その行為が失敗だったと何体が気づいただろう。


先手必勝だ。ナールは鉤爪を消し、緊急停止を試み動きを止めたコボルトを斬り殺す。


「七体目」


そこでやっと攻撃をしかけて来た。右に一体、左に二体の左右の挟撃だ。


(もう一体始末したいところだったが・・・)


焦っても仕方がない。

思考を切り替え、無難に右の一体に接近した。


「《流》」


大振りな一撃を奥へと流してやると、コボルトは自分の攻撃に引っ張られるようにして、反対側から接近していた内の一体に激突した。

もう一体は巻き込まれることなく、ナールを間合いに捉える。


「ガアァッ!」

「学習せんな・・・」


大振りの一撃目は躱し、返す刀の二撃目に合わせた反撃で武器を持つ腕の腱を断った。

情けない叫び声を上げ、武器を手放した相手に蹴りを叩き込む。


「《衝》」


思った以上に体重が軽かった。

復帰しようとしていた先程激突した二体を巻き込み、木に衝突してやっと止まった。


ナールはそれを見届けることなく、横から迫っていた剣を持った一体に向き直り、衝撃だけを流して受け止める。

ガキィィィンッ!という鉄の残響が止まない内に、片手を背後腰に差してあった狩猟刀に伸ばす。迷わず抜刀、相手の腹を掻っ捌く。


どぷっ、と赤黒い内臓が零れた。腹部にできた口から命そのものが吐き出されたように、力が抜ける。


脱力の瞬間を逃さず、相手の剣身の上を滑るような斬撃でトドメを刺した。


「八体ーーーーー」


二体が既に間合い。

二本の剣を駆使して同時に相手をする。


不慣れな連携だ。一体が攻撃しようとしたことで、もう一体がたたらを踏んだ。


『偽閃流闘術』。攻撃して来るコボルトの相手をするように見せかけ、躱し、たたらを踏んだコボルトに肉薄する。

戸惑った相手に連撃を叩き込み、二刀の刺突で呆気なく瞬殺できた。


「九体目」


突き刺した剣を抜くことはせず、振り向きつつ飛び退いた。


大振りの上段からの攻撃が、ナールの代わりに死体の一部を生々しく潰した。

攻撃を外し、悔しがると思いきや、コボルトの表情は嬉々としていた。


「素手になったことがそんなに嬉しいか?」

「ガゥラアァッ!」


犬の顔で器用に笑いながら接近して来る。随分間抜けな光景だ。


笑う犬の誤算は、ナールの呪い(能力)を知らなかったこと。刀剣限定で言えば、彼は体一つで武器庫以上に凶器を格納している。


「十体目。依頼完了」


生み出した長い刀で範囲外から断頭。


虚しい紅い噴水と化した個体が最後のようだ。周囲を見渡しても、蹴り飛ばした一体と巻き込まれた二体は見当たらない。気配もしない為、逃げたのだろう。


ナールは刀を消し、剣と狩猟刀を死体から引き抜くと、血糊を振り払い、剣身を見つめた。

黒髪黒目の少年が映る。


「・・・小手先の強さだけでは限界があるか・・・」


独りぼやきながら剣だけを納めると、手際よく討伐証明を剥ぎ取り始めた。

読んでくださってありがとうございますm(_ _)m

次話は4/15(土)更新予定です。


Twitterにて更新予定の変更&友人M氏によるイラスト公開中です

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