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第四話

次回、シリアス?



朝飯にまた粥を作り、栄養価が高くそのまま食える野草を混ぜこんだ。冗談みたいに不味い七草粥のような物体の完成である。これでも昨日よりマシなはずだ。無味に近い薄塩な虫除けとか防カビのポプリの匂いが効いた昨日のよりは、本当に。知ってたか、青臭さも十分食べ物の味なんだぜ……。


それでもまだ肉類であればマシな野外料理ができるんだが、消化を考えたら粥に葉物を入れるのさえ躊躇われるレベルだ。それ以前に兎の獣人って草食なのか、雑食なのかという不安がある。


でも、同じものをずっと出すのも悪いって言うし……こんなことだったら、マッドサイエンティストでいいから看病の方法でも聞いときゃよかった。


あいつは、野戦病院を開くのが趣味で戦争の追っかけしてたから毎度毎度戦場で会うんだよなぁ。うちの軍医って言っていいくらいには頻繁にこちら側に野戦病院を設立してたし。


余程疲れがたまっていたのだろう、熟睡していたシイラを起こして粥の器と匙を差し出す。


けれど、器をじっと見つめるばかりで食べようとはしなかった。


……なんだこの、なついたと思った猫が翌日には警戒して近寄ってくれないみたいな。


「シイラ、食べれないものでも入ってたのか?」


きょとんとして俺を見つめる黒くつぶらな目には「あーんしないの?」と書いてあるように見える。


あ、いや、自意識過剰とかではなく!


だって、匙と手元も見てくるし……食べれないものはないって首振ってるし……。


間違ってたら心の中で悶え死にそうだと思いながら匙に掬って口許に持っていく。


その際に「潰したからわからないかも知れんが、ジキとルサとヌイの葉が入ってる……昨日より味は悪くないぞ?」とさりげなく「あーんしたんじゃないんだからね、説明したときに見やすいようにってしただけなんだからね!!!」みたいなカモフラージュをしてしまったのは仕方のないことだと思う。


と、なんのかんの一人で勝手に慌てたものの。


差し出された匙を見てシイラはほっとした様子を見せ、昨晩と同じように食べてくれた。


いやあ、よかった……。


そうだよな、怪しいとはしても俺がやったことは基本的に善行であって、嫌われるようなことではないはずなんだから。


シイラが食事を終えて一息ついている間に手早く粥を飲み込み、今日の、そして今後のことについて話してしまうことにした。


もちろん、彼女が話したくないようなことも話さねばならない。


「一応、確認させてくれ」


もっと落ち着いてから訊く方がいいのだろうが、自分はそういったことに気を遣える人間ではない。


心の傷や精神には詳しくないので自分が考えられる以上の最善などないとすっぱり割りきって、塞ぎかけの傷を弄るより怪我はしたての方がマシという個人の主義に則って話し合いを進めさせていただこう。


こっくりと頷くシイラを確認して、ゆっくり尋ねていく。


「まず、身寄りはあるのか?」


シイラは、静かに首を横に振る。


「獣人の知り合いは?」


また、横に振る。


「普通の人の知り合いは?」


これも同じ。


嘘などつく必要がないので、きっと本心だろう。あの状況から予想はついていたが、身寄りはないらしい。いや、むしろ身寄りがあってあの状況下まで追い詰められていたのなら余計に悪いか。愛情を持たない肉親ほど厄介なものはない。


ある意味ではこれ以上の精神的負荷がかかる危険性が減じたことになるが、今後の指針もないということになる。


「じゃあ、シイラ、お前はこれからどうしたい?」


二つ続けて単純な質問でハイかイイエで答えられたのに、いきなり抽象的な質問に切り替わったのも手伝って呆けるシイラ。


「身寄りがあればそこに行くし、知り合いがいるならそちらに住むのも考える。でも、どちらもいないなら……シイラはこれからどこでどうやって生きたいか考えてくれ。俺は定職こそないが、娘一人養えないほど甲斐性がないわけじゃない。そして、当てもないからシイラが選んでいい」


言ってから、軽くストーカー宣言混じってないかと思ったが知らん。定職なしのストーカーか……。


昨日の晩に考えた通り、もうこの子を手放す気はないのだ。それこそ、「義父さん、娘さんを僕にください!」と土下座する心底シイラを愛してるとしか思えなくて誠実で無害で有能そうな男があらわれるまでは、絶対に認めない。


当然、頼れる両親がご存命なら近所の気のいいおっさん……第二の父親になろうかと思っていたが。……大丈夫、だよな、まだストーカーじゃない……よな。


「ガイルさまが思うとおりになさってくださればいいです」


一体なぜそんなことを訊くのか、という疑問に満ち溢れた表情を浮かべるシイラ。


「いや、それは違うだろう」


と思わず即座に返してしまった。相変わらずぼんやりとしながら折れそうなほど細い首を傾げている。


「別にお前が生涯食うに困らぬだけの備えは用意できるが、俺が先に死んだらどうするつもりだ。金があるだけで世を渡っていくことなんか出来やしないぞ。そういう時に身を立てる方法はしっかり自分で決めなきゃ駄目だ」


特に平民として生きていくにしても、珍しい獣人であるこの子が生きていくなら生きる術として職や学は必須だというのに。


シイラは別に俺にたかろうとか、働くのが嫌だとか、そんなことは考えてないだろう。


ただ、この小さな女の子には「自分で物事を決める」という概念が欠けているだと思う。勝手な推測にはなるが、常に暴力を受けて虐げられる環境で意思決定が自分で出来る機会がそうそうあるようにも思えない。


政略結婚する貴族の令嬢でさえ、流されるだけでは生きていけないのがこの世界だ。


少しずつでいいから、自分から考えることを身につけて貰わねばなるまい。とシイラを見れば、相変わらずの無表情に僅かな焦りが生まれていた。


「ガイルさまは、シイラよりさきにしぬの?」


え、あ、そっちか。


そんなに焦るほど自由な意思が削がれていたのかと思っていたが、そっちか。


けれど、丁寧な口調を思わず忘れるほど気になったのが俺の生死なのは悪くない気もする。直球過ぎて便利な管理統制機能付きATMみたいに見られてる気もするけど。


「いや、そうそう簡単に死ぬつもりはないが……安全な職に就いているわけでもないし、何が起こるかわからんだろう。……それに、子どものお前と俺では残りの時間が違う」


シイラはいくら大きく見積もっても10歳までいかないだろう。俺が37歳なので、約30歳も年の差がある。シイラが80歳になる頃には俺は110歳……うん、無理だろ。この世界では人間の平均寿命なんて60歳そこそこだし、長く生きても80歳なんだから。


「わたし、もう8さい子どもじゃない!」


反応するのはそっちか。


なんだか微妙に感性というか感覚というかが俺とはずれているような。


それにしても、ピンと張った耳を伏せて地団駄のように足踏みをしながら怒る様子の何処が子どもではないんだろう。欠片も威力の無さそうなその足踏み(・・・)に思わず笑いが込み上げてくる。


堪えきれずに肩を震わせていると、自分が子どもっぽいことをしてしまったと気付いたのかばつが悪そうに後ろで手を組んでそっぽを向いた。


「7さいからはたらくので、もう大人です。儀式してないからぜんぶ大人じゃないけど、大人なのでちゃんと考えてます」


丁寧語に戻ったのは残念な気もするが、背伸びをしたい年頃なのだと思うとより可愛く思える。8歳にしては華奢で小さすぎるシイラの頭を撫でてやると、彼女は言いにくそうに言葉を重ねた。


「それに……わたしたちのじゅみょううのへいきん40さいくらいです。ガイルさまがさきに亡くなるかのうせいはひくいです」


顔をそらしたまま、うつむき加減に言う。


獣人であり人とは違う種族である彼女には自分にはわからないが、思うところがあるのだろう。


寿命の平均、ということはどんなに長く生きても40年そこそこしか生きれないということだ。確かに、それならばどっちが長く生きるかはわからない。


「そうか。でもな、だからと言って先を考えないのはおかしいだろう。今は自由になるんだから、自分にとって実になることをやって最善を尽くすのは当たり前のことだ。時間はかかってもいいから、何をしたいか、どうやって身を立てていけるようにするかは考えておけ」


変な男に捕まらない為にも手に職はつけるべき、という本心はそれとなく隠して、そうまとめておいた。


「ああ、それと、今日の予定に関してなのだが……これから、あの集落の弔いをしようと考えている。普通でも見ていて気分のいいものではないし、集落から少し離れた所で待っていてくれて構わない。どうしたい?」


わざわざ自分を傷付けた者の弔いをしたい者もいないだろうと尋ねてみると案の定、シイラは苦し気に思案していた。


「…………おてつだいすることは、できません。でも、近くにいたいです」


髪と同色であまりよく見えない眉をきゅと寄せて辛そうな顔をするくらいなら無理をしなければいいのに、と思うが。彼女なりに出した決断にどうこう言うべきではないだろう。


「わかった。まずはここの片付けをしてからだ。やり方を教える」


暗さを残しながらもすぐに真剣な表情に切り替わったシイラを眺めつつ、何度も教えた野外活動の後始末を教えていった。










「頑張ったな、シイラ」


粗方の作業を終えて、埋葬した遺体に黙祷を捧げたところで今日の作業は終わりだ。


朝からの作業を目をそらさずに見ていたシイラに労いの言葉をかけ、少し離れたところに置いてある鍋を取りに行く。


作業の終わりが見えた頃に、沸騰させた湯に乾燥させた果物と朝採集したハーブを入れておいた鍋だ。本当は瓶にでも入れて川か井戸に晒しておけば冷えて旨いのだが、蓋もない鍋ではできなかった。


それでも、ほんのり甘い果実水は気分をさっぱりさせてくれるはずだ。


日本より死体に耐性があるとはいえ、焼死体やらなます切りにされた無残な死体の後片付けを見るのは辛かっただろう。しかも、その死体が自分を迫害していた人々であり、場所がまさに迫害と盗賊の蹂躙を受けた場であれば心境もより複雑になる。


コップなんて嵩張るものは持っていないので、食事に使う椀に掬って飲ませてやる。


「旨いか」


飴をなめていた時と同じ、真剣な表情で必死に飲む姿を見れば答えは自ずとわかるというものだが。


そんな当たり前の問いにも昨日とは異なりしっかりと頷いてくれた。


我ながら、一晩で大分打ち解けられたのではないだろうか。


見た目がこうでも、誠心誠意接していけば人と交流を図るのも不可能ではないと改めて実感する。


なんだろう、こんな感じで辛抱強くやってけば嫁とかできるのか。いやでも、そんな火事場泥棒みたいな、弱ったところを突くみたいなやり方はいけないよな。やっぱり、定職に就いて環境整えてフェアな状況から婚活はするべきだ。


……傭兵しててどっかの砦に詰めてた時も恋愛フラグなんか立たなかったけど。悪鬼羅刹のような扱いを受けて恋の障害みたいな起爆剤扱いされてたけど。


というか、嫁をすっ飛ばして娘がいるような男が結婚できるのか?!


シイラが悪いとか離れたいとかは思わないが、世間一般的な見解として終わってるんじゃないのか。ただでさえこの世界の婚期は遅くても20歳くらいまでなのに!男で傭兵だの騎士だのをやっていて妻帯を躊躇う職業に就いていても、30歳がラストチャンスなのに!


恐らく表情に出てはいなかっただろうが、自分の人生について考え悲哀に暮れているとシイラがいつの間にかじっと見つめてきていた。


「……どうかしたか?」


耳をピクピクさせてしきりに音を気にしている様子である。


「なにか、きてませんか?」


何が来てるんですか、と此方が聞きたいくらいだが、やはり獣人、それも兎ということで人には聞こえない音が聞こえているのかもしれない。


「それは具体的にどのような音だ」


「えっと……魔素がうごくおと?」


こてり、とあざといまでに可愛らしい動作で首を傾げるシイラだが言ってることはわからない。


魔素とはモノに宿る根源の力であり、全てのモノが持つものである。そこに在るために必要な力で、この余剰分に方向性を持たせて意図する現象を起こす為に練った力を魔力と言う。その魔力で人は魔法を使うわけだが。


魔法の素養がある者は、魔素の滞留や移動は温度の変化のように肌で感じることはできるが……音が聞こえるなど聞いたこともない。というか、音なんてするのか。


「魔素が動く音というのはわからんが、何者かが魔法を使う気配でもわかるのか?」


肌で感じるということはどんなに感覚が鋭敏な者でも、それほど遠くの魔素の流れを感じることはできないということである。何かしらの補助する術を使わねば、近くで魔力を練る時に生じる魔素の流れでさえ知覚するのは困難を極めるものだ。


もし、聴覚のような一般の感覚で魔法の気配を察知出来るのだとしたら……思いの外、獣人という存在は恐るべきものだったのかもしれない。


内心で俺が何を考えているか知りもしないシイラは無邪気に質問に対する答えをペラペラと喋っていた。


「はい。ふつうのおとと同じくらいきこえます。魔素のうごき、魔法のまえおおきくなります」


……普通の音と同じくらい、っておいおい。


兎と同じくらいに聞こえるんなら、今までの魔素探知の常識を覆すこと間違いなしなんだが。


魔物は魔素を乱しやすい性質を持っている為、かなりの遠距離からでも位置の予想がしやすいものだが……それ以外でもわかるのだとしたら、この世界で最高のレーダーになりうるぞ、獣人。


仕方ないとは言え、傭兵から足を洗って以降、わりとコメディ調でふらふらしてたんだけどなぁ……これは、復業考えなければならんかも知れん。


「シイラ、頼むからその事は誰にも言わないでくれ。お前の耳で安全を確認出来たと思っても、緊急事態以外は、絶対だ」


表情を引き締めきつめに言えば聡いシイラは自分が危うい事だけは理解した様子で、しゅんと真面目な顔をして頷いた。


「まあ、それはともかく有り難う。で、どこで魔素が動いたんだ?」


ぽんぽんと元気付けるように頭を撫でてやりながら尋ねると、ちょっとだけ表情を明るくして座る俺に囁くような小声で耳打ちしてくれた。


「一ばんは、ガイルさまの腰のふくろからです」


言われてウエストポーチを探ってみれば、傭兵団の仲間に渡された遠距離通信の術式が籠められた魔法石があわく明滅していた。


もちろん、連絡が来ている証である。


しかも、明滅の仕方から言って弟分からではなく副団長を押し付けてきた部下からだ。


……気付かなかったふりをしたいが、生まれ故郷のある大陸が滅ぶような事件が発生する可能性を見捨てることはできない。


早急な対応が必要だと言えた。


「シイラ、助かった……危うく大量殺戮が起きるところだったかも知れない」


魂が抜け出るような溜め息と共に語る俺にシイラが呆れた顔を作る。何を大袈裟な、と思ってるんだろうな、ハハハッ。


「これから通信を行うから、隠密の陣を敷く。その間は陣の外のことはわからなくなるから、さっさと野宿の準備をせねばならん。気分は悪いと思うが、今日はここに泊まる」


日はまだ高いが、隠密の陣を引くので陣を入念に準備せねばならない。魔物と動物を避けるものは集落全体に軽くかけているが、それだけでは心許ない。指定した魔法以外を使えないようにする制限結界は特に面倒なのだ。


シイラは少しだけ物言いたそうな顔をしたが、黙って首を縦に振り準備を手伝ってくれた。






よく、後悔先に立たずと言うが。


まさにその通りだったと思う。


俺は本当に間抜けで、37年もこちらの世界で生きているというのに、何にも学んでやしなかった。





ジキ、ルサ、ヌイの葉

旅のお供にはこれを、と推奨される野草。栄養豊富でわりと何処にでも生えてる。特徴的な形をしている葉っぱなのですぐわかる。動物の形。どんな動物の形かは推して知るべし。ウロタモモの木の下にめっちゃ生えてる。

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