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第二話


森の小さな川に出ると、若干西に寄ってるもののまだ太陽は中天付近にあり燦々と輝いていた。


集落をもう一度確認して生存者を探してみたが、ごみ捨て場の女の子以外の生き残りはいなかった。


悪いとは思うが、既に事切れている人々の後始末よりも、どう見ても長く放置していい状態ではない女の子の方が優先される。衛生的にも倫理的にも生ごみにまみれたままにしておくわけにはいかなかった。


川で体を洗っていて初めて気が付いたのだが、どうやらこの女の子は兎の獣人らしい。


自分が住んでいた大陸で獣人は希少なことと、しつこく生き残る前世の常識も手伝って獣人は空想の産物だと思っていたので衝撃だった。


なんかゴミついてて邪魔だなぁ、で神聖なるウサミミ様を引きちぎろうとしていた3秒前の自分を死刑にしたい。


思わず、しっぽ様を探したが見あたらなかったのが無念でならない。


目が黒いのが個人的な白兎のイメージから外れるのだが、洗って綺麗にしてしまえば驚くほど可愛らしいウサミミ様だった。


茶とも灰ともとれないごわごわでベタベタの髪も、汚れを落としてアタクの実で揉んでやれば、驚きの白さになった。思わず某衣料用洗剤のCMを思い出すほどである。


肌も見たことがないくらいに白いし、痩せすぎているがとても可愛らしい。


けれど、楽観して見れるのはそこまでだった。


デコピンしたらぱっきり折れてしまいそうな細い手足に、浮いたあばら骨。対照的にふくれた下腹部が彼女が置かれた状況を如実に示している。


この子は、ロクな食事も与えられぬ生活を送っていたようだ。食料資源が豊富で、少なくともあの集落で痩せこけた死体は一つもなかったというのに。


ごみ捨て場から引き上げたときは偶然落ちたか隠されたのどちらかと思っていたが、このぶんでは「偶々ごみ捨て場に放られた後に盗賊が集落を襲った」としか考えられない。


洗う間も一向に閉じない硝子のような目と無反応な様子、棒のように細い身体に浮かぶ痣もその考えを裏付ける。


皮肉を言えば、彼女の境遇が彼女を救ったのだろうが。


適当に毛布を巻き付けてやりながら、目の前の子のことについて思案する。


獣人のことなど気にもかけたことがないので、何も知らない。居るらしいことは知ってはいたが、それだけではあってもなくても意味がない。


年の頃は6歳くらいだろうか。


いつでも精神的な負荷は心の傷になりうるが、この年では大人の比ではない。


正直、自分の住所不定無職を抜きにしても育てるのは厳しいと言わざるを得なかった。


頭のおかしい人外魔境共の世話であれば慣れているんだけどな。かなしいことに。


かといって、孤児院は心に傷を負った子も多いだろうが、獣人を任せられる場所など見当もつかない。


知らずに溜め息をついてしまう。


じっとして動かない女の子。


泣かないのが良いことなのか悪いことなのか全くわからないが、今は静かなのが有難い。結論は先伸ばしにしてこの場に留まることにした。


適当な岩の上に座らせ、とりあえず夜営の準備を整えることにする。


「これから、ここに泊まる用意をするから動くなよ」


そう言って女の子の頭をウサミミ様ごと撫でてやる。額にも痣があるから頭に手を伸ばすのもタブーかと思ったが、見捨てられると思われたり敵意があると思われる方が面倒だ。それに、何が駄目かといったことは最初のうちに知っていた方がお互いにとっていい。


髪は荒れていてパサついていたが、幼子独特の細く柔らかな感触は撫でていて心地よかった。容姿の問題から小さい子どもには恐がられるから、何となく面映ゆいような、温かな気持ちになる。


女の子はきょとんとしていて、喜んではいないものの嫌がる素振りも見せなかった。


嫌がられない、怖がられない、逃げられない!


そういえば、暗殺者として英才教育をされていたことのある元部下以外で12歳以下の子どもに泣いて逃げられないのは初めてである。


その事で更に気分が乗りそうになるが、魔物が多い山では一般的な野宿よりもさらにやることは多い。魔方陣を引いて魔物よけをするは面倒だが、一人ではないのだし、しっかりやらねばならない。


傭兵を辞めてから誰かと行動を共にするのは初めてになる。三ヵ月もぼっちをしていた上に、自分で自分の身を守れない者と連れ立つのは久々のことだった。


傭兵団で受ける護衛は集団での任務だったが、今はたったの二人しかおらず、しかもこの小さな痩せっぽっちの女の子がか弱い存在であることは明白だ。


戦場や任務の時も他人の命を預かることはしょっちゅうだったけれど……年端もいかぬ子どもの命を免罪符なしに背負ったのとになるのかと思うと、急に居心地が悪くなる。


「あー、待ってる間、これでもなめてろ」


女の子の反応は変わらないのに勝手に焦って、背負い袋から飴を取り出して渡す。甘いのが特段好きという訳ではないのだが、簡単な糖分補給にはなるので飴はよく持ち歩いている。


普通の子どもがなめるには甘さも控えめで薬草の香りがキツイ飴を恐る恐る口に入れる彼女。


硝子玉の黒い目は相変わらずだったが、目をみはって口の中の飴に全神経を集中させようとしているような真剣な表情が浮かぶ。


声も出さずに必死に飴を味わうのが面白く、思わず吹き出しそうになるのを堪えて準備に取り掛かる。


日は少しだけ西に傾き、茜に染まる気配を見せ始めていた。







「ああ、今更だが…俺はガイルという。名前は?」


野宿する準備を整え、絶賛炊き出し中の気まずい沈黙を破るために話題を探したら物凄く大切なことを聞き忘れてたことに気が付いた。それ以前に女の子は全く喋らないから始終気まずかった気もする。…別に俺がコミュ障だからとか、そんなことはないんだから!


内心色々とどきどきしつつ、返事を待つ。


しかし、何か返事を返す様子はない。


「……」


はい、黙秘入りました。


意を決して声をかけたのに黙りを決め込まれたせいか、先程までは大して気にもならなかった木々の擦れ合う音や野性動物と魔物が立てる音が耳につく。


まあ、でも仕方ないだろう。


極度のストレス状態の反動で一時的に口がきけなくなることもあるだろうし、そうでなくても警戒されている可能性や元から喋れない場合もある。


無理に急かす必要はないと思うが、名前がわからないのは少し困る。


考えながら目線を外し、値段は高いものの煙が出ないので重宝する熱の魔法石と鍋の中身の様子を確認する。どう見ても目の前の女の子がマトモな食事にありつけていないのは確実なので、即席の粥を作っていた。


こちらの世界でも米、もしくはそれに似た植物はあったらしく干し飯として持ち歩いている。干し飯で粥を作ったと言っていいのかはわからんが、大分とろりとしてきたのでそれっぽいとは言えるだろう。


うっすらと茶色がかった粥に塩を入れながら明日の食事を考える。今日は粥でいいとして、弱った胃はどのくらいで通常の食事に対応できるようになるのかわからなかった。


前世じゃ一人で適当に気が向いたらでやっていたし、今世では身の回りに具合が悪くなる奴がいなかった。


弟分を含めて、アイツらはどうしようもなく元気だった。


大体にして真冬のナルシェ山の頂上に金属鎧で登って誰も風邪を引かないってか凍傷にならないとか、全くもって意味がわからん。完全防備で半分泣きながら登頂した自分が異常だったと言わんばかりの「いやあ、皆でピクニック楽しいね!」という顔は忘れない。


そんな化け物基準で考えそうになる時点で何かしら手遅れな気もするが、うん。まあ、知らない。


味気ない粥を器に分けつつ、やっぱり明日も粥にすることにした。ただ、消化のいい野草でも磨り潰して混ぜてみよう。


「ほら、食え」


匙と椀を渡そうと手を伸ばす。


「……」


どうしよう、また無視されてたんだけど。


別に重いものでもないし何時までこのままでいたって疲れるということはないのだが、どうしていいかわからない。食べてくれないのだろうか。


確かに、俺のような怪しい風体のおっさんから食べ物を受けとるのは怖いかもしれないけどね?おっさんだって傷付くんだよ、たまに出した善意をここまでスルーされるとちょっとクるものがあるんだよ。


「どうした、腹は減ってるんだろう?」


というかむしろ、減ってないとかあり得ないだろ。


「……」


もうやだ子育てってホントに大変。


孤児院を経営してる人って神だったのか。


小さい子で知ってるのは幼馴染みな弟分くらいなのだが、あいつは出会って即効でなついて来た猛者なので参考になりやしない。


「…もしかして、粥は食えないのか?」


犬が玉ねぎ食えないみたいに兎は米食えないの?ってかもうそうだと言ってくれ。ヒステリックな姑に文句言われる嫁より根気強く作り直すから黙りはやめよう。


「……」


いやだあああああ!また黙りぃいいいぃ!!!と脳内で叫びそうになった瞬間、ふるふると女の子の顔が横に揺れた。


初のリアクションである。


思わず心の内で勝利の雄叫びをあげてしまった。


なんだろう、なんでこんな「仕方ないなぁ」みたいなリアクションでこんなに喜んでるんだ。駄目だこれは駄目な兆候だ。


それでも軟化したと思える態度ににやけるのを堪えて、もう一度女の子の様子を見る。


しかし、今まで全く動かさなかった視線を下そらされた。その上、まだひたすらに首を振り続けている。


…あれ?


え、怯えてる?


もしかして、これは、怯えられてるのか?


一人滑稽にぬか喜びしてただけで、これ、実は恐怖が臨界点越えたとかいうそういうパターンなのか?!


どうしようか、こんな山中では応援は期待できない。こんな小さな女の子が泣いたりしたらどうしていいかわからないし、原因が自分だったりしたら滅びるしかなくなってしまう。


「食べれないのではないなら、頼むから食べてくれ。冷めた粥を食べたら身体が冷える」


チキンですから。原因が自分かもしれない以上そこら辺には触れたりしませんから。


あくまで自分の恐怖顔に関しては知らぬ存ぜぬを通そう。そして善意で食事をすすめるだけの人になろう。


「ああ、毒の心配ならないぞ」


自棄になって安全性のアピールをしてみた。


口をつけてない自分の匙で女の子に差し出している器の中身を掬って食べる。まっずい粥だが食えないほどじゃないし…言った通りに毒入ってないから食える。食えるんだ。この粥はね、食えるんだよお嬢さん。


「な、大丈夫だろう?」


即効性の毒じゃなくて遅効性ならいくらでも誤魔化しきくでしょう?とか言われたら死ぬわ……。


そう思いつつ、女の子の様子を伺っているとゆっくりと顔が上がり、驚くことに目があった。


この子を拾ってからというものの、目をそらされることはなかったが、目が合うこともなかった。まるでショッピングモールのマネキンと視線を合わせようと奮闘して惨敗した小学3年生の夏休みを思い出すほど目が合わなかったのだ。


硝子玉の黒い目には魔法石が放つぼんやりとした橙色の光が入り込んでいて、心なしか生気が宿ったようにも見える。


栄養不足もあるだろうが火事の煙のせいでまだ充血した目はまだ痛いだろうに、瞬きもせずこちらを見つめていた。


その目を見て、ここが分かれ道だと気が付いた。


何が切欠になったのかはわからないが、彼女は今揺れているんだろう。助けを求めていいのか、下手したら生きてていいのか、それを必死に推し測っている。そして、おそらく信用したいと思っている。


自惚れとかではなく、ここで俺が拒絶や怒りを見せればこの子は心を閉ざしてしまうという確信があった。


辛い状況で突然差し出された手を取るのは、とても力の要ることだ。


見極めを誤ればより惨めになる。


信じた手に振り払われたなら、傷付いた幼い心が修復不可能な打撃を受けるのは明白だ。


だから、ここがこの女の子の最終防衛ラインなのだ。


俺にはどうすれば彼女が救われるか、むしろ救えるのかわからない。


下手なことは言えない。


日が完全に西に消え、夜の帳が静かに広がるのと同時に二人分の沈黙がおりる。


なにこれ、なんだこれ。


どうすればいい、この空気……喋れない。


なのに、めっちゃ女の子が見つめてくるんですけど。


どうすればいいの???こんなに女の子に見つめられてもどうしていいかわかんないよ???ぼっちなんだよ???そんなウサミミ様をこちらに向けて身動ぐ音も逃さない体勢とられても困っちゃうんだよ???


見つめられると素直におしゃべりできない。


…某名曲が脳内を駆け巡ってるが、そんな場合じゃない。


そうやって焦って困って悩んだ結果、口から零れた言葉はこれでした。


「……ほら、いいから、口開けろ」


とりあえず食事を促して、粥を掬った匙を女の子の口元に持っていく。


秘技、結論は後回しの術。


が、女の子はフリーズしてしまった。


えっと、個人的に角が立たないナイスな発言だと思ったんだが……駄目か?



アタクの実

なんかよく知らないけど、柑橘類の皮みたいな成分が沢山入った木の実。人工の衣料用洗剤の名前に近い気もするけど、自然の洗剤ポジションを獲得してる。これさえ使えば驚きの白さ。


ナルシェ山

主人公が前住んでた大陸の北に位置する万年氷土な物凄く寒い山。高い。霊峰って言われてるけれど、主人公の記憶には、寒さと弟分と仲間たちがイイの実(要するにバナナ)を使って撲殺ごっこをしてたことしかない。主人公の数多くあるトラウマスポットの一つ。

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