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居酒屋と中年

 店が栄え道が複雑に絡み合う『丹棹町』の歓楽街のとある一角を進むと見付けることができる一軒の店、『居酒屋サクマ』に連日と足運ぶ少年の姿があった。


「いらっしゃい。てなんだ斗樹か」

「なんだって酷いなぁ、おやっさん」

「また“いつもの”か」

「うん。“いつもの”でお願い」

「はいよ」


 少年は頼みながら毎度お馴染みの自由席の中心となる真ん中の席へと腰を下ろした。

 少年某(それがし)斗樹(とうき)はここ『居酒屋サクマ』に入り浸る常連客の一人だった。

 元々歓楽街の道自体が複雑になってる為、来る客はほとんどが新規の迷い客であるが、少年斗樹は別だった。

 ここまでの道を暗記していて尚且何度通っても地図がないとすぐに迷ってしまうような入り組んだ道でも易々と通り覚えてしまっていた。

 そんな斗樹の前に小皿が置かれる。


「うん。これだよね、これ」


 小皿に乗っているのは厚さ3センチに切られた一切れの大根だった。

 おでんの具の一つで、一口食べたら口の中に鶏ガラで取れた汁と大根の苦さという名の旨味が染み渡り、寒い心も一発で温かくなる一品だった。

 その大根は斗樹が一番好みよく頼む品だったので、いつの間にか“いつもの”の一声で出るようになっていた。


「それにしても。よく飽きねぇな」

「ん?」


 おやっさんこと『居酒屋サクマ』の店主の佐久間健一郎はその強面の厳つい顔とは別に、囁かれればとろけてしまいそうなイカしたダンディーな声を放つ。


「おまえ、ずっと大根ばかりだろ。それでいて毎日食ってよく飽きねぇって話だ」

「だって僕が一番大好きな味ですから」

「そうかい」

「うん」


 頷いて四口に綺麗に切り取った内の一口分を口に運ぶ。

 すると出汁の効いた味が口内に踊るように舌を満足させる。


「やっぱりここの大根が一番」


 斗樹は頬を弛ませながら舌鼓を打つ。


「いらっしゃい」


 おやっさんが声を上げる。

 どうやら客らしい。斗樹以外にも数人程度の客はあったが、それ以外に客が来たらしい。


「お、なんかいい感じに洒落た店やな」


 斗樹は入り口に軽く首を向けると、そこには見知らぬ二十代後半ぐらいの中年がキョロキョロと物珍しいのか、店内を見回す。


「ういっしょ、っと」


 その中年が斗樹の左隣に座る。


「なんにしましょう。お客さん」

「なんか酒のツマミになるもんはないですかね?」

「ツマミなら茹で卵がいいと思うな」

「お?坊主、ここに詳しいんかい?」

「それなりだと思いますよ」

「ならそれで頼みますわ」

「わかりました。茹で卵ですね」


 横槍入れた少年の意見を流さずに軽く受け止めた中年はそれを頼み、健一郎はそれに答えた。


「おう坊主。なんで茹で卵なんや?」


 疑問に感じたのか、中年は問う。それに坊主と呼ばれて怒りを立てることもなく斗樹は答える。


「食べてみればわかります。ここのメニューはどれも美味しいけど、どれも癖があって好みが分かれるんで」

「そうなんか。なら食べてみますわ」

「お待ち」


 中年の前に白い普通の茹で玉子が小皿に乗せられてビールと一緒に置かれた。


「なんや、見た目は普通やな」

「……」


 斗樹は大根の最後の一口を食べ、中年の表情を窺う。

 白くもホクホクと湯気を上げて美味しそうに茹でられた卵をそのまま一口、パクリと食べた。


「……!」


 むぐむぐと咀嚼するごとに中年の顔が変わり、最後の一口まで一言も発することもなく食べ切る。

 それからガッとビールを一気に飲み干した。


「どうですか?お客さん」

「……うまい」

「でしょ?」


 健一郎の質問は中年が一言感想を言い、それに斗樹は満足そうに嬉しそうな顔を浮かべる。


「驚いたわ……こんな普通の茹で卵が、こんっなにうまいとは思わへんかった。しかも酒に良く合う」

「ここの品は全部のほとんどが手作りなんだ。それは当たり前っちゃあ当たり前だけど、丁寧に一品一品がおやっさんの考え方旨味の出し方が凝っていて、どれも素晴らしい味に仕上がる。

 その中でも、この茹で卵は既知の作り方とおやっさんが編み出した独特の製法で卵本来の深み旨味を引き出しているんだよ」

「……だからか」

「そう。だから本来の旨味を引き出された卵の深い味わいとお酒は良く合うんだ。卵は鶏、酒は麦だろ?簡単に食べられるもう一つの親子丼みたいなものだよ」


 中年は驚いた顔をして、まるで自分が作ったかのような斗樹の物言いに素直に感心して聞き耳を立てていた。


「こんなにうまい茹で卵は初めてや。感謝するでぇ。道に迷ったことと坊主に」

「やっぱり道に迷ったんだ」

「せやで。本当は歓楽街から抜け出したかったんやけどな?まあでも、こんな店があるなら迷った甲斐もあったんってもんや」

「それはよかった。また来るなら簡単にここまでの地図書くよ?また迷わない為に」

本当(ほんま)か?いや~助かるで。俺ここ気に入ってもうたわ。また来るで」

「毎度ありです」


 関西弁混じりな中年の感嘆の声に健一郎も気分が良くなり、斗樹の口から出るマシンガンのようなそこらの評論家も顔負けの誉め殺しは新規の客層を増やす一つの手立てとなっていた。


「俺は塙原(はなばら)(やすし)言うねん」

「僕は某斗樹。で、こちらが店主の佐久間健一郎さん」

「どうも」

「これからもよろしくなぁ」

「はい。よろしくお願いしますね」


 新たな客が入り今日も『居酒屋サクマ』は楽しげな雰囲気で包まれていた。


「あの塙原さんって人、出身は関東だと思うよ」

「何でだ」

「だって一人称が俺だったし、それに用も無しにこんな辺鄙(へんぴ)な場所には来ないと思うし。きっと仕事で大阪辺りに行った時に移ったんだろうね、あの喋り方」

「そうなのか」

「たぶんだけどね」

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