◆彼の食生活
久しぶりの短編で何かおかしくなってます。
私の中でリーンは末っ子キャラ。
ある日、唐突にアルトは気が付いた。それは偶々リーンフォースの部屋を訪れた時だ。書類の不備が無いか少々聞きたかっただけ。しかし、それがいけなかった。いや、考えようによっては良かったのかもしれない。
「……あの、リーン君。冷蔵庫何も入ってませんよ?」
「え?ああだって水は自分で作ればいいし?」
そう、空っぽの冷蔵庫だ。一応食べ盛り(という事になっている筈)の男子中学生が一人暮らし(勉強の妨げを考えこの寮は中等部以上は一人部屋だ)している部屋なのに小さな備え付けの冷蔵庫には飲み物一つ入っていない。確かに朝・昼・晩と三食食堂で出されるが、基本は皆お菓子だのジュースだのは常備している。寮内にある売店で幾らでも売っているのだから。
「いえ、あの、間食とかしないんですか?」
「してる暇、あると思う?」
「ああ、無いですね……」
呆然としてしまった。だからこの人太れないんだな、なんて事も考えてしまう。縦にも伸びていないがそれ以上に横にも無いリーンだ。一言で言うなら「薄い」。腕も腰も足も首回りも全て折れそうな程細い。そして体への負担もあるのだろうが、あまり肌の色も健康的とは言えない程血色が悪く、白い。女子はスラリとしているなんて言っているが、同じ男の自分から見ると少々心配になるレベルだ。
「って、今朝食べに出て来ませんでしたよね!?昼も!!自炊してたんじゃないんですか!?」
「えー、あー……仕事に没頭してたら食べ損ねた」
クラリ。眩暈がした。13歳の少年が朝から水のみで生活?果たして目の前の上司は食欲という物が存在していないのか?否、ちゃんとお腹すいたと叫んでるのを何度も聞いている。おい、良いのか?
「食べ損ねたって……倒れますよ?」
「だいじょーぶ。一月食べないで生きてたから」
それは革命の間の事だろう。食糧難でも無い時代に何をやっているのかと非常に問い詰めたくなった。やっても無駄だろうが。
「あ、アル。この書類追加していい?持ってきたのは大丈夫だから」
「え、あ、はい。了解です」
目を上げずにパサリと書類を渡した途端アルトの存在は意識の外へ行ってしまったようだ。すっかり目の前の案件に没頭してしまっている様子に大きな溜息をついて部屋を退出する。後で差し入れでも持って来よう。ああでもあと一時間で夕食だ。そんな考えを持って、取り敢えず書類を片付けに自分の部屋へと足を進めた。
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ネリアはふと顔を上げた。野菜中心、実に女子らしい朝食を採りながらたった今思った事を横にいるスゥに訊く。
「ねえ、そういえば昨日一日食堂にリーン君来てた?」
「え~?……そういえばいなかったね~。お城にでも行ってるのかな~?」
3連休だし~。といつもののほほんとした口調で返されれば、ああそうかと納得した。忙しい彼の事だ。きっと職場で書類と格闘しているのだろう。逆に思い至らなかった自分に少し落ち込んでサラダにフォークを突き立てる。頭の回転はスゥの方が遥かに良いのだ。まぁひとしきり帝王学なんかもやってる彼女に勝てる訳も無いが。
「おや、まだお二人ですか」
「あ、アル君おはよ~」
「お早う。ソルト君もメイ君もまだ起きてないみたいよ?」
そんな所にひょっこり顔を出したアルトに破顔する。髪に拘る気が無くともある程度は整えてから起きて来る彼にしては珍しくあちこちがピンピンと跳ねている。
「そうですか。まぁ斯く言う僕も寝坊しましたけどね。気付いたら書類に突っ伏してました」
「だから髪直してないんだ~。リーン君みたいだよ~」
非常に跳ねが強い彼の髪を引き合いに出されてアルトはゲッと唸って頭に手を当てた。ストレートとはいえ風呂上がりに髪を乾かさないまま寝ていたようで前髪や左右が彼方此方に向いてしまっている。
「あっちゃあ……後で直しま…………アレ?リーン君?」
呟いたかと思えば顔色を青くして食堂を見渡す。この中にあの目立つ金髪は、無い。
「……ネリアさん。昨晩リーン君見ました?」
「え?お城に行ったんじゃないの?」
食い違う意見にタラリとアルトの額に冷や汗が流れた。つまりは城に行ったと勘違いされる程彼は一日外へ出ていない。いや、もしかすると一昨日の夜、自分が城へ赴いていた時からか?
「……ネリアさん、スゥさん。彼を最後に見たのは?」
「えーと~……一昨日の学校帰り、かな~?」
ダンッ!!
朝食を置いたトレーが跳ねる。それに驚いて四方八方から視線が飛んでくるがそんな事は気にしてはいられない。アルトは昨日の自分を殴りたくなった。
「あああああ……書類にかまけて差し入れ忘れてました……!アレホントに同い年の男ですよね!?」
「ええと、どうしたのアル君?」
ガッシガッシと唯でさえ荒れている髪を掻き回す様子にネリアが躊躇いながら声を掛ける。意味不明な発言にまだ寝ぼけているのかとさえ思った。が、次の言葉でそれも吹っ飛ぶ。
「彼一昨日の夜から何も口にしてないんですよ!水以外!」
そもそも水を飲んだかすらも怪しい気がしてきた。机の上にコップがあったという記憶が無い。物凄く嫌な予感に空笑いしか出てこなくなってきた。
「はあ!?ちょ、それ本当なの!?」
「本気と書いてマジと読みます。てか僕が食べてる量がおかしいのでしょうか?」
混乱状態の3人はトレーの上に乗った物を凝視する。パンを二切れ、ベーコンやハムやスクランブルエッグなどメジャーな朝食メニューが大皿に盛られている。そしてサラダが少々とヨーグルト。健康的かつ、女子の二人から見れば少々多いような程のボリュームだが、メイドリヒが普段食べている量に比べれば少ない。
「……いや、男の子としては普通じゃないかな~」
そこでふとスゥは普段のリーンの食事を思い返してみた。確かパン一切れ、サラダ、偶に少しの肉類や卵類、そして好物だと言っておきながら2、3きれしか食べない果物類……
「……リーン君って、普段の朝食からして私たちよりも食べてる量少ないよね~?」
ずっとこの生活だからついつい流されがちだが、普段からあまり食べていないような気がする。今気付いた。彼の食生活は長年女子レベルだ。
「お前ら、立ちっぱなしで何やってんだ?」
「なんか呆然としてね?」
そこでついに起きだしてきた男子二人が姿を現した。漸くやって来た比較対象に3人は少しの恐怖を抱きつつ覚悟を決めた。
「ねぇ、貴方達今すぐ朝食取ってきて。今すぐ!」
「「は?」」
ラフなスウェット姿のままの彼らはお互いの顔を見合わせ、不審そうな様子を隠そうとしないままに言われた通り食事を取りに向かう。それに対し恐るべき事実を悟ってしまった3人はただただ祈るばかりだ。
が、答えは実に残酷だ。
「おら、取って来たぞ」
「てかマジ何なの?お前ら何で呻いてんの?」
目を瞬かせるメイの前では頭を抱えて呻く早起き3人組が今にも泣きそうになっていた。崩れ落ちて嘆く彼等の姿は実に滑稽だ。
「…………後でエンスさん、いえ、アズル隊長にも連絡とりましょう。取り敢えず今はリーン君呼んで来ます」
フラフラと食事の席を一旦立ち、しかし早足で食堂を出て行ったアルトにポカンとしながら、ソルトは顔色の悪い女子2人に訊ねた。
「何があったんだ?」
そして事情説明の後、頭を抱える人物がまた2人増える。
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一方その頃、アルトは絶望していた。大分減った、と言っておきながらどう見ても変わらなく見える書類の山が占拠する室内のどこにも彼の姿が見当たらない。
「布団を使った形跡も無し、書類が布団になった形跡も無し……」
おまけに机の上に置かれた紙には「ちょっと城に戻ります。夕方までには帰るから」とメモが記されていた。また彼を逃した。
城に戻ったなら向こうで食事を採っているだろうか?
否。寧ろ皆仕事にかまけて彼が何も食べていない事に気付かない。そんな未来が目に見える。
「……………僕だけじゃない意見も言った方がいいですよね」
自分の意見以外を伝えて保護者達全員からお叱りを受けて貰おう。どうせ自分が言っても効かないのを分かっているのでアルトは疲れた溜息をついて無人の部屋を出る。そこでふと思った。
「あれ、リーン君鍵かけてない?」
不用心な部屋に、更に大きな嘆息を響かせた。
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一しきり皆が真面な朝食を食べ終わった後、話し合いの結果決まったアズルの下へと連絡を入れようと全員がアルトの部屋に集合する。何故エンスで無いかと言えば、一般人3人を王様と普通に会話させるのが無理だと判断した為だ。絶対緊張して会話など成り立たなくなる。
「なんか俺等リーンの保護者にでもなったような気分だな……」
「城のオーバーSの大体がリーンの保護者みたいなもんだし、アイツ保護者多いな」
「ソラ副隊長とかはお兄ちゃんって感じですけどね」
それだけ保護欲を駆られる程危ない生活をしている、という裏返すと悲しい現実に全員が辿り着いてしまった。どよんとした雰囲気でホログラムに映る電話帳機能を漁る事数十秒。漸く見つかったアズルの欄をタッチして暫くの間繋がるのを待った。
『アル君?どうかしたかい?』
映ったのは白衣を羽織らず隊服のみのアズルと、何と同じく隊服を着崩したコウ。成る程、兄弟水入らずの時間だったのか。
「あー、すみません。今大丈夫ですか?」
『別に平気だけど……まさか、またリーン君倒れたか?』
『え、またかよ』
真っ先にその発想が出て来る時点で彼の生活が窺い知れる。苦笑を漏らしつつも横に首を振ると本気で不思議そうな顔をされた。
『え、じゃあ何だい?』
「そのー……リーン君の食事事情で話がちょっと」
メイが目を逸らしながら本題に入れば、二人の金の目がスッと鋭く尖った。その状態に嫌な予感が隠せない。
『まさかまた断食してるのか?』
「……はい。一昨日の夜から多分」
またって言ったよな。またって言ったわね。
後ろでざわつく様子に画面の向こうの二人は頭を抱えた。流石兄弟、行動がそっくりだなどと現実逃避に走ったアルトにアズルが声を掛けた。
『今リーン君は?』
「そちらに居ると思います。あの、ホントにあれ大丈夫何ですか?」
『……生きていくには問題ないけど、成長期にやらないでほしいな。無理矢理エネルギーを魔力で代用してるだけだから栄養は欠片もとれてないし』
生きていく上で大丈夫だというのが逆に凄い。革命時はそうやって生活していたとは聞いていたが、こんな穏やかな日常でそこまでする必要がどこにあるのか。
『でもアレ空腹感じない訳じゃねーんだけどな。集中力切れた時に絶対気付く』
ポツリとコウが呟いた事実にアズルが固まった。何かヤバい事に気付いたのか、と不安になり各々が顔を見合わせると、ガタン!と大きな音を立ててアズルが立ち上がる。
『まさか……アル君、そっちで最近リーン君にかなりの量食べさせる機会無かったかい?』
「え、あ、はい。この間クラスの女子が調理実習で作ったとかいう名目でリーン君にどっさりお菓子やら何やら……」
とは言え、普通に自分たちが間食したらあの程度は食べてしまいそうな量だ。でも彼が珍しく量を食べていたのはその位しか記憶が無い。皆それが?と言わんばかりに首を傾げている。が、その一方でやっちゃった……とでも言いたそうな大人二人が画面の向こうに映った。
『あーあ……じゃあアズル、俺リーン探して来るな』
『宜しく。見つけ次第―――あ、ソラ君でもいいや。まぁあの二人のどっちか見つけたら気絶させてでも連れて来て』
『おう』
空を仰いだかと思えば突如席を外したコウに更に疑問が募る。今自分たちが言った事に何か問題があったとは正直思えないからだ。
「ええと、何がどうなったんです?」
『リーン君にあんまり物食べさせちゃいけないんだよ。過剰に魔力増えて自滅するから』
「「「は!?」」」
叫んだ一般人3人とは裏腹に、彼の非常識っぷりを嫌という程叩き込まれてきた2人は何となく思い当たる節があった為に少々納得してしまった。唯でさえ魔力を持て余しているのだ。使わなければ増やす必要も無いし、寧ろ辛いだけだろうという事位容易に想像がつく。
「成程なー。悪い事したか?」
「そんな事考えもしませんでしたからね。取り敢えず、彼の食事量はアレでもマシだと分かったから良しとしましょう」
何故か落ち着いた2人の横でいやいやいや!?と突っ込む3人はあまり気にされない。画面の向こうで苦笑しているアズルがカルテに手を伸ばしていた。
『まあそういう理由だとしょうがないかな。リーン君、多分体調崩してるか疲れてると思うから今晩はこっちにいさせるよ。ソラ学園に戻すから、引き続き警備宜しく』
「了解です。失礼しましたー」
そうして切れた通信に全員ががっくりと肩を落とす。何だか妙な話に落ち着いてしまった。
特に昨日から気を揉んでいたアルトは尚更脱力感が凄い。オチが大変彼らしい理由で疲れは倍増だ。
「あー……取り敢えず、彼が無理に食べさせられることが無いように見張りますか」
何やら最初の趣旨と真逆に至った結論に、全員が大きな溜息をついて答えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一方城にあるとある一室では、少年がベッドに蹲っていた。
勿論その少年とは非常に強大な魔力によって人生を狂わされているどこぞの悲劇的な主人公だが、今は彼一人だけが苦しんでいる訳では無い、という点が目立つ。
「リーン……ッ!おま、何でここまで放置しやがった、うぐ……」
「ごめ……ちょい、予想外だった……気持ち悪……」
大の大人が3人程なら余裕で寝れる程の広さを誇る来客用の部屋に供えられた寝具には、リーンとその余波を食らってしまったソラが寝そべる。今回はリーンが一部のリンクを切る事で共倒れを回避していた筈なのに、それにソラが気付いてしまった為に起こった不慮の事故のようなものだった。それの直接の原因はこうして二人が一緒に居る事にある。
「折角切ってたのに……ソラ、繋げなおすなよ……ッ!?」
「うっせ、誰がこんなん、はっ……気付くかよ」
野ろ……男二人が同じベッドでもがくという非常にシュールかつ不気味な光景が彼此2、3時間経っただろうか。唐突に二人だけの空間(聞こえはいいが恋人達のそれを想像してはいけない)は終幕を迎える。
「こんなとこに居やがって……って、二人とも駄目だなこりゃ」
開いた扉の向こうから背格好の良い黒髪男性―――コウが姿を表した。が、一瞬で状況を判断して呆れた顔へと変貌させる。
「だめ、言うな……」
「駄目だろソレ。この部屋魔力濃過ぎだ。リーンどころかソラまでノックアウトってどんだけ食わされたんだよ、お前」
「うっさい……女子は敵に回すと怖―――ぅぷ……」
「おいおい、ここで吐くなよ?」
すっかり青褪めてしまっている弟分に溜息しか出てこない。昔は多食らいだったのに、今では食が(意図的に)細く食べ過ぎに苦しむなど、ほんの7、8年前では考えられない異常事態だった。それがこんなになるとは……
「なんかこっちが情けなくなってくるな」
「……コウ隊長、取り敢えず窓開けて貰えませ―――うぐ」
「あーハイハイ。魔力逃がさねぇと余計辛いのな」
兎に角今はそれよりも、と偶々被害を受けてしまったソラが急かすので窓を全開にしてやる。サーっとかなりの密度があった魔力が抜けていく感覚に2人は同時にホッと息をつく。さて、次は―――
「あー……アズルんとこに運ぶのメンドイな」
よし、いっそ連れて来てしまえ。仕事に追われる弟に更なる仕打ちを加えていると自覚しながらも自分の面倒さを天秤にかけた酷い兄は2人に一声かけて部屋を退出する。
あの様子じゃあ弟の長ったらしい説教コースだな、とげんなりすると同時に寮に帰ったらまた怒りそうな面子が居る事を思い出した。
「くくっ……ま、あいつらには良い薬か」
機嫌の良さそうなコウにそこらの士官兵が敬礼しながら不思議そうな顔をするのを無視して通り抜け、手のかかる(手をかけているとも言う)弟の元へと向かった。
尚、この後は案の定アズルによるお説教が行われたのは事実だが、逆に学園側の生徒達には出来るだけ間食をさせてはいけないという触書が裏で回っていたりする。それをリーンが知る事は残念ながら在学中は無かったが。




