◆吾輩の辞書に料理という文字はない《後編》
長らくお待たせしました。リクエスト小説後編です。
「さて、ト……取り敢えず食材も揃ったノデ、本格的に調理に入ろうと思うのですガ……」
リトスは疲れていた。と言うか頭痛がする。おかしい。自分の役目はどちらかと言えば非常識な言動で、常識人の役目は聡明な子供二人だった筈だ。いつもは自分かコウがボケて、それにエンスが突っ込むかリーンが諌めるかの二択だった筈だ。……そう、筈、なのに―――
「コレが芋!?芋に皮なんてついてたんだな!」
「あり?エンスはフライドポテトって知らねぇのか?アレなら皮付きの芋揚げたモンだからそん位知ってると思ってたんだが……ひっく」
「というかかわのついてないヤサイってあるのー?」
―――いつの間にか自分のいない所で話が盛り上がっているし、何故か一人酒が入ってる馬鹿はいるし、常識知らずの王子が目を輝かせるしでカオスな空間が出来上がっている。誰だ、馬鹿に酒を与えた奴は。
「……アノ、エンス?何故コウは既に酔ってるンデショウカ?」
「んー?喉が渇いたからと言ってコウがワインを開けたんだ。安心しろ、私達も飲んでるから」
「安心スルカッ!!アンタ等未成年でしょうガッ!?てか子供に何飲ませてんですかコウッ!!」
前言撤回。何故か三人とも酒が入っていた。しかし肝心の大人には既に酒が回っているにも関わらず、子供二人には全く酔っている気配は無い。謎だ。
「だいじょーぶだよリト、ぼくもにいさまもおさけつよいから」
「どうも私達は分解型の魔力らしいからな。コウやお前みたいに吸収型じゃ無い御陰で体に悪影響は無いんだよ」
分解型と吸収型。それは魔力の大まかな特性を差す言葉だ。簡単に言ってしまえば、前者は大気中から取り込んだ魔力を分解し、食事や休息によって作り変えて自分の魔力にする特性。後者は取り込んだ魔力を最初から自らの物と認識させる特性だ。
「ああ……そう言えばそうでしたネ……分解型は飲食に関する物は全部分解してしまうんデシタッケ……」
「御陰で毒物には強いぞ。まぁ、代わりに魔力の燃費はかなり悪いが」
「ぶんかいするにもたいりょくつかっちゃうしねー」
勿論それぞれにメリットとデメリットが存在する。分解型は食事や飲食で魔力を精製する所為で人一倍疲労を溜め込みやすい。一方、吸収型はそれが無い反面、何でも吸収してしまう為毒物には弱い。しかも魔力が強い程その特性は生きる為、コウやリトスのような吸収型で魔力の著しく強い者は恐ろしく酒に弱い。
「……にも関わらず酒好きなんですよネェ……馬鹿コウハ」
「ぼくもおさけすきー!!」
「…………リーン君、頼みますから未成年以前に自分が幼児だという事を自覚して下サイ……」
酒が好きだと豪語する5歳児。しかも酒豪。普通に考えておかしすぎるだろう。そしてもう一人の少年も若干12歳にして酒樽位なら平気で飲み干す。…………駄目だ、自分が常識人に思えて仕方が無い。
「リトスー、酒のつまみ作れー」
「黙れ酔っ払イ!!」
「ゴフッ!?」
見事に鳩尾にヒットした剣の柄。腹を押さえて蹲った同僚を足で転がして脇にやり、溜息を一つ付いた。相変わらずお子様達はたかだか野菜一つで大盛り上りだ。
…………エンスは知らない。外では、こんな野菜一つで争う場所が後を絶たない事を。
「ハァ……全ク。ほら二人共、さっさと作りマスヨ。取り敢えずリーン君、芋お願いシマス。エンスは暫く見学デ」
「おう」
「はーい。ね、リト、どうきればいいの?レシピなに?」
包丁片手に爛々と目を輝かせつリーンに一瞬引いた。いや、間違った行動はしないだろうが、その場の気分という物だ。
「え、エエ。取り敢えず、野菜炒めでは素っ気ないので簡単にシチューにでもしようかト……」
「シチューすきー!!」
そう言うが早いか、スルスルと芋から皮を剥いていくリーンにエンスは顔に喜色を浮かべる。一方のリトスはよくもまぁピーラーも無しに剥いていけるものだと感心しながら他の野菜の皮をむき始めた。こちらの手際も十分だ。無駄な所に天才ぶりを発揮する二人である。しかし4人分にしては量が多いような気がする。しかも一人は幼児なのに、だ。
因みに小ぶりの芋のためリーンには剥きやすそうである。それが一番の要因だろう。
「ほう、随分と切れ味がいいものなのだな」
「きれあじがわるいほうがあぶないんだよー。ザクっとゆびいっちゃうからね」
笑顔で怖い事を言う。一瞬でエンスの顔色が悪くなったのに気づいてか気づかないでか、リーンは無駄に怖い料理雑学を披露していった。
「んでね、りょうりきぐはちゃんとキレイにしてないとおなかこわしちゃうの。まえにいたむらでも5にんくらいおなかこわしてしんじゃってねー」
「……そうか」
「うん!でね、ほんとーはあらってたんだけどみずがきれーなのくめなくてにごったのつかってたからだめだったんだってー。おみずってこわいねぇ」
いや、ケラケラと笑いながら語るお前が怖い。そんな事溺愛する弟には言えなくて引きつった笑顔で頷くのが関の山だった。無邪気は怖い物なんだと一つ学習したエンスである。
「……成程……水の整備も必要だという事なんですネ……もう少し真面な学習法が欲しかったデスケド……」
まぁ、ここなら基本魔術でその辺から抽出した水を使えば完全な真水だし問題は起きないだろう。妙な所で魔術の普及停止がアダになってしまっているようだ。いやはや、おそるべし生活の差。ほんの10年程前までは自分もその生活をしていたのにすっかり忘れかけている。
「あ、あとね、なまたまごでんしレンジにいれたバカがいるからそれもやめてね」
「……それのどこが悪いんだ?」
疲れた顔で弟分の顔を眺めるエンスに、リトスはギョッとした。まさかそんな事まで知らないとは。勉強は出来る癖に。
「バーンッてなるの!とうさんがやらかしてキッチンつかえなくなっちゃった」
「……流石侯爵。期待を裏切らナイ……」
なんて歪み無いんだ、と呟きながらキャラキャラと笑うリーンをチラリと一瞥した。お願いだからちゃんと育ってくれ。いや、健康なのが一番なのだが、この調子ではそれが一番望めそうに無いのでせめて常識を持ってくれ。と、とても切実に願う。
「ほかにもイッパイやらかしてたよー!レシピもえたのとかー、リンゴがまっかになったりとかー」
「うん?リンゴは赤いものだろう?」
「かわがあかいんじゃなくて、ちのいろであかいのー」
ギョッとして一瞬包丁が落ちそうになった。危ない。具体的にはローゼンフォール侯爵位危ない。
「そ、れハ―――ソノ……」
どうしてそうなった。というか一回切ったら諦めろよ。そんな言葉を喉元でどうにか飲み込んで米神を揉む。一応は向こうの方が上なのだ。あまり罵倒してはいけない。いや、もう遅いけれど。
「……頼むから、ちゃんと育ってくれよ?」
「あ、おきた」
いつの間にやら復活していたコウが気怠そうに身体を起こした。先程容赦なく蹴られたのにも関わらず頑丈な物だ。
「丁度良イ。コウ、肉切りなサイ。一口大に」
「おい、こちとら酒抜けてねぇんだが……」
「自業自得だな」
というか逆に何故こんなにも早く回復したかが謎だ。いつもならワイン一口で顔が赤くなり、二口で機嫌が良くなり、三口で酩酊し始め、最終的にコップ一杯飲まずに潰れ、そして次の日は二日酔いに悩まされる筈なのにまるでその気配はない。
「さっきかいふくまほうかけてあげたんだからじゅーぶんでしょ?」
どうやら横でザクッと野菜を切っている彼が一時的に癒したらしい。天才児様々である。
「え、マジで?サンキュー……と言いたいけど、お前何でリトに蹴られたトコ治してくんねーんだよ」
「じごーじとくなんでしょ?」
「その通りだな」
お前も一緒に飲んでただろう。とジト目で睨んで牛乳のパッケージを開ける。横にはコンソメ、そして薄力粉。すっかり主夫が完成している。
「ほらエンス。次は火を使いますから切るのよりこっち見て勉強して下サイ。というかいっそ野営の訓練でもさせた方ガ……」
ブツブツと呟いているのを聞きながらエンスが野菜を鍋に投入し、焦がさないようにかき混ぜる。それにリーンがコウが渋々切った肉を投入して炒める。
「おー、これが料理か」
「世の中のお母さんに殺されそうな発言デスヨネ……」
炒めている姿を興味深々で眺めながら弟分を抱え込んだ王子は大変ご機嫌な様子だ。寧ろその所為で今にもやりたいと手を出してきそうで怖い。子供と違い火の危なさを理解している分マシだろうか……?
「で、玉ねぎが透き通ったら小麦粉投入ット」
手馴れた様子でまた焦がさないようにかき混ぜるリトスの姿は最早軍人では無い。いや、彼は元から決して見た目は軍人とは見えないのだが。細身の優男、といった風情だろうか。ただし中身は優しく無いが。精神的に。だが今のソレは正しくコックか主夫にしか見えない。
「じゃーおみずつくるねー」
普通の家では態々魔力で水を精製するなんてしないのに、ここは随分とワイルドな調理場だ。水はその場で作る、火は自分たちの魔力で補う、などそうそうやらないだろう。……軍の野営並みにサバイバルかもしれない。違う点は、肉が現地調達でない点位だ。
「あまり多く作るなよ」
まだ自分の魔力を御しきれてないリーンは偶にさじ加減を間違える。部屋が水浸しになるのは嫌なのでついついエンスが忠告すると、拗ねたように剥くれた。
「むー、そんなことしないもん!」
と、不満を叫んだのはいいが矢張り膨大な魔力をイマイチ制御出来ていない様子は見ていて危なっかしい。一応無事に計量カップに必要量だけ作る事が出来たので結果オーライだが。
「はい、じゃあ注ぎますヨー」
いい感じに炒められたそこに牛乳と水とコンソメを投入。そのままあとはグツグツと煮込むだけだ。
が、エンスがその横で僅かに鼻を押さえていた。
「にいさま?どうしたの?」
「……牛乳の匂いがどうも嫌でな。飲めるし、シチューは好きなんだが……」
「あー、よくいるよな。匂いダメな奴。俺も好きじゃねーし」
同じく顔を顰めたコウがそれに賛同する。それを見たリトスは恨みがましい溜息をついた。
「……羨ましい奴デスネ。こっちは身長伸ばすのに必死に飲んでて、そっちは嫌がって殆ど飲まなかっタ……にも関わらずこの身長差……ッ!!」
「んな事言われたってしゃーねーだろ。伸びちまったもんは」
そう、リトスはお世辞にも背が高いとは言えない。一応160は越えているものの、平均身長が177という高身長な国のため、他国よりもその低さが顕著に目立つ。……まぁ、かと言って180後半などというコウも逆に目立つのだが。それでも、あと2、3年でエンス(現在13歳)に抜かされそうとは屈辱的だろう。
「ぼくもおっきくなるー?」
「そうだなー。あと半世紀もしたらリトスより大きくなれると思うぞ」
「ホント!」
こちらはこちらで単位がおかしい。年単位ではなく世紀単位。ただし彼の魔力がこのまま増えていけば確かにその位経たないと成長できないだろう。多分半世紀かかって漸く10代後半程度の筈だ、とエンスは考える。―――まぁ、承知の通り12の頃には成長が緩やかになってしまっているのでその考えは当たりだ。
「……貴方達マデ……いーですヨ、小さい分エネルギー効率は良い筈ですカラ……」
「逆にエンスが悪すぎんだよ。大食漢め」
「私か?」
―――そう、前述の通り作る量がヤケに多かったのは、意外にも大食漢と言われるほど食べるエンスの所為だ。分解型で魔力の多い彼は軽く4人前位なら余裕で平らげる。同じくリーンも1人前近く食べてしまうから家計に悪い二人だ。―――御陰でリーンは引き取られる前は常に空腹状態で魔力の精製が遅れがちだったのだが、それが寧ろ良かった。本人にしてみればすぐ疲れるし空腹だしで災難だったろうが。
「エエ、確実にこの中で一番食べているのは貴方じゃナイデスカ。コウでも1人前半程度デスヨ?」
「仕方ないだろう、成長期なんだから」
「にしても、だ。殆ど室内インドア生活の癖にそんなに食ってると太んぞ?」
しかも城の料理は基本高カロリーである。乳製品や肉類をたっぷりと使った。いかにも体に悪そうだ。
「ねー、ふっとーしてるけどいいの?」
突然下から聞こえた不思議そうな声にハッとして鍋を見れば見事にボコボコ言っている。混ぜてもいなかったから焦げ付いてそうだ。
「ヤベっ!?」
急いで火を止めて確かめる。何とか焦げは防げたらしいが、危ないところだった。
「危ない危ナイ……リーン君、助かりました」
「どういたしましてー。ね、はやくたべたい!おなかすいたー!」
……矢張りこちらも大食漢だ。実は先程おやつ変わりにケーキをワンホール(一応小さいのだが)食べていたにも関わらず、この反応。未来には魔力が封印されてしまった事で食べ過ぎると魔力が増えてしまい辛くなる、という都合の良い事態が待っているのだが、そうでなければ彼の家のエンゲル指数は高くなるばかりだっただろう。
「同じく。匂いが美味そうだから美味いだろ」
「どんな根拠だ」
大食い二人を放置して、最後の味の調節用に塩と胡椒を振り入れ、軽く味見をするリトス。僅かに芋や人参を食べて硬さを確認する、そんな行動に目を爛々と輝かせた二人に苦笑―――する事なく固まった。
「……………………………おいリト?」
余りにも動かない彼に流石に異常だと感じ、冷や汗を流しながらその肩に手を置こうとしたその時―――
「―――コウ、これ、食べたら、イケマ―――ッ!?」
最後まで言う事なく顔を真っ青にしてガタンと立ち上がる。そのまま彼の最高スピードでダッシュで洗面所まで向かい―――そこから先は想像に難くないだろう。
「……え?まさか毒か?」
嘔吐く音が僅かに聞こえるのにギョッとして鍋を凝視する。毒に弱いリトスやコウにそれを食べさせたら魔力回復量の多さと相まって直ぐに回るのは当然の事だ。
「ちょ、まずいよ!?おいしゃさん!!」
その言葉にハッとしたコウがリトスとは逆方向に駆け出す。エンスも焦ってリトスの方へ向かい、応急処置で治癒魔法をかけ始めたらしい。
「―――でも、リトがもってきたのにどく?」
おかしいと思ったリーンは鍋の中を適当に引っかき回し、一すくい。おたまの中にあるルーや具材をしげしげと見て、大きく目を見開いた。
「―――にいさま、まないたにおいといてためまでいれちゃった……」
その後、エンスが医者にこっぴどく叱られ料理を全面禁止にさせられたのは、当たり前のことだろう。
因みにシチューのつくり方、合ってるか知りません(笑)
間違っていても気にしない方向で。




