◆吾輩の辞書に料理という文字はない《前編》
リクエスト作品、コウ・リトス・エンスで料理です。ついでにリーンも存在してますがあまり意味はありません。
……リトスがボケを放棄してしまいました。あれー?
基本的に、物事とは唐突だ。
「なあ、そういえば料理ってどういうモノなんだ?」
は?とその場で凍りついたコウとリトスは悪くない。
20を幾らか越えた年齢の身としてはそんな言葉を聞くことになるとは今まで思いもしてこなかったが、よく考えれば目の前の少年がそれがどんなものかを知らなくても仕方が無い事なのだと、一瞬遅れて気付く。
「あ、ああ……そうだよな……普通エンスが―――ってか、王族が調理場に入るなんてまずないからな……」
「今まで妙に庶民じみた所あったから失念してましたヨ……そうですヨネ、王子ですもんネ……」
頭痛を堪えるかのような二人の様子に面白く無いエンスはムッとして二人を睨めつける。確かに料理を知らないというのは庶民では考えられないだろうが、そこまでの態度を取られたくはない。膝に座っているリーンの様子は見れないがそこまで驚いている気配ではないのに。
「随分と酷い言い様だな。料理どころか実物の食材すら見た事が無いんだ、私は」
拗ねた様子で膝の上のリーンで遊ぶ王子に、常識ある?二人はなんとも言えない顔で互いを見つめる。ここまで料理に関わって居ないとは寧ろ天晴れだ。多分この様子だと包丁やフライパンも知らないのだろう。貴族って怖い、と初めて彼らは共通の意識を通わせる。
「リーンも料理何てした事ないよなー」
それを尻目に可愛い弟分に笑って話しかければ、彼は貴族らしい整った顔を上に向けて口を開いた。平民上がりにはとても見えない顔立ちがよく目立つ。
「なにいってんの、にいさま?かんたんなモノならつくれるよ?ぼく」
ピキリ、空気が凍りついた。5歳児が料理、それはそれで妙なものだが別に彼はエンスを貶める為に言った訳では無い。純粋に、子供ならではのこの人何言っちゃってんの的な態度だ。色の違う両の目が突き刺さる。
それにあーあ、と溜息を大仰についた二人組に更に睨む。そもそも元平民のリーンが料理を知らないなんて事は有り得ないだろうし、この歳で苦難の人生を送ってきた子供が料理に触れていないなどまず無いだろう。それに気付かず声をかけたエンスが自滅しただけの結果だ。それ故二人は何もフォローしなかった。
「そーいやお前この間侯爵に料理作ったんだっけな。マジで泣いてたぞ、あの人」
「アア、ボロ泣きしてた理由そこですカ」
知らなかった事実にエンスは石のように固まりリーンは呆れたように空を仰ぐ。ブラコンな目の前の(自称)兄も偶にウザったいが(本人には言っていない)あの義父は常に頭のどこかが狂っている。しかも親バカが入っている所為で目も当てられない。
「たかがりょーりでないてたの?てか、さすがにりょーでいちばんエライはずなのにごはんつくるのわすれられてたら、だれだってかわいそうにみえるよ」
手料理を振る舞った理由のあまりの酷さに3人は押し黙った。思わずリーンを養子にするのを許可した事すら一瞬後悔しかける。幾らあのパシられる事が宿命だったと言わんばかりの人とはいえ、当主が食事の用意を忘れられるなど普通の家では考えられない。この国きっての奇人変人館に3人が遠い目を外へと向けた。
「……あの家、本当に歪み無いな」
ポツリと呟いたエンスの言葉が妙に響いた。それに無意識のうちに同感していた大人二人組とは裏腹に意味がわかっていない様子のリーンが小首をかしげる。それを片目に和みつつも現実に嘆き、思わずリトスは呟いた。
「ホント、何でリーン君ですら知っている事を知らないんですかネェ……幾ら王族とはいえ、食材すら見たことが無いとは……」
「じゃあいまからみてみれば?」
え?と下からの提案に目を丸くすると、一人エンスが嬉しそうに頷いた。クシャ、とリーンの頭を撫でながら何度も首を縦に振る。
「それはいいな!どうせ今は暇なんだ、構わないだろう」
「いやいやいや!?ちょっと待てエンス。構うからな?態々厨房まで行く気かお前!?」
が、それにギョッとして今にも立ち上がろうとしていたエンスの肩を掴んだ。当たり前だろう。幾らこんな話の結果とはいえ、尊い身分の者が厨房に足を踏み入れるなど普通は無い。
リーン、というかローゼンフォール家は常識外れな人物の生産工場なので最早仕方が無いと諦めもつくが、この国どころか世界でも稀に見る程の高貴な色を宿した少年が行くなんて以ての外だ。
「なんでだ?ここは私の家なんだから好きなように動いても構わないだろう?」
が、それを受け入れないのが約一名。この巨大な城を家だと言い放てる時点で問題だということに、本人ばかりが気づかない。流石のリーンですら慌てたようにエンスの腕をバシバシと叩く。
「なにいってんの!にいさまエライんだからダメだよ!そんなところにいったらみんなパニックだよ!?」
常識あるその忠告に、コウが一瞬輝いた目で凝視した。リトスも感心したように深く何度も頷く。が、それを提案した本人が言うなというツッコミは誰も入れない。人のことを言えない程にはこの二人も甘かった。
「ここに持ってくればいいだけですシ、エンスがそんな所に出向いたらお兄様方のいい標的になりますヨ?ただでさえ良く思われて無いんですカラ、少しは自重を覚えて下サイ」
「どうせなら簡単な調理器具と簡易コンロ持ってきてここで何か作るか?オレもリトスも一応ある程度は作れるし、見た事ないんなら……まぁ、いい勉強になんだろ」
問題をこれ以上起こすな、と睨みつけてくる二人に僅かに半目しようかという気になったものの、それ以上に料理への好奇心が勝ったようでエンスは目を輝かせて笑った。こうして見て初めて子供に見えるのだからこの王子も苦労しているのが分かる。
「良く分からないがここで料理が見れるのか?」
「みたいだねー。でもいっとくけど、いつもたべてるものみたいにみためもあじもよくはないとおもうよー?」
背後に花畑が咲いている幻覚すら見えるほどほのぼのと笑うリーンを尻目に、二人は少し傷ついた顔で見合わせる。確かに城のシェフ達と比べられたら目も当てられないだろうが、その言い方は酷いと嘆く。まあ、あくまで内心でのみだが。純粋な子供程怖いものは無い。
「そうなのか?まぁ、取り敢えず料理が見れれば私はいいからな」
ご機嫌な様子で弟を構い倒すエンスに、流石に大人二人は苦笑して流す。普段本当にやりたいことをやれないような立場に立っているのだ。せめてこれ位の楽しみ位は我侭の範疇だろう。そう心中で呟いて、頬を緩めながら静かに部屋を出て行った。
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「……コレは、何だ?剣にしては短いが……?」
一通りの調理器具を自室から持ってきた(一応オーバーAAには個室が貰える為、ある程度は揃っている)二人が細かい彫刻で装飾された机にそれらを置くと、案の定何も理解していなかったエンスが包丁を片手にしげしげと眺める。肉を切る事が出来るという点では変わらないが、そんなものと一緒にされたら料理人は泣くだろう。
まぁ、一部奇特な人はメインウェポンを包丁だのチェーンソーだのドリルだのスコップだの終いには消しゴムやらけん玉やらというアホらしいモノにする為、一概に武器でないとは言えないのだが。
「そんなヤバンなモノといっしょにしないでよー。コレはほうちょうっていって、おにくとかやさいとかカエルとかきるのー」
「ちょい待てカエルは切らねぇぞ!?雀は捌くが―――」
「普通雀も捌きませんヨ」
どうやらあちこちで認識の齟齬ができているらしい。不満そうに突っ込んできた相手を睨むが、通常で考えて一番正しいのはリトスだ。
「は?何言ってんだ。雀は焼き鳥にすると旨いだろ?」
「カエルだってトリさんとかわんないよー!」
が、そこは文化の差。さも常識、といった具合に拗ねた大小コンビに溜息をつき、リトスは仕方なしに説得を試みた。因みにエンスはカエルなんて料理に出てたのか……とショックで青くなっている。
「ええとデスネ、まず中央では雀を食べる文化もカエルを食べる文化もアリマセン」
「え?無いのか?俺がミッテルラントに居た頃は良く食ってたぞ?」
「ヴィレットでは食べませんのでその常識を直して来なサイ」
国が違えば食べ物も違う、という事だろう。幼い頃はミッテルラント在住だったハーフ(コウはミッテルラントとヴィレットのハーフである)にとっては当たり前だったのだろう。だが彼が向こうに住んでいたのはアズルが生まれる前までなので、恐らく3、4歳程度の頃の記憶の筈だ。誰か常識を教え直さなかったのか。
「え?じゃあカエルは?ぼく、むらでよくつかまえてたべてたよ?」
「……それハ……」
それに関しては、思い当たる節があるが言って良いのか数秒躊躇った。リーンがよくカエルを食べていた、というのは純粋に食料不足の影響だろう。西の方では食べる国があると聞くし、味は鶏肉に似て淡白らしい。その辺ですぐ捕まるため栄養源としては丁度良かったのだろうという事程度容易に想像できる。と言っても自分が食べたいとは欠片も思わないが。
「ええとデスネ、それはあまり裕福でない庶民が稀に食べる事がありますが、あまりメジャーとは言えませんネ……貴族の一員になった以上、周りにカエルを食べてたなんて言うと侯爵に迷惑がかかってしまいますヨ?」
という訳で、結局リトスに出来た事はどうにか一時的に鎮静させることのみだった。父親の迷惑に、と言った所で流石に落ち込んだ様子で俯く。それにやりすぎたか、と一瞬焦った。が。
「……もうさ、ぼくにくるめーわくかんがえるとね、ぼくがたしょうなにかやってももんだいないとおもうんだ」
まさかの暗い光を灯した瞳が髪の隙間から見え、思わず後ろに仰け反る。一体何をやった、と問い詰めたくなった年上3人を物ともせずひたすら膝を抱えてエンスの横で魔力を高めていく。無意識の行動なのだろうが部屋に急速に魔力が満ちた影響で、光るふわふわしたモノが辺りに浮かび上がった。
「ちょ!?落ち着けリーン!私と違ってお前の魔力暴走は周りへの被害が凄いんだからな!?」
「アンタの暴走も周りへの被害が大変だということを自覚して下サイ」
一人自分を棚に上げる困った子供に反射で突っ込んでから、遠くを眺めて溜息を一つ。暴走するのは自分の役目だった筈なのに、気付いたらツッコミに回ってしまうなど軽く驚きだ。自分って、案外常識持ってたんですネ、と内心感心する。
「取り敢えず、食材一式は今厨房に頼んでありマス。コウが作るの楽なものがいいと言い張って聞かなかったのでメニューは野菜炒めデスガ」
それは料理とは言わない。刻んで焼いて、ついでに塩を振っておけば終了するもののどこが料理なのか、と散々文句を言ったもののリトスもそこまで得意ではない以上、強くは出られなかったのだ。その代わり、幾らか調味料を揃えてもらったので味付けは少しマシになりそうだ。
「やさいいため……はじめてみるりょうりがソレとか、むなしくない?」
不満そうにぼそりと呟いたリーンに激しく同意しつつ、リトスは再び部屋を出て行く。厨房に食材を求めて行ったのだろうが、逆にこれはついにツッコミ要員がいなくなった瞬間でもあった。
「さて、どうせならお前も少しやってみるか?エンス」
「お?私もやって構わないのか?」
今度は必要ないが観賞用(?)に持ってきた泡だて器を不思議そうに眺めていたエンスが再び目を輝かせる。リーンはどうやら鍋にこびり付いたコゲを落とそうと必死らしい。遊び感覚でのめり込んでいるが、態々魔力で少しづつコゲのみを溶かしていくその様は実に器用だ。
「ま、剣使えるんだし包丁位は大丈夫だろ。リーンですら出来るようだからな」
「んー?だってゆびきりたくないならくーちゅーにほーりなげてきればいいだけじゃん?」
「ああ確かにな」
確かに、で済まさせてたまるか。剣の才能がないと言っておきながら空中で食材を斬れるなど普通ではない。が、先程言ったようにツッコミは退出してしまったばかりだ。
「でも、トマトとかだと柔らかくて汁が飛ばないか?」
「それはちゃんとまないたできるからダイジョーブ」
大丈夫な訳があるか、寧ろそれが普通だ。と真面な人が居れば即座に返しただろうがこの場に残っているのはバカ一名、子供一名、料理知らず一名の計3人。どんどん話は加速して突き進んでいく。最早ノンストップ運転だ。
「というかお前、トマトは柔らかいって知ってたんだな」
「サラダにはある程度形が保たれたまま出てくるからな。流石に芋やピーマンやら南瓜やら、原型で出されることが無いものは分からないが」
確かに原型で料理は出来ないものばかりだ。特にエンスが食べるような一流シェフによる料理では、綺麗に盛られてしまっているのだから、仕方もない。
「ところでさ、にいさまってしおとかコショウとかもみたことないの?」
「ああ、それは歴史の授業でやったから知ってるぞ?香辛料取引が内容だった時に、教師が丸っこい物を瓶に詰めて持ってきたんだ。塩は岩塩の塊位なら」
「コショウはコショウでも挽いてないからむしろ珍しいぞ。ついでに塩もこの国じゃ岩塩は主流じゃ無いからあんま見ねーな」
どうやら王子という身分は色々な常識を放置する職業らしい。この調子で暴走していくエンスと、諌めるようで加速させていくコウが止まるのは、数分後リトスが籠に食材を詰め込んで持って帰ってきた時だった。




