◆山もオチもない日常風景
彼等の日常はグダグダです。という事を伝える話に仕上げてみました。
グダグダにするのは得意です。ええ。
「へ?魔法の強化?」
時は昼休み。いつものメンツで駄弁っていただけなのに、メイが唐突に切り出した。曰く、「どうやったらもう少し魔術強化できんのかなぁ……」らしい。正直年齢考えれば異常な位上手いのだから、そこまで思い悩まなくても良い様な気がするんだけど。
「いきなりだな。何かあったのか?」
「それ以上強化してどうするの?校庭壊すだけじゃ物足りなかった訳?次は森でも消滅させるの?」
……ソルトの訝しむ視線もさることながら、ネリアさんの言ってる事がヒドい。でも凄く同感。右隣でも同意するようにアルとスゥさんが何度も頷いている。
「ひっでぇな!てか別に何があった訳でも無いんだけどさ、今日のお前らの展開スピード見て、な」
ああ、と思い当たるのは今日の授業。確かに僕とアルは展開スピードならかなりのレベルにあるだろう。メイは威力重視だけど、僕らは制御重視だから。
でもそう言って意味ありげに僕とアルの方を見てくる所悪いけど、僕がやったアレを教えるわけにもいかないしなぁ。何せ僕が師匠によってイジメら―――ゲフンゲフン、脅さ―――でもなく、脅は―――ああ、なんか今日は喉が少しおかしいようだ、修行、そう修行だ。僕が師匠から受けた修行は僕専門に作られたモノだから、メイにやっても効果は少ないだろう。
「展開スピード、ですか。僕は特に何を訓練していたという訳ではないので強化の仕方はわかりませんが……」
「嫌味だね~」
おっとりと毒をはくスゥさんだが、アルは軽くそれを流す。自分もよくやってる分だけ対処法が分かるのだろうか。
「僕も教えられる事は―――あ、早口言葉上手いと詠唱速度の関係から少しスピード早くなるよ?」
努力型秀才のフュジー(出番の少ない哀れなオーバーS)が言ってたから、多分効果はあるだろう。彼、普段の喋りはダルそうなのにいざ詠唱すると他の人より1秒以上違うから。
「早口言葉?」
首を傾げるメイにうんと頷き、例えばで僕は口を動かす。
「この客は良く柿喰う客だこの客は良く柿喰う客だこの客は良く柿喰う客だこの客は良く柿喰う客だこの客は良く柿喰う客だ。はい、じゃあまずソルト」
「お、俺!?えーと……この客は良く柿喰う客だこのきょっ……噛んだ」
あーあ、二度目で噛んじゃった。まあこれは呂律の問題だからなぁ……
「じゃ、次スゥさん」
「え~!?えーと~、この客は良く柿喰う客だ~この客は良く柿喰う客だ~」
「語尾伸ばしてる時点でアウトね、この子」
一回一回は早いのに、一一伸ばしてたら意味がない。無駄な所におっとり感出されても困るんだけど。
溜息を付きながら首を振るネリアさんと不満そうなスゥさんを見比べて困ったなぁと頭をかく。仕方ないなぁ。
「はいじゃあネリアさん」
「…………この客は良く柿喰う客だこの客は良く柿喰う客だこの客は良く柿喰う客だきょッ……痛い」
ありゃりゃ、上手く言ってたのに舌噛んだか。口元を押さえて蹲る様子に呆れながら、アルに試させてみる。
「ほら、アルもやってみなよ」
「え!?僕もですか?えーと……この客は良くカキ喰う客だこのキャクは良く柿喰う客だこの客はよく柿喰う客だこのきゃくは良く柿くう客だこの客はよくかき喰うキャクだ」
お、危ないけど言えてる。やっぱりこれはセンスの問題だよなぁ。と一頻り感心しつつ、改めてメイに振ってみる。
「はい、じゃあメイ逝ってみようか」
「字ちげぇよ!……ったく、えーと……この客は良く柿喰う客だこの客は良く柿喰う客だこのカキは良く柿喰う客だこの客は良くキャク喰うカキだこのカキは良くキャク喰うカキだ?」
『怖ッ!?』
早口言葉がホラーへ大変身した。悪の味方相手に戦う変身ものヒーローも真っ青な変化だ。ナニコレコワイ。
「あれ?何か違ったか?」
「大違いよ!何で客が柿食べてる話が柿が客を食べる話になってんのよッ!?」
ポカリとメイの頭を殴って説教モードへ突入してしまったネリアさんに、僕等は顔を見合わせて苦笑する。メイにかかると唯の早口言葉ですら大惨事に変わるらしい。
「なんと言うか、流石メイ」
「アレが大貴族の頂点に立とうとしてんだから、世の中間違ってるよなぁ」
「というか~、立ったら色んな人が苦労すると思うんだ~」
僕等3人が中々に辛辣な感想を述べる横でアルがうんうんと頷く。メイが頂点に立った時、苦労するのは間違いなく僕やエンス、そしてアル辺りだろう。そんな未来、想像するだけで恐ろしい。
「あれ?でも何か身近にそんなの何人かいたな……?」
「どうしました?」
ポツリと僕が思い出した事を呟けば、即座にアルが反応する。それに僕は苦い顔で首を傾げた。
「いやね、僕の超身近に頂点に立っちゃいけない頂点が何人も居たなぁって」
「……例えば~?」
僕の表情に一瞬訊くのを躊躇ったソルトの代わりにスゥさんが訪ねてくる。それに、指折り数えながら人名を唱えていく。
「サボリ魔リトスとか、馬鹿の権化コウとか。あと一際アウトなのはバグ人間父さん」
仕事をサボる上司は明らかにアウトだろう。ついでに足し算ですら怪しい部隊長(予定)もアウト。パシられる運命の下生まれてしまったどこぞの誰かに限っちゃ問題外。
「あー……そういえば、優秀だからなんとなく除くけどフツーに考えてリトス先生も上に立っちゃいけないよな……」
「昨日もソラさんが追いかけてましたしねぇ……」
「ソラ先輩、軍生活から一転して学園生活送る予定が、唯のリトス先生捕獲用生徒に様変わりしてるよね~……」
昨日はソラが大声で猛ダッシュしながら中等部走り回ってたけど、ちゃんと授業出れてるのかなぁ?僕とは違う意味で出席日数足りなくなってないといいけど……
「まぁ、アレは一種の気遣いに近いんだろうけど……」
「気遣い?」
どういう事か分かっていない様子のソルトに頷いて、ソラの現状を説明する。
「ソラってさ、結構軍内部でも上の方にいるんだ。まぁ、理由は国王が近い年齢だから気が許せるってのもあるんだろうけれどね。ただ、その所為で押し付けられてる仕事量が半端なくて」
「キミが言えた事じゃないですけどね」
……アル君やい。ここでそんなツッコミを入れんで宜しい。一応僕はローゼンフォールの仕事をやってるって設定なんだから。
「ゴホン。で、つまりは室内に閉じこもってする仕事が多いんだよ。その所為で軍人なのに運動不足に陥りがちでね。リトスがああして外にソラを連れ出さないと、学校以外外に出なくなるからさ」
案外軍人でも不規則な生活をしているのだ。まぁ、こんな事起きてるのはうちの国位だと思うけどさ。主戦力が事務仕事に明け暮れて寝れないなんてあってはいけない事の代名詞だろう。健康管理も仕事の内~なんて生ぬるい事行ってらんないのだ。
「へ~、ソラ先輩も大変なんだね~。私たちより4つ上なだけなのに~」
「そういえばそうね。先輩だからあんまり考えた事なかったけど、そんなに歳の差ないわよね」
いや4つ差で年の差無いと考えるのは社会人の考え方だと思いますが、とは流石に言えなかった。でも最近社会人(但しあの職をそう呼んでいいかは謎)慣れしてきたアルは苦笑している。まぁ、こんな歳の同僚他に殆ど居ないから、あそこでは歳の差近い人でも軽く6、7歳差あるのだ。
「そうか?4つはデカイと思うけど。でも確かにソラ先輩スゲェよな。あの年齢で軍の上の方に立ってんだから」
感心したように頷くソルトの言葉に合わせ、やけに痛い視線が突き刺さる。ええ、ソラよりも年下ですが?ソラよりも遥かに高い階級ですが何か?僕だって出来れば下っ端で貫き―――たくは無かったな。下っ端だとさらに容赦なく皆からこき使われた。でも階級上がって責任も激増したからなぁ……
「あ、オレそういや父さんから聞いたんだけど、先輩ってとあるオーバーSの家に住んでたんだって」
っ!?なんつーピンポイントな事言ってくれてんだフォロート侯!!オーバーSなんてそう何人も居ないのに!そしてアル!!皆に見えない位置に居るのをいい事に笑うな!最近キミのツボがおかしいぞ!?
「マジで!?オーバーSと一つ屋根の下とかスゲェ!!」
いや、あのキミもオーバーSと一つ屋根の下で暮らしてますよ?てか目の前に居ますよ?
「って事は沢山魔法について教えて貰ってたんだろうね~」
いえ、そっちはあんまりですが。だって僕は超多忙。修行は確かに僕等が付けてたけど、殆どがコウとフュジー頼りだったし。
「羨ましい生活ね……あれ?でも先輩って属性何?それによっては難易度が全然違うわよね?」
「あ、そういえばオレも知らね。リーンなら知ってんだろ?」
こっちにふるなぁあああああ!とすんでの所で絶叫を堪える。確かにこの状況で僕が知らないなんて事はないけどさ!
「……風だよ。僕と同じで。だからすっごい苦労してたんだよ?」
風といえば、他3属性と比べたら遥かに高い難易度だ。理由は目視出来ないから。僕のように魔力の流れが把握できるなら兎も角、それができないとかなり感覚を掴むのに時間がかかる。それ故風属性だけは平均的な技術ランクが特に高いのだ。
「うわ、それで上層部か。ホント凄いしか言い様が無い人だな」
「水属性のネリアでも大変そうなのに、風とか考えたくねぇな。俺火だから一番楽だし」
いや、僕も風だって言ったんですけど。なのに何故そんなにもスルーする?僕だって大変だったんだぞ!……師匠の無茶ぶりをこなすのが。
「う~ん……で、実際風属性としてはどうなの~?リーン君~?」
「え?そうだな……一度感覚掴めれば、得意属性ならあとはスルスル覚えられんじゃない?他属性だとCCC辺りで辛くなるって聞いたけど、並の才能があればC位までは余裕で使えると思う」
この学園に通える位ならBBB位は問題ないだろう。ソラは11、2歳位でそのレベルに到達したし。もっとも彼は結構ハイスペック人間だから参考にはならないけど。
「となると実際はCC位が余裕の範囲ね」
「いや、何で僕の行ったことまともに受けてくれないのさ」
「だって貴方、魔術方面は常識知らずもいいところじゃない。今更よ?」
うぐ、ネリアさんが酷い。でも言い返せない。
「一応話によると一時期よりは常識的になったらしいですよ?」
「これでもか?この間コイツ、「催眠系は理論だけでどうにか発動出来る」とか訳の分からん事言ってたぞ?」
む、それは本当なんだけどな。無属性はあんまり感覚的なものはいらないし。
「……それでも、きっと前よりマシなんでしょう。この間リトス先生、あんなに真面な発言が出来る様になるなんて……っていって目頭抑えてましたけど」
「ちょっと待てや!そんなの聞いてないぞ!?その程度で泣かれる程僕は常識無いと言いたいのか!?」
アルと言いリトスと言い、僕がそんなにも社会に馴染んでいないと思っているのか。心外な。と思ってたのに見事にそれは肯定されてしまった。
「ええ」
「思ってんな」
「当たり前じゃない」
「今更~?」
「否定材料あんのか?」
…………僕、なんでこんなのと友人やってんだろ?いや、いい人達だよ?いい人達だけど、今はそれを疑ってしまう。本当にこいつ等、僕を友人だと思ってんのか?
「そもそも、ソラ先輩に聞いたってちゃんとした常識が返ってきたのに何で軍属じゃないお前が妙な考えしてんだよ」
「それは育てた人が違うんだから仕方無いでしょ。ソラを鍛えたのはオーバーSだけど、僕を育てたのはあの父さんなんだから」
言っておくが、あの人は常識人のような行動を取る時と非常識な事をやらかす時の落差が激しかったから人によっては常識あるように思われていたんだ。けど決して常識人では無かった。ならそれに育てられた僕がこうなっても仕方がない!……と、自分でそこまで考えて落ち込んだ。
「……で、この主張の結果がさっきの訓練してないけど出来るに繋がんのか」
「それを言ったらアルもじゃん。僕だけで完結させないでよね」
「いえ、僕は常識はあると信じているので」
バッサリ切られた。ちょっと傷つく。
「安心しなさい。この中だと常識人は私かソルトだけだから」
「え?お前のどこが常識人なんだ?」
と思えば今度はソルトがそれを否定する。うん、ネリアさんはその括りに入らないと思う。
「何でよ!」
「常識人はまず自分をそうだと豪語しない」
ごもっとも。そして常識人はスゥさんなんて起爆装置のリモコンは握れないと思う。彼女の爆発を鎮静できるんだから十分非常識だ。
「それ以前に、この学園が非常識だと思うんだ~」
……僕等はそれを否定出来なかった。