◆今は昔、天才な少年達ありけり
リクエスト作品、可愛い?チビリーンの昔話です。
……急拵えで大分ぐだってます……スイマセン……
「リトスせんせー!前に言ってたリーンの小っちゃい頃ってどんなだったんですかー?」
2時間連続授業の境目の休み時間、リーンが水を飲みにいなくなった隙をついてメイはリトスに質問をする。その言葉に、その場にいた生徒たちはらんらんと目を輝かせ、リトスはニヤリと笑う。休み時間の丁度いい暇つぶしになるだろう、と踏んで嬉々として話し始めた。
「そりゃもう、とんでもなく可愛かったデスヨー。ネ、コウ」
「ん?ああ、まぁな。それがあんなになっちまうんだから、成長って怖ぇなあ」
同意を求めれば、溜息で返事が返ってきてしまう。確かに、昔に比べれば今のリーンには可愛げはないだろう。
「いやいや先生。中身はともかく外見は未だに可愛いじゃないですか」
からかうようにソルトが相槌を打てば、それに激しく首を振って肯定するクラスメイト達。此処にいる殆どの生徒が、最初は女子だと思い込んでいた程に、彼は可愛い顔をしている。
「まあ、そこはそーなんですケド。昔は性格も可愛かったですから。ああ、これはワタシとコウと、エンスという友人がリーン君を預かっていた時の事なんですガ……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
暖かな日差しが差し込む一室で、少年は一時の休息を楽しんでいた。目の前にある子供特有の柔らかく細い髪を撫でるように触れば、膝の上の子供は少し嬉しそうに文句を言う。
「くすぐったいよ、にいさま」
文句を言う割に緩んでいる頬。妙に大人びている癖に、なんだかんだでこういった反応はまだまだ子供だ。
「そうか?でもまぁ触り心地いいから暫くこのままな」
「えー、なにそれ。ぼくのいしはムシなの?」
細い腰近くまで伸びる金髪を括りもせず放置している幼子と、その子供を愛でる銀髪の美少年。そんな肖像画にあるようなほのぼのとしたシーンに、リトスとコウは頬を緩めた。
「ローゼンフォール侯爵も、遠慮せずにいつもリーン君を預けてくれてもいいんですけどネェ」
「まぁ、今日は貴族会議だから預けない訳にはいかなかったんだろ。一人にするわけにもいかねぇしな」
リーンが侯爵に保護されてから早数か月。漸くリーンの人間不信が収まり、周りとの関わりが持てるようになったので、ローゼンフォール侯爵はリーンが珍しくも懐いたエンスに預けてみるという実験に出て見た。
リーンは気を許していない相手と居るか、一人になった時には警戒を見せたまま魔力を高めていき、最終的にコントロール出来なく爆発を起こす、というのが度々あったのでなかなか頼める相手がいないのだが、このメンバーなら問題はないだろうと判断し、朝一番に預けに来たのだ。
因みにその時に言った一言は、「この子よろしくね」だけだったので三人とも先程リーンがたどたどしく拙い説明をするまでは事情すら知らなかったりしていた。
「それより、あの人の天然はどうにかならねぇのか?さっきも説明忘れていくし……」
「ん?とうさんのアレはあきらめたほうがいいよ?こないだなんて、でんしレンジでゆでたまごつくろうとしてたし」
はぁ、と大きく溜息をついたコウに入るリーンの助言。が、逆にそれが侯爵への心配を募らせる。そもそも何で貴族が自らゆで卵なんぞを作ろうとしたのかも疑問だが、それ以前にキッチンでやってはいけない事の代名詞を実行しているとは。勿論結果は大爆発だろう。
「……相変わらずだな、あの人……」
疲れたような空気になったのに気付いたのだろう。リーンは子供らしくない苦笑を滲ませて大人二人を見上げた。エンスに関しては抱き抱えられているので顔は見れないが、多分二人と同じような顔をしているのだろう。
「あ、そーだ。とうさんでおもいだした」
ポンっと手を叩いて破顔したリーンに、三人は顔を合わせる。次はどんな天然振りだ?
「んと、リトがかしてくれたほんがおもしろいっていったらね、とうさんもよみはじめちゃって、かえすのおくれちゃうの」
「ああ、あれデスカ。構いませんよ」
いつだったか暇を持て余していた彼にその場しのぎで貸した本があることを思い出した。かなり分厚い本だったので直ぐに興味を無くすかと思えば、寧ろのめり込んで呼んでいたのは中々に驚かされた。流石は天才少年、といった所だろう。いや、それを言ってしまえば自分もその部類の筈なのだが。
「何ていう本なんだ?」
読書はそこそこ好きなものの、最近新しいものに手を出していなかったエンスは興味本位で訊いてみた。まぁ、子供が読むようなものだからそんなに難しいものでは無いだろう、と思っていれば―――
「タイトルは『ばかでもりかいできるまものざつがく』っていうの。おもしろかったよ」
「「ブホッ!?」」
エンスとコウは同時に紅茶を吹き出す。子供相手になんつーもんを与えているんだ!
「あ、あとリトー、ぞくへんの『クズでもわかるりゅうざつがく』ってある?そっちもよみたい」
更にそんなものの続編を求めるリーン。非常に教育上宜しくないようなタイトルばかりのシリーズに、二人は引き攣らせる。主に顔面を。
「おいリトス、なんだその本は」
「子供の教育を考えろ!」
胡乱げな顔で問い詰めるコウに眉を吊り上げて怒るエンス。子供の教育、と騒がれても十分エンスも子供と呼べる年齢なのだが、そこはスルーのようだ。
「いや、タイトルはアレですケド、中身は割と真面目なんデスヨ。馬鹿でも理解できるって書いてある割に難しいですけどネ……なにせ目茶苦茶理論詰めナンデ」
それを面白いとのたまえるのだから流石天才、といった所なのだが、彼本人はその自分の異質さに気付いていない。
「……はぁ?理論だらけ?おいリーン、そんなに難しい本だったのか?」
「ふぇ?いや、そんなでもないよ?まどうたいぜんをりかいできればぜんぜんよめる」
まさかの回答に、三人の意識は遠くなった。魔導大全。確かヴィレット学園ですら高等部のカリキュラムに入るような超上級の魔導書だ。そもそもそんなもの、いつの間に読んでいたんだ。
「……あのな、リーン。本来魔導大全って、大人でも理解できない人沢山いる位難しい本なんだぞ?」
ぐりぐりと頭をかいぐり回しつつも諭すように教えれば、リーンは頬を膨らませ不満そうに否定した。
「えー、うそだぁ。だってあんなん「杖宝の書」よりかんたんだもん」
くらり。リーンの言葉に更に眩暈がする。そんなハイレベルで解読しにくい禁書、何時の間に掘り返していたんだ。いやまぁ、禁書と言っても貴族なら問題ないのだが。
「じょ……おいリトス、お前いつだったか読んでたよな、両方とも」
「……エエ。確か軍に入って直ぐに……」
5歳児のリーンに比べたらマシな歳だが、リトスの答えも矢張りどっちもどっちだった。二人とも頭脳の出来は大差ない。良い方だから悪い事ではないのだが、ここまで常識から外れると本当に良い事なのかと疑いたくなる。
「……やっぱ、ぼくってみんなとはちがうの?」
唐突に響いた寂しそうな声に、ハッとして振り向く。声の主であるリーンの顔を覗けば、酷く不安そうな顔をしていた。
その事に三人は顔を引き攣らせる。すっかり失念していた。リーンは未だ精神状態が芳しくない。そんな中周りがトラウマに近い事をとやかく言えば、泣き出しそうになるのも無理は無いだろう。
「い、いや違うぞリーン!リーンは凄いんだなーって話だからな!」
「そうだそうだ。お前は自慢していいんだぞー!なっ?」
誤魔化すかのようにコウはリーンを抱き上げ、そして立ち上がる。微妙に大人びた発言や行動はあるものの、基本は流石に子供なリーンはさっきまで落ち込んでいた事を考えるのを止め、いつもよりずっと高い視線だという事に喜ぶ。
因みにこの扱いがリーンの常識知らずにつながる事を、三人はまだ知らない。
「たかーい!コウ、かたぐるま!」
もっと高く、という事なのだろう。すっかり機嫌を直したリーンにほっとしつつ、コウは望み通りリーンを肩に乗せた。普通の5歳児よりも小さい分、軽い。
「ほれ、丁度暇だし、このままどっか行くか?」
エンスに振り向いて訊けば、そうだなと笑って返答が返ってくる。栄養不足で体調を崩しやすく、子供ながらにインドア派となってしまっているリーンには丁度いいだろう。特に本好きなのがそれに拍車をかけているような気もするが。
そう思って肯定すれば、こてん、と可愛らしく首を傾げてリーンはエンスの方を見る。
「どこいくの?」
「んー、庭でいいか?」
今は夏。この時期なら外に出ても日射病以外では体に害はないだろう。暑さにも強くは無いが、寒いよりはマシだと本人も言っているのでそこまで体調を崩す事も無い筈だ。
「ていえん?うん、いーよ」
今の位置にご満悦らしく、ふにゃりと笑うリーンに三人は思わず構い倒したくなる。ナニこの生物、可愛い。
「ああ、取り敢えず帽子は被っていったほうが良いデスネ」
そう呟いたものの、流石にここには彼にあうサイズの物は無い。どうしたものかと考えれば、エンスがクローゼットの中をあさり出す。
「ああ、それならこの辺に……あったあった」
突っ込んでいた頭を外に出し、小さな水色の帽子を取り出した。
「偶々小さい頃の物を掘り出してな。リーンに丁度良いようならあげようかと思ってたんだ」
「成程、グッドタイミングデスネ。じゃあリーン君、コレ被って下さい」
自分よりも背の高いコウが肩車をしているリーンの位置は手を伸ばしても少し高い。リーンを屈ませてちょこんと帽子を頭に被せてやれば、見事にピッタリなサイズだった。
「ん、丁度いいみたいだな」
お下がりとはいえ、仮にも王子が使っていたものだ。素材は一級品、見た目も良いのでリーンの可愛らしさが非常に映えるようだった。その帽子を深く、押さえつけるようにかぶりながら、リーンは可愛らしい礼を言う。
「ありがとー、にいさま」
にぱっと笑い、ご機嫌なリーンは早く外へとコウの頭を叩く。それにはいはいと少々投げやりな態度で返事をしつつ、四人は部屋を出て行った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……あつい」
炎天下の中外にずっといる訳にもいかなく、少しぶらついた程度で部屋に戻ることになった、その途中。リーンはポツリと呟いた。顎をコウの頭に乗せ、すっかりだれてしまっている。
「ありゃ、まだリーン君に夏場の外はきつ過ぎましたカネ?」
ぐったりしている様子の彼を心配そうに見つめれば、弱弱しい微笑で、ううんと首を振るリーン。
「いいの、たのしかったから。ちょっとつかれちゃったけど、こんなにたのしかったの、とうさんとあってからしかたいけんしてないし」
少し庭を歩いただけで楽しかったと笑うリーンに、三人はそうかと言って微笑み返す。内心は酷く複雑な気分なのだが、それはまだ幼いこの子には悟らせない。
「じゃ、今度は海にでも言ってみような?もっと楽しいぞ」
「うみ?って、あのみずうみがもっとおっきいやつ?いきたい!」
ローゼンフォール領は内陸の為、実物を見たことの無いリーンはどうも勘違いをしているらしかった。湖は確かにローゼンフォールの避暑地として有名だが、海と一緒にするとは。
「くくっ、違うぞリーン、湖は真水だが、海は塩水なんだぞ?」
「しおみず?え、なんでなんで!?うみとみずうみって、おなじじゃないの!?」
好奇心旺盛な子供らしく質問攻めになったリーンに、少し困りつつも対応していく年上三人。そんな会話は、侯爵が戻ってくるまで続くのだった―――
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「へぇ、あのリーン君が湖と海を混同ですか……」
ネリアがクスリと笑ってそのオチに反応した。今の物知り雑学袋状態のリーンがそんな子供だったとは、正直面白い。
「……エンスさん……確かにリーン君の事溺愛してますからねぇ……」
一方、エンスの正体を知っているアルは何とも言えない表情で呟く。最近はお互いに憎まれ口しかきいていないが、そんな関係だったであろう事は直ぐに想像できた。
「ん?エンスが何?」
と、丁度そこで帰ってきたリーン。周りの生徒は先程の話を思い出してクスクスと笑いだした。
「え、何笑い出してんの皆。てか、エンスが絡んでるとか絶対ロクな事ないよね?」
焦った顔で問い詰めても周りはただ笑うばかり。それに少し剥れれば、スゥがからかうように揶揄した。
「リーン君、昔は海と湖同じ物だと思ってたんだって~?」
「……ああ、あの時の話か―――って何勝手に話してんのさ!」
そういってリトスに肘鉄を食らわせるリーン。沈んだリトスと怒ったリーンを見比べて、ふとその場の全員が考えた。
…………あれ?リーンって、もしかしてリトス少将以上に天才?
―――その後、リーンの立場が危うくなり更にリトスを追いかけ回す事になるのは、また別の話―――