月に祈りを。。
『月がね・・・。綺麗だったから。』
握り締めた携帯電話が、いつもより重く感じる。
『用事は・・・ないんだけど。ごめんね・・・。』
重い空気に耐え切れなくて、小さな嘘をついた。
何か用事を作らなきゃ、すぐにでも途切れてしまいそうな危うさを、
縋る様に紡ぐ小さな言葉で、何とか繋ぎとめていた。
『今日はね、すごく綺麗な満月なんだ。それ見てたら、声が聞きたくなった。』
いつから、声を聞いていなかったんだろう。
それほどたっていないはずなのに、最後に話したのが、かなり昔のことに思える。
問い詰めて、攻め立てて、たくさんの感情をぶつけてしまいたいのに、
それをすれば、繊細なガラス細工を素手で握りつぶすのと同じ、
全てが粉々に砕ける気がして、何も言えずにいた。
本当は・・・ただあなたと繋がりたかっただけなんだ・・・。
満月が綺麗だから・・・なんて、思いつた言い訳でしかないんだから。
『まだ仕事中だから。そろそろ・・・。』
受話器の向こうから、聞きたくなかった言葉が、冷たい氷のように届けられる。
『うん・・・。ごめんね・・・。』
嫌われたくなくて、口癖のように出る『ごめんね』の一言。
電話を切ってしまえば、またあなたとの繋がりがなくなってしまう・・・。
待って、まだ話したいことがたくさんあるのに!!まだ切るなんて言わないでよ!!
『じゃぁ・・・。またね。』
あたしの返事を待たずに、一方的に流れる通話終了の電子音。
一音一音が胸に刺さって痛いから、これ以上傷つかないように、あたしは小さく丸まった。
ただ好きなだけなのに・・・。
もっと繋がっていたいのに・・・。
あなたに愛されたいのに・・・。
幸せに・・・なりたいのに・・・。
月があまりにも綺麗だから、
今日は溢れる涙を我慢しないことにした。
優しく包み込む満月の柔らかい光に、小さな安らぎを覚えつつ、
それとは不釣合いな、遠吠える犬のように大きな声を出して泣いた。
満月に不思議な力があるというのが本当なら、
ただただあなたの幸せを祈ろう。。
あなたが幸せに笑っていてくれるなら、あたしは救われる。
この涙も無駄にはならないから。。
だからどうか、大事な物を見失いやすい、この広くて汚い世界に、
あなたが飲み込まれてしまわないように、
あなたの周りが、常に幸せで守られるように・・・。
ひとしきり泣いた後、携帯に未読メールが届いていたことに気づく。
泣きすぎて腫れた目がちょっと痛い。
メールの相手は、彼だった。
『さっきはごめん。本当に綺麗な月だな。』
たった一行。愛の言葉も何もない文章。
でも・・・、一瞬であたしは笑顔を取り戻した。彼の魔法でしか作れない、最高の笑顔。
本当に・・・あたしは彼には弱いんだ。
次に連絡が取れるまで、あたしは何回もこのメールを読み直すだろう。
いっぱい、月に向かって泣いて、このメールに励まされる毎日を過ごすだろう。
はっきり言ってつらいけど・・・でも、幸せ。
これだけ彼を思える毎日が・・・本当に幸せ。。
月に抱かれて、あたしはゆっくり眠りに着いた。
泣くときは一人じゃなく、月の力を借りるのがいい。。
あなたの幸せを祈りながら。。