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桜の宴6

 俺の声に反応した男が一度こちらを振り返り、険しい必死な表情で高城までの距離を詰めていく。

智孝が高城をSPに預け、男の行く手を阻むように立ちはだかる。

 順調にほとんどの客が逃げた会場に残されたのはSPを盾にした脂汗を滴らせる狸親父と、その前に立ち塞がるSP。さらにその前に涼しそうな顔で立っている智孝。

智孝の前に立ったあの男が息を荒げて智孝を睨み付ける。

無事な出入り口の前には数人の警官と香里と進藤が距離をとって様子を見ていた。

爆破された出入り口近くで数人怪我人が出たようだが、全員が退室している。

俺は男の斜め後ろまで駆け寄り距離をとった。

「何であの病院の警備員がこんな所にいるんだ」

「ちっ…お前あのバイク便の奴か」

俺の質問に血走った目だけを向けた男が、高そうな絨毯のうえに唾を吐く。

「た…武雄(たけお)…」

情けないくらい震えた声で狸…基、高城がSPの脇から顔を出して名前を呼んだ。

「息子さんですね」

「ああ…」

こんな時でも優しい声が出せる智孝には脱帽だと思う。

「息子が父親の命狙ってこんな事やったって言うの?」

少しヒステリックに香里が言うと、呆れたように首を横に振って方を落とす。

『高城 武雄。27歳。高城家の次男。一昨年死亡事故を起こして、やり手弁護士のお陰で示談に持ち込み。警察署内でのもみ消しも成功したが、その後も数々と小さな悪さして、出来の悪い次男は家を追い出されたみたいですねぇ』

小学生の作文や感想文を読み上げる方がまだ感情が篭っているんじゃないか。と突っ込みたくなるような森下の読み上げに俺は苦笑してしまう。

「どけよ…」

「それはできません」

武雄が智孝に上擦った声で叫ぶと、相変わらず冷静な智孝の微笑み。

「どけって言ってんだろぉがぁ!!」

荒ぶる武雄がジャケットの内ポケットから拳銃を取り出す。

「お…玩具じゃないぞ…」

フルフルと震える手で拳銃を構える武雄のへっぴり腰は、見ているこっちの心が痛むよ。

「随分と派手な誕生祝いですね」

「うるさいっ!!誰がそんな奴の事…祝うかよっ!」

智孝は少し困ったように眉を(しか)めると、武雄は大きく頭を振る。

「これはっ…復讐なんだよ!」

「復讐…」

「武雄…落ち着け…ちゃんと話をしよう…」

「うっせぇ!!お前がっ…俺は悪くないのにっ…」

高城の声に反発するように武雄はチラリと見えた高木に銃口を向けた。

「おおっ…」

情けない声を上げて狸親父はSPの後ろに隠れる。

「なるほど…一昨年の死亡事故。あれは大臣ご本人が起こされた事故なのではないですか?その濡れ衣を息子に背負わせて…のうのうと狸の様な腹を叩いて踏ん反り返っていたんですね」

「はっ…」

智孝の言葉に息を飲んだのは高城だ。武雄は今にも泣きそうな顔でカタカタ震えている誤射してしまわないかだけが不安だ。

「済まない…本当にお前には済まない事をした…」

「お前のせいで…俺の人生めちゃくちゃだ…」

「わ…私が悪かった…」

「高城大臣は罪をお認めになるのですか?」

「そうだ!私が事故を起こした!それを武雄に擦り付けて自首させたんだ…そうしないと…家が…破滅してしまう」

「家の為に…俺は犠牲になったって言うのかよ…あの後…お前達が俺に何をしてくれた…」

二人の会話の隙を見て智孝が一瞬流れるような仕草で俺に視線を寄越した。

俺には智孝の伝えたい事が何なのか分からず、辺りに視線を彷徨わせて答えを探す。

「俺は何もしてない…なのに…母さんも兄さんも…俺を邪魔者扱いして…」

「そうですね。復讐したくなるには十分な動機ですね」

「へっ…?!」

銃を突き出すように構えている武雄に優しく微笑むと智孝は、SPの後ろでガクガク震えている高城の首根っこを掴み引っ張り出す。

()るなら()るといいです」

「なっ?!」

拳銃の目の前に突き出された高城もそれを構えている武雄も、SPですら驚愕に目を見開いて固まってしまう。

「親子喧嘩に他人を巻き込むのは…いかがなものでしょう。さぁ。さっさと殺っておしまいなさい」

「ひっ!?」

「ぇっ…」

武雄は予想もしていなかった智孝の行為に、怯んで一歩後ずさると銃の引き金から指を離してしまう。

「おらぁっ!?」

俺はその一瞬を見逃さずに、足元に転がっている足の長いチェアを拾い上げると武雄に飛び掛る。

同じタイミングで智孝が武雄の持っている拳銃を伸縮式の特殊警棒で打ち落とす。

「うっ!?」

痛みで手を押さえた武雄を、俺はチェアで壁まで押し付けて身動きを封じてしまう。

「押さえろ!」

出入り口に待機していた警官の合図で武雄を完全に捕縛した。

「はぁっ…はぁっ…くそっ…」

手錠を掛けられて立ち上がらされた武雄は、高城を睨み付けて悔しそうに唇を噛み締める。

「貴方が今回やった事は復讐にこじつけた、ただのテロですよ。あなたの起こしたテロでどれだけの人の心に見えない傷をつけたか…しっかり反省してくださいね」

武雄の手首に掛けられた手錠に手を添えて、智孝は何処か寂しそうに声を掛けた。

眉を寄せた目を伏せた武雄は唇を噛んだまま、警官に両脇を抱えられて歩いて行く。

「親として。貴方も責任が問われます一緒に反省してください」

未だに脂汗を垂らした高城に智孝が視線を向ける。

「はっ…責任…反省…ははっ。そいつは勝手に家を飛び出したんだ。勘当したんだよ。私には関係ない」

薄汚い狸が大口を開けて顔を引き攣らせて下品な笑い声を上げた。

「なっ…」

項垂れていた武雄が髪を振り乱して高城に噛み付く様に歯を見せる。

「話なら署の方でじっくり聴きますよ高城大臣。いや、高城 康虎(やすとら)さん」

武雄は警官に引きずられるように連れ出されると、入れ違いに入ってきた山路が智孝に一つ礼をすると高城大臣の前までツカツカと歩み寄った。

「何故私が…」

「この通り逮捕状も出ています。じーっくり話を聞かせてもらいますよ」

「なっ…」

「ウチからも証拠を提出させて頂きます」

智孝が涼しげな笑顔を見せると、進藤が山路にUSBメモリを手渡す。

「なかなかやるわね。真人」

香里は連行される高城を見下すような視線を送りながら、俺の傍に来るとポンと肩を叩く。

「はぁ…心臓に悪いよ」

静まり返ったボロボロの部屋を見渡して俺は溜息を吐いた。

「本当に、真人君の洞察力と勘の良さには救われました」

俺の背中を優しく手で押すと、智孝は「行きましょう」と香里をエスコートして部屋を出て行く。

『お疲れさまぁー』

『おや。芦田先生』

突然インカムから聞こえて来た芦田の声に、智孝が返事を返す。

『依子ちゃんが真っ青な顔してたけど、また危険な事してるんじゃないよねぇ?』

『直ぐに戻ります』

芦田の言葉に智孝から焦りの色を伺う事が出来た。

「大丈夫なんですか?」

『あれ?杉崎君?』

「はい」

『依子ちゃんは今ベッドで横になってるよ。君も引っ張り込まれちゃったの?』

少し駆け足で部屋を出て俺は智孝の後を追う。

「体験入社ですよ」

『なるほどぉ…智孝はクールに見えてかなり無茶するから、君がストッパーにでもなってくれたら依子ちゃんの気苦労もなくなるんだけどねぇ』

少しおどけた調子で芦田は言うが、確かに智孝はかなり無茶をする。拳銃を持った男の前に立ちはだかるとか、普通出来ないだろう。こんな事ばかりじゃ依子も心配が絶えないわけだ。

 

 *


 事務所に戻ると、芦田が応接間で優雅にお茶を飲んでいた。

 5階建てのビルの1階はお洒落な洋食店とパン屋が並んで入ってる。2階全フロアが“斉藤探偵事務所”。3階より上は住居になっているらしく、香里と森下はここに住み込んでいると言う。

智孝と依子には自宅があるが、仕事が立て込むと二人もこのビルの住居を使っているらしい。

 智孝は部屋で眠っている依子の様子を見に行ったまま。俺はデスクに腰を下ろして事務所を見渡している。向かいの香里は何やら書類を製作中。森下の姿は無い。進藤が芦田に茶菓子を出したりと、丁寧にもてなしている。

「なぁ。大臣とかってそんな簡単に掴まえられんの?」

「そんな簡単なワケないでしょう。馬鹿じゃない?」

「っ…じゃあ何で逮捕状とかあんな早く取れるんだよ」

「私達はそれぞれに与えられた仕事があるでしょう。私と進藤さんと真人は会場に潜入して犯人逮捕の協力。その間に裕貴(ゆうき)が隠しカメラとマイクで撮ってる映像を山路さんトコに流してたのよ。LIVE中継だったから事件と進行形で逮捕状も取れたのよ」

「各々に合った仕事を平行してやっていただけですよ」

俺の疑問に相変わらずな上から発言の香里に、物腰の柔らかい紳士な進藤が答えてくれた。

「立て篭もり犯は口を割ったのかしら」

「高城 武雄に金で雇われた方と、インターネットの掲示板で募った過激派を意識した若者だそうです」

「インターネットの掲示板ねぇ…」

「何て言うか…犯罪者の犯罪意識の低さにも驚きだな…」

進藤の返答に香里はオーバーリアクションで肩を竦めると、俺も目頭を押さえて悲しみを表現した。

「ねぇ。杉崎君。どうだった?初仕事」

「えっ…あー…最初に探偵って胡散臭いって言ったけど。本当に胡散臭くて笑えまね」

「はははっ!胡散臭いかぁ!まぁね。殺人事件や爆破事件に立ち会う探偵なんてテレビや漫画の世界でしかないもんね」

俺の返答が余程可笑しかったのか、芦田は少年のような無邪気に笑う。

「人探しやペット探しや不倫調査が主な仕事よ。こんな事件に巻き込まれる事の方が稀なんだからね」

香里は俺にペンを着き立てて、馬鹿にするように鼻で笑う。

「人様を指すな」

そのペンを取り上げた俺はクルクルと指の間でそのペンを回す。

 暫くしてカランと扉の開く音と共に、智孝が応接間に入って来た。

「依子ちゃんは?」

「落ち着いて眠っています」

真っ先に声を掛けた俺に、智孝は優しい笑みを浮かべて頷く。

「あんまり心配かけちゃダメだって言ってるだろう」

「そうですね。大きな仕事の時は依子を外すようにします」

ソファーに智孝が座ると進藤がテーブルにコーヒーを置いた。

「依子の足はどうなんでしょう」

「足の怪我自体は完治してるよ。ただやっぱり精神的なモノなんだよね…歩こうって気はあるけど、何かがそれを拒んでいるのかな…」

「精神的なモノ…ですか」

「あまり焦らせても無理なものは無理だから、じっくりリハビリしたらいいよ。僕はいつでも付き合うし」

「ありがとうございます」

一通りの会話を終えた芦田は小首を傾げて俺を見上げる。

「杉崎君は依子ちゃんの事好きなの?」

「っ?!なっ?!」

芦田の不意打ちな質問に、俺は驚いて口をパクパクさせた。

「それは初耳です」

初めて見るかもしれない、智孝の鋭利な刃物のようなオーラに身の危険を感じた。

「そっ…そんな目で見てないですからっ!!」

俺は精神的に痛い智孝のオーラから逃げるようにデスクに身を隠す。

「真人さんの引越し手続きできましたよぉ」

森下が入ってきたかと思うと耳を疑うような言葉を吐く。

「こっちも就職の手続き完了っと」

目の前の香里からも、まるで他人事のように俺の指向は停止する。

「明日にでも力仕事組み召集しておきますね」

「よろしく」

「頑張ってね!智孝は人使い荒いから」

とんとんと俺を放置して進む会話。


 こうして俺は探偵事務所の一員となった。


 『俺が探偵になった理由(わけ) ―桜の宴―』 【完】

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