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桜の宴5

 香里(かおり)に着いて行くと、事務所の入ったビルの地下駐車場に停めてある黒のハイエースのドアを開けた。

運転席に香里が乗り込むと、俺は助手席に乗り込んだ。

既に後部席には森下が乗り込んでいて、後ろから差し出している両手には白いイヤホンの先っぽが乗せられている。

「はい。今度のは感度MAXまで上げてますから」

「ちゃんと仕事してよねぇ」

森下の手からそれを受け取った香里は耳にセットした。

「はい。真人(まなと)さんの」

「ありがとう」

俺はそれを受け取ると、香里と同様耳に差し込む。

『Test…Test…』

「良好よ」

イヤホンから聞こえたのは依子の声。それに香里が返事をする。

「聞こえるよ」

『えっ?杉崎さんですか?』

俺が返事を返すと、依子が驚いた声を上げた。

「体験入社だよ。サポート宜しく」

『はい。お気をつけて』

後部席のドアを開けた智孝の爽やかな声に依子は優しく返す。

「真人君はバイクで着いて来てくれますか」

「いいすよ」

智孝が俺の前にバイクのキーを差し出す。

「このバイクです。随分使ってないから機嫌が悪いかもしれません」

駐車場の隅で掛かっているカバーを取ると鮮やかなブルーのTW255Eが顔を出した。

馬力に不安はあるけど、街乗りで小回りが利けば問題ないか。

「おお。フルカスタムだ」

智孝からキーを受け取ると、俺は早速エンジンをかけてみる。

「かなり改造してるなぁ…」

「気をつけて着いて来て下さい。これからの行動は僕の指示に従ってもらいます。危険だと判断したらすぐに引いて下さい。僕は何より君達の身の安全を優先したいので」

「了解」

ハンドルに掛けてあったフルフェイスを被り、智孝に左手の親指を立てて見せた。

 智孝がハイエースに乗り込むと車は直ぐに動き出す。

俺はその後に着いてバイクを走らせる。

『○△ホテルの警備は、事件に人員を裂かれて読み通り手薄になっているそうです。現場にSATが配置されるようですが、多分威嚇すらされないでしょう』

インカムから依子の情報が入ると、『なるほど』と智孝が声を曇らせた。

『格好ばかりの遠距離狙撃なら必要ないじゃない。どうせ上から狙撃命令なんて下りないんでしょう』

『出来れば最悪の結果が回避される事を祈っています』

香里の呆れたような声に、依子が何処か哀しそうな返事をした。

『…山路さんから裏口からの突入計画を聞いたけど。犯人達のかなり粗の目立つ犯行だけに…真っ向で受けて立っていいのかが心配ですね…』

「粗?」

智孝は依子を気遣うように、出来るだけ優しい声音を出している。

『ええ。何故、彼等は院内の監視カメラを切らないのか…まず、ああ言った建物を占拠する際は内部の情報を外に漏らさない為にも最初に警備室を襲い、監視モニターを制御するものです』

「確かに…」

警察側が監視モニターをハッキングしたって言ってたのを思い出す。

『後…用意されたのが何故パイプ型爆弾なのか…』

『比較的、素人でも作りやすいですからね』

『中に釘でも仕込めば散弾銃並の殺傷能力はあるのよね』

智孝の言葉に森下と香里が答える。

『僕の見解では…一発目の爆破が最初で最後の爆破だと思っています』

『何で?』

『彼等の本当の目的は病院の占拠ではないからです』

香里の質問に智孝は完結に答えた。

「高城大臣か…」

『そうです』

俺の呟きに智孝ははっきりと答える。

『占拠している彼等の目的は、高城大臣に着くはずだった警察の警備を手薄にする事』

「でもさ。こんな事件が起きてる近くのホテルで、のほほんと誕生会なんてやってたら大問題なんじゃないか?」

『バレればね。ああ言う官僚様にとってパーティーは自分の権力誇示の場所だったりするからね。プライドが高ければ高い人程そう簡単に“無くなりました”なんて言えないんですよねぇ』

森下が俺の疑問に答えてくれた。

「くだらない…」

思わず唾を吐き捨てるように俺は呟いてしまう。

『病院を占拠しているチームは多分時間稼ぎでしょう。日本は人権を重んじる国です。犯人の命は人権で守られています』

「撃たれない自信があるから…か」

『残念ながら。狙撃の許可が下りる事は無いでしょう』

「法律を逆手に取った犯罪…」

智孝の声には本当に残念だと言った色が窺い知れる。

『病院の占拠に関しては、時間がくれば犯人が降伏してくれると見込んでいます』

「問題は大臣の方ってわけだ…」

『目的が高城大臣ならば…危険なのは大臣の身です』

『山路さんから連絡が入りました』

依子が少し上擦った声で会話に入ってきた。

『管轄が違う為、他所からの増援は期待出来ない。それと…大臣側からの拒否で警備を増やす事をしないそうです』

『全く身の危険を感じていないのですね…』

声の感じから智孝は心底呆れている様子だ。

『お。犯人の持っている銃の解析が出来たみたいですね』

『どうです』

『うん。社長の読み通りモデルガンです。どの位改造してるか分かりませんが当たれば痛いですよ。当たり所が悪ければ死ねます』

語尾に渇いた笑いを零した森下が、カチャカチャとキーボードをせわしなく打つ。

『危険性を孕むのは爆発物の威力と、犯人達の生身の武力ですね』

『見えていないだけで爆発物がまだある可能性はないですか?』

冷静な智孝に対して依子は少し不安げだ。

『可能性としては0ではないね。僕達の読みが外れていたら…』

『大丈夫よ。あっちは山路さん達プロのお仕事だもの。いい仕事してくれるわ』

依子の不安を掻き消すように香里の声は凛と響く。

『こちらはこちらでプロの仕事をするだけですねぇ』

森下は何処から来るのか、自信満々な声を上げた。

『はい』

依子はそんな自信に満ち溢れた面々に優しい返事を返す。

進藤(しんどう)さんから準備が整いましたと連絡が入りました』

『よし。じゃあ今回のプランを説明しようか…』

依子の言葉を受けた智孝が、今から各々の行動プランを説明し始めた。



 *


 ホテルに到着すると、俺と香里は品の良さそうなロマンスグレーの紳士にホテルの従業員制服とドレスを渡された。

「体験入社の真人です」

「お嬢様からお聞きしております。斉藤家で働いております進藤です。以後お見知りおきを」

香里が俺を紹介すると、進藤は綺麗な角度でお辞儀をする。

「杉崎 真人です。宜しくお願いします」

俺も若干背筋を伸ばしてお辞儀をしてしまう。


 渡された制服はオーダーメイドかと思う程サイズピッタリで、違和感無く着こなせた。

「あら。馬子にも衣装ね」

俺のホテルウェイター姿に香里が右眉を上げて見下すように微笑む。

「女は化けるなぁ…」

さっきまでは清楚な秘書だった香里が、今では社交界の華と言わんばかりに瑠璃色のドレスを身に纏い気品溢れるお嬢様オーラまで放っている。

依子とはまた違った、お嬢様だな。

「では、行きますか」

進藤が香里をエスコートするように会場までの廊下を歩く。

『やっぱり…かなり手薄ですね』

インカムから森下の呆れたような溜息が聞こえる。

『どの程度ですか?』

『モニターと拝借した配置図を見比べただけでザッと3分の1ですね』

「廊下にも警備らしい影はチラホラね」

『なるほど』

智孝は計算通りだと言った感じだ。


 俺は香里達より一足先に会場内に潜伏する事に成功した。

見知らぬ顔でも格好次第でスルーとは、制服の力は偉大だと感じる。

『真人君。出入り口で怪しい人が居ないかチェックしてください』

「了解」

俺は出入り口近くで飲み物を乗せたトレイを片手に、出入りする人の姿を目で追う。

香里と進藤が揃って入ってくると、俺からドリンクを受け取り部屋の隅に待機した。

ふと視線を流すと、中央付近に智孝の姿が見える。随分と恰幅の良い狸親父と談笑中だ。

(あれが高城か…)

叩けばポンポコ言いそうな腹を撫でて笑う姿は、正直笑えないな。

『そろそろ始まりますよ』

森下の言葉と共に、会場のライトが落とされていく。

『大臣は司会の挨拶の後に壇上に上がります。注意してください』

智孝の注意が飛ぶと、少し高くなったステージに司会の男が立つ。

薄暗くなった会場。ステージだけがスポットライトでぽっかりと浮かぶ。

俺は閉められた出入り口を注意深く監視していると、視界の端に薄桃色の何かが舞った。

「っ…」

この薄暗い部屋の中で鮮やかに舞う薄桃色。俺は息を飲んで目を見開く。

 目映い光に包まれた出入り口の扉が、嵐でもきたのかと思う程の突風で勢いよく開いた。

その風に舞う桜の乱舞。俺はその突風に煽られるように一歩後ずさる。

『病院に占拠していた犯人グループが降伏。今、警官隊が突入しました』

インカムから聞こえた依子の嬉しそうな声。

その声に我に返った俺は、閉まったままの扉を見つめて背筋を振るわせた。

「ふ…伏せろ!!」

次の瞬間俺は何故か分からないが、会場に響き渡るような声で叫んでいた。

扉の近くに居た女性の腕を掴みテーブルの影に引き込むと同時に、痛いほど鼓膜を震わす爆発音と焼けた火薬の匂いが周囲に漂う。

突然の惨状に「わぁわぁ」「ぎゃあぎゃあ」と白煙に囲まれた会場はパニックになっている。

俺は助けた女性をホテルの従業員に預け、智孝と香里と進藤の姿を探す。

智孝はSPと共に高城の安全を確保していた。香里と進藤は冷静にもう一つの出入り口から逃げ出す客達を誘導している。

『大臣は無事です』

『こちらも無事。客の誘導をします』

「こっちも無事で…」

智孝が俺を見つけて小さく頷く。インカムから聴こえる声も安定して冷静だ。

俺は逃げ惑う人々の波に逆走する一人の男を視界に捕らえた。

『どうしました』

「あの男…」

何処かで見た事があるその男に近付く為に俺も逆走して行く。

押し戻されそうになる波に逆らい、俺は記憶を遡る。

「あいつ…あの病院の警備員だ」

俺は病院に入る時に挨拶をした警備員の顔を思い出した。

『何で病院の警備員がこんな所に…』

『関係者は…今、全員の無事が確認されたところです』

香里の声に依子が答える。

「その男を押さえろ!!」

俺は逆走する男を指して声を張り上げた。


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