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桜の宴4

 ガックリと肩を落とした俺は、智孝の事務所のソファーに身を投げるように座っていた。

真人(まなと)君さえ良ければ、ウチで働いてみませんか?」

「へっ…?」

突然の解雇の次は突然のスカウトに、俺は間抜けな声を出してしまう。

「君の観察力と洞察力。判断力や行動力は強力な武器になるんですよ」

「社長って…ほんと変なの好きね」

「変って…はっ」

香里(かおり)の心底呆れたような表情に、俺は息を吐いて笑ってしまう。

「今なら、部屋と食事も付けましょう。悪い話じゃないと思いますよ」

「え。住み込み?」

確かに今住んでるアパートももう直ぐ取り壊しが決まっていて引越しを余儀なくされている。こんな上手い話があってもいいのだろうか。

「しかし、ウチは実力で給料が決まってしまうから。ちゃんと働かないと給料は出ないですよ?」

智孝は少し冷めてしまったコーヒーを飲みながら笑う。

「意外と細かくチェックされるのよ…経費もダメって言われる事あるし」

「あれは香里さんが悪いんじゃないか。尾行って名目で勝手にアクセサリー買うから」

「だって可愛かったんだもん!」

「可愛いから買った物に経費なんて落ちるわけないだろう」

「いいじゃん…3000円ので我慢したのに…」

香里と森下がまるで姉弟喧嘩のようなやり取りを繰り広げる。

「返事は今直ぐにじゃなくていいから。気が向いたら返事をくれたらいいよ」

最後に智孝がそう言ってカップをソーサーに戻すと、カランと事務所の扉が開く音が聞こえた。

「社長…児玉(こだま)巡査部長がお見えになりました」

扉とこの応接間を分かつ扉をノックしたのは、依子だった。

 さっき見たパジャマ姿も可愛かったが。今の白のチュニックワンピースに薄いピンクのカーディガンを羽織り膝に暖かそうなブラウンのブランケット姿は、洗練されたお嬢様そのものだ。

「あ…杉崎さん」

「やぁ」

車椅子に乗った依子がハンドリムを上手に操作して、応接室に入ってくる。

その後ろには無骨な人相の悪い男が立っていた。俺達を見つけると、その男は小さく頭を下げた。

「とりあえずココに座って」

香里がテーブルの上のカップを引きながら、空いたデスクを指差して空いた手で俺の腕を引っ張る。

「おぅ…」

俺は香里に引かれるままデスクの椅子を引いてそこに座った。

この席からなら応接室が半分くらい見る事ができる。

「私が斉藤です。こちらにお掛けください」

ゆっくりと立ち上がった智孝が児玉と紹介された男を向かいのソファーに座るように手を差し出す。

「失礼します」

依子の横を通り抜けて、児玉は一礼してソファーに座った。

(えらく腰の低い刑事だな…)

俺の児玉に対する印象はこんなものだ。

山路(やまじ)警部補からお預かりした資料をお持ちしました」

「それはご苦労様でした」

A4サイズの茶封筒を智孝の前に差し出すと、落ち着き無さそうに児玉は目を泳がせる。

「コーヒーと紅茶どちらがよろしいですか?」

「勤務中は何も口にしませんのでお気遣い無く」

「わかりました」

智孝は茶封筒の中身に目を通している。香里が児玉に飲み物を聞くと小さく横に手を振って児玉はそれを断った。

「失礼します」

依子が小さく会釈をして森下と一緒に応接室を出て行く。

出て行く間際に依子が俺に笑いかけてくれたのが見えて、俺も笑顔で小さく手を振った。

智孝は書類や写真を見ながら「うーん」と唸りながら右手で顎を撫でる。

「真人。この書類をまとめるの手伝ってくれない?」

「へっ?俺??」

「あんたしかいないでしょうが」

智孝に新しいコーヒーを淹れた香里がそれを智孝の前に置くと、デスクから覗き込んでいた俺の耳を引っ張って奥の部屋に連れて行く。


 コピー機や小さなキッチンが備え付けてある部屋に入るなり、香里は部屋の電気を点けて部屋の隅にあるもう一つのデスクに座るとパソコンのキーボードに何かを打ち込む。

パソコンには応接室が映し出される。

『それで…今回、私の所に資料を持って来られたと言う事は…』

『はい…情けない事に。事件発生から3時間半経ちますが全く進展がありません』

『犯人からの要求もなし…このままだと人質も衰弱しきってしまいますね…何を目的の篭城か分からなければ睨み合いしかできない』

『はい。サーモスコープと院内監視カメラの様子をハックして獲た情報では犯人側の武装はM92が3丁と、連絡頂いた情報からパイプ式爆弾が6本。爆弾はロビーのみに設置されています』

二人の会話が鮮明に映されるパソコンのディスプレイに、RECと出ているから録画もされているんだな。

「何でこんな盗み見してるんだ?」

「私達がいたらあの刑事さんが話し辛くて仕方ないからよ。それに社長が“あっち行け”って合図したしね」

香里はデスクに肘をついて顎を支えるように座ると、右手で顎を撫でた。

あの顎を触る仕草はそう言う合図だったのか。

「なぁ。あの刑事はなんであんな腰が低いんだ?」

「んー?そりゃ社長に頭上がらないからでしょう」

「初対面だよな?」

「そうよ」

「何で頭上がらないんだ?」

「社長が警視総監の息子だから」

「…へっ?!」

俺はあまり聞き慣れない言葉に一瞬思考が停止した。

「まぁ。警視総監の息子って言っても、警視総監の今の奥さんは3人目で社長は一番最初の奥さんの子だから微妙な立場なのよ。長男なんだけどねぇ…“斉藤”は母方の姓だから警察官僚でも知ってる人は極僅(ごくわず)か。末端の所轄刑事が知りえる情報じゃないけど、山路さんと山路さんの部下は知ってるわ。お陰でウチも探偵事務所としては助かってるし」

「やっぱりお坊ちゃんだったか…依子ちゃんもお嬢様オーラ出てるよな」

「あっ!依子ちゃんに手を出さないほうが身の為よ」

「てっ…手とか出さねぇし!」

意地悪そうに笑う香里はさっきより幼い印象を受けて、気のきつそうな目がキランと光る。

「社長って普段めちゃくちゃ温厚だけど、依子ちゃんに関しては鬼にも悪魔にもなるんだから…気をつけてね」

「だから、そんなんじゃねぇって!ちゃんと聞いてないとスムーズに仕事できねぇぞ!」

俺はこの出口の見えなさそうな会話を切ろうと、ディスプレイを指差す。

「はいはい」

勝ち誇ったような顔で香里はディスプレイに視線を戻した。

『しかし…いつまで経っても何の要求もしない、動く気配も無い…何かの時間稼ぎなんでしょうか』

『時間稼ぎ…ですか』

『あの管轄で何か大きな事が行われる予定はありますか?』

『何か…』

児玉がただでさえ厳つい顔に眉を寄せて考え込む。

『…○△ホテルで高城大臣の誕生会が…』

『そちらの警備はどうなっていますか?』

『自分では解りませんが…山路警部補に聞いてみます』

児玉が携帯を取り出して発信を押すと耳に押し当てる。

右手で鼻の頭を掻いた智孝を見て、香里は壁に掛かっている鍵を2本掴むと「行くわよ」と人差し指をクイッと曲げて見せた。

 

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