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桜の宴3

 正直な所、かなり戸惑ってる。

事件発生から会社に連絡を入れていなかった上に、バイクがまだあの立て篭もり現場にあるんだと言われても。信用してくれないよな…


「だからぁ~事件が解決したらバイク取りに行きますって!」

「あのなぁ…確かに最終配達はあの病院だったけど。オマエがあの事件現場からバイクも忘れてヒーローのように帰還したとか…なんのネタだ?」

社員の吉岡が杉崎の鼻先に指を突き立てて、こめかみには怒りに青筋を立てていた。

「ったく…最近の若いモンは言い訳ばっかり達者で、まともに仕事もできないのかよ…」

イライラした様子で足元のゴミ箱を蹴っ飛ばした吉岡は、そのまま事務所を出て行ってしまった。

「はぁ…俺だって自分のバイクなんだから心配してんだよ…」

吉岡の蹴り飛ばしたゴミ箱から散らばったゴミを拾い集めて、俺は社長の帰りを待とうとソファーに座る。ふと点けっ放しのテレビに視線を向けるとあの病院が映っていた。


 悲しいかな、世間様では人が一人この世から消えてしまっても、どれだけ衝撃的な事件が起こっても対岸の火事。

自分とは全く関係のない所で起きている、酷い時にはバーチャルだと言う奴も出てくる始末。

さっきの事件現場でもそうだ、犯人は爆発物を所持していて最低1個は爆発させて見せた。どうかは分からないが銃を持っているかもしれない。そんな危険な場所に自分から集まってくる馬鹿な野次馬達。

中には携帯電話で写真を取っていたり、メディアのカメラに満面の笑顔&ピースサインで映ってる奴もいた。

智孝が言っていた危機管理がなっていないと言うのは、自分だけは大丈夫。自分は巻き込まれないと思い上がっている日本人の特徴なのかもしれない。

 少しずつアップになっていく病院内部。ブラインドが疎らに下りていてはっきりとは中が見えないが、やはり銃のような物を持った男が時折チラチラ見え隠れする。

最近のテレビは本当に画質がいいのもあって、かなりクリアに見えるのが有り難いのかは分からないが…

見慣れた院内の様子を垣間見ると、さっきまではあの場所にいて冷や汗かいてたのに今ここでテレビを観ている俺も何処か他人事に思えてきてしまう。

院内の映像に、やはり何か引っかかる物を感じる。

「何だろう…この違和感…」

パッとテレビの画面が変わったと思うと、占拠される前の平和な院内の映像が映し出された。

病院案内やCM用のVTRだろう。

院内のロビーが映し出されて、俺はある事に気付いた。

「何だ…あれ…」

パッパッとチャンネルを変えるが、さっきのようにはっきりと現在の院内が映った映像を観る事ができない。

「俺があそこに行ったのが2日前で…その時にあんなの無かったぞ…」

俺は慌てて携帯を手に事務所を飛び出した。


 *


 俺は何故この人に連絡してしまったんだろうか。

事務所を飛び出して、俺はポケットに入ったままの名刺を取り出すと書かれていた番号に躊躇いも無く電話をしていた。

何をどう説明していいのか分からない状態で俺がアワアワ言っていると、智孝が「はい。深呼吸して」と優しく返事をくれたんだ。

 指示された通りに智孝の事務所に着くと笑顔で出迎えてくれた智孝と、見知らぬ黒縁眼鏡の陰気っぽい従業員。

ちゃんと上手く説明できたか分からないが、俺はさっき見た違和感と気付いた事を話す。

「で…その物体って言うのは…」

智孝が黒縁の眼鏡を掛けた陰気くさそうな青年に声を掛けると、カラフルなキーボードやコントロールパネルに付いたダイヤルを回す。

俺はその機材を初めて見るが、多分凄い物なんだろうと思う。

ディスプレイには現在の病院内の映像がクリアに映された。

「これ」

俺はディスプレイに映された病院内の至る所に立てかけられている灰色のパイプを指差す。

「俺が2日前に配達に行った時にはこんなの無かったんだ」

「なるほど…」

「パイプ爆弾の可能性ありますね」

「ば…爆弾?!」

智孝は腕を組み右手の親指で顎を撫でる。

「中身が気になりますね…」

「科捜研も動いてるかと思いますけど、俺達も行きますか?周りに散らばった破片でもあれば分析できるかもしれません」

真剣な眼差しでディスプレイを見ている智孝に、黒縁がその眼鏡の中の瞳を輝かせた。

「森下君…好奇心でウチの子を怪我させたくないんですよ」

森下と呼ばれた黒縁は、智孝の言葉にシュンと項垂れる。

「嗚呼。紹介がまだでしたね。彼はウチの従業員、森下(もりした)裕貴(ゆうき)です。こちら杉崎さんね」

「森下です」

「杉崎です、あー。後“さん”は無しにしてください。何か痒いから」

「依子さん助けたヒーローさんですよね。凄いなーかっこいいなー」

「い…いや…」

紹介された陰気そうな黒縁森下が、急にじっとりとした視線で俺を見る。

「とりあえず、これは警察の仕事ですからね。情報として山路さんに伝えましょう。森下君」

智孝は俺をソファーに座るように誘導してから、森下に電話をするように指示した。

「済みません。何か結局適当な話で…」

「いいえ。少しでも情報は多い方がいいに決まっています。その情報が大きな事に繋がるのかそうでないかは結果でしかありません。こんな事件の場合、アレが本当に爆弾であるならば…小さな事で終わってくれればいいのですが」

俺がソファーに座るとタイミングを見計らったように、奥の扉から頭から爪先まで芯の通ったような妙に姿勢のいい女性が俺の前にカップを置く。

「ダージリンです」

「あ…ありがとうございます」

目の前に置かれたカップに入った紅茶を説明してくれた女性は、髪をアップにしてスーツを着ているせいか実年齢より上に見えるが多分27~8歳くらいだろう。

「では…杉崎君と呼ばせてもらおうかな」

「あー真人でいいですよ。俺も智孝さんって呼んでるし」

「じゃあ。真人君は人を観察するのが趣味なんでしょうか?」

「え?あっ?!いやっ?!済みませんそんなに見てました?」

正面に座った智孝が膝の上に軽く肘を乗せて胸の前で手を組むと、どこか愉しそうに微笑む。俺はその言葉に迂闊にも女性をジロジロ見てしまっていたんだと反省する。

「いえ。彼女はウチの秘書兼ドライバーの速見(はやみ)香里(かおり)です」

「速水です」

「す…杉崎です」

紹介された香里に座ったままペコッと頭を下げると、トレイを持った手に視線が落ちた。

綺麗に手入れされた爪にはあまり飾り気がなく、清潔感を醸し出している。手や指の感じからしてもう少し若そうだ。

「彼女。何歳だと思います?」

「え…」

智孝に向かい合うと、突然の質問に目を見開く。

「えっと…」

「間違っていても問題ありません。思ったままに答えてください」

俺は困ったように香里を見上げるが笑顔一つ見せてやくれない。智孝がクスッと笑いながら小首を傾げた。

「最初は化粧とスーツで27・8かと思いましたけど、手や指の肌の感じからして…もう少し若いな…と」

「ほぉ…」

「24・5ですかね」

「来月で25です。30過ぎの出来る秘書っぽく作ったのに…」

「なかなかいい目をしてますね」

香里はアップしていた髪をファサッと下ろしてビシッとしていた姿勢を崩して、どこか不貞腐れたように自分の席だろう事務椅子にドスッと座る。そして智孝は愉しそうに笑っている。

「ちなみに僕はいくつに見えますか?」

俺を試すように智孝の目は真っ直ぐと俺を見て、探られないように顔色も全く変えない。目の奥さえも表情がない。

「最初に…依子さんに駆け寄って来た時は30前後かと思いました」

「ほぉ…」

「近くで見て話してみても、物腰が落ち着いてるし…何より身に着けてる物が高級だからやっぱり30代かとおもった」

「なるほど」

「でも、俺の勘が間違ってなかったら25・6だね」

「その根拠は?」

「んー。芦田さんは智孝さんの事を「智孝」って呼んでいたけど、智孝さんは「芦田先生」って呼んでたから…その辺で芦田さんの方が見た目若いけど年上なんだろうなって。後は…勘…ははっ」

俺がそう言い終えると、その場に居た三人は俺に視線を集中させた。

「えっと…間違ってる?」

俺はいたたまれず苦笑して視線を彷徨わせていると、智孝の空気が柔らかくなった。

「正解。僕は26歳だよ。芦田先生は確かに僕より年上だよ彼は32歳」

「すごーい社長の歳当てた人初めてだ」

「ほんと…老けて見えるものね…社長」

智孝が笑いながら答えると、森下と香里がケラケラと愉しそうに笑う。

「変な緊張しちまっただろぉ…」

ホッと息を吐いた俺は、ポケットの中で震えている携帯に気付き其れを取り出す。

「お。会社からだ。ちょっと出ます」

俺は立ち上がって事務所の出入り口に向かいながら携帯の通話ボタンを押した。

『吉岡から聞いたが。バイク便屋が足のバイクをどっかに放り出して、始末書も書かないで何処ほっつき歩いてんだ』

もしもしすら言う前に、社長の怒声が携帯を壊す勢いで聴こえてくる。

「ちゃんと最後まで仕事はしましたよ。後、放り出したんじゃなくてあの事件の病院に…」

『ゴミ箱も綺麗に凹ましてくれて。言い訳はいい。給料は振り込んどいたから明日から来なくていいぞ』

俺の言葉も聞かずにほぼ一方的に解雇通告をされて通話を切られた。

「お…おい!!ふざけんなぁぁぁあぁ!!」

プーップーッと聞こえて来る機械音に、思わず叫んでしまっていた。



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