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桜の宴2


「何が起きてるんだ…」

「こっちが知りたいくらいだよ…」


 野次馬を押し退けてライオットシールドを構えた機動隊が敷地内に陣を作っている最中だ。

何台ものパトカーがランプを回し、野次馬を病院から離そうとパワープレイを駆使している。

杉崎は依子を背負ったまま病院敷地内から無事に非難すると、未だ黒煙の上がる病院を見る事の出来る緑化庭園に腰を下ろす。

「何だって言うんだ…」

安全大国日本国内に居て、まして自分が居た場所が爆発物によって爆破されてしまうなんて、考えたこともなかった。

「大丈夫か依子」

「うん…杉崎さんのお陰で…」

シーツの端を掴んだまま顔面を蒼白にした依子が兄と言った男に体を支えられながら、杉崎に頭を下げる。

「えっと。僕は斉藤 智孝(ともたか)。依子の兄です…助けてくれてありがとうございました」

「いや…まぁ…偶然です。俺はバイク便の杉崎です。たまたま居合わせただけだから…」

智孝にも頭を下げられて、杉崎は少し困ったように頬を掻く。

「しっかし…何が起きてんだ…」

「僕もあまり理解できていない。駅に向かう電気屋のテレビの緊急ニュースを観て引き返したんだけど…数人の武装した奴等が病院を占拠したとか…」

「何だよ…テロか?」

「さぁ…詳しい話は僕も聞いていない。慌てて戻ったから」

依子の肩を撫でながら智孝は病院に視線を向けた。

「中には沢山人がいるのに…」

震える声で言った依子が両手で顔を覆う。

「今更だけど…随分無茶したんだね…」

「自分でも驚いてるよ。足の一本くらいは覚悟したけど」

思い出すと背中にひんやりした汗が流れる。

「身体が冷えるな…此処を離れる訳にもいかないし…芦田先生に来てもらおう」

「警察に何か話とかしなくていいのかな…」

「事件が解決すれば事情聴取があるだろうね。今はそれどころじゃないだろうけど…知り合いの医師を呼び出すから、杉崎君も車で待つといいよ」

メディアとニュースを観た野次馬の数が増えて、病院の周りはごった返している。

「本当に情けないね…日本人は危機感がなさ過ぎる…」

野次馬を見つめて深い溜息をつく智孝。

「当事者にならない限り、他人事だからな…」

杉崎は立ち上がりジーンズの埃を払う。

「車を呼ぶなら大通りに出ないと無理だろう。バイクは中の駐輪場だからなぁ…どうしよ…」

「少し電話させてもらうよ」

「どーぞ」

携帯を片手に智孝が立ち上がると、依子が不安そうに顔をあげる。

「とりあえずは大通りだね」

直ぐに通話を終えた智孝は依子を横抱きにすると、杉崎に同意を求めるように小首を傾げた。

「だな…」

眉を上げて小さく頷いた杉崎は、慌ただしい病院を横目に依子を抱えた智孝の後を歩く。

(俺で77あるけど、もっとデカイから…80オーバーくらいか)

杉崎は智孝の背中を追い掛けながら、本当にどうでもいい事を考えていた。

依子も美人だが、智孝も鼻筋の通った彫りの深い美男だ。美形兄妹とは羨ましい。

「斉藤?!」

不意に野次馬の中から名前を呼ばれた智孝は、顔だけで振り返り相手を確認する。

「山路さん」

「何してんだこんな所で…」

「妹がこちらに入院していまして、こちらの杉崎さんに助けられました。こちらは山路警部補です」

「なっ!?中から逃げ出せたのか!!」

智孝は山路と杉崎を同時に紹介すると、山路が目を丸くして驚いてる。

「杉崎です。偶然居合わせただけですけど…」

山路と呼ばれた40過ぎくらいの恰幅のいい警部補に杉崎は頭を下げた。

「詳しくは後で…芦田先生の車で待機してます」

「嗚呼。悪いな」

山路は苦虫を噛み潰したような渋い顔で頭を掻くと、踵を返してパトカーに駆け寄る。

智孝は依子の重さを感じさせる事なく、スタスタと歩いて行く。


 *


 大通りに出ると、智孝は目的の車らしいBMWの横に立つ。

「大変だったね…ニュース観たよ」

運転席から27~8歳くらいの男性が現れて、智孝の腕に抱えられた依子の頭を撫でて優しく微笑む。

「友人の芦田(あしだ) (じゅん)。こちらは依子を助けてくれた杉崎さんだよ」

芦田は後部席のドアを開けると、智孝に紹介された杉崎に笑顔を向ける。

「芦田です」

「杉崎です」

芦田の差し出した手を握った杉崎。助手席のドアを開けられて、「どうぞ」とエスコートされると杉崎は助手席に座った。


 *


 事件から2時間、大きな進展も無く立て篭もり犯と警察の睨み合いが続いている。

俺達は簡単な聴取を取られ、今日の所は帰宅が許された。

立て篭もり犯の要求はまだ何も無く、俺達の聴取で複数犯だと言う事くらいしか情報がない。

多分、装備されている武器や爆発物の特定も出来ていないだろう。

 依子を助けた咄嗟の判断は、褒められたが多少怪しまれた所もあるようだ。普通に考えれば、通りすがりのごく普通の青年が武装しているかもしれない奴等が病院占拠した?なんてテレビでしか観た事ないような状況に機敏に反応できるはずがないだろう。俺だって出来た自分に驚き以外の何もない。

 まさか、「勘が良くて☆」で許してくれる程甘い世の中ではないと思っていたけど。


 芦田の運転で俺は仕事先の事務所に送ってもらう事が出来た。

「わざわざ送ってもらっちゃって済みません」

「いえいえ。依子を助けてくれた恩人です。ちゃんとお礼がしたいので時間がある時に連絡させてもらってもよろしいですか?」

「あっ…それはどうも…」

後部座席から降りてきた智孝は胸ポケットから名刺入れを取り出して、俺に名刺を差し出してきた。

俺も慌ててポケットから財布を取り出して、少し汚れた名刺を智孝に差し出す。

智孝の名刺に書かれた文字を見て俺は驚いて何度も瞬きをしてしまう。

「探偵?」

「はい。探偵です」

少しトーンの上がってしまった俺の声が驚きを示している。ニコッと眩しい笑顔を見せる智孝にさらに驚く。

「こう言ったら失礼だけど…探偵ってもっと…胡散臭いってか…小汚いってイメージが…ははっ」

「そうですね。世間の探偵へのイメージは小汚いビルに小汚いオヤジか、ホームズの様に殺人事件の調査をするヒーローに偏るでしょうね。まぁ…見てもらったら分かりますが普通ですよ」

「いや…どっちかって言うとやり手の弁護士とかに見えますよ…」

「あながち間違ってないよ」

智孝の身なりを見た俺の正直な反応に、本人ではなく運転席のドアを開けて少し身を乗り出した芦田が答える。

「智孝は元弁護士だからね」

「やり手ではなかったけどね。後、日本の法律は得意じゃないよ」

「アメリカの大学に在学中にむこうの弁護士資格とってるんだよ」

「へぇ…何か凄いなぁ…」

二人の高学歴・高身長・好印象・高収入(身なりからして)に呆然とした。

「改めて連絡させてもらいますね」

「あ。良かったら僕のも」

人の良さそうな笑顔を見せた智孝が車に戻ると、芦田が慌ててポケットから名刺を取り出して俺に突き出す。

「専門は外科だけど、心理学とかも勉強してるから。御用の時はいつでもどうぞ」

どこか少年のような雰囲気をもった芦田は、明るく笑うと運転席に戻っていった。

「ありがとうございました」

俺は車に向かって一礼すると、後部席に座っていた依子がニコッと笑って頭を下げてくれる。

「またね」

聴こえた聴こえなかったか分からないが、依子は小さく頷いてくれた。

車が出発したのを確認して、俺は直ぐに事務所の入っているビルに駆け込む。


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