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菫の栞4 -調査篇-

 高級スーツに身を包み、高級品を身にまとい俺はベンツから降りる。

香坂(こうさか)様ですね。お待ちしておりました」

俺が胸ポケットから真っ黒の名刺サイズの紙を店の入口に居た男性に差し出すと、男は深々と頭を下げて俺をエスコートして店の中に入っていく。

エレベーターに乗り地下に降りていくと、短い廊下を歩き突き当たりのガラスの扉を中から開いた燕尾服の男がシルバーのトレイを胸元に抱えて立っている。

そのトレイに現金20万を置くと、笑顔で中に招き入れられた。

「こちらです」

通された部屋は高級家具で飾られて、30インチ程の窓の向こうに何人かの女性がソファーに座っている。

化粧を直している女性。タバコを吸って気だるそうにしている女性。緊張したように部屋の隅で固まっている女性。そしてソファーにデンと座っている香里(かおり)

「右の子から順番に話がしてみたいんだけど」

「一人5万の追加になりますが」

「問題無い」

俺はポンと男に20万差し出すと、男は頭を下げて「準備します」と俺を別室に通す。

[どぉですか?VIP待遇はいいものでしょう]

「はぁ…堅苦しい」

耳に差したイヤホンから裕貴(ゆうき)の楽しそうな声が聞こえて、俺は溜息をつく。

[YESなら1回。NOなら2回ですよ]

「(トン…)」

俺はネクタイピンに仕込まれたマイクを1回叩いた。

[もう少しカメラを右にお願いします]

智孝(ともたか)さんの指示で俺は腕をソファーの肘掛に掛けて小型カメラ付きカフスを固定させる。

伊達とは言え掛けなれない眼鏡のせいで目が疲れた。何度か目頭を指で押さえて息をつく。

 トントン

「失礼します。マリナです」

「初めまして。マリナです」

あの部屋で化粧を直していたピンクのサテン地のドレスを着たマリナが、緊張した面持ちで入ってきた。


 *


 俺は首を振りながらネクタイを緩めて事務所の扉を抜ける。

「お疲れ様です」

「お疲れ様でした」

裕貴と智孝さんが応接間でノートパソコンを囲んでこちらに挨拶をしてくれた。

「疲れたぁ…」

ドサッと空いたソファーに座って俺は整えられた髪をクシャっと崩す。

「そのスーツ高いんですよ」

「あぁ…ほんと堅苦しい。スーツとか怠い」

「とてもお似合いなのに」

奥から出てきた依子がコーヒーをトレイに乗せて近づいてくる。

「マジ?似合ってる?」

「はい。素敵ですよ」

「品の無さが残念ですけどね…っぐ!」

ニッと口角を上げた裕貴の肩にパンチを入れた。

「どうぞ。お疲れさまです」

「ありがとう」

依子からコーヒーを受け取り、俺はその香りを吸い込む。

「依子。そろそろ歩美さんと夕食の準備をお願いするよ」

「分かりました」

智孝さんは依子に事務所を出るように仕向ける。ハンドリムを握る手に力が入ったのを感じて、俺は苦笑をして立ち上がった。

「着替えてから降りてきます」

「分かりました」

俺は智孝さんに小さく頭を下げて、車椅子のグリップを握り依子を連れて事務所を出る。

真人(まなと)さん…すみません。気を遣わせてしまって」

「ん?何で?俺は着替えに行くだけだし」

「…私、もっと力になりたいんです…みんなみたいに…役に立ちたい」

廊下に出ると依子が俺に向かって振り返り、寂しそうに頭を下げた。

「依子ちゃんは。もっと自信を持つべきだと思う」

「自信…ですか?」

「うん」

ゆっくりと依子の前に屈み、俺はアームサポートを掴む。

「すっごく助かってるよ」

「えっ?」

俺の動きに合わせて顔を動かす依子は俺を見たまま首をかしげる。

「依子ちゃんには依子ちゃんにしか出来ない事を、しっかりやってくれてる」

「私にしか…出来ない事?」

「うん」

「私にしか…出来ない…事」

俺の言葉の真意を探すような表情(かお)をしている依子ちゃんの頭をポンと優しく撫でて、俺はエレベーターのボタンを押して「いつも通りでいて」と笑う。


 ラフなジャージに着替えて、俺が事務所に戻ると智孝さんと裕貴がソファーに座って資料を読んでいた。

「すみません。真人君に気を遣わせてしまって」

「いえ。着替えたかっただけですから」

受付に置かれた郵便物を手に取って差出人などを見て、応接間に入ろうとしたその時。背後に人の気配を感じて体全部で振り返り飛び退くように体を翻す。

背後の気配の正体を確かめようと顔を上げた瞬間、ゴツッと俺の眉間に冷たい鉄の塊が押し当てられた。

「反応はいいが…実戦ではまだまだ役にたたないな」

「っあ…」

ガチッと撃鉄を下ろす音。背中に嫌な汗が伝う。銃越しに見上げた浅黒い男が舌なめずりをしてニッと口角を上げる。

八代(やしろ)さん。挨拶ならもっと丁寧にお願いします」

「へへっ。ただいま帰りましたぁ」

いつの間にか俺の隣に立っていた智孝さんが、俺の眉間に押し当てられた銃を人差し指で押して額から押しのけた。

「なっ…何だよ」

「杉崎さん。申し訳ありません」

「進藤さん…」

「こちらはウチの従業員の八代 浩太(こうた)さんです」

丁寧に頭を下げてた進藤さんが八代と紹介された男の後ろで相変わらずの涼しい表情をしている。

「従業員…」

「進藤さんには、アチラで彼の引き取りをお願いしていたんですよ」

「引き取り…?」

「八代さんには海外でのお仕事をお願いしていてね。ははっ」

「ふははっ!」

俺の前で渇いた笑いを零した智孝さんは、八代の肩を掴んで応接間に入っていく。

「…銃刀法…」

「まあその辺は…ははっ」

銃をホルダーに直してソファーに座った八代は、裕貴をヘッドロックして頭をグリグリしている。

「いてててっっ!やめてくださいよぉ!」

「元気してたかぁ!ほれっ!土産だ土産」

「なっ…なんですか」

裕貴の目の前に紙袋を差し出した八代は、ニッと人の悪そうな顔をした。

「えっと。なんだったっけ?」

「杉崎…真人です」

「杉か!よし。お前にはこれっ!」

「えっ…俺にも?」

指をクイッと折って俺を呼ぶと、また人の悪そうな顔で笑う。

「手ぇ出せ」

俺は言われた通りに左手を差し出すと、グッと手首をつかまれてその人差し指にかなりゴツイ指輪をはめられた。

「こうやってグッってしてみな」

「こう…?」

八代が俺の目の前で拳を握るのを見て、俺も同じように拳を握る。


 チャキッ


小さな金属音が聞こえた。それは本当に蚊の鳴くような音で、音のした指輪を見つめると指輪の一部から小さな針が出てきた。

「なんだ…」

「暗殺用の武器」

「はぁっ?!」

「握手するとプスッとね。毒とか塗ってだな」

楽しそうに他の土産も紹介する八代。

「いっ…いらねぇよ!」

「そう言わねぇでもらっとけよ、坊主」

口角を上げた不気味な笑顔でガチャッと俺のこめかみに銃口を押し付ける。

「おいっ!これ!何とかしてくれよっ!」

「八代さん…」

イライラとしている俺は銃身を掴んでずらすと、八代を指さして智孝さんに懇願した。

「せめて麻酔にしておきましょうか」

進藤さんが指輪の着いた俺のてを掴んでマジマジと見ながら呟く。

(この人達は…)

軽く諦めの溜息を吐いて、俺は自分のデスクに座り肩を落とす。

グッともう一度拳を握れば、シャッとまた小さな音を立てて針が指輪に収納された。

「原始的な…」

「今。このハイテクの時代に、みんな“無条件で安全”だと思っています。ですから逆手を取ればそう言った原始的なモノにこそ爆発的な威力があるんですよ」

俺の呟きを拾った智孝さんが「僕はそう言った“古い物”好きですよ」と微笑んだ。

「さて。八代さんと進藤さんも揃ったところですし、会議を始めますか」

智孝さんがトーンを一つ下げると、全員の纏う空気がシャンと張る。

背筋を正すわけではないが、緊張感のある空間が出来上がる。これが大人の世界なんだ。

智孝さんの隣には相変わらず姿勢のいい進藤さんが座り、その向かいに八代その隣に裕貴が座っている。少し高い位置から見れば一見纏(まとま)りのない風貌(ふうぼう)だが。

「真人さんが潜入して収集してくれた情報を纏めてみました」

人数分の紙束を配った裕貴は、応接間の間仕切りがスクリーンの役割になりパッと写真が浮かび上がる。

「一人目の女性“マリナさん”J大外国語学部2年。田上(たがみ) 麻里奈(まりな)。長野県出身。両親、父方祖父母、弟の家族構成。家自体はごく普通の家庭ですね。家からの仕送り有り。最近までファミレスでバイトしていました」

裕貴が資料を読み上げる。俺が一番最初に話をした女性の店用のメイク写真と学生証の写真が二枚並べて映し出された。

「速水君の資料によると、彼女は3人の男性から援助を受けています。神山氏。桐野氏。藤本氏」

「一人につき、月20万か…」

それぞれの資料に目を通しながら会議が進んでいく。

「二人目の女性“サオリさん”R女子大教育学部1年。横谷(よこたに) 沙緒里(さおり)。神奈川県出身。母子家庭で5歳上にお兄さんが一人。家からの仕送り有り。最近までは新宿のガールズバーで働いていました」

タバコを吸っていた気だるそうな女性だ。彼女は自分から“薬”の存在を口にしていた。

「薬の為にこの仕事をしているって言ってましたよね。さすがです…援助は5人。月20~30万ずつ受け取ってます」

裕貴の読み上げに智孝さんはハァと呆れたように溜息をついて、テーブルに置かれたサオリの写真をツッとなぞる。

「三人目の女性“レイコさん”S大経済学部中退。村橋(むらはし) 令子(れいこ)。東京都出身。母親と妹が一人。実家在住。特にこれと言ったバイトはしていませんでした。かなりの頻度で家出を繰り返していますね」

部屋の隅で怯えたように辺りをキョロキョロと見回していた女性だ。布面積の少ない真っ黒なドレスに身を包み常に肩を震わせていた。

「レイコさんはかなりの借金があるみたいですね。援助は2人。月10~20万ずつでしたけど…まったく足りないようですね」

「その借金はどこで作ったんですか?」

書類を捲りながら写真を除く裕貴に智孝さんが尋ねる。

「3年前。当時付き合っていた男性。田上(たがみ) 亮平(りょうへい)当時25歳が経営していたBARの共同経営者であったレイコさんは、田上が経営に失敗した借金を連帯保証人として全て背負っているみたいですね」

「田上の居所は?」

「ポッと煙のように行方をくらましたようですね。田上に関しては今調査中です」

ソファーに浅く腰をかけた八代が足を組んでクシャクシャになった煙草を咥えて尋ねると、裕貴が訝しげに眉を寄せて灰皿を突き出す。


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