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菫の栞3 -調査篇-


 山路と智孝さんの情報交換が終わり、「そろそろ」と言って立ち上がった山路と佐々木。

「ただいま帰りm…んな!!おっさん!!」

事務所の扉を開けてくたびれた様に香里(かおり)が入ってきた。

「おー元気そうじゃないか」

「おかげさまで。馬車馬のように働いてるわよ」

「そりゃ良かった。いい顔してるぞ」

「うっさいわね!さっさと帰れ!」

ケンケンと吼える香里と何処か愉しそうな山路。

「お疲れさま」

「お疲れぇ」

智孝さんと俺が挨拶をすると、香里はフリフリと手を振ってソファーに座り込む。

「ん?」

ふと香里が顔を上げて佐々木を見た。

「新しい山路さんの新しい相棒だそうです。所轄の佐々木さんですよ」

「ふーん」

自分から興味を示したように顔を上げたにも関わらず、香里は興味無さそうに顔を逸らす。

山路と佐々木は小さく会釈をして事務所を出て行った。

 二人の刑事が出て行ってから香里が何かウンウン唸っている。

「さっきの刑事どっかで見たんだけど…どこだったかな…」

「新宿署からの配属だと言っていたので、何処かで会ったかもしれませんね」

「新宿なら…会ってる可能性高い…」

俺はテーブルを片付けるついでに香里にコーヒーを淹れようと、香里のカップを手に取る。

「原田 絵里子についてはまだ確認出来なかったですけど、浩美と菜摘については興味深い話を聞きましたよ」

香里が智孝さんに報告を始めると、俺も気になって奥の部屋とを繋ぐ扉を開けてそこに立った。

「ご苦労様です」

「浩美が聖夜祭のチケットを自腹買取り出来なかった菜摘に売春を斡旋(あっせん)してたのは確実ですね。しかも自宅で昼間に堂々と」

「なるほど…真人君の情報と合わせてみると、その薄い煙のようなモヤの正体も多分…」

「麻薬の(たぐい)でしょうね。一人単価1000円とか鬼みたいな仕事させられてたって聞いたわ。もう鳥肌たっちゃった…」

「売春の挙句に薬漬け…薬を買う金が欲しくてまた売春…悪循環ですね…」

「その二人が関わってるなら、他も8割はクロだよな…」

「ですね…とても悲しい事です…」

智孝さんは香里がまとめたボイスレコーダーを受け取り小さく息を吐く。

「ただいま戻りました」

事務所の扉を開けて裕貴が帰って来た。

「おつかれー」

「お疲れ様です」

「おかえり」

それぞれの挨拶が飛ぶと、裕貴は応接間に急いだ様子で飛び込んで来る。

俺は出来上がったコーヒーを香里と裕貴の分二つを持って応接間に戻った。

「飯島さんから監視カメラの映像と…大学の防犯カメラの映像を入手してきました」

「ご苦労様です」

「後は学生の写真と…あっちで再生しますね」

裕貴は鞄から出した写真を智孝さんに渡すと、事務所に入って左にある作業部屋に入って行く。

俺は香里にカップを手渡し、智孝さんの後に着いて裕貴の作業部屋に入った。

「コーヒー」

「ありがとうございます」

カップを受け取った裕貴はそれを一口、そしてパソコンに向かい作業を始める。

「まずはホテルの監視カメラの映像からです」

裕貴が言うと壁に埋め込んだ大型ディスプレイにホテルの廊下を映した防犯カメラの映像が映し出された。

智孝さんと俺が並んでディスプレイを見上げると、後ろから香里が顔を出す。

「犯行当日の犯行時刻の映像です。この右の扉が被害者の部屋です。23:18:36に扉に注目してください」

10秒前から一秒ずつカウントされる映像。23:18:36になると被害者の部屋の扉がゆっくり開き辺りを見回すような仕草で小柄な黒尽くめの人影が現れる。

そこで裕貴が映像を止めると何度かマウスをクリックをした。

映像が粗くはっきりと人物が映っていない。裕貴がカラフルな色のキーボードのつまみを回しながらクリックを繰り返すとどんどん画像がクリアになっていく。

「んーこれが限界ですね…」

裕貴は小さく唸りながらも、精一杯の仕事をする。

「時計…」

俺は部屋から出て来た人物の腕に着けられたアノ腕時計を指差す。

「また…この時計ですか…」

「あれ…これと同じ?」

智孝さんも腕を組んで小さく息を吐くと、香里がヌッと後ろから腕を伸ばした。

「それっ?!」

スラッと伸びた腕の細い手首に着けられた華奢な腕時計を見て、俺は声を上げる。

「どうしたんですか。それ」

「昨日クラブで貰ったんですけど」

香里の腕からソッと腕時計を外した智孝さんは、目の前にソレを(かざ)して目を細めた。

静かに裕貴に差し出すと、裕貴は何かを察したように腕時計を一瞬で分解してしまう。

「なっ…」

「しっ」

“何してんだ?”と言おうとした俺を、智孝さんが口の前に指を立てて制する。

「盗聴器はありません」

「なるほど…発信機ですね」

「えっ!?嘘ッ?!」

バラバラになった腕時計の中から、本当に小さな物体を抓んだ智孝さんが俺達に見せた。

「ここでコレを潰してしまっては…怪しまれるでしょうから。速水君は今日から下のLa Luce(ラ・ルーチェ)でバイトしてください」

「えっ…嘘ぉ…」

「特別手当は勿論発生します」

「頑張ります」

項垂れるように頷く香里。にっこりと綺麗な笑顔を見せた智孝さんの鬼の部分を見た俺は口元を引き攣らせる。

「どう言う経緯で貰ったんだ?」

「んー。クラブの常連にプレゼントしてるんだって。ここ2週間毎日通ってるからプレゼントされちゃった」

「そのクラブって事件と関係あんの?」

「ちゃんと報告書読んでる…?」

「い・・や・・・」

「社長。こいつクビにしてぇ~」

香里が俺の肩をペチペチ叩きながら右手の親指を立てて首の前で横に切った。

「真人君も最近は忙しかったですからね。大目に見てあげてください」

「社長…真人甘やかしすぎです」

香里の頭を優しく撫でた智孝さんに、唇を尖らせたままの香里が恨めしそうに俺を見てベチッと報告書を俺に叩きつける。

「この発信機。どんな意味があるんでしょうね」

時計を元に戻した裕貴が香里に時計を返すと、首を傾げてまたパソコンに向かう。

(おおよ)そ…必要に応じて近くにいるお金に困った女性を探し出す為ではないかと」

「なるほど。お金に困ってるから、呼び出された場所が近くだったりしたら行っちゃうよね」

「行っちゃうなよ…」

「私の設定面白いんだから。“彼氏に2年間貢いで結婚を目前に逃げられちゃった、あげく1000万の借金かかえたフリーター”よ」

心底愉しそうに笑う香里。俺は報告書に目を通しながら「ははっ」と乾いた笑いしか出ない。

「このクラブの面白いところは、女性は基本無料なの。店に来てる男性は会員制で会費月50万~100万」

「なんつー…」

「お金の余ってる男がお金に困った女性を釣る為の釣り場なのよ。“Daddy-Long-Legs”」

「あしながおじさん…か」

「聞こえはいいですよね」

腕時計を着けた香里は、報告書の内容を端折(はしょ)って説明してくれる。

「お金に困った子からしたら、素敵な援助者じゃないかしら?」

報告書には男性の名前や融資金額と女性の名前が書かれていて、月単位で平均30~40万の金額が提示されていた。

「偽名の奴もいるわ」

「これって体の関係を求められるのか?」

「うーん。人それぞれみたいよ?一緒に食事するだけや、一緒に買い物行くだけでお金くれるオジ様も居るってきいたわ」

「ほぉ…年齢も若いのからかなりの年配まで…」

「まぁ、若くて成功してる人は沢山いますからね」

智孝さんの言葉に頷きながら俺は所々に着いた◎を指さして、香里に見せれば「既婚者」と答える。

「あ」

ディスプレイを見ていた裕貴が声を上げると、俺達の視線は裕貴を通ってディスプレイに集中した。

「この人。高橋さんです」

「失踪中の高橋 泉さん?」

「はい」

大型モニターに映し出された大学構内の防犯カメラの解析された映像を出し、アップにされた女性の顔はさっき山路達が持って来た写真の女性だ。

「殺傷事件と投身事件の二日。大学に来ていますね」

日付の違う2枚の画像がモニターに映し出された。

「なんか、さっきの写真と比べたら随分…」

「げっそりしてますね…」

俺の言葉の先を智孝さんが呟く。

「薬の影響かしらね」

香里はモニターを見ながらコーヒーを飲むと、ディスプレイに映された泉の腕をトントンと指差した。

「時計…」

「高橋 泉さんの身長はどのくらいでしょう」

「出してみます」

智孝さんの質問に裕貴がマウスとカラフルなキーボードを操作する。


 応接室で4人が頭を付き合せモニターに写っていた泉の写真と、この事件に関連する人物の写真を並べていた。

裕貴の計算から出た泉の身長は162センチ。俺が何度か目撃した黒ずくめの人物より若干低いが、裕貴くらいだったと言う曖昧な記憶でしかない以上あの黒ずくめが泉の可能性は捨てられない。

「真人君は今回の件をどう思いますか?」

「まぁ…大学の件とこのクラブは繋がってるのは間違いない…でしょう」

「そうですね。真人君」

「はい?」

「明日。ココに潜入してもらえませんか」

「せ…潜入…?」

「依頼主も居ないのに…赤字じゃないですかぁ」

智孝さんの言葉に俺も驚いたが、香里がものすごく嫌な顔をする。

「依頼主がね。いるんですよ」

「「えっ」」

意外な返答に俺と香里の声が揃う。

「原田 絵里子さんのご家族です」

「あぁ…」

「ご両親がどうしても娘の自殺の原因を知りたいと」

「今回の“役員死亡事件”で原田 絵里子は捜査対象になってるんじゃないですか?」

絵里子の写真を手に取り、智孝さんに見せるように指で挟む。

「愛娘が捜査対象として警察に捜査されてるんです。親御さんは自殺ではないかもしれない…と思い始めています」

「なるほど…」

「原田 絵里子さんのご両親に来週お会いします。その時にも真人君にはつきあってもらえたらと思っています」

「分かりました。で、潜入って俺は何をすれば?」

「それは…」

写真をテーブルに戻した俺に、智孝さんは含みのある笑顔を見せる。


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