―桜の宴―
若干ですが銃器や爆発などのバイオレンスな表現があります。
季節外れに咲いた満開の桜の下で、俺達は約束をした。
「また明日」
*
子供の頃は誰しも“明日”が普通に来ると思っている。それは至極当たり前の話だ。
適当な約束をして、楽しいと思える事はどんな酷い事でもやった。
あの日、俺があの子との約束を守ってあの場所に行っていれば…
―あの子は今も生きていたかもしれない―
人生に“もし”がナンセンスなのは解りきっているけど、ある時ふと考えてしまうんだ。
あの子があの時死んでしまった事は、俺には直接関係ないはず。なのに、たまに思い出すと後悔してしまう。
俺が居た所で未来が変わるのかと聞かれれば、答えはNOだ。
当日、高学年の一般的体型より小柄だった俺が大人の男の人に力で敵うはずがないんだから。
取り返しのつかない過去を悔やんでも“仕方ない”で終わってしまう。
だから。と言うわけじゃないけど、俺は考えた。
[守ろう]と。
「何を?」
と聞かれるとはっきり答える事は出来ないけど、同じような後悔をしたくないから。
俺が出来る限りの事はやる。守れるものは守りたい。
**
俺は杉崎 真人。去年大学を卒業したが就職は疎か、内定さえ一つも貰えず今は在学中からバイトしていたバイク便やその他のバイトをしながら、就職活動中のフリーター。
バイク便で就職を薦められたが、“なんとなく”就職は違うなぁと思って悪い話じゃなかったけど断った。
4件の配達を終えた俺は、最後の目的地に向かう為にバイクに跨がりフルフェイスをかぶるとエンジンをかけた。
ヒラッ…
フルフェイスのシールドを下げようとしたその瞬間。目の前に桜の花びらが降ってきた気がした。
今はもう秋も終わろうとしているのに、何で桜だと思ったのかは解らない。
でも、今のは桜だと思ったんだ。
一度辺りを見渡したが、桜の木なんてない上にさっきも言ったが今は秋だ。
気のせいだと小さく首を横に振ってシールドを下げて、クラッチを握った。
ふと信号を見ると黄色になってしまった。
「ちっ…」
舌打ちをしてギアをかえた直ぐの出来事だ。
ドン!? ガシャン!!
目の前で大型トラックと乗用車が激しい音を上げて衝突する。
「なっ…」
乗用車はトラックに押されるように、10メートルは滑って行っただろう。
さっきの気のせいが無かったら、間違いなく俺はあの真ん中に挟まれて…
グローブをはめている手に嫌な汗が滲む。
胸騒ぎ。虫の知らせ。そう言った言葉で現される現象。
思い出せば昔から俺は悪運が強かった気がする。
中学時代。家族で行くはずだったスキー場。当日に俺が高熱を出してキャンセルしたその日にスキー場が雪崩の被害に遭い俺達家族は助かった。
高校時代。合気道部の合宿で肝試しを予定されていた夜に、部員全員が腹を下して寝込み肝試しが出来なかった。次の日の朝、ケロッと良くなった全員がニュースを見て驚愕した。
肝試しを予定していたルートで、ナイフを持った男が突然暴れだす暴行傷害事件が起きていたらしい。
大学時代。バイトを優先していつも適当に出席していた授業に、珍しく真面目に出てみれば、バイト先に強盗が押し入り店長が全治2ヶ月の怪我を負った。
今まで偶然だろうと思っていた出来事も、ここまでくると偶然で済ませていいのかと考えさせられる。
バイクを走らせて最後の配達先に向かいながら、昔の事を思い出していた。
次は最終目的地の総合病院だ。
裏口から荷物を持って入って行くと、警備員と目が合う。
(あれっ…)
この病院はわりとお得意さんで、少なくとも週に1回は訪問しているが初めて見る警備員だ。
いつもは顔馴染みで顔パスだが初めて見る警備員に俺は挨拶をしようと前に行き顔を覗き込む。
「こんちわ。真心バイク便です。いつもお世話になってま~す」
「あっ…お世話になってます…」
俺から顔を反らすように挨拶をした警備員。
「週1は来るんで、このジャンパー覚えてくれたらいいっす…」
どこか挙動の不審な警備員が「解りました」と背を向けてキョロキョロし始めるから、俺はかなりムッとしたがペコッと頭を下げて院内に入って行く。
(ん…)
何処か違和感を感じて、俺は一度振り返り辺りを見た。
無線で何か話しているようだ。
何だ?この違和感。
考えても良く分からないから、俺は急いで届け先の病室に向かう事にした。
階段で3階まで上がりナースステーションで顔見知りの看護師に挨拶をすると、お得意様の病室をノックする。
「真心バイク便でーす」
「どうぞ」
中からの返事を聞いて白い引き戸を開けると、窓にかかったカーテンが穏やかに波打つのが見えた。
「いつもご苦労様です」
ベッドに座っている女性がニコリと微笑んでいる。お得意様の斉藤 依子。
黒く艶のある綺麗な髪を左肩に乗せるように一つにまとめた華奢な女性。20歳くらいかな?ぱっちりとした二重の大きな目に伏せられた睫毛は長く、一般的に美人とはこんな人を言うのかと思う。
「いつもお世話になってます」
ベッドサイドの引き出しから判子を取り出して、白い指に持ったそれを差し出した依子にサインをもらう。
「今日は顔色良いですね」
判子を依子に返しながら、俺は世間話程度の挨拶をする。
「本当ですか?さっき兄にも同じ事を言われたので、今日は本当に良いのね」
白くて長い指を薄紅色の頬に押し当て、小さく首を傾げた依子は綺麗に笑う。
「くしゅん…」
依子が小さなくしゃみをすると、俺は開いている窓を見た。
「窓。閉めておきましょうか」
「すみません。お願いしてもいいですか?」
「お安い御用です」
俺は窓に近寄りカーテンを開けて窓に手をかける。
「ん…?」
窓から見えた外の様子に、俺は動きを止めた。
ここからだと病院の正面出入り口が見えるのだが、その出入り口から慌しく人が飛び出していく。まるで何かから逃げるかのように。
「どうかしました?」
「いや…下が騒がしくて」
依子の声に返事をしたその時、激しい爆発音と共に建物が大きく揺れた。
「わっ!?」
「きゃっ!」
俺は急いで依子の傍に駆け寄りベッドから落ちそうになった彼女の体を支える。
「おい!?入院患者も下のロビーに集めろ!」
廊下から男の怒声が聞こえた。
俺は何かを考えるより先に体が動いてしまっていた。シーツを依子の体に巻きつけて抱き上げると俺の肩に掛けるように簡易おんぶ紐状態にして背負う。
「何があっても声出さないでくれよ」
「は…はい」
俺は背中の依子に小声で話しかけると、小さな返事が返った来た。
ここは3階だ上手くいけば怪我もしないで彼女をここから連れ出せるかもしれない。
開けたままの窓の外に黒煙が見えた。多分さっきの爆発の煙だろう。
躊躇している暇は無さそうだ、廊下で聞こえる男の声が近付いてくる。
依子を背負ったまま俺は窓枠に足を掛けて、そのまま窓枠を掴んで身を乗り出す。
*
「この部屋は見たか?」
「何処見たか覚えてねぇよ」
ガラッ!!
男の声と共に開かれた病室の扉。
「よし。この階は全員ロビーに降りた」
ダン!!
扉の閉まる音と複数の足音が遠ざかっていく。室内が静まり返った。
ザラザラのレンガ壁に頑丈な雨樋のお陰で、杉崎は依子は男達の目に留まる事はなかった。
雨樋にしがみ付いた杉崎は、ゆっくりとレンガの壁を降りていく。
杉崎の肩に添えられた依子の手が震えているのが分かる。
「もぉ地面に着くから、後少し我慢してくれ」
俺の言葉に頷くような振動が伝わった。
雨樋を掴む手に力が篭る。首を捻って下を覗くと逃げ出した人々と野次馬のように集る人の群れのを押し退けて、長身のスラッとした30前後くらいの男が必死の形相でこちらに走ってくるのが見えた。
杉崎の足が地面に着いたと思ったと同時に、背中の依子がフワッと軽くなる。
「依子!」
「お…お兄ちゃん」
「兄貴?とりあえず此処から離れるぞ!」
依子を支えた男の姿を確認して、杉崎は依子を背負ったまま病院の外壁から遠ざかるように男に指示した。
推理のタグやジャンルにして良かったのか…反省中です。