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銀色の虹の果てに  作者: ぺんぎ
第一章
8/24

第五話:『屁理屈は災いの元』

 色々とあった初日――通常の時間割で授業が行われるという意味での――から少しだけ時間が流れ、日付は二十三日。

 待ちに待ったアレンの誕生日を明日に控えたステラは(主語が誕生日を迎える本人でないのは、この歳にもなって誕生日を嬉々として迎えることに思春期男子故の抵抗があるから、ではない)、未だに誕生日プレゼントを決め(あぐ)ねて始業の鐘待ちの教室で席に着きながら頬杖を突いていた。

「スーテラっ。おはよっ」

「あっ、ミリーさん。おはようございます」

「うんうん、相変わらずお淑やかでかぁいいねぇ。んでんで?どしたのかな?」

 この朝っぱらから高めのテンションで話し掛けてきた少女の名はミリアム=リーラ=ガーフィールド。必修のクラスで席が隣になったのを切っ掛けに知り合い、以来同じ授業で隣に座ったり、昼食を一緒に摂るなどしている。

 癖毛なのか意図的なのか判らない微妙なパーマが掛かった、短めで少し赤み掛かったオレンジ色の髪と薄茶色の猫のような瞳を持った少女は火属性の加護を授かっているらしく、基本的に高めのテンションと活発な印象は少なからずそれに影響されているようだ。

「いえ、別にたいした事ではないのですが……」

 とは言うものの、今まで一人で考えて結局良い案が浮かばなかったので、ステラはアレンの名前は伏せながらことの経緯を話して助言を得ることにした。

「……ふーん、なるほどねー。つまりプレゼントを選ぼうにも今までそういう経験がなくて、しかもまだ知り合ったばっかだからどんなのがいいのかわかんないと」

「はい……」

「それでうだうだやってたら二週間経っちゃったと」

「……はい」

「ステラってさぁ、優柔不断?」

「うっ……」

 何かに痛いところをグサッと突き刺されて、ステラは我ながら情けないと溜め息を吐いた。

「ですから、ミリーさんならどうされるのかと思ってこうしてお話しているのです」

「んー、でもさ、ぶっちゃけそれって意味なくない?」

「はい?」

 ミリーは両手を頭の後ろで組みながら、然したる緊張感も持たずに言った。

「だってそのプレゼントはステラがその人の為に選ぶんだから、他の人の意見を聞いたら意味ないじゃん」

「それは、ですが……」

 もっともな意見なのだが、しかしそれでも何かしらの助言が欲しいところでもあった。

 困り果てている友人に、ミリーは仕方ないなといった感じに微笑む。

「んー、じゃああげる側じゃなくて貰う側からの意見。アタシなら、一生懸命考えてくれたんなら何を貰っても嬉しいと思うな」

「そういうものでしょうか……」

「そうだよ。だいたい、こーんなかぁいい子からのプレゼントだったら、このクラスの男子どもなら泥でも貰うと思うよ?」

「それはちょっと……」

 ステラは苦い笑いを零しながらちらっと男子が固まっている方を見たが、どうやらミリーの暴言は聞こえていないようだった。

「んでんで?ステラがこんだけ悩むぐらい恋焦がれてる男はいったい誰なのかにゃー?」

「えっ?やっ、アレン先輩はその――ッ!」

 突然の話題転換に焦ってまんまと自爆してしまったステラは、顔を真っ赤にしながら俯いた。

「ふーん、アレン先輩ねぇ………あり?もしかして、アレン=レディアント先輩?」

 その様子をニヤニヤしながら眺めるミリーは、ふと聞き覚えのある名前に首を傾げた。

「御存じなのですか?」

「んー、アタシこの大陸出身だから基礎学院からここに通ってるんだけどさ、まぁぶっちゃけかなりの有名人だよ、あの人?」

「そうなのですか?」

「うん。もともと違う理由で有名だったんだけど、なんせあのイケメンにあの性格じゃん?しかも結構強いから上級学院(こっち)来てからファンクラブまでできちゃったし、一年ももう何人か入ったって話だよ?でも、なんで知り合ったばっかのステラがパーティーに呼ばれたのさ?」

「実は、新入生クエストで御一緒する事になって、その話をしている時にリオン君と誘われたんです」

「あー、そういえばなんかSクラスで勝負するって話題になってたっけ。いやー、そっちの方に注目行き過ぎて全然知らなかったよ」

「ちょっと、今の話は本当ですか!?」

 たはは、と笑いながら手を振るミリーの後ろから突然そんな叫び声が聞こえて、その顔がピシッと固まった。

「あっちゃー、めんどいのがきたよ……」

「相変わらず失礼ですわね、貴女は」

 額に手を当てて溜め息を吐いたミリーに、声の主は腕を組んで短く鼻を鳴らした。

「えっと、ラフォレーゼ、さん?」

 ステラはこの少し曇った表情をしている少女の名を思い出して、自信なさげに声を掛けた。

「あら、憶えていて下さいましたの?ですがどうせなら姓ではなく、クラウディアと名前で呼んで下さいな、ステラさん」

 クラウディアはそう言ってニッコリ微笑んだ。

(良かった、思っていたよりも良い人そうです)

 今まで話したことはなかったのだが、正直ステラは彼女が苦手だった。というのも、この少女の外見が金髪の豪勢な縦ロールに煌びやかなアクセサリーを身に着けているという、如何にもなお嬢様スタイルだったことが原因なのだが。

(やはり人を見掛けで判断するのはいけませんよね)

 自分の考えを改め、この機会にまた一人友人の輪を広げようと笑顔を返す。

「それで、先程の話は本当ですの?」

 が、クラウディアは逆に目を細めてぬっと顔を近付けてきた。

「えと、く、クラウディアさん……?」

 澄んだ水のように青い瞳にジトッと見つめられてステラは思わず後退ろうとしたが、生憎今は椅子に座っているのでお互いの距離は変わらなかった。

「やめんかこのオモシロ頭。困ってんでしょーが」

「いたっ!?」

 それを見兼ねたミリーが、クラウディアの無駄に多く巻かれた髪を後ろからグイッと引っ張った。

「ちょっと!いきなり何をなさいますの!?」

 引っ張られた拍子に首を痛めたらしく、クラウディアは涙目でミリーを睨み付けた。

 ミリーはそれに冷めた目を返す。

「やかましい。だいたいアンタには関係ないでしょーが」

「いいえっ、大有りですっ!何故ならわたくしは――!」

 クラウディアは大袈裟に制服の内ポケットに手を突っ込んで、勢い良く何かを突き出した。

「……『アレン=レディアント ファンクラブ』会員ナンバー◯◯三番?」

 突き出されたのは、そう書かれた一枚のカードだった。

 ステラがそれを読み上げるのと同時に、ミリーの顔が苦虫を噛み潰したような顔に変わった。

「そう!わたくしはアレン様を陰から見守るべく発足した神聖なるファンクラブ、その三人の創始者のうちの一人ですの!ちなみに活動は会員による週二回のミーティング、アレン様のプロフィールやその週のご予定、摂られた食事などを記載した回覧板の作成、その他状況に応じて様々な催しを行なっておりますわ。近いものですと明日の誕生日になりますわね。夜中の十二時ちょうどに集会所にて会員全員でお祝いしますの。もちろんアレン様の貴重な睡眠時間を頂く訳には参りませんのでその場は会員のみになりますが、アレン様のお体を案ずるのも会員の勤めですので仕方ありませんわね。日中のプレゼント贈呈に関しても会員番号順にお渡しする事になっていまして、これを破った者には世にも恐ろしい罰が――」

 ペラペラと矢継ぎ早に話すクラウディアに、ミリーは盛大な溜め息を吐く。

「また始まったよ……ちなみに会員番号一と二はこいつの姉貴たちね。姉妹揃って何やってんだか」

「確か、ファンクラブが出来たのはアレン先輩が上級学院に上がってからでしたよね?」

「そ。つまりこいつは十歳の頃からご執心ってわけ」

「あ、あはは……」

 その頃からこんな感じだったのかと思うと、ついつい乾いた笑いが零れてしまった。

「――つまりアレン様の魅力というのは……ちょっと!聞いていますの!?」

「うんにゃ、全然。もう、ふぁ……終わった?」

 クラウディアがこちらの状況に気付いたが、ミリーは全く悪びれずに欠伸をした。

「いいえ、まだまだここからが重要な――」

「なんでもいいんだけどさ、もう決まって二週間経つのになんでステラのこと知らなかったのさ?ファンクラブお得意の情報調査は?」

 再び自分の世界に入ろうとするクラウディアは無視して、ミリーは話を元に戻した。

「……確かに我がファンクラブでも直ぐに調査を行いましたわ。ですが、さすがのわたくし達でもあの鬼教官の研究室を調べる事は不可能でしたのっ……!」

「いや、普通に聞けよ」

 悔しそうに拳を握るクラウディアに、ミリーは心底どうでも良さそうにツッコんだ。

「とにかく!アレン様を見守るファンクラブを纏める者としては、ぽっと出の貴女に好き放題されてこの学園内の秩序が乱れる事態を放置する訳にはいきませんの!」

「何の秩序なんだか……」

 手を腰に当てながらビシッとステラを指差したクラウディアにミリーはやはりどうでも良さそうに溜め息を吐いたが、指差されたステラはどう反応すれば良いのか分からず苦笑いするしかなかった。

「え、えーっと、つまりどうすればよろしいのでしょうか……?」

「わたくしと代わりなさい!」

「アンタそれが目的なだけじゃん!」

 秩序云々を放り投げて私欲丸出しの縦ロール少女だった。

「……すみませんが、それは出来ません」

 少し間を置いて、ステラはきっぱりとそれを拒否した。

「……まぁ、当然ですわね。なんといってもアレン様とご一緒――」

「その事とは関係ありません」

 首を横に振りながら、クラウディアの言葉を遮った。

「確かにアレン先輩達と御一緒出来る事は光栄ですが、私は私の夢の為にご一緒するんです。その為にはどんな努力も惜しまないつもりです」

 濃い茶色の瞳がクラウディアの青い瞳をまっすぐに見つめ、

「それに、せっかく誘って頂いたのに、いまさら辞退なんて出来ませんよ」

 少し間を置くと、今度はそう言って困ったような微笑みを浮かべた。

(………へぇ)

 ミリーは、今は影も形も見えなくなったステラの強い意志を目の当たりにして、声には出さず、感嘆していた。

 まだ知り合って二週間ほどしか経っていないが、この茶髪の少女に対して全体的に大人しい印象を抱いていた彼女にとって、先程の凛とした表情はかなり意外なものだった。

 それはクラウディアも同じらしく、すっかり先程までの勢いを失くして言葉に詰まっていた。

「……ま、まぁ、そこまで言うのなら、仕方ありませんわね。今回はお譲りしましょう」

 ようやく捻り出した声は、少し上擦っていた。

「………おーい」

 不意に、前方から男性の声が掛かった。

「あら、何か――」

 振り向いたクラウディアの視界に、自分の席に着いているクラスメイト達と、肩を教本で軽く叩いている黒髪の男性教諭の姿が映った(ステラとミリーは最初から席に着いている)。

「……授業、始まってるんだが?」

「は、はいっ!」

 ただ一人立って教室中から視線を受けていたクラウディアは、それに気付いた途端顔を真っ赤にして自分の席へ戻っていった。

「プッ……やーい」

「いけませんよミリーさん、笑っては」

 その様を声を潜めて笑うミリーをステラが(たしな)めたが、

「そこー、話すのやめねーと特別課題喰らわすぞー」

「いっ!?」

「す、すみません!」

 教師の特権による脅し(?)を受けて慌てて話を中断した。

「さてと……あー、ひっじょーに眠いが授業を始めるぞー。このクラスは攻撃魔法学Ⅰで良かったな?」

 男性教諭は心底怠そうに頭を掻きながら教本を開いた。

 ちなみにアレン達を担当しているダグラスも同じ科目を担当しているが、あちらは攻撃魔法学Ⅳを担当している。

「うっし。そんじゃあ本題に入る前におさらいでもやっておくか。まずは魔法の定義について……あー、じゃあさっきのついでにラフォレーゼ」

「は、はい」

 先程のことと生徒を選ぶのが面倒という理由(恐らく後者が八割を占めている)から指名されたクラウディアがその場に立った。

「……魔法とは、魔力の性質が変化する事によって引き起こされる現象を指します。また魔力にはこの世界の大気中に漂っている大気魔力と、人間や魔物、精霊などが本来身の内に宿している体内魔力の二種類があり、この内魔法の発動に使用出来るものは体内魔力のみとなります」

 最初こそ戸惑ったものの、クラウディアは短く一息入れると教科書を丸暗記でもしているかのようにすらすらと答えていった。

「魔力を持つ生物、魔法生物の体内には、魔力の性質を変化させる機能を持つ器官と、大気魔力を微量ずつ吸収して体内魔力へと変換する器官が存在し、これによって魔法を使用、減少した魔力を回復します。一部の鉱石や樹木なども同様の機能を備えており、これらの魔力が一定量を超えると魔石や霊樹などと呼ばれます」

 そこで言葉を区切ると、教員に視線を向けた。

「……よし、オーケーだ。座って良いぞ」

 教諭はクラウディアに着席を促すと、開いていた教科書を丸めて肩を叩く。

「今言った通り、魔法は体内魔力を消費する事で発動し、消費された魔力は空気中で少しずつ大気魔力へと戻っていく。これが魔力の還元だ。で、俺達人間も当然体内魔力を持つ魔法生物に分類される訳だが、他の魔法生物とは大きく異なった点が幾つかある。それを……」

 教諭が教室を見渡すと、生徒達は当てられたくないので微妙に視線を逸らしていた。

 ステラも無意識的に直視を避けていたのだが、ミリーは教科書を壁にして完全に隠れていたので、

「ガーフィールド、言ってみろ」

「うげっ……」

 逆に目立ってまんまと当てられてしまった。

「えーっと、人間は他の魔法生物よりも体内魔力がすごく少ない……でしたっけ?」

「他には?」

「うぇ~~……!?」

 クラウディアとは対照的に自信なさげに答えたミリーは、さらに答えを求められて呻き声を上げた。

「……ん~、アタシたちは精霊の力を借りて魔法を使うけど、他は自分の力だけで魔法が使える……とか?」

「……まぁ、及第点をやろう」

「やたっ!」

 譲歩したような一言に跳ねるように拳を握って、ミリーは席に着いた。

「正確に言えば、人間は本来有るべき魔力と属性を持っておらず、精霊の加護によって極少量だがそれらを得る。加護を授かった属性や他属性の魔法を使えはするが、それらはほとんど精霊の力によるもので、俺達が自力で使える魔法は肉体強化などの一部のものだけだ。そういった魔法を無属性魔法と呼ぶ」

 教諭は丸めていた教科書を教卓に置くと、白墨を持って板書していく。

「ここが最大の相違点だ。他の魔法生物はそれぞれの属性と十分な魔力を持っているから精霊の力を借りずとも魔法を使えるが、自分の持つ属性しか使えない。逆に俺達人間は精霊の力を借りなければほとんど魔法は使えないが、複数の属性の魔法を使える。まぁ眷属や相性の問題で使える属性もそれぞれ違うんだがな。それで魔力の総量を簡単に比較すると、こんな感じになる」

 教諭はそのまま黒板の右側に簡単なグラフを描いていった。グラフの一番下には『人』と書かれ、その上に『下』、『中』、『上』と順に書かれている。

「まず人間が持つ魔力の総量を一とすると、下級の魔物は約五倍になる」

 言って、『下』と書かれた場所の右に『五』と記した。

「次に中級はこれの倍、つまり人間の十倍はある事になり、上級はさらに十倍の百倍になる」

 先程と同じように『中』と『上』の場所にもそれぞれ『十』、『百』と書かれ、

「ついでに言うと、上級の中で最強と言われている竜族や、魔物とは違う枠組みになるが同程度の力を持つとされるエルフ族は、これらとは比較にならないほどの魔力を持つそうだ」

 『上』のさらに上に『竜』と『エ』が付け足され、その隣に『?』が表記された。

「俺達が使う魔法にクラスがあるのは、精霊にもこの枠組みで言うところの中級や上級以上の精霊がいて、魔法を使う際にそれに見合ったクラスの精霊から力を借りるからだ。つまり俺達が魔物と戦って勝てるのは、精霊達が足りない分を補ってくれるからという訳だ」

 教諭は白墨を置いて軽く手を払うと、教卓に両手を突いて体重を掛ける。

「だがクラスが上になるほど精霊から力を借りるのは難しくなる。精霊達が安易に強い力を貸す事を嫌い、気に入った奴にしか力を貸さないからだ。上級魔法や精霊魔法の習得が難しいのは魔力の総量もあるが、そこが一番の理由だ。それからこれはお前らがこれから外でクエストをしたり、将来的に魔物と戦うような職業に就く事を考慮して言っておくが、」

 教諭はそこで一旦言葉を切ると、一度目を瞑り、再び開いた。

「万が一竜族やエルフ族と戦うような事になったら、迷わず逃げろ。命が惜しかったら、間違っても戦おうなんて思うなよ」

 そこにあったのは、先程までのやる気のない瞳ではなく、鋭く尖った刃物のような力強さを帯びた瞳だった。

 その変貌ぶりと真剣身を帯びた声に、生徒達は思わず息を呑んだ。

「……まぁ、そういう奴らは頭が良いからまずそんな状況にはなんねぇと思うがな。そもそも一生の内に一度でも遭えたらスゲーって言われるぐらい、連中は人前に出てこねぇしな」

 しかし、その瞳は次の瞬間には元のやる気のない光を放っていた。

「うーし、そんじゃあ今日の本題に入るぞー。まず――」



「――っつー訳だ。それからこの――おっ?」

 教諭が板書された箇所を手でコツコツと軽く叩きながら次の説明に入ろうとした時、終業を告げる鐘が教室内の静寂を破った。

「うし、じゃあ今日はここまでだ。今日やったとこの復習はちゃんとやっとけよー」

 教諭はそれだけ告げるとさっさと教室を後にした。

 それと同時にあちこちから大なり小なり息が漏れ、教室内は一気にざわめきを取り戻す。

「ねぇねぇ!さっきの先生、なんかいつもよりカッコ良くなかった?」

「うんうん!なーんか『死線を潜り抜けてきた男』って感じ?」

 そしてそのざわめきの中心は、主に先程の教諭の変貌ぶりに対する黄色い声だった。

「あぁいう大人っぽい人って良いよねー!結構イケメンだし、私ファンになっちゃいそう!」

「……ふっふっふっ、見掛けに惑わされちゃあいかんよキミタチ」

 というよりも、顎に手を添えながら意味深な笑みを浮かべているミリーだった。

「確かにあの人はイケメンだけど、突っ込んだとこを知ったら幻滅するよー?例えば結構若く見えるけど、実はあのダグラス教官と同期だとかに゛ゃっ!?」

「人の事ペラペラ喋ってんじゃねーよ」

 人差し指を立てて周りの女子に語り掛けていたミリーは、いつの間にか戻ってきていた教諭に思い切り拳骨を喰らった。

「……例えば可愛い姪っ子にも容赦なく拳骨をかますとか」

「拳骨だけじゃ足りねーらしいな」

 めげずに続けるミリーに、教諭は額に青筋を浮かべながら掌に黒い光を帯びた魔力を集め始めた。

「わぁーッ、うそうそッ!ミリーちゃんは優しくてかっこいいクライヴ叔父さんが大好きですよーッ!!ってか教師がこんなとこで魔法なんか使っちゃダメでしょ!?」

「やかましい。大体あのむさ苦しい奴との事は口にするなって散々言ってるだろーが。……あっ、思い出したら余計腹立ってきた」

「ストーップ!とりあえずその右手のどす黒い光をなんとかしてみよーか!?ほら、みんな見てるしね?ねッ!?」

「あ゛っ?」

 ギロリ、と紅い瞳が周りを睨み付けると(本人は普通に見渡したつもりでいる)、生徒達が遠巻きにこちらの様子を窺っていた。

「……ちっ」

 クライヴは小さく舌打ちすると、掌に集めていた魔力をゆっくりと解放した。

 ようやく落ち着いてくれた叔父に目を細めながら、ミリーは頬をポリポリと掻く。

「うーん、やっぱし叔父さんが四十代になっても独り身なのは目付きが悪いのと短気なのが原因だと思うなー……」

「大きなお世話だ。それと学院内で叔父さんはやめろっつってんだろ」

 クライヴは小さく溜め息を吐くと、懐から煙草を取り出した。

「堅いこと言わないでよ。それとここ禁煙だよ?」

「かてー事言うなよ」

 相変わらずやる気のない光を瞳に宿しながら、指先に火を灯して咥えた煙草に点けようとするが、

「ぼっしゅ~」

「あっ、コラッ!」

 直前でミリーに掠め取られてしまった。

「ダーメ、他の子もいるんだから。で、用があったから戻ってきたんじゃないの?」

「……お前、段々言う事が姉貴に似てきたな。まぁ良い。ティエラとウィンジア、まだいるか?」

 少し赤いオレンジ髪の少女が口煩い姉の幼い姿とダブって視えた気がして、クライヴは溜め息を漏らしながら要件を伝えた。

「ステラとリオン君?ちょい待ってて。んーっと……」

 ミリーは一度首を傾げると、遠くの景色を眺める様に手を翳して周囲を見渡す。

「……んにゃっ、はっけーん。スッテラー!リッオンくーん!」

 ミリーが大きく手を振った先に、鞄を手に持ちながらこちらを窺っている二人の姿があった。どうやらミリーを待っていたらしい。

「どうかしましたか?」

 実は先程から二人の会話を聞いていたのだが、ステラは然も何も知らないかのように応じた。

「あぁ、すっかり伝えるのを忘れてたんだがな、お前ら二人、来週の授業は出なくて良いぞ」

「えっ、どうしてですか?」

 突然の通達に三人(ミリーは関係ないが)は首を傾げた。

「本来なら来週から新入生クエストの準備期間に入るから一年と四年の授業は午前だけになるんだが、お前らSクラス組は難易度や距離の問題で急遽来週から出発する事になった。だから今週中に準備を終わらせておけよ」

「わかりました」

「じゃあ今日から準備始めないとね」

 ステラとリオンはその説明に納得して早速お互いに話し始めた。

「………ねぇ、叔父さん」

「あん?」

 しかしミリーは何か思うところがあったのか、(おもむろ)にクライヴに話し掛けた。

「その話が決まったのってさ、いつ?」

「…………さぁて、次の授業の準備しないとな」

「あっ、逃げた!」

 全身から冷や汗を掻きながら、クライヴはそそくさとその場を立ち去った。

「ミリーさん、私達もそろそろ行きましょう?」

「あー、うん……」

 ミリーは相変わらずのやる気のなさと逃げ足の速さに呆れながら、二人と共に次の教室に向かうことにした。

「そういえば……」

 若干項垂れぎみのミリーに、リオンがふと話し掛けた。

「さっきから気になってたんだけど、クライヴ先生って……」

「……うん、アタシの叔父さんだよ。ウチのお母さんの弟。フルネームはクライヴ=シン=カーライル」

 ミリーの答えにステラもやはりと納得する。

「お二人とも、どことなく似ていますよね」

「えぇ~~?まぁ、否定できないとこも多々あるけど……」

 ニッコリと笑うステラに、ミリーは嫌そうな顔をしつつも半ば諦めたように溜め息を吐いた。

「でも、身内に教師がいるっていいなぁ。勉強とか教えて貰えるし、いろいろ楽そうじゃない?」

「いやいやいや、現実はそんなに甘くはないのだよ、リオン君」

 羨ましそうな声を出したリオンに、ミリーは全力で手を横に振った。

「宿題なんか教えてくれたことないし、いっつもテキトーだし、その癖アタシがなんかやるとすぐに拳骨だし、この間なんか、急に呼び出されたと思ったら研究室の大掃除を手伝わされるし。しかも自分は用事があるとか言ってアタシに丸投げするんだよ!?」

「あ、あはは……」

 負のオーラを背後に纏いながら指を折って一つ一つ問題点を挙げていくミリーに、ステラは苦笑いを浮かべた。

「そ、そういえばステラ、鍛練はどう?」

 触れてはいけないモノに触れてしまったことに気付いたリオンは、何も聞かなかったことにしてステラに話題を振った。

「だいぶ慣れてきましたよ。さすがに一日中はまだ無理ですが、八時間程度なら集中しなくても維持出来るようになりましたし」

 それでもまだ目標には程遠いのですが、と少し憂いを帯びた笑みを見せたが、ほんの二週間前の姿と比べると明らかに余裕のある様子から、本当に順調だということが窺えた。

「やっぱりリオン君も一緒にやりませんか、鍛練?」

「まぁ、気が向いたら……」

「あれ、リオン君はやってないの?一緒に行くのに?」

 苦笑いをしながら後頭部を掻くリオンに、いつの間にか復活していたミリーが首を傾げた。

 実は鍛練を始めた当初にアレン達からも提案されたのだが、その時もリオンは先程のような台詞で断っていた。

「そうですか……」

 結果は解っていたが、それでもステラは心底残念そうな声を出した。

「ははーん、さてはリオン君……」

 何か思い付いたのか、ミリーが顎に手を添えてニヤリと笑った。

「実はこの前のステラみたいに、無様な格好をした挙げ句みんなの注目の的になって恥ずかしい思いをするのが嫌なんでしょ?」

「まぁ、そんなところかな?」

「もう!二人ともその事は忘れてくださいっ!」

 からかうように笑う二人に、ステラは赤面しながら怒鳴った。



    †   †   †



「……ふむ、大分マシになってきたな」

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 放課後の個人用訓練室で、いつもの如くノアにボロボロにされたステラは、いつもの如く仰向けに倒れて息を切らしていた。

「毎度の如く良くやるわねぇ」

 その様子を地面に座りながら見物していたシャルは、膝に頬杖を突きながら、感心なのか呆れなのか判らない声を出した。

「よし、じゃあ次は俺とノアな!」

 同じく地面に座っていたアレンは勢い良く立ち上がると、右手に黄金の柄を持った剣を召喚した。

「い、いえ……もう一度、お願いします……」

 ステラは手を着いて起き上がると、息も絶え絶えに再開を要求した。

 それを見て、アレンは左手を腰に当てる。

「無理すんなって。とりあえず治療してもらって休んどけよ」

「ですが……!」

「ステラちゃん?頑張るのはいいけど、適度に休むのも鍛練のうちだよ?」

 治療の為に傍に来たアクアが、それでも引き下がろうとしないステラの肩に手を置いて宥めた。

「それに、身体を休める間にもやってもらうことはあるしな」

「………?」

 にこやかに笑ったアレンの言葉に、ステラは重い首を傾げた。と、

「ジャッジャジャーン!」

 突然、なんとも古臭い効果音(口頭)が聞こえてきた。

 声がした方を見ると、完全に呆れているシャルの隣に、何故か伊達眼鏡を掛けてイイ顔をしているイリスが立っていた。

「イリス、それ何?」

「これ?気分を出すための必須アイテムっ!」

 イリスは指先で眼鏡を持ち上げた。

「当初の予定ではもう少し後からにするつもりだったのだが、予想以上に成長が早いので今日から魔法の訓練も加える事にした。魔法はイリスが一番得意だからな」

「なるほど……」

 相変わらずの無表情で腕組みをしているノアの言葉に納得しつつ、ステラは何気なく褒められたことに頬が弛まないよう意識した。

「最初はいつ頃を予定していたのですか?」

「遅くともクエストに行きながらと考えていた。この調子だとその後の予定も繰り上がりそうだ」

「その後?」

 暗に予定が繰り上がってもクエスト中の鍛練は実行すると言われたのだが、そこに妙な引っ掛かりを覚えた。

「クエストが終わった後に決まってるだろ?」

「えっ?今回だけではないのですか?」

 当然のように答えたアレンに、ステラは思わずキョトンとした。

「一月ぽっちじゃそんなに変わらないって。嫌だったら無理してやらなくてもいいけど……」

「い、いえっ!そんな事ありませんっ!ただクエストが終わった後も続けて頂けるとは思っていなかったので……」

「二人とも、面倒見がいいから」

 慌てて両手を振るステラに、アクアが優しい微笑みを向けた。

「でも、やっぱりリオンも一緒だったら良かったのにな」

「仕方無いだろう。無理強いする訳にもいかん。まぁ、実力ぐらいは知っておきたいがな」

 残念がるアレンに、ノアは少し本音を明かした。

「あのっ、リオン君でしたら本当に大丈夫だと思いますよ?」

「そういえばステラ、授業一緒なのよね?」

 以前話が逸れて結局聞けなかったので、シャルは興味津々といった感じだった。

「はい。と言っても授業中は手を抜いているみたいなので、ちゃんとしたところは一度しか見た事がありませんが……ですが噂によるとリオン君、入学時の試験でトップだったとか……」

「へぇー、意外だな。あんまりそういうキャラには見えないけどなぁ」

「あんたが言わないの」

 少し目を見張るアレンにシャルがツッコんだ。

「まぁこれに関しては(いず)れはっきりするだろう。それよりも今は自分達の事に集中するぞ。アレン、少し離れるぞ」

「おう。じゃあイリス、頼むな」

 二人は皆を巻き込まないようにその場を離れていった。

「まっかせといてっ!」

 イリスは自分の小さな胸に小さな拳をドンと乗せた。

「じゃあステラ、始めよっか。アクア、治療お願いね?」

「うん。ステラちゃん、こっちに座ってくれる?」

「あっ、はい」

 ステラは言われた通りアクアの前に腰を降ろして背を向けた。

 アクアはステラの背中に両手を軽く当てて、ゆっくりと口を開く。

「幼き水の姉上よ、我が想いに応え、彼の者に清澄なる癒しを与えたまえ。

水姫の幼声(レメディ)】」

 詠唱を終えると、アクアの両手の先に紺青色の魔法陣が顕れ、淡い青色の光がステラの背中を優しく覆っていった。

「時間もあるし、下級魔法でゆっくり治療していくね?」

 治癒魔法は対象者の自然治癒能力を無理矢理高めるので、身体に掛かる負担を抑える為に緊急時以外は下級魔法で徐々に治していくのが基本だった。

 治療を受けるステラの目の前に、イリスが座る。

「じゃあその間にやっちゃおっか。ちなみに今からわたしのことは『先生』と呼ぶようにっ」

「は、はい、先生っ……!」

「よろしいっ」

 完全に気分にノっているイリスは、満足げに腕を組んで頷いた。

「で、ステラ、いまどの辺まで習ったの?」

「今日、魔力の性質変化について習いました」

「ふんふん。じゃあちょっとそこ復習してみよっか。基礎学院の時は魔法が使えればそれでよかったけど、実際に原理を理解してるのとしてないのとだとすっごく差があるから」

「分かりました」

 朗らかな笑顔に頷いて、ステラは今朝習った内容を記憶の引き出しから引っ張り出す。

「……魔力の性質変化には、大きく分けて属性と効果の二種類があります。魔法を行使する際、まず使用したい属性の精霊の力を借りて、体内魔力の属性を無属性から該当する属性に変化させます。その後、形状や効力などの効果を決定し、魔法を発動させます。一連の流れは全て呪文の詠唱文に含まれ、複雑で強力な効果を持つ魔法ほど、詠唱文が長くなります」

 落ち着いた声ではっきりと述べ、臨時家庭教師に確認の眼差しを向けた。

 小さな講師はそれに頷いて言葉を付け足す。

「うん、そんな感じかな?さっきアクアが使った【レメディ】の呪文を解析するとね、」

 イリスはどこから取り出したのか、いつの間にか持っていた指し棒で地面を引っ掻いていき、やがて先程アクアが唱えた呪文が地面に彫られた。

「この『幼き水の姉上』っていうところで、力を借りる精霊のクラスと属性を決めるの。『幼き』は下級魔法でよく使われる言葉だね。その後の『我が想いに応え』は精霊に呼び掛ける節で、『想い』は『願い』とか『声』とかにもなるよ。それから『彼の者に』で対象を決めて、最後の『清澄なる癒し』で魔法の効果を決めるの」

 そこまで説明すると、イリスは一度顔を上げてステラを見た。

「それで最後に魔法の名前を唱えるんだけど、実はこれが一番大切なの」

「……と言うと?」

 ステラは首を傾げた。

「名前っていうのはすっごく大切で、その存在を構成する要素の中心なの。もし魔法の名前を唱えずに使ったら、だいたい半分くらいまで威力が落ちちゃうんだよ」

「そんなにですか?」

「うん。だから詠唱破棄でも、普通魔法の名前だけは抜かさないんだよ。ちょっと火を出すとか、そういうのだとそんなに問題はないんだけどね。あと無属性魔法も」

 ステラは、今朝の教室でクライヴが詠唱もなしに指先に灯した火を煙草に点けようとした光景を思い浮かべた。

「……あの、詠唱破棄について具体的に教えて頂けますか?」

「うん。ちょうどやろうとしてたからいいよ」

 イリスはへにゃっと笑って頷いた。

「ステラは呪文の詠唱ってどんなものだと思ってる?」

「魔力の性質変化を行う為の手段ではないのですか?」

 先程やったばかりの内容を再び問われて、ステラは不思議そうに問い返した。

「じゃあその性質って、呪文の詠唱の何で変化してるかわかる?」

 改めて問われて、今度は少し自信なさげに口を開く。

「……呪文の内容と詠唱する声、ですか?」

「うーん、それだと半分かなぁ?」

 イリスは残念とでも言いたげな表情を浮かべた。

「魔法の行使に必要なのはね、その魔法に対する具体的なイメージなの。精霊たちはわたしたちが頭に浮かべたイメージを読み取って力を貸してくれるんだよ。呪文の詠唱っていうのは、それを具体的な言葉にすることで補助するためのものなの。言葉にしたら、なんとなくその魔法がどんなものなのかわかるでしょ?」

 イリスは指し棒をぶらぶらさせながら話を続ける。

「詠唱破棄っていうのは、それを頭の中のイメージだけで具体的に確立させないといけないから難しいの。単純に火の玉を飛ばすだけだったら簡単だし、精霊たちがわかり易いように魔法の名前は全部古代語が使われてるけど、複雑な動きとか効力を持った魔法だとその分はっきりイメージしないと思った通りにはならないんだよ。難しいけど、その代わりのメリットの一つが魔法発動の時間短縮ってこと」

「でも、詠唱破棄にはデメリットもあるのよ」

 と、ここでシャルがイリスの隣に座って口を挟んだ。

「一つはさっき言ってた具体的なイメージね。属性、効果、座標、そこに至るまでの軌道、その他の色々なものをはっきりと思い浮かべないと成功しないわ。それから詠唱魔法と比べると結構威力が落ちるのも難点ね。しかも精霊魔法クラスは詠唱破棄出来ないし」

 便利なんだかそうじゃないんだか、と短く息を吐いたシャルに、アクアが治療を続けながら苦笑いする。

「でも、そんなの使える人なんてそうそういないんだけどね」

「まぁ、ね……」

 そんな人物(・・・・・)に心当たりのあるシャルは、何気なく視線を隣に移した。

 心当たりである少女はというと、

「むぅー……」

 何故か頬を膨らませていた。

「わたしが教えてたのにぃ……」

「あ、あはは……つい、ね」

「ご、ごめんね、イリスちゃん。続けて?」

 シャルとアクアは苦笑いしながら謝罪したが、すっかりご機嫌斜めな少女の頬は膨れたままだった。

「ぬぉおりゃああああ!!」

 シャルがどうやって機嫌を直そうかと頬を掻いていると、不意にそんな叫び声が聞こえてきた。

 四人が声のした方を見ると、アレンがノアに斬り掛かるべく剣を振り上げていた。

「甘い……」

「――がっ!?」

 ノアはそれをヒラリと躱すと、目にも留まらぬ高速の連撃を叩き込んだ。

「如何した、この前のはマグレか?」

「うるせー!大体お前だけ上級の肉体強化使えるとかずりーだろ!」

「……お前が本気で来いと言ったのではなかったか?」

 無表情に左手に持っている刀を構えたノアは、お門違いな文句に小さく溜め息を吐いた。

 対するアレンは、何度やっても攻撃が当たらず躍起になっていた。

「くっそー、身体能力に差がありすぎなんだよ………こうなったら……」

 何かを決心して、再び両手で剣を構えた。

 ノアは体勢はそのままに呟く。

「来い」

「言われなくても!」

 地面を蹴って駆け出したアレンは、さっきのお返しとばかりに連撃を繰り出した。

「ちっ……」

 ノアはそれを一つ残らず捌いていくが、一度体勢を立て直す為に後方へと大きく跳んだ。

「そこだっ!」

 瞬間、アレンは剣に魔力を籠める。

「【煌龍牙(こうりゅうが)】!」

 剣を素早く上下に振るのと同時に、二本の光の刃が放たれた。

「――っ!!」

 二つの光刃は空中で混ざり合い、巨大な龍の顎となってノアを飲み込み、そのまま壁に激突した。

「どうだ!!」

 壁から巻き起こった土煙に向かって、アレンはしてやったりとほくそ笑んだ。

「………【闇影の剣(シャドウブレイド)】」

「おわっ!?」

 しかし不意に煙の中から呟くような声が聞こえたと思ったら、半月形の漆黒の刃が煙を裂いて襲い掛かってきたので咄嗟に躱した。

 後方の壁を深く砕いた刃は、大気へと還る魔力の残骸となって消え去った。

「あっぶねーな!いきなり何すんだよ!?」

 アレンは突然の攻撃に声を荒らげた。が、

「……それは此方の台詞だ。俺の記憶が正しければ、攻撃魔法は無しだった筈だが?」

 無傷で煙から出てきたノアの言葉にギクリとした。

「……お、俺のは正確に言うと『技』だしぃ~」

 視線を背けて口笛を吹いたが、焦っているのか、音が掠れていた。

 あくまでも屁理屈を捏ねるアレンに、ノアは服に付いた砂を払いながらやれやれと頭を振る。

「なら、俺の攻撃も『技』という事で良いな?」

「へっ……?」 

 キョトンとした声を余所に、刀を(はす)に構えた。

〈大いなる闇夜の母上よ、契約に基づき、我に力を与えたまえ〉

「――なっ!?」

 アレンは突然古代語で詠唱を始めたノアに驚愕した。

閻獄(えんごく)より(きた)るは深淵の闇、闇天(あんてん)より来るは断罪の咆哮。其の力、我が(つるぎ)と成りて、彼の愚者に滅びの終焉を与えん〉

「ちょっ、おまっ、それ上級魔法じゃねーか!?」

 お構いなしに詠唱を続けるノアの正面に、漆黒の魔法陣が顕れた。

「……安心しろ、加減はしてやる」

「いやっ、そういう問題じゃ――」

 慌てふためくアレンはそっちのけで、ノアはその名を紡ぐ。その額には微妙に青筋が浮かんでいた。

「【闇夜の咆哮(エレボス・ロアー)】」

 呟きと共に刀を魔法陣に突き付けると、天井付近に巨大な魔法陣が展開され、そこから闇色の流星が降り注いだ。

「ぎゃああぁあああ――!?」

 次々と襲い掛かってくる流星に、アレンは悲痛な叫びを上げながら逃げ惑う。

「……あ~あ」

 それを眺めながら、シャルが呆れたように溜め息を吐いた。

「よ、よろしいのですか?放っておいて……」

「うーん、今回は明らかにお兄ちゃんが悪いし……」

 あわあわと狼狽えるステラに、イリスは諦めたように苦笑いした。

「だ、大丈夫だよ。ノア君も一応手加減はしてるから……」

 そう言いつつも、アクアの頬には冷や汗が流れていた。

「そ、それにしても、先程アレン先輩が使っていらしたのは一体……?」

 質問しながら、ステラは出来るだけ目の前の惨劇が視界に入らないようにした。

「あれは魔法の応用で、詠唱破棄した光属性の下級魔法を、剣を媒介にして飛ばしたんだよ」

「そのような事も出来るのですか?」

 その問いに、イリスは困ったような顔をする。

「んー、単純に魔法を使うよりも難しいけど、武器を媒介にすること自体は出来なくはないよ?でもお兄ちゃんの場合、『剣技』っていう剣の特性を活かしたオリジナルの魔法にまで昇華してるから、誰でも出来るってわけじゃないの。しかも普通は下級魔法であんな威力出ないし」

「それにしても、センスないわよねぇ……」

 と、ここで再びシャル。

「【煌龍牙】って、見たまんまじゃない。どうせ『龍』とか入れたらカッコイイとか思ったんでしょうけど」

「でも、あそこまでちゃんとしたオリジナルなんて、ノア君でもできないよ?」

「そりゃあまぁ、そうなんだけど……」

 苦い微笑みを浮かべるアクアに同意しつつも、シャルはどこか納得いかない顔をする。その様子にステラが首を傾げた。

「どうかなさったのですか?」

「オリジナルの魔法ってね、当たり前だけど創るのがすっごく難しいの。お兄ちゃんは全部感覚で構成してるけど、普通はあんなに簡単に創れるものじゃないんだよ」

 少しムスッとしているシャルに、イリスは小さく笑った。

 ステラの治療を続けるアクアも、今度は腕に手を当てながら同じような顔をする。

「元になる魔法はあるけど、一から創るのとあまり変わらないからね。シャルちゃんも何回か試して発動自体はしてるんだけど、アレン君みたいな実用性のある魔法はできてないの。でも、アレン君は剣を媒介にしないといけないけど、なんとなくで完璧なオリジナル魔法を完成させてるから……」

 その言葉にシャルはさらに眉を寄せた。

「ホント、何であんなのが成功してきちんと理論を固めた私が失敗するのか、甚だ疑問だわ」

「つまり、シャルはお兄ちゃんに嫉妬してるんだよ」

「違うっ!」

 人差し指を立てて締め括ったイリスを、シャルは全力で否定した。

「はい、おしまい」

 そのやり取りから目を離すと、アクアはにっこり微笑みながら治療の終わりを告げた。

 ステラは手を握ったりして身体に違和感がないことを確かめる。

「ありがとうございました」

「ううん、気にしなくてもいいよ。治癒魔法は自分には使えないし、このメンバーだといつもわたしが治療担当だから」

 アクアは変わらず優しい微笑みを向けた。

 そんな彼女に回復役はピッタリだと思いつつ、ステラは首を傾ける。

「他に治癒魔法を使える方はいらっしゃらないのですか?」

「オールラウンダーのイリスちゃんとノア君は使えるから、わたしにはどっちかがしてくれるよ。でも、地属性が得意なステラちゃんが一緒なら、これからは任せようかな?」

「が、頑張ります……!」

 期待に応えるべく気を引き締めるステラの耳に、

「ど、退いてくれぇ~~~!!」

 突然悲痛の叫びが届いた。

 四人が顔を上げると、まだ闇色の流星群に追われているアレンが、必死の形相でこちらに向かって走ってきた。その後ろでは、降り注ぐ流星群が次々と地面に小さなクレーターを作っていた。

「ちょっ、こっちに来ないでよ!?」

「お兄ちゃん!あっち行って、あっち!」

「も、むり、マジで……」

 シャルとイリスが慌てて待ったを掛けたが、先程から全力疾走して疲弊しているアレンには全く聞こえていないようで、

「ぎゃああぁああああ――!!」

「いやぁああぁあああ――!?」

 ついに力尽きて流星群の餌食となった。シャル達を巻き添えにして。



「……………」

 端から見ていたノアの頬に、嫌な汗が伝った。



    †   †   †



 翌日。

 授業を終えてリオンと共に一度寮に戻ったステラは、アレンの誕生パーティーに向かっていた。

「それで、その後結局どうなったの?」

 偶々同じ寮に住んでいた二人は、昨日の出来事を話しながら赤い煉瓦で整えられた道を歩いていた。

「それが、その魔法自体はアクア先輩が防御魔法で防いで下さったので被害はなかったのですが、シャル先輩が……」

「あぁ……」

 二人はどこか遠い空に目を向けた。

 結局その日は、シャルが癇癪を起こしてアレンを三途の川に片足の膝まで踏み込むほどボロボロにするという見慣れたくもない光景で締め括られた。

「しかも、昨日はアクア先輩まで……」

 流石の癒し系ほんわか和みキャラ(イリス談)のアクアも昨日の騒動には思うところがあったらしく、ノアの魔法よりもダークなオーラを背負いつつ満面の笑みでその術者に詰め寄る様は、ステラの怒らせてはいけない人物ランキング堂々ぶっちぎりの一位にランクインを果たすという結果を生んだのだが、本人がそれを知る時=ステラの寿命なので、ステラはその時が来ないことを切に願っていた。

(そういえば、シャル先輩が魔法を使う時に魔法名を唱えるところを見た憶えが……)

 惨劇の現場を目に浮かべていると、ふとそんなことを思い出した。

 他の場面でも、彼女は確かに魔法名を唱えずにアレンに半殺し以上のダメージを負わせていた。しかし、昨日のイリスの説明に拠ると、それでは本来の半分程度の威力しか発揮出来ない筈だ。

「何かあるのでしょうか……?」

「えっ?何か言った?」

「いっ、いえっ、何でもありませんっ」

 思わず思考が口から漏れてしまい、慌てて取り繕った。

「………?」

 リオンは不思議そうに首を傾げたが、特に追及はせず、歩を進めるついでに話を別のところに移す。

「ところで、誕生日プレゼントは決まったの?」

「はい、なんとか。ですが、正直本当にこれで良いのか、未だに迷っているんですよ……」 

 ステラは困ったように身体の前で両手で掴んでいる持ち手の先を見下ろした。

 摘まむように掴んだ先には、淡いピンク色の可愛らしい紙袋が申し訳なさそうに揺れていた。

 ちなみに特に着替えたりしていない二人の現在の服装は、学園指定の黒地に金色のラインが入った上着にシャツとスラックス(ステラは膝上までのスカート)、赤いネクタイだ。

「大丈夫だって。アレン先輩ならなんでも喜んでくれるよ」

 緑髪の少年は相変わらずぐるぐる巻きにした藍色のマフラーを揺らしながら、傍らで少し俯いている少女を見上げた。

「そう、ですよね。大丈夫ですよね…………よしっ」

 ステラは自分に言い聞かせるように呟くと、意を決したように俯いていた顔を上げた。

「ありがとうございます、リオン君。少し急ぎましょうか」

 そろそろ時間も近いですし、と言って、少し駆け足になる。今日は二人の歓迎会も兼ねているので、遅くなる訳にはいかない。

「あんまり急ぐと転ぶよ?」

 声を掛けたリオンは、先程とは打って変わって少しはしゃいでいるステラの様子に苦笑しながらその後を追った。



 学区の南東部から北東部に掛けて存在する学生寮エリアは、とにかく広大だ。

 学区のほぼ右半分がこれに該当するのだが、膨大なまでの生徒数を考えればそれも当然の結果だった。

「シャル、そっちは終わった?」

 寮の位置に依っては朝家を出る時間が相当違ってくる為、校舎に近い南東部に建てられた寮に(こぞ)って入れたアレン達は、運が良かったと言えよう。

「こっちは良いわよ」

 しかし、流石に今回のメンバー全員が同じ寮に住んでいるなどという都合の良い展開はなく、アレン達の寮よりも西側の寮に住むノアとアクア、北側の寮に住むステラとリオンが荷物を取りに戻っている間に、残った三人はアレンの部屋のリビングでパーティーの準備をしていた。

「お兄ちゃん、テーブルの準備できた?」

 ふくらはぎ辺りまで伸ばした銀髪を一つに纏めて白いエプロンを掛けたイリスが、おたまを片手にオープンキッチンからリビングにいるアレンに声を掛けた。

「ふぅ、こっちもいいぞ」

 アレンは短く息を吐いて頷いた。

 少し広めのリビングには普段使っているテーブルが三つ合わせて並べられており、そこに真っ白なテーブルクロスが敷かれていた。

「じゃあシャルと一緒にお料理運んでいってね。そろそろみんな来る頃だから」

 部屋の飾り付けを終えたシャルにも声を掛けつつ、イリスは料理を再開した。

 二人が言われた通り器に盛られた色取り取りの料理をテーブルに運んでいると、不意にオーソドックスな呼び出し音が鳴った。

「おっ、来たか」

 それに反応したアレンが玄関に向かった。

「よう、いらっしゃい」

 扉を開けた先には先程別れた四人が、その時と同じ服装のまま立っていた。

「こんばんは」

「なんだ、みんな一緒に来たのか」

「すぐそこで一緒になったの。もう入っても大丈夫?」

 正面にいたアクアが、にっこり微笑みながらアレンの肩越しに中の様子を窺う。

「あぁ、ちょうど準備できたとこだから」

 アレンは半身になって中へ入るよう促した。

「じゃあ、お邪魔します。それとアレン君」

「ん?」

 一歩踏み出す前に一度言葉を止めたアクアは、

「お誕生日、おめでとう」

 先程見せたものよりも、さらに柔らかく優しい微笑みを浮かべた。

「……ありがとう」

 それを受けたアレンも、少し照れ臭そうに笑顔を返した。

「あっ、あのっ、アレン先輩!お誕生日おめでとうございます!」

「おめでとうございます、先輩」

 と、そこにステラの弾けたような声とリオンの弛んだ声が飛び込んできた。

「二人もありがとな。遠慮しないで上がってくれよ」

 ニカッと笑って部屋の中へ戻るアレンに続いて、三人も扉を(くぐ)った。

「…………」

 完全に祝いの言葉を述べるタイミングを失ったノアは、どうしたものかと思案しつつ無言のままその後ろに付いていった。

「こんばんは、シャルちゃん」

 リビングで残った料理を運んでいたシャルは、その声で客人達がようやく部屋の中に入ったことに気付いて視線を向けた。

「こんばんは、アクア。ステラもリオンもいらっしゃい。適当に座ってちょうだい」

 勿論シャルはこの場にノアがいることも知っていたが、いちいち丁寧に挨拶し合う間柄でもないことをお互いに認識しているので、背景と共に視界に入れるだけで他の三人をテーブルへ促して自分も椅子に腰掛けた。

「イリスちゃんは?」

「お手洗いに行ってるわ。帰ってきてからずっとお料理に掛かりきりだったから」

 本人の意向とはいえ、自分には部屋の掃除くらいしか手伝えないことに申し訳なさそうな顔をした。

「これ、全部イリス先輩が作ったんですか?」

 荷物を置いてテーブルに着いたリオンは、白いクロスの上に綺麗に並べられたサラダやパスタ、スープや肉料理などの(よだれ)を誘う料理の品々に少し目を見開いていた。ちなみに室内でもやはり藍色のマフラーは外さないらしい。

「あぁ。毎年豪勢だけど、今年のは特に気合い入ってるみたいだな」

「おかげで帰りしなのお買い物は荷物が多くて大変だったわ」

「俺がなっ!」

 アレンはテーブルに着きながら、然も自分が大荷物を運んだかのように息を吐いたシャルにツッコんだ。

 実際女性に重い荷物を持たせる訳にもいかないので進んで荷物持ちを買って出たのだが、こうなると文句の一つも言いたくなるというものだった。

「あははは……」

「おっ待たせーっ!」

 リオンがそんなやり取りに乾いた笑いを零していると、イリスが手を挙げながら戻ってきた。

「……ってあれ?ステラ、座らないの?」

 と、そこでステラがリビングに入ったところでぼーっと突っ立っていることに気付いた。

「……………」

「……おーい?」

 イリスが目の前で手を振ってみたが反応が窺えなかったので、

「……えいっ」

「ふえぁあッ!?」

 後ろに回り込んで脇腹の辺りを両手で(くすぐ)るように摘まむと、なんとも言えない悲鳴を上げた。

「なっ、何をするんですか!?」

 ステラは突然の攻撃に少し涙目になって訴えた。

「だっていくら呼んでも気付かないんだもん。ほら、早く座ろ?」

「えっ?……あっ」

 そこでようやく全員を待たせていることに気付き、慌ててテーブルに駆け寄る。

「す、すみません……」

「別にいいけど、どうかしたのか?ぼーっとして」

「いっ、いえっ、何でもありません、何でも……」

 慌てて取り繕う様に不思議がったが、アレンはそれ以上は追及しなかった。

 ステラはそのことにホッと胸を撫で下ろしたが、先程から下り坂を疾走している鼓動は未だに落ち着きを取り戻そうとしていなかった。その原因はというと、

(お、男の人の、それもアレン先輩の部屋……い、いけません、緊張が……)

 初めて足を踏み入れる不可侵の聖域(異性の部屋)に、ステラの心臓は今にも緊張で爆発しそうだった。

 少し部屋を見渡してみると、流石に掃除はしたようで、調度品なども綺麗に整頓されていた。

 そのまま視線を右側に向けると、一つの扉が目に入る。

(あの扉……)

 寮の造りは全て同じなので、その先に何があるのかは容易に確信出来た。

 そこは、リビングよりも顕著に部屋の主の個性を映し出す、聖域の中枢。

 人に依っては魔窟にもなり得るが、殆どの者の一日はそこから始まり、また終わりを迎える。

 つまり、寝室だった。

(――っ!いっ、いけません!これではまるで覗きたいと思っているみたいでは――)

 ハッと思い留まり、首を振って好奇心を抑えるが、

「ステラ?今アレンの寝室に視線が釘付けになってたわよ?」

「き、気の所為ですよ……!」

 時既に遅く、シャルに感付かれてしまった。

 アレンはそれにキョトンとする。

「なんだ?見たいなら別に構わないけど、そんなに綺麗じゃないし特に何もないぞ?」

「そうそう。筋トレ道具くらいしかないつまんない部屋よ」

 シャルはやれやれと肩を竦めた。

「いいだろ、別に。お前の部屋なんか分厚い本ばっかじゃねーか」

「筋トレ馬鹿よりはマシよ」

 またしても不毛な口争いが始まり出したが、ステラは内心話が逸れたことにほっとしていた。

「全く、何時でも何処でもお構い無しだな」

 言い争う二人の姿に、ノアは小さく溜め息を吐いた。

「二人とも?そのくらいにしないと、せっかくイリスちゃんが作ってくれたお料理が冷めちゃうよ?」

「「うっ……」」

 アクアの困ったような声に二人とも言葉を詰まらせた。

 その光景にクスッと笑って、イリスが立ち上がる。

「えーっと、それじゃあお兄ちゃんの十六歳の誕生日と、ステラとリオンとの新しい出会いを祝して、」

 そこで一度言葉を区切り、全員が目の前に置いてあるジュースの入ったグラスを持ち上げたことを確認して一言。

「カンパーイ!」

「乾杯!」

 溌剌(はつらつ)とした声に続いて、七つのグラスが祝福の調べを奏でた。

「美味しい……!イリス先輩、このパスタ、凄く美味しいです!」

 丁寧にフォークに巻き付けたパスタを口に運んだステラが、目を見開いたまま笑顔を向けた。

「ホントに?よかったぁ。おかわりはあるから遠慮しないでいっぱい食べてね?」

 イリスも柔らかく微笑みを浮かべて自分の分を取り皿に盛っていく。

「ホント、イリスがいて良かったわ。おかげで毎日美味しい食事に有り付けるもの」

「シャル先輩の分もイリス先輩が作られているのですか?」

「シャルの部屋はここの向かいで、イリスは隣だからな。朝と晩はいっつもイリスが作ってくれるんだよ」

「ご飯はみんなで食べた方がおいしいからね」

 イリスはアレンの言葉にへにゃっと微笑んでサラダを口に運ぶ。

「でも、これだけおいしいと他の人の料理じゃ満足できないんじゃないですか?」

「「――っ!」」

 リオンの何気ない一言に、シャルとステラが息を詰まらせた。

「そうか?俺はあんまり比較とかしないから、美味けりゃ美味いでいいと思うけどな」

 ステラはそれを聞いて安堵の息を漏らした。

(美味けりゃ、ね……)

 一方、シャルは内心で溜め息を吐いていた。

「と、ところで、ステラとリオンの誕生日はいつなの?」

 それを察したイリスが、少し慌てたように話題を変えた。

「僕は二月の終わりです」

「私は九月の半ばになります。皆さんはいつ頃なのですか?」

 音を立てずに行儀良くスープを飲んでいたアクアがそれに答える。

「イリスちゃんは八月の中旬で、シャルちゃんは新年の初日だよ」

「へぇ~、シャル先輩って『再世(さいせい)の日』生まれなんですね」

 リオンが珍しげな声を上げた。

 『再世の日』とは、現在からおよそ一万年前、かつて一つだった世界が、崩壊の危機を免れる為に三つに分かれた日のことを指す。

 他の種族と比べて遥かに寿命の短い人間は、それまで続いていた長い戦争の終結から再び始った平和な世界と、『人間』という種族そのものの誕生を祝して、この日から一年の暦を数えていた。

「私もだけど、アクアとノアも珍しいわよ?なんせ十二月二十五日だもの」

「『終焉の日』ですか……?」

 肩を竦めるシャルの言葉に、今度はステラが驚いた。

 『終焉の日』は先に述べた戦争、『魔神戦争』と呼ばれる総ての種族の存亡を賭けた戦いが終結した日であり、聖魔双方の神々はこの日より『再世の日』までの七日間を以て、世界を崩壊から救うべく三界に分断したとされる。

 『再世の日』に誕生したとされる人類がそれ以前の出来事をどのようにして知ったのかは定かでないが、遥か一万年の昔から現在もこの世界に生き続ける種族達が遺した文献なども存在するという。

 こういった史実は神話や昔話のように語り継がれ、子供達は夜寝る前に布団の中で子守唄代わりに耳にしていた。

「なんていうか、すごいですね。ただでさえ珍しいのに三人もいるなんて。まぁなんとなく納得できますけど」

 現在この二日は、人間の間では祝日として扱われ何かしらの祝い事が行われているのだが、不思議なことにこのどちらかに生まれる者は殆どおらず、稀に生まれた者は必ず強力な加護を授かるのだった。

「そういえば、アクア先輩とノア先輩はファミリーネームも同じですが、御親戚か何かでしょうか?」

 ステラが同じ繋がりで今まで気になっていた二人の関係について訊ねた。

「あー、それはだな……」

 アレンはどことなく気まずそうに二人に視線を送った。

 それを受けて、アクアも困ったように隣にいるノアを窺う。

「……俺達は孤児だ」

 仕方がないとでも言いたげな声色で、口を開いた。

「俺達は入った時期こそ違えど、ガーデンに幾つか在る孤児院の一つで育った。孤児院は学園長の名で建てられているので、俺達もその名を貰っている」

 そこまで喋ると、ノアはもう話すことはないと言わんばかりに閉口した。

 アクアがいつも首から提げている銀色の首飾りを手に取る。

「ノア君の誕生日は初めて孤児院にきた日なんだけど、その日が偶々わたしの誕生日だったの。だから、ノア君は『終焉の日』生まれってわけじゃないよ」

「……その、すみませんでした……」

 立ち入ったことを訊ねてしまったステラは、気まずそうに謝罪した。

 ノアは短く息を吐いて首を横に振る。

「気にするな。どうせ何時かは知る事だ」

「それに、わたしはそのことが嫌なわけじゃないよ?だって、こうしてみんなと出逢えたもの」

 アクアは柔らかく微笑んでステラを見つめた。いつもよりもさらに優しく見えるのは、恐らくステラの気の所為ではないだろう。

 そのおかげでステラの気持ちは少し軽くなったが、この雰囲気をどうしたものかと全員が思案しているところに、先程も聞いたオーソドックスな呼び出し音が鳴り響いた。

「はーい!……見てくるね?」

「あぁ」

 イリスはこれ幸いとばかりに玄関に向かった。

「誰だろ、こんな時間に?」

 特に来客の予定があった訳でもないので、不思議に思いながら玄関の扉を開けた。

「…………んばんゎ………」

 扉の先には、私服であろう黒を基調としたゴシック風のデザインに白いフリルやレースの付いた服と、同じデザインのカチューシャ――所謂ゴスロリと呼ばれる服装に身を包んだアリスが、常とは違い主であり幼馴染みでもあるアルベルトを連れず(普段は連れ回される側だが)、一人で手から白い紙袋をぶら下げていた。

「……アリス?どうしたの、こんな時間に?」

 予想だにしていなかった客人に、イリスは首を傾げた。

「………レン………る……?」

 話し慣れていないからか、アリスは黒い前髪に隠された瞳を右往左往させながら呟いた。

「?………あっ、お兄ちゃん?ちょっと待っててね」

 イリスは断片的にしか聞き取れなかった呟きに一瞬眉を寄せたが、すぐに誰に会いに来たのかを察してパタパタとリビングに駆けていった。

「お兄ちゃん、アリスが……」

「へっ?なんだろ……?」

 アレンはキョトンとしながらもすぐに玄関に向かった。

「よう、アリス。どうかしたのか?」

「アレン……」

 アレンを見てほっとしたのか、アリスの表情は心なしか柔らかくなっていた。

「………これ……」

 アリスはそれだけ言うと、持っていた白い紙袋をアレンに差し出した。

「なんだ、これ?」

「……アップルパイ……焼いたの……アレン、お誕生日だから……」

 ゆっくりではあるがアレンとは視線を合わせて話せるようで、身長差から見上げる形になる為普段目を覆っている前髪が少し流れて、その奥から綺麗な灰色の瞳が覗いていた。

「そっか、ありがとな」

 アレンが優しく笑ってアリスの頭を撫でると、アリスは気持ち良さげに目を閉じる。

「……いい……いつものお礼……」

「そっか。アルベルトは?」

「した……」

 どうやら寮の前で待っているらしい。

「あいつも来ればいいのに。今みんなで飯食ってるんだけど、なんなら一緒に食べてくか?」

 アリスはふるふると首を振る。

「やめとく……アルは、嫌がるから……」

 でも、と続けて、

「アップルパイの材料……アルが、買ってくれたの……」

 嬉しそうに小さく微笑んだ。

 言わんとしていることを察して、アレンはニヤッと笑う。

「じゃあ、これは二人からってことでいいか?」

 アリスはこくりと頷いた。

「……そろそろ……行く……アル、待ってるから」

「あぁ。サンキューって言っといてくれ」

 再び頷いてくるりと背を向けて歩き出したアリスは、不意に何かを思い出したかのように立ち止まって振り返った。

「ん、どした?」

 首を傾げるアレンに、振り返った際にふわりと揺れた黒い髪とは対照的な顔が緩んだ。

「………お誕生日……おめでとう」

 どこかデジャヴを引き起こさせる言葉と表情に、アレンはやはり柔らかく微笑み返す。

「わざわざありがとな。気を付けて」

「うん……おやすみなさい……」

 ゆっくりと歩いていく少女が角に消えるまで見送って、アレンは中に待たせているであろう客人達のところへ戻っていった。

「あっ、戻ってきた。アリス、なんだったの?」

 中に戻ると、自分が作った料理を食器に山盛りにしているイリスが目に入った。

「……アップルパイ、焼いて持ってきてくれたんだよ。誕生日プレゼントだってさ」

 パーティーが始まる前は正直七人前にしては作り過ぎだろうと思っていたが、この光景を見る限りそれは杞憂に終わりそうだった。

「へぇ~。あっ、そうだっ」

 アレンのそんな考えを余所に、イリスは思い出したかのように手を合わせた。

「ちょうどいいから、いまからプレゼントターイムっ!」

 突然そう言って立ち上がると、イリスは部屋の隅に置いていた袋から薄めの大きな箱を取り出した。

「はいっ、お兄ちゃん。わたしからの誕生日プレゼントっ」

 イリスはニッコリ笑いながらその箱を差し出した。

「おっ、開けてもいいか?」

「うんっ」

 アレンが早速受け取った箱を開けると、

「おぉっ!」

 中には運動用の半袖シャツと長い丈のパンツが入っていた。

「お兄ちゃんがいま使ってる鍛錬用の服もう結構ボロボロだったから、新しいのを作ったの」

「サンキュー!ちょうどそろそろ買い替えようと思ってたんだよ!」

「よかったぁ」

 大喜びしているアレンを見てイリスはへにゃっと微笑んだ。

「アレン」

 不意に呼び掛けたノアが、包装紙に包まれた少し小さめの箱を差し出した。

「剣の手入れ用品だ。切らしていただろう?」

「あぁ。サンキュー」

 なんとも実用的だが、実にノアらしいプレゼントだと思ってそれを受け取る。

「僕のはそんなにいい物じゃないですけど……」

 控えめ無言葉と共に、リオンが拳大ほどの大きさの箱を差し出した。

 アレンがそれを開けると、樹皮で出来た紐の先端に、綺麗な新緑色の小さな鉱石が嵌め込まれたネックレスが入っていた。

「風の御守りです。首から提げるタイプなんで、邪魔にもならないと思いますよ」

「ありがとな」

「じゃあ、わたしからはこれ」

 ニカッと笑ってお礼を言うと、アクアが柔らかい微笑みを浮かべながら底の厚い大きな箱を持ってきた。

「サンキュー……って重いな。何が入って……」

 箱を開けたアレンは、不意に言葉を詰まらせた。

「……ノア、今年は付いていかなかったのか……?」

「………嫌に重いとは思ったのだが……済まん」

 アクアに聞こえないように訊ねると、ノアは申し訳なさそうに溜め息を吐いた。

「……?二人ともどうしたんです――う゛っ」

 リオンが額に手を当てている二人に首を傾げながら箱を覗くと、中から厳つい筋トレ道具達が天を仰いでいた。

「ちょっと前に商業区に行った時に、新しいお店ができてたの。アレン君が持ってる物もだいぶ古くなってると思って」

 顔を引き攣るリオンの後ろで、アクアはにっこり微笑んだ。

「イ、イリス先輩……?」

 リオンはさっぱり飲み込めない状況の説明を求めた。

「……アクアってね、変なとこで天然なの。最初なんか数学の問題集だったし……」

 溜め息を吐くイリスの脳裏に、無邪気な笑顔に嫌とも言えず、さらに解いたかどうかの確認までされるので泣く泣く数字を書き込んでいく幼いアレンの姿が浮かび上がった。

「あ、ありがとな、アクア?」

 流石に折角のプレゼントを断る訳にもいかず、アレンは苦笑いを浮かべながらお礼を言った。

(っていうか、これは違うんじゃ……?)

 この中で(自分を含めて)最もまともな(・・・・)人物だと思っていたアクアに、リオンも苦笑いを隠せなかった。

「あっ、あの!アレン先輩!」

 不意に、弾けるような声が飛び込んできた。

 全員が声のした方を向くと、ステラが少し幼い端正な顔を真っ赤にしながら、淡いピンク色の紙袋を抱えていた。

「こ、こここれ!どどどどどうぞ!」

 余程緊張しているのか、ステラは(ども)りながらそれを突き出した。

「おっ、サンキュー!開けてもいいか?」

「…………!」

 嬉しそうに笑い掛けたアレンに、ステラは既に真っ赤な顔からさらに火を噴いた。

「そ、その……わ、私、こういったものは初めてで、どんな物を差し上げれば良いのか分からなかったので……」

 期待に胸を膨らませながら袋の中から箱を取り出すアレンの前で、ステラは落ち着かない様子で視線をあちこちに移しながら、ウェーブの掛かった濃い茶髪をクルクルと細い人差し指に巻き付ける。

「……おぉっ!」

「い、以前カフェに行った時に、アレン先輩が頼んでいるのを思い出したので、作ってみました……」

 アレンが箱を開けると、中から真っ白なクリームに覆われた小さな円いケーキが現れた。クリームの上には真っ赤なイチゴが幾つかちょこんと乗っていて、中央には白い文字で『ハッピーバースデイ』と書かれたチョコのプレートが置かれていた。

「すげぇー!ありがとな、ステラ!」

「いっ、いえ……!」

 アレンの屈託のない笑顔に、ステラは恥ずかしそうに顔を俯かせた。

「ねっ、だから大丈夫だって言っただろ?」

 小声で話すリオンにコクコクと頷くステラの表情からは、安堵と至福の笑みが零れていた。

「…………」

 それを横目で眺めていたシャルの耳に、

「じゃあ最後はシャルだねっ」

「―――っ!」

 突然イリスの何かを含んだような声が聞こえてきた。見ると、何やら満面の笑みを浮かべている。

「おっ、シャルは何をくれるんだ?」

「えっ?あっ、その……」

 シャルはそれをジトッと睨んだが、アレンが声を掛けてきたので慌てて視線をそちらに向けた。

「えっ、と……その……じ、実はね……」

「ん?」

 心中でわざとらしい笑みを向けているイリスを呪いながら、シャルはどうしたものかと視線を右往左往させる。しかしこのままでは埒が明かないことは解っているので、

「実は、その……」

 まるで突然砂漠にでも迷い出たかのように口の中が急速に渇いていくのを感じながら、意を決してようやく言葉を捻り出す。



「……ち、注文してたやつがまだ来てなくて、悪いけどまた今度渡すわ」



 申し訳なさそうに、小さく笑った。

「なんだ、じゃあしょうがないな」

 アレンは少し残念そうな声を返した。

「ま、まぁ良いじゃない。どうせファンクラブの子達からも貰ってるんでしょう?」

 シャルはそう言うと、気付かれない程度に足早にその場を離れる。

「シャル……?」

「ごめんなさい、ちょっと御手洗いに行ってくるわ」

 心配そうに声を掛けたイリスが見た表情は笑顔だったが、いつもの力強いものとは程遠かった。



    †   †   †



 その後もイリスの料理に舌鼓を打ちながら笑い話をしたり、来週のクエストの確認をして楽しい一時を過ごした七人は、流石に夜も更けてきたということで、一通り部屋を片付けて解散した。

 別の寮に住んでいる四人を先に帰らせて残った洗い物や部屋の掃除をしていたアレン達も、先程全てやり終えて各々の部屋に戻っていた。

「…………」

 薄いピンクの寝間着に着替えたシャルは、リビングのテーブルに腰掛けながらどこともなくぼーっと視線を漂わせていた。入浴後の為普段着けている髪留めを外して、濡れたままの長く鮮やかな緋色の髪を腰まで下ろしている。

「…………はぁ」

 既に何度目かになる溜め息を吐いたが、部屋の空気を重くするだけで一向に身体の中に溜まっているモヤモヤを晴らしてはくれなかった。

 明日も勿論授業を控えている為そろそろ髪を乾かしてベッドに潜り込まなければならないのだが、如何せんその気が起きず、気が付けば何をするでもなく椅子に座って半刻が過ぎようとしていた。

(………何やってんのかしら、私)

 そんなことを考えながら、髪と同じ緋色の瞳をキッチンにある冷蔵庫に向け、その中で出番を貰えず未だに待機し続けているモノを思い浮かべて、またしても溜め息が口から漏れてしまった。

(意気地無し……)

 三つも年下の少女が勇気を振り絞ったというのに、肝心な時に臆病風に首を絞められて全てをフイ(・・)にしてしまった自分が、あまりにも情けなかった。

(こんな筈じゃ、無かったのにな……)

 何よりも、この日の為に色々と協力してくれた二人の友人達に対して会わせる顔が、どこを探しても見当たらない。見当たる筈もなかった。

(あれ、どうしよう……)

 再び溜め息を吐いて、それ(・・)の処理に悩む。

 思い切って渡せれば良いのだが今更過ぎてそれも出来ず、かといって折角作った物を捨てるのは勿体ない。

 しかし日保ちする物ではないので早めになんとかしなければならないことを考えると、残った選択肢は限られてくる。

(……いっその事、食べちゃおうかしら……?)

 半ばヤケ食いのようになってしまうかもしれないが、それが現状では最善に近いのかも知れない。勿論逡巡せずにとっとと渡せばそれで万事解決なのだが。

 結局その方法しか思い浮かばず、冷蔵庫から少し大きな白い箱をテーブルに運んだ。

 箱を開けると、中からステラが渡した物よりも一回り大きなイチゴのショートケーキが現れた。

(……改めて見ると、ちょっと歪ね……もっと綺麗に作れなかったのかしら?)

 先程見た茶髪の少女のケーキは傍から見ても綺麗な円形をしていて、装飾も完璧だった。食べてはいないが味の方も言わずもがなだろう。

 それと比べると、やはり自分のケーキは一歩も二歩も劣って見える。

「……っていうか、何で選りにも選って被るのよ。まぁ、悪気は無いんだろうけど……」

「何がだ?」

「―――っ!?」

 心臓が口から飛び出る。

 そんな表現がシャルの頭を過った。

 思わず胸を押さえながら後ろを振り返ると、半袖のシャツと短パンに着替えたアレンが首を傾げていた。

「な、何勝手に入ってるのよ!?」

「いや、何回呼んでも出なかったから………おっ?」

 後頭部を掻くアレンの黄金色の瞳が、テーブルに置かれたケーキを捉えた。

「あっ、ちょっ、こ、これは――!」

 それに気付いたシャルは顔を赤くしながら慌ててケーキを背後に隠した。

「なんだよ、やっぱりあるじゃん、プレゼント」

「えっ?」

 しかし、アレンの言葉に思わずそんな声を上げた。

「………し、知ってた、の……?」

「んー、なんとなくな。お前ってほとんど嘘吐かないけど、吐く時は絶対俺の顔見ずに笑うし」

「うそっ……!?」

 よもや自分にそんな癖があったとは思ってもみなかった。

「ほんとだって。何年幼馴染やってると思ってるんだよ。なぁ、食ってもいいか?」

「えっ?あっ、ちょっ……」

 言うが早いか、素早くケーキを奪ったアレンは、シャルの返事を待たずに付属されていたフォークで一欠片だけ口に運んだ。

 もぐもぐと味わって飲み込み、一言。

「………あまっ」

「うっ、うるさいわね!ちょっとお砂糖を多く入れ過ぎちゃったのよ!」

 途端にシャルは顔から火を噴いて声を荒らげた。

「ふ、ふんっ!ステラが作ったやつはさぞ美味しかったんでしょうね?」

「あぁ、すげー美味かった」

「………っ!」

 皮肉を籠めた台詞をあっさりと肯定されて、思わずムッとする。が、

「でも、シャルが作った料理の中じゃ、これが一番美味い」

「えっ………」

 顔から爆発音が聞こえた。ような気がした。

「………ば、ばか……!褒めてないわよ、それ……!?」

 少し拗ねたような口調だったが、嬉しさが端から滲み出ていた。

 顔を赤くしたまま隣に腰掛けて横目で窺っていると、アレンはそのままケーキを勢い良く掻き込んでいった。

 先程夕食の後にステラのケーキを食べ、恐らくアリスのアップルパイも食べただろうに、その勢いは一向に衰えない。

 やがて半分ほどが食器から消えた時、シャルは再び口を開いた。

「………ねぇ、アレン?」

 まだ頬が熱いのが解るので、視線は上に向ける。

「んー?」

 口にケーキを含んだまま返事をする幼馴染みに、今度こそ素直に想いを伝える。



「………お誕生日、おめでとう」 



 その口調は、柔らかかった。



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