第二部 第133話 沈まない距離
虚無界が軋む。
深く。
静かに。
黒い海。
墓標のように刺さる剣。
沈んだ王国。
全部。
ゆっくり落ちていた。
墓底の王。
細い身体。
鎖。
杭。
剣。
終わりそのものが。
そこに立っている。
だが。
初めて。
半歩。
下がった。
『……触れていない』
低い声。
壊れた響き。
『なのに』
少し間。
『近い』
沈黙。
翔は煙を吐く。
右手を見る。
指先。
届いていない。
そのはず。
だが。
少しだけ。
感覚が違う。
近い。
いや。
違う。
“遠くない”。
静かな声。
「……分からん」
小さい。
独り言。
士郎が横目だけ向ける。
低く。
「使えんのか」
翔は少し沈黙。
短く。
「まだ」
少し間。
「妙だ」
士郎が鼻を鳴らす。
「十分だ」
踏み込む。
沈む距離。
終わる空間。
真正面。
拳。
轟音。
また届かない。
沈む。
終わる。
だが。
ほんの一瞬。
違和感。
近い。
翔の目が細くなる。
右手。
僅かに動く。
指先。
届かない。
その直前。
空気が揺れた。
ほんの少し。
沈んだ距離が。
鈍る。
士郎の拳。
今度は。
僅かに掠めた。
墓底の王の肩。
鎖が鳴る。
黒い海が軋む。
墓底の王が止まる。
初めて。
明確に。
沈黙した。
『……妙だ』
低い声。
壊れた響き。
『終わりへ沈まぬまま』
少し間。
『近付くか』
翔は答えない。
右手を見る。
煙が細く揺れる。
触れていない。
なのに。
ほんの少し。
近い。
笑う者が少し笑った。
『嫌だね』
少し間。
『少しずつ』
翔を見る。
『意味が薄くなる』
士郎が低く息を吐く。
肩を回す。
「なら」
静かな声。
「殴れるまでやる」
次の瞬間。
墓底の王の周囲。
突き刺さった剣が。
ゆっくり。
浮き始めた。
黒い海が。
深く。
静かに裂けた。




