第二部 第125話 墓の底の怪物
奈落の底。
音だけが響く。
重い。
遅い。
だが。
近付いていた。
黒い海が軋む。
沈んだ王国。
折れた剣。
崩れた塔。
全部。
わずかに震えている。
士郎は動かない。
視線だけ落とす。
目を細める。
低く。
「……随分と出るのが遅いな」
翔が煙を吐く。
奈落を見る。
少し間。
「重い」
短い。
「沈み過ぎてる」
笑う者が珍しく笑わない。
黒い穴を見る。
『あれは沈んでるんじゃない』
静かな声。
少し間。
『押し込まれてる』
沈黙。
士郎が目だけ向ける。
「誰にだ」
笑う者は肩を竦めた。
『王達かな』
軽く言った。
だが。
冗談じゃない。
『沈んだ連中が』
少し間。
『最後に、あれだけは下に落とした』
虚無界が。
わずかに軋む。
そして。
現れる。
指。
巨大だった。
王より細い。
だが。
長い。
骨のような。
黒く痩せた指先。
奈落の縁を掴む。
続いて。
腕。
肩。
頭。
ゆっくり。
這い上がってくる。
異様だった。
人型。
だが。
人間には見えない。
細い。
痩せている。
空洞だらけ。
身体の至る所に。
剣。
鎖。
杭。
無数に突き刺さっている。
封じられていた。
そう見えた。
翔の煙が止まる。
少し間。
「……変だな」
静かな声。
「壊れてない」
短い。
「死んでもいない」
笑う者が黒い怪物を見る。
珍しく。
少しだけ声が低い。
『終わりの残り滓』
少し間。
『沈んだ王達が、一番恐れたもの』
怪物が。
ゆっくり。
顔を上げる。
顔。
と呼べるか分からない。
目がない。
口も曖昧。
なのに。
確かに。
こちらを見ていた。
そして。
初めて。
声が落ちる。
低い。
古い。
壊れた声。
『……また』
少し間。
『壊れないものか』
沈黙。
士郎が目を細める。
少し観察する。
そして。
低く息を吐いた。
「知ってる口だな」
黒い怪物が。
わずかに首を傾げた。
『似ている』
少し間。
『壊されなかったものの匂いがする』
風のない世界で。
黒い海だけが。
深く軋んだ。




