第二部 第74話 ひと時の安堵
風だけが。
吹いていた。
◇
もう。
誰も叫ばない。
◇
鐘も。
怒号も。
ない。
◇
ただ。
終わった。
◇
それだけだった。
◇
民達が。
呆然と立ち尽くす。
◇
老人。
母親。
子供。
◇
誰も。
動かない。
◇
信じられない。
◇
終わった。
◇
あの領主が。
死んだ。
◇
本当に。
終わった。
◇
翔が、煙草を指で弾く。
◇
灰が落ちる。
◇
静かな声。
◇
「飯」
◇
少し間。
◇
「まだあるか」
◇
笑う者が、頭を抱えた。
◇
『空気!!』
◇
『今すげぇ空気だったろ!?』
◇
士郎が、少し吹き出した。
◇
「だな」
静かな声。
◇
「腹減った」
◇
その時。
◇
小さな声。
◇
「……あの」
◇
子供だった。
◇
あの。
肉を見ていた子供。
◇
震えながら。
士郎を見る。
◇
翔を見る。
◇
怖い。
◇
でも。
目を逸らさない。
◇
「ありがとう……」
◇
小さい声。
◇
母親が、慌てて頭を下げる。
◇
「す、すみません……!」
◇
震えた声。
◇
「でも……!」
◇
涙が。
少し零れる。
◇
「助かりました……」
◇
沈黙。
◇
一人。
◇
また一人。
◇
頭を下げ始める。
◇
老人も。
店主も。
兵に怯えていた人達も。
◇
恐怖。
畏怖。
感謝。
◇
全部。
混ざっていた。
◇
笑う者が、少し止まる。
◇
『……あれ?』
◇
『感謝されてる』
◇
士郎が、少し眉を寄せた。
◇
慣れてない。
◇
違和感。
◇
少し間。
◇
そして。
鼻で笑う。
◇
「礼は飯でいい」
静かな声。
◇
笑う者が、数秒止まる。
◇
『結局飯!?』
◇
翔が、煙を吐く。
◇
静かな目。
◇
少し間。
◇
「酒も」
静かな声。
◇
民達が。
一瞬。
止まる。
◇
そして。
誰かが。
小さく笑った。
◇
張り詰めていた空気が。
少しだけ。
解けた。
◇
遠く。
城が。
静かに沈黙していた。
◇
王を失った国。
◇
その長い混乱は。
まだ終わらない。
◇
だが。
◇
何かが。
少しだけ変わり始めていた。




