第126話 黒天
魔王城北部戦線。
◇
静寂。
ほんの一瞬だけ。
戦場が止まっていた。
◇
理由は一つ。
シグルドの剣が、西園寺士郎へ届いたから。
◇
頬を流れる血。
かすり傷。
それだけ。
◇
それでも。
十分異常だった。
◇
兵士たちが震える。
「傷を……」
「黒き災厄に……!」
希望。
絶望の中で、初めて見えた可能性。
◇
しかし。
シグルドだけは理解していた。
◇
避けられていた。
防げていた。
なのに。
士郎は受けた。
◇
士郎は血を拭う。
黒い瞳。
獰猛な笑み。
◇
「悪くねぇ」
その瞬間。
轟音。
黒い靄が爆発した。
◇
シグルドが即座に後退する。
速い。
それでも。
士郎はさらに速かった。
◇
踏み込み。
拳。
超近距離。
◇
シグルドが剣で受ける。
轟音。
白銀の剣が軋む。
地面崩壊。
◇
兵士たちが吹き飛ぶ。
リゼが叫ぶ。
「だから規模ぉ!!」
◇
ガレスが笑いながら乱入する。
巨大斧。
真正面。
「一人占めしてんじゃねぇ!!」
◇
斧が振り下ろされる。
士郎は笑った。
歓喜。
◇
拳。
激突。
轟音。
衝撃波で空気が裂けた。
◇
ガレスの腕が痺れる。
それでも。
笑みは深くなる。
「最高だテメェ!!」
◇
その時。
空中。
数百の魔法陣。
ミリア。
蒼い魔眼。
◇
「拘束する」
静かな声。
次の瞬間。
無数の光鎖が士郎へ放たれる。
◇
超級拘束術式。
古代禁呪級。
◇
鎖が士郎の身体へ絡みつく。
空間固定。
重力封鎖。
魔力圧縮。
◇
兵士たちが歓声を上げる。
「止めた!!」
「今だ!!」
◇
しかし。
士郎は笑っていた。
黒い瞳。
歓喜。
◇
「いいな」
次の瞬間。
黒い靄が膨張する。
轟音。
◇
拘束術式が砕け散った。
空間そのものが割れる。
◇
ミリアの蒼い魔眼が揺れる。
「……ッ!」
◇
その瞬間。
アッシュが背後へ回る。
神速。
槍撃。
◇
士郎の死角。
完璧なタイミング。
◇
それでも。
士郎は振り向かない。
◇
肘打ち。
轟音。
◇
アッシュの槍が弾き飛ばされる。
灰色の瞳が揺れる。
◇
士郎は笑っていた。
完全に。
戦場そのものを楽しんでいる。
◇
その時。
頭の奥で、また声が響く。
『壊せ』
『殺せ』
『喰らえ』
◇
士郎の笑みが、僅かに歪む。
◇
黒い靄が濃くなる。
空気が重くなる。
◇
ミリアが気づいた。
蒼い魔眼。
険しい顔。
◇
「まずい……」
シグルドも察する。
「あの力がまた——」
◇
それでも。
士郎は止まらない。
歓喜。
戦闘。
殺気。
◇
全部が、内側の“何か”を刺激している。
◇
そして。
次の瞬間。
黒い靄が空へ噴き上がった。
轟音。
◇
空が、黒く染まり始める。
◇
兵士たちが震える。
「な、何だ……」
「空が……」
「黒い……!」
◇
黒雲。
重力異常。
空間軋み。
まるで。
世界そのものが悲鳴を上げていた。
◇
エレノアの赤い瞳が揺れる。
「……早すぎる」
アルシアも笑みを消す。
◇
あれはもう、普通の魔力暴走じゃない。
◇
“世界侵食”。
◇
士郎の存在そのものが、周囲を書き換え始めている。
◇
その時。
士郎が空を見上げる。
黒い天。
歪む世界。
◇
そして。
獰猛に笑った。
◇
「最高だ」




