第115話 魔王の器
黒い雨が降っていた。
国境都市レグナス。
崩壊した街。
悲鳴。
炎。
そして。
空間そのものを歪める黒い靄。
◇
中心に立つのは。
西園寺士郎。
◇
赤黒い瞳。
揺れる黒い魔力。
以前より明らかに濃い。
まるで。
“人間”という枠から溢れ始めていた。
◇
アッシュが血を吐きながら立っている。
槍は半壊。
呼吸も乱れている。
それでも。
灰色の瞳は、まだ死んでいない。
◇
士郎はそれを見て笑った。
「まだやるか?」
歓喜。
ただ。
その声に、以前とは違う重さが混ざっていた。
◇
リゼが顔をしかめる。
「……なんか変」
グランも士郎を見る。
「圧が増してる」
◇
その時。
士郎の黒い靄が膨れ上がる。
轟音。
重力暴走。
周囲の建物が勝手に崩壊し始めた。
◇
兵士たちが絶叫する。
「街が……!」
「近づくだけで潰れる!?」
◇
士郎本人は気づいていない。
いや。
制御できていない。
◇
エレノアが険しい顔になる。
「限界が近いわね……」
アルシアも笑みを消していた。
紅い瞳。
真剣。
◇
その時。
アッシュが槍を構える。
血まみれ。
それでも。
英雄として立つ。
◇
「西園寺士郎」
低い声。
「お前は危険だ」
静寂。
◇
士郎は笑う。
けれど。
少しだけ苛立っていた。
「今さらか?」
「違う」
アッシュの灰色の瞳。
真っ直ぐ士郎を見る。
◇
「お前自身が、壊れ始めている」
空気が止まる。
◇
リゼの顔色が変わる。
エレノアは黙ったまま。
否定しない。
◇
士郎の黒い瞳が細くなる。
「……何が言いたい」
その瞬間。
黒い靄が爆発的に膨張した。
轟音。
地面陥没。
兵士たちが吹き飛ぶ。
◇
アッシュが歯を食いしばる。
「それだ」
「お前、もう制御できてないだろ」
静寂。
◇
士郎は答えない。
ただ。
拳を握る。
違和感。
確かにある。
力が増え続けている。
しかも。
止まらない。
◇
その時。
頭の奥で声が響いた。
『もっと壊せ』
静寂。
◇
士郎の瞳が揺れる。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
◇
リゼが気づく。
「……士郎?」
◇
次の瞬間。
士郎は笑った。
無理やりみたいに。
「上等だ」
黒い靄が膨れ上がる。
歓喜。
狂気。
全部混ざる。
◇
「壊れるほど強くなれるなら」
赤黒い瞳。
獰猛な笑み。
「最高じゃねぇか」
◇
エレノアが目を伏せる。
アルシアも黙る。
二人とも理解していた。
◇
西園寺士郎は今。
“魔王の器”では終わらない場所へ、進み始めている。
◇
その瞬間。
空が裂けた。
轟音。
巨大魔法陣。
◇
全員が顔を上げる。
リゼが息を呑む。
「……まだ来るの?」
◇
空から。
無数の光が降ってきていた。
聖騎士団。
魔導師団。
そして。
その中心。
◇
銀髪の女。
蒼い魔眼。
膨大な魔力。
◇
十三英雄。
大賢者ミリア。
◇
彼女は士郎を見下ろし、静かに呟く。
「……確かに怪物ね」
蒼い魔眼が細くなる。
「なら、ここで消えてもらうわ」




