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第九章 牢獄の影と転生者の囁き

 石造りの地下牢は、湿り気を帯びた冷気が常に漂い、壁には苔がじっとりと這っていた。

 そこに囚われた聖女リリアナは、粗末な寝台に腰を下ろし、両手を膝に重ねていた。豪奢な聖女衣は没収され、いまは囚人服に身を包んでいる。それでも背筋は折れず、瞳には諦めの影すら見えない。


 「……まだ終わっていないわ」

 囁きは、闇に沈む牢内で確かに響いた。唇は笑んでさえいた。


 やがて、鉄扉が重たく開く音がした。松明の炎が揺れ、近衛が恭しく道を空ける。そこに現れたのは、王太子ユリウス。


 「聖女リリアナ。ずいぶん余裕だな」


 殿下は冷徹な眼差しで彼女を見下ろし、歩み寄る。リリアナは少しも怯まず、牢の格子越しに視線を合わせた。


 「殿下こそ、こんな牢に自ら足を運ばれるとは。……私を見捨てに来たのかしら?」


 「いや」

 殿下はかすかに笑みを浮かべ、低く囁いた。

 「お前、転生者だろう」


 牢内の空気が張り詰めた。リリアナの眉が一瞬だけ動く。


 「……何を根拠に?」


 「物語の筋書きと違う動きをしていた。本来の“リリアナ”はもっと狡猾で、もっと緻密に罠を張る。お前の振る舞いは、中途半端だ。まるで筋書きをなぞりながら、時折、迷っているように見えた」


 リリアナは数秒の沈黙ののち、ふっと笑みを漏らした。

 「なるほど。なら、そういう殿下も転生者なのね」


 「……」


 「だって、筋書きだの本物だの……そんな言葉、転生者でもなければ出てこないわ。……本当に、馬鹿馬鹿しい話」

 リリアナの声は皮肉に満ちていたが、その奥にある確信は隠しきれなかった。


 殿下は鉄格子越しにリリアナを見据え、目を細めた。

 「馬鹿馬鹿しい話かもしれん。だが、お前の目の鋭さは本物だ。少なくとも、泣いて縋るだけの聖女よりは、はるかに使い道がある」


 リリアナは小首を傾げ、面白そうに笑う。

 「使い道……? 私を道具として雇うつもり?」


 「正確には――城の暗部に斡旋する」


 牢獄にいた近衛たちがざわついたが、殿下の一瞥で全員が沈黙する。

 「表で『聖女』を演じたお前には、裏で『影』を担ってもらう。策略、謀略、人心の操作。お前ほど適任な者はいない」


 リリアナは目を細めた。その瞳には怒りではなく、むしろ愉悦が宿っている。

 「なるほど。牢で朽ち果てるよりは、よほど楽しそうね」


 殿下はわずかに口元を歪めた。

 「そういうことだ。……選べ、リリアナ。牢で聖女の亡霊として消えるか、それとも影として生き、私の盤上に加わるか」


 短い沈黙ののち、リリアナはゆっくりと立ち上がった。格子に手をかけ、その目を殿下へと向ける。


 「答えは決まっているわ。……私はまだ、この物語を終わらせるつもりはないもの」


 殿下は頷き、近衛に命じる。

 「鎖を解け。こいつは今日から“影”として扱う」


 鉄の枷が外れた瞬間、リリアナは再び自由を手にした。だがその自由は、かつての「聖女」としてのものではなく――王国の暗部を担う「影」としての役割だった。


 牢を後にする二人の背後で、松明の火が揺れた。

 新たな物語の歯車が、静かに回り始めたのである。

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