第八章 舞踏会の断罪劇
学園の舞踏会は、華やかであると同時に厳粛な意味を持っていた。
王国を支える次代の子女が、礼儀作法や社交の技量を披露する試験でもあるからだ。
生徒たちは舞踏に、会話に、細心の注意を払い、教師たちはその様子を記録していた。
その舞台に突如として、冷たい声が響いた。
「セレナ・エルディア嬢、ここで貴女の罪を断罪させていただく!」
振り返った視線の先に立っていたのは、騎士団長の息子。背後には宰相の息子、大臣の子弟、そして聖女リリアナが控えていた。
「なんですって……?」
セレナは眉一つ動かさず、冷ややかに問い返す。
宰相の息子が一歩前に出て声を張り上げた。
「この国に必要なのは、冷酷な悪役令嬢ではない! 民に愛され、精霊王に選ばれし聖女リリアナ様こそ、未来の王妃にふさわしい!」
その言葉に、会場がざわめく。
「聖女様が妃に……?」
「なるほど、清らかな聖女なら国も安泰だろう」
教師たちですら互いに顔を見合わせ、困惑を隠せなかった。
騎士団長の息子がさらに追い詰める。
「セレナ嬢は入学式の翌週、授業中にリリアナ様を罵倒した!」
「試験前日には彼女の教科書を捨て去り、学習を妨害した!」
「そして先月の舞踏練習の折には、階段から突き落とそうとした!」
リリアナは涙に濡れた瞳を伏せ、震える声で訴える。
「本当です……セレナ様に意地悪なんてしてほしくなかったのに……」
次々と並べられる“罪状”に、会場の視線はセレナを責め立てるものへと変わっていく。
「やはり悪役令嬢か」
「王妃など務まるはずがない」
そんな声がさざ波のように広がった。
セレナは扇を手に、ただ冷ややかに立っていた。
「証拠もなく、私の名誉は奪わせませんわ」
その毅然とした声は、逆に冷たさを強調し、噂を信じやすい耳には“高慢な否定”と映った。
その時だった。
「――そこまでだ」
会場の中央に歩み出たのは王太子レオン。
彼はゆっくりと群衆を見渡し、静かな声で言い放った。
「王太子妃を決めるのは、噂や涙ではない。ましてや、証拠もない断罪劇など茶番にすぎぬ」
「殿下……!」とリリアナが縋るような視線を向ける。だがレオンは彼女を一瞥しただけだった。
「授業中の件は、礼儀を正しただけだと複数の証言がある。教科書については、当時セレナは別室にいたと証明されている。階段の件など論外だ――セレナはその時間、図書室に記録を残している」
淡々と突きつけられる事実に、取り巻きの顔色が変わった。
「そんな……!」
「で、ですが……!」
レオンは冷たい笑みを浮かべ、言葉を畳みかける。
「証拠もなく一人を断罪しようとするなど、王国の秩序を乱す背信行為だ。……この私の妃を貶めようとしたその行為、重く受け止めてもらう」
ざわめきが広がり、観衆の目は一気に逆転する。
「殿下がそこまで言うのなら……」
「やはり仕組まれた茶番だったのか」
リリアナは蒼白になり、声を震わせた。
「わ、私はただ……殿下のためを思って……」
しかし、殿下はその言葉を遮るように冷ややかに命じた。
「近衛。彼女らを連れて行け」
騎士たちが即座に動き、リリアナと取り巻きを拘束する。
抵抗の声は虚しく響き、やがて重い扉の向こうへと消えていった。
静まり返る会場で、レオンはセレナの隣に立ち、観衆に向かって宣言した。
「皆、余興は終わりだ。ここからは学び舎らしく、礼と舞を楽しもう」
セレナは扇を閉じ、毅然と前を向いた。
「場を乱しましたこと、お詫び申し上げますわ。どうか、このあとはごゆるりと」
その一言に、張り詰めていた空気が和らぎ、音楽が再び流れ始めた。
舞踏会は何事もなかったかのように幕を閉じたが――その裏で、確かに勢力図は大きく塗り替えられたのだった。
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