第四章 王立学園の門出
春の風が新緑を揺らす中、王立学園の門が大きく開かれていた。
ここは王国の未来を担う子弟が集う場所。貴族の子女はもちろん、特待生として選ばれた才ある平民、そして――例外的に聖女リリアナのような存在も入学を許される。
その日の注目の的は、やはりセレナだった。
青いリボンを結んだ公爵令嬢は、新入生代表として壇上に立ち、澄んだ声で宣誓を読み上げる。
「我ら新入生は、王国の未来を背負う者として、知と礼を磨き、この学び舎に恥じぬよう努めることを誓います」
彼女の姿勢は揺るぎなく、扇を持つ手すら一切の乱れを見せない。その凛とした態度に、上級生も下級生も自然と背筋を伸ばした。
観覧席の片隅では、すでに在学している殿下が、その姿を誇らしげに見つめていた。
(さすがはセレナ。……やはり、君こそが私の隣に立つべき人だ)
だが隣に控える側近アルバートは苦笑をこぼす。
「殿下、式典の最中に何度セレナ様を褒めました?」
「……何度だ?」
「三十七回目です」
「……お前、気持ち悪いぞ」
「王族らしくしてくださいよ!」
そんな囁きが、荘厳な式典の場でひっそり交わされていた。
一方で、もうひとりの入学生――リリアナの存在も人々の話題に上っていた。
白いドレスに身を包んだ彼女は、聖女として国に特別に認められた平民の少女。成績は中の上程度だが、その儚げな美貌と涙を含んだような瞳が人々の庇護欲をくすぐる。
「まあ……あの方が聖女リリアナ様」
「平民なのに、特別に? やっぱり特別な力があるのね」
憧れの視線と羨望、そして僅かな嫉妬が入り混じる。
セレナはその様子を冷静に見つめていた。
「……なるほど。人の心を掴むのが上手なお方ですこと」
横に控えるエマがそっと囁く。
「セレナ様、言葉にはお気をつけくださいませ。……聞かれてしまいます」
「ええ、心得ておりますわ」
扇を口元に添え、彼女は笑う。その笑みは冷ややかで、世間には「悪役令嬢らしい」と噂される所以だった。
式典が終わると、早くも奇妙なさざ波が学園の中に広がり始めた。
「セレナ様が、聖女リリアナ様を見下していた」
「入学早々、嫌味を言ったらしい」
実際にはただの観察と一言の評でしかなかったが、彼女の口調と立場ゆえ、尾ひれがついて囁かれていく。
殿下はそれを耳にして、ほんのわずかに目を細めた。
(……やはり来たか。この“物語”の流れ)
学園という新たな舞台は、華やかさの裏に早くも陰を孕んでいた。
悪役令嬢セレナと、聖女リリアナ。
二人の少女を巡る噂は、やがて大きな波となって王国全土に広がっていくのだった。
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