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第三章 聖霊院にて

 王都の中心にある公爵邸の庭園は、今宵も青薔薇が咲き誇っていた。

 夜風に揺れる花弁は月明かりを受けて青白く光り、幻想的な光を放っている。


 その中に立つセレナの姿は、凛として美しかった。

 十五歳の今や、彼女は王都中に「冷酷で高慢な公爵令嬢」として知られている。


 侍女に一切の妥協を許さず、所作が乱れれば扇で机を叩き、厳しく叱責する。だがその侍女たちは数年後には必ず一流の礼儀作法を身につけ、どの家門からも喜んで採用された。

 下級貴族の令嬢に礼儀を「教えてあげた」こともある。けれど高位の流儀を押しつけすぎたその指導は、周囲には的外れに映り、鋭い口調は「いじめ」と噂された。


 ――世間は彼女を悪役令嬢と呼ぶ。だが本質は、己にも他人にも妥協を許さない厳しさ、それだけのことだった。


 背後に控えるのは、いつも寄り添う侍女エマである。

「セレナ様、今日はお加減はいかがですか?」

 静かに声をかける彼女に、セレナはふっと笑みを返した。

「ええ。……八歳のときのように熱で倒れたりはいたしませんわ」


 その一言とともに、胸の奥に幼い日の記憶がよみがえる。


 ――八歳の誕生日を少し過ぎたころ。

 本来ならば、その日に精霊院へ赴き、聖女判定を受けるはずだった。

 国に一人だけ現れる聖女は、精霊王に選ばれた“愛子”。選ばれた乙女は国の安泰を背負い、敬われ、守られる存在になる。

 それは幼い彼女にとっても夢のような未来であり、家族も誇らしげに支度を整えていた。


 だが当日の朝、セレナは高熱に伏せていた。

 「次に受ければよい」と母は慰めてくれたが、その後も判定の受け直しは立ち消えとなり、やがて光魔法を使える庶民の娘リリアナが聖女として発表された。

 そのときから、セレナは心のどこかに「私は選ばれなかった」という影を抱いてきた。


 (あれ以来、私は……ずっと外側にいる)


 扇を閉じて瞳を伏せた瞬間、青薔薇の花弁がひとひら風に舞い、頬をかすめた。

 エマは見なかったふりをして、ただ静かに従者の立ち位置を守る。


 やがて、庭園の石畳を歩む気配が近づいた。

 隣に立ったのは王太子レオン。月明かりに映える銀の髪は静かに揺れ、冷ややかな眼差しを花々へと注いでいた。


「長い式典になる。……疲れたら合図をしてくれ」

 低く囁かれる声は冷徹さを纏っていながら、その裏にわずかな優しさが潜んでいた。


 セレナは瞼を伏せ、気丈な笑みを浮かべる。

「ありがとうございます、殿下。私は大丈夫ですわ」


 その微笑みは、周囲には決して弱さを見せまいとする気高さそのものだった。

 だがエマには、仮面の下に隠された揺らぎが見えていた。


 荘厳な夜の庭園の中で、二人の間に流れる感情はまだ形を持たない。

 信頼と呼ぶには幼く、疑念と呼ぶには脆い――そんな不確かな揺らぎだけが、確かにそこに息づいていた。

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