Yami
エリザベスは、二人の盗賊が路地を騒がしく歩いていくのを目で追っていた。その道は町の奥深く、目立たぬ場所へと続いていた。まるで普通の家に見えるその建物は、実のところ、金に目が眩んだ腐敗した者たちが巣食い、女たちを弄ぶための隠れ家だった。
彼女の心に、あるいは胸に、鈍い痛みが走った。それは、人の血をその手に宿したあの瞬間の感覚が再び蘇るような感覚だった。顔には出さなかったが、心優しく世界に微笑む“本来のエリザベス”が、自ら作り上げた仮面の中で少しずつ体の動きに違和感を与え始めていた。まるで二つの人格が一つの肉体を共有しているかのように。元のエリザベスは感じ、記憶していた…だが今のエリザベスには、迷う余裕も、何かを感じる余地もなかった。少なくとも、そう思っていた。
そのとき、彼女の足元で乾いた葉が一枚、カサリと音を立てた。盗賊たちが一瞬振り返る気配があったが、すぐに「風だろう」とでも思ったのか、気にせず歩き続けた。
彼らが入っていったのは、一見して何の変哲もない家だった。周囲の風景と溶け込むような平凡な外観。だが、まさにその「普通さ」が、表の顔と裏の顔を隠すにはうってつけの隠れ家だった。
エリザベスは息を潜め、鼓動を抑え、風や闇、空気そのものと同化するように気配を殺した。家の壁に空いた小さな穴から、彼女は中の様子を窺い、耳を澄ませた。その家はあまり手入れされていないらしく、音も漏れやすかったのが幸いだった。
「孤児院のガキども、売り飛ばしちまうか?」 「へっへっへ、バカめ、あのシスターはオレのもんだ」 「またどっかの貴族が買ってくれると思うか?ハハ、あいつ拷問好きらしいぜ」 「ヒャハハハハ!」
下劣で、腐りきった声が聞こえてくるたびに、エリザベスは無意識に眉をひそめ、手にした武器の柄を強く握りしめた。かつて読んでいた物語のように、正義の味方が現れ、魔法の雷光で悪を懲らしめ、兵士たちが連行し…そんな都合のいい展開は、この世界には存在しなかった。
この世界はもっと…残酷だ。
国家は「英雄」を作り出し、時には異世界から子供を召喚してまで、国民の目を欺き、戦争や虐殺の現実から目を逸らさせる。そして、英雄たちは「象徴」となり、同時に敵国の格好の標的にもなる。
「はぁ…」
エリザベスは深く息を吐き、家の窓からそっと離れた。これ以上、あの醜悪な会話を聞き続けていれば、耳が腐ってしまいそうだった。
やがて彼女は、町の中央にある広場へと歩みを進めた。世界は変わらずに回っていた。冒険者の数こそ増えていたが、民衆は少なく、どこか冷たい空気が漂っていた。それでも、世界は動き続ける。良かれ悪しかれ。
だが――今のエリザベスには、やるべきことがなかった。
とりあえず、誰にも見つからないように孤児院の近くで休める場所を探すことにした。そして、彼女は一本の茂みに身を潜める。そこは風を避け、人目も遮れる隠れ家だった。
夜空の下、エリザベスはそっと横たわった。
目を閉じ、ただ、少しだけでも眠ろうと…そう思った。




