再生の森
私の名前は雪奈、16歳の女子高生だ。平凡な一日を生き抜くことに全力を尽くしている。今日も教室に入ると、周囲の視線が一斉に私に向けられた。そんな視線には慣れているが、心の奥底にはチクチクとした痛みが残る。
授業が終わり、帰宅部の私は早々に家に帰ることにした。静かな住宅街を歩きながら、今日も何事もなく過ごせたことにホッとしていた。しかし、その平穏は突然の地震によって打ち破られた。
「地面が...揺れてる……?」驚きと恐怖が私を襲った。地面が激しく揺れ始め、建物が軋む音がする。ガラスの割れる音が響き、瓦が崩れ落ちる。人々の悲鳴が交差し、混乱が広がっていく。足がすくんで動けない。
「逃げなきゃ……」恐怖に押し潰されそうな感情を振り払うように、自分に言い聞かせる。しかし、地震の揺れはますます激しくなり、道路はひび割れ、電柱は次々に倒れていく。体を這わせて近くの公園へ避難しようとするも、突然落ちてきた大きな瓦礫がその行く手を遮る。恐怖に体が支配され、その場で動けずにいると、突然強い衝撃が体を襲った。私の意識は遠のいた。意識が遠のく中、母親の顔が浮かび、まだ生きたいという強い願いを抱いたが、体はもう言うことを聞かなかった。暗闇が次第に迫り、私は深い眠りに引き込まれていった。
暖かな光が瞼の裏に差し込み、私はゆっくりと目を開けた。すると、見慣れない緑と青の光景が広がっていた。「これは夢……?それとも……」自分に問いかけながら、何も持っていない手に意識を向けた。、手のひらに感じる微かな風や、肌に触れる草の感触が、夢ではなく現実であることを強く訴えかけていた。それでも、手のひらの感触は現実味を帯びており、どこにいるのか分からないという恐怖が胸を締め付けた。
慎重に立ち上がり、周囲を見渡すと、高くそびえる古木が立ち並び、下草が生い茂っている。鳥のさえずりと遠くから聞こえる小川のせせらぎが、自然の豊かさを感じさせた。周りには色とりどりの花々が咲き誇り、まるで絵本の中に迷い込んだかのような光景が広がっていた。しかし、その美しさの中でさえ、心の奥底にある不安と恐怖が消えることはなかった。見知らぬ場所にいるという現実が、冷たい手で私の心を掴んで離さなかった。
私はその場に立ち尽くし、目を閉じた。心の中で、母親のぬくもりを思い浮かべ、懐かしむことで、恐怖から逃れようとした。しかし、現実は逃れることなく、再び緑と青の光景へと引き戻された。
夢ではないことを確かめるために、私は地面の土を手に取り、その冷たさとざらつきに驚いた。しかし、その現実感が逆に私を混乱させた。次に近くの木の葉をちぎり、鼻に近づけて深く息を吸い込んだ。葉の青々とした香りが肺に広がり、ますます現実味を帯びてくる。「これが夢じゃないなんて……」と呟きながら、私は何度も目を閉じ、再び目を開けた。そうこうしている時だった、古木に触れた瞬間、手のひらから温かいエネルギーが広がるのを感じた。まるで木が私に語りかけているかのような不思議な感覚に包まれた。「一体、何なの……?」胸の奥に冷たい影が忍び込み、しかしその影の先には小さな灯火が揺れているのを感じた。手のひらから伝わる温かさが、その灯火を少しずつ大きくしていく。「まるで、この木が私に何かを教えようとしているみたい……」心の中で絡み合う感情に包まれながら、手のひらに注視した。その感覚が自分の中にある何かを呼び覚ますような気がしてならなかった。しかし、その感覚は儚い夢のように消え、静けさだけが残った。
風が止まり、森の中が静寂に包まれ、まるで大きな何かが近づいているような不穏な気配が漂い始めた。木々のざわめきが止み、鳥たちの歌声も途絶えた。その静寂の中で、心臓の鼓動が一層大きく響いた。あたりがだんだんと暗くなり、影が深まっていく。まるで森全体が暗闇に飲み込まれるかのように、昼間の光が次第に薄れていく。不安が静かに募る中、辺りの様子が徐々に変わっていくのを感じ取った。
遠くからオオカミの遠吠えが聞こえてきた。耳をすませると、その音は次第に近づいてくるようだった。「何かが……近づいてくる?」胸の中に不安が沸き上がり、心臓が早鐘のように打ち始め、恐怖が全身に広がっていくのを感じた。第六感が危険を警告している。恐怖が心を締め付ける中、私は身を低くして周囲を見回した。
近くの茂みに身を潜め、その間から様子をうかがった。やがて、闇の中から光る目がじっとこちらを見つめているのが見えた。「あれは…なに?」と心の中で絶叫しながら、悲鳴を必死に堪えた。心臓が激しく高鳴り、恐怖と混乱が入り混じった。目の前には圧倒的な存在が迫っており、その視線から逃れる術もなかった。
一匹のオオカミのような存在がゆっくりと姿を現した。普通のオオカミとは比べ物にならないほどの筋肉質な体躯で、毛並みは深い黒色。月明かりに照らされると青白く輝き、まるで闇夜の中に幽玄な影を落とすかのようだった。鋭い牙が月光にきらめき、その冷徹な目が私を凍りつかせた。琥珀色に輝く瞳は、全身を震え上がらせるほどの威圧感を放っていた。オオカミの目が私をじっと見つめ、その視線に身がすくむ。草むらが微かに揺れ、夜風が冷たく感じられた。「やばい、どうしよう……!」どうしようと頭の中を駆け巡るが、冷静さを保とうと深呼吸を繰り返した。しかし、オオカミは低く唸り声を上げながら近づいてきた。その動きはまるで影のように滑らかで、鋭い爪が地面を引き裂く音が響いた。
オオカミが突然私に向かって突進してきた。私は驚きと恐怖で一瞬身を固めたが、反射的に身を翻して逃げ出した。心臓が破裂しそうな勢いで鼓動し、息が苦しくなる。恐怖が全身を支配し、頭の中が真っ白になる。走りながらも、恐怖と絶望が心に広がり、冷静さを失っていた。全速力で走り出す中、私は枝をかき分け、木の根を飛び越えながら必死に逃げたが、オオカミはそのまま追いかけてくる。
私は必死に走り続けたが、足がもつれ、ついに地面に倒れ込んだ。鋭い石が肌に食い込み、痛みが全身に走った。息が乱れ、胸が締め付けられるように苦しくなる。「まだ……死にたくない……」恐怖が全身を支配し、頭の中が真っ白になる。逃げることさえままならない状況に、絶望感が私を襲う。
必死に逃げようとするが、疲労が蓄積された足はまるで鉛のように重く、微かに震えるばかりで、一歩も前に進むことができなかった。オオカミが再び近づいてくるのを見て、手近な石を掴み、必死に振り回した。「来ないで……!」と叫ぶも、オオカミは怯むことなくゆっくりと迫ってくる。冷たい爪が私の足に食い込み、痛みが全身を貫いた。反射的に口から悲鳴がこぼれ落ちる。どうにか逃れようと必死にオオカミを振り払おうとするが、その力は強大だった。
突然、鋭い音が響き渡り、オオカミが一瞬怯んだ。どこからか声が聞こえてきた。「そこから離れて!」私は一瞬戸惑いを隠せなかったが、痛みに耐えながら少しずつ後退した。すると森の暗闇から、一人の女性が木々の間を飛び越えて姿を現した。
彼女のシルエットは月明かりに照らされ、まるで幽玄な影のように浮かび上がる。深いブラウンの髪が風に揺れ、肩までの長さに切りそろえられた髪がきっちりとまとめられている。彼女の耳には、小さな銀のイヤリングが揺れ、月光を反射して微かにきらめく。
彼女が私の前に着地した瞬間、地面にしなやかに足をつけ、その姿はまるで一瞬の静寂を破るかのようだった。
驚きと安堵が胸に広がり、命の危機から解放される希望が見えた。彼女は短剣を構え、流れるような動きでオオカミに立ち向かった。その攻撃はまるで舞うように優雅で、短剣の刃が空気を切り裂く音が響く。彼女の動きに合わせて、木々の葉が揺れ、土埃が舞い上がっているように見えた。その光景に私は一瞬息を呑んだ。
オオカミは痛みの波に襲われたのか、低く唸り声を上げた。その唸りはまるで地の底から響いてくるかのように深く、震えるように伝わってきた。鋭い琥珀色の瞳には怒りと苦痛が混じり合い、その視線は凍りつくような寒さを感じさせた。オオカミの筋肉質な体が緊張し、一瞬のうちにその巨大な爪が閃く。地面を引き裂くように振り上げられた爪は、月明かりの中で鋭く光り、まるで冷たい刃物のように冷酷な輝きを放った。しかし、女の子は足を軽く蹴り上げ、身軽に宙を舞うことで見事にかわし、反撃の一撃を繰り出す。その動きは風のように軽やかで、目にも留まらぬ速さだった。その光景に釘付けになりながらも、自分の置かれた非現実的状況に不安が押し寄せた。
彼女は冷静に呼吸を整え、次の一撃に全神経を集中させた。彼女は重心を低くし、地面に近づくように身をかがめた。その姿勢から一気に前に飛び出し、短剣を首に鋭く突き出した。そのあまりにも美しく強かな攻撃が私のまぶたに焼き付いて離れなかった。
オオカミは彼女の攻撃を受けて、その鋭い目が一瞬の痛みに曇り、体が揺らいだ。彼の黒い毛並みは月明かりに照らされ、青白く輝いていたが、今はその輝きが失われつつあった。その様子を見つめながら、心の中で「どうして助けてくれたのか?」「ここはどこ?」という不安や安心が入り混じり、同じ言葉を話せるのかという疑問が頭を駆け巡った。
オオカミの足元がふらつき、重心が崩れた。鋭い爪が地面を掻きむしり、土埃が舞い上がる。彼の呼吸は荒く、痛みと疲労が全身を襲っていた。オオカミの体は徐々に力を失い、ついにその場に崩れ落ちた。私は自分が生き残ったことに対する安堵と、これからどうすればいいのかという不安が入り混じった感情に包まれた。
オオカミの目はまだ鋭く光っていたが、その光は次第に薄れていった。彼の体は重く、地面に沈み込むように倒れた。彼の黒い毛並みは、今や血に染まり、痛々しい姿をさらしていた。
彼女はゆっくりと私のもとに歩み寄り、優しく腕を差し出して立ち上がらせてくれた。
彼女をよく見ると、瞳は明るい緑色で、太陽の光が当たるとまるで森の中に隠されたエメラルドのように輝きを放ち、その視線は冷静さと知性を感じさせる。軽装のアーマーと革製のジャケットは光を受けて、その質感がより鮮明に浮かび上がる。腰には使い込まれた短剣がささっており、その刃が反射して鋭い光を放つ。しなやかな革のブーツは深い茶色で、泥や汚れが付着しているが、光が当たることでその履きこなしが一層際立ち、数々の冒険の痕跡がよりくっきりと見える。
太陽の光が当たると…?
私はハッとし周囲を見回した。いつの間にか暗闇が消え去り、太陽の光が森を照らしていた。オオカミと出会ってからそれほど経っていないはずなのに...戦闘が終わったことによるものなのか、それとも別の理由があるのか、考えが巡る。風がそよぐと森の木々がざわめき、鳥たちのさえずりが聞こえてきた。その音が、戦闘の終焉を静かに知らせるようだった。
「大丈夫か?」その言葉が耳に届き、思考の渦から現実に引き戻された。私は痛む足を引きずりながらも小さく頷いた。「何とか……助けてくれてありがとう」
その瞬間、胸の奥に込み上げてくる安心感と共に、涙がじんわりと目に浮かんだ。恐怖と安堵が入り混じり、心がぐらつくような感覚に陥る。私は視界のぼやけた目で彼女を見つめた。
「おいおい大丈夫か?それよりなんでこんなところに一人でいたんだよ?」彼女が尋ねると、私は息を整え、心の中の混乱を抑えながら答えた。「目が覚めたらここに立ってて、私にも何が何だか分からなくて……」。自分の声が震え、言葉を絞り出すようにして話す。恐怖が再び胸に押し寄せた。
彼女は一瞬言葉を失ったように立ち尽くし、困惑の色を浮かべた。彼女の眉間に小さな皺が寄り、しばらく沈黙が流れる。何かを考えるように視線を下げた後、再び私の方を見つめ、その目には優しさが宿っていた。
「それは……大変だったな」と、彼女はゆっくりとした口調で言葉を紡ぎ出した。彼女の言葉には、彼女自身も同じような経験をしたことがあるかのような重みが感じられた。
「アタシも一人でここに来たんだ……」と彼女は言い、一息ついた。「この場所は危険だから、安全な場所に連れて行ってやるよ」と言って、私を支えながら歩き出した。
私たちが歩き始めると、彼女は少しずつ自分の話をしてくれた。「名前はセルナ。あんたの名前は?」
「雪奈です。」と私は答えた。
「ユキナね……変わった名前だな。」
「変わった…名前…」私は少し動揺してしまい微かにだが、しかしハッキリと喋ってしまった。知らない世界に来た可能性を感じ、不安が胸を締め付けた。
「けど君に似合ういい名前だな、ユキナ。近くの村まで一緒に行ってやるからそれまでの間、よろしくな!」とセルナは微笑んだ。
歩きながら、頭の中では今日起きた事がまだ整理できずにいた。私はきっと頭が疲れていたのかもしれない。私は思わず質問を紡いでしまった。
「セルナちゃんはどうしてこんな危険な場所に一人でいるの?」
言葉が口をついた瞬間、自分が何も考えずに発言してしまったことに気づき、胸がドキリとした。焦りと後悔の感情が一瞬で胸に広がったが、もう後には戻れなかった。
彼女は少し躊躇した後、ゆっくりと語り始めた。「少し前に色々あってさ。今は一人で居るんだ。ここにいたのはさっきの影狼を倒すクエストを受けてたからさ」
「そっか……」影狼のことや色々あったという事情を聞きたいことは沢山あったが今は先ほどみたいに何も考えずに喋りだしてしまいそうで聞き出せなかった。
「そんなことより今はここを抜け出すのが先決だろ。それと、セルナちゃんって呼ぶのはやめてくれないか。セルナでいい。」
「ごめんなさい、セルナ。わかったわ。」私は少し笑いながら、柔らかい声で答えた。
私たちが歩いていると、風が顔を撫で、木々のささやきが耳に届く。その先に待つまだ見ぬ冒険を、私はこの時知る由もなかった。そして、あの不思議な感覚が再び私の心を捉えた。これはただの始まりに過ぎないのだと。
読者の皆様お読みになってくださりありがとうございます。
初めての執筆になりますのでまだ拙い文章ではございますが皆様の心に訴えかけられる物語を
雪奈とセルナ達と共に作っていけたら幸いです。