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魔女が空から落ちてきた(1)

 最近は一日中豪雨なんていう悪天候が何日も続いていたが、それまでの不調を取り戻すかのように、今日は朝から太陽が眩しく顔を見せている。こういう日を平和と言うのかもしれないなどと考えながら、俺は机に突っ伏して陽光に沈む自身の意識を手放しつついた。

「…い、おーい。…ったく、いつまで寝てんのよ、うりうり」

 微睡の中、俺を夢世界から引きずり出したのは、むにむにと頬をつつく細い指だった。

 久しぶりに暖かく天気のいい日なのだ、少しは昼間の休憩時間に惰眠を貪りたくなる気持ちを理解してほしくなるものだが…今しがた俺の無防備な寝顔に悪戯をしてきたこの女、サラ・デマーテルは、それを理解しておきながら頬をつねってしまう、少し意地の悪い人間だったらしい。

「んっ…んん…何だよもう、人が気持ちよく寝てんのに…ふぁあ」

 気怠さの乗った重い体をゆっくり起こし、軽く伸びをしながら応対する。サラはにへらと白い歯を覗かせながら、悪びれもせずに右頬を軽くつっついてくる。

「いやぁ、グリムの寝顔が可愛くってね?ついむにりたくなってしまったのだよー」

「むにるな」

「あはっ、まぁイタズラしたのは謝るけどさぁ、時間の方は大丈夫なのかな?午後の魔導生物学、もうすぐ始まっちゃうよ」

 時計を見ると、針は十二時五十六分を指していた。残念だがサラの言う通り、まもなく昼休みが終わる。仕方なく席を立ち、教科書を取りにロッカーへ足を運ぶ。

「未だ友達の少ない俺に『一緒に教室行こう』って誘ってくれたサラさん、優しい、可愛い、マジ天使…いやぁそれほどでもあるよぉ」

「俺が思ってもいないことを代弁した風に言うな…ってかお前一緒に教室行こうだなんて言ってなかっただろ。おい何自分の発言にツボってんだ、なぁおい」



「ほらぁ、早く早くー。置いて行っちゃうぞー」

「分かったって、今行くから。…はぁ、入学早々に友人ができたのはいいけど、お前との付き合いは少し疲れるな」

「むぅ、本人がいる前で疲れるとか言っちゃいけないんだぜ?ふふん、これだけ献身的に話しかけてあげているのはあたしくらいなのだから、少しは感謝したまえよ、グリム・ライナー君?」

「はいはい、いつも気にかけてくれてありがとうございますよ」

 ため息交じりに答える。サラは俺と生まれ育ちが同じで、よく一緒に遊んでいる…簡単に言えば幼馴染だ。昔から誰にでもこんな感じに明るく接し、その性格が味方して友人も多い。少々世話焼きであるところが俺にとっては苦手で、正直疲れるという思いを芽生えさせているが、悪戯好きである点も含め彼女のことを悪いように感じたことは一度もない。彼女のことを悪くは思っていない、そこに嘘はないのだが…


「サラちゃん可哀想…あんな男にずっと付き合ってて…何か弱みでも握られてるんじゃない?」

「しーっ、聞こえちゃうよ」

「でもさでもさ、グリムって子アレなんでしょ?ほら、『魔女』って噂…」

「ちょっと、マジで怒られっから…」


 …彼女の隣にいて「申し訳ない」と感じることは、何度もある。彼女自身に問題があるわけではない。矛となる視線は常に片割れである俺に向けられていた。地元ではこんなことは無かったのだが…お上りの人間とはいえ、異邦人はこんなに爪弾きにされるものなのだろうか。いちいち陰口に反応することもなく、俺とサラは廊下を歩く。

 俺に対して囁かれている「魔女」という呼称は、いわゆる異世界からの来訪人を指すものだ。

 誰かが呼び出しているのか、神様の気まぐれなのか…原理は全く判明していないが、この世界には時々異世界人が出現する。外見に大きな差はなく、そうと言われなければそれが魔女だと分かる者はまずいない。しかし持っている性質は大きく違うようで、「こちら側」の住人であればほとんどの人間が扱える魔力を、彼らは操ることができない。代わりに「眷属」と呼ばれる魔物を従えているらしく、その魔物を駒にしてよく争っていた。ただ迷い込んだのか、それともどこからか侵略しに来たのか…魔女についての詳細は誰も知らないが、戦闘に巻き込まれて壊滅した都市の数々が、今でも「奴らは悪魔だ」と叫んでいる。


「…気にしなくていいからね。グリムは魔女なんかじゃないって、私信じてる」

「…ああ。ありがとう、サラ」

「なに、またグリムを庇ったあたしまで疑われるとか考えてんの?心配すんなってぇ、あたし意外に腕っぷし強いからさ」


 こうして血に染まった厄災の歴史を背景に、世界中の政府が教会を通じて、魔女と思しき者に対し審問を始めるようになった。そうして魔女だと判定が出たら、本人が何を言おうがその日のうちに処刑される。連れて行かれる人の中にはまともに魔法が使えない子供や病人、昨日まで民衆の前で演説をしていた政治家だって含まれていた。要するに理由は関係ないのだ。隣にいるやつが魔女かもしれないと余計な恐怖を抱える人々、事態に紛れて権力を持つ者を消そうとする下衆。この世の腐った膿みたいなものが、魔女の存在をきっかけに爆発している。

 …実質魔女の私刑が世界中で可能となってしまったこの時代に、魔女の疑いがかけられても処刑されずに生活している俺は幸せなのかもしれない。いや、本当は神様に感謝しなければいけないほどありがたいことなのだろう…まさに奇跡とでも言うべきことだ。「ちゃんとした正義感」を持っているサラに守ってもらってはいるものの、彼女の立場が日に日に危うくなっていることは想像に容易い。彼女に対して罪悪感と劣等感を抱く毎日を送る中で、いっそのこと魔女として俺が処刑されてしまった方が、サラも俺自身も幸せになれそうだなと思うようになっていた。

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