前戯・禁錮にて
守衛の男二人に両腕を掴まれていた私は、やがて地面に放り出される。起き上がろうとするも、長い間栄養を摂っていなかったせいで上手く力が入らない。加えて守衛が首枷につけられた鎖を引っ張るせいで、私の試みはすぐ地に伏せる。無様に這う私を見つめる醜い笑顔達を、今も身体中を駆け巡る痛みを…この先何があっても忘れることはできないだろう。
蹴られていた。
殴られていた。
罵られていた。
いつも同じ。私を取り巻く人々の目は、私を同じ人間として見ていない。このちっぽけな命ひとつを、悪魔達は日々の鬱憤を晴らすかのように刺し、炙り、沈めていた。受け入れて、受け入れて、受け入れ続けて…けれども幾度となく裁かれる。身体の髄が燃え尽きるまで業火に晒されても、錘と共に三日三晩水の底に沈められても、
私が決して死ななかったから。
どれだけの苦痛を体験しようと、この世界の「何か」は私の死を認めてくれない。人々が怒りのままに私を殺しても、私の体と精神がこの世から消え去ることだけは、絶対になかった。数十数百の処刑を試し、ただの一つも彼女の死に届かないことを悟ると、やがて民衆の憤怒の炎は鎮まり、無闇に傷をつけようとする者は一人としていなくなった。人々は次第に恐怖心を加速させていき、いつからか死なない私をどうにか遠ざけようと画策し始め、果ては地下に封印されることとなった。
いくら死なないとはいえ、冷たい石畳と鉄格子以外に何も存在しない空間は、人が人であるための要素をゆっくりと壊していく。案外孤独というのは、生物を殺すことに秀でているらしい…皮肉なことにこの環境こそが、これまで民衆が与えていたどんな処刑よりも、私の体と心を蝕んだ。
食糧が運び込まれることはない。暇つぶしに読む本もない。話し相手になりそうな人間もいない。蝋燭の灯りが揺らめいているが、それもじきに消えてしまうだろう。時折鼠が子を連れて牢の前を横切るが、近づこうとするとチチッと悲鳴を上げて逃げてしまう。何者にも見捨てられてしまったような気分だけが、ずっと私の中に巣食っていた。
そして幾千もの季節が過ぎ去った今、私はとうに朽ち果てた体で、それでもまだ生き延びていた。ずっと昔に蝋燭の火は潰えている。暇つぶしに歌を口ずさんでみても、秒数を数えてみても、結局は一日も保たない。そんな虚ろな毎日を過ごす中で、ふと誰かの記憶に在りたいという思いが込み上げる。憎まれてもいい、蔑まれてもいい。誰も寄り付こうとしないこの牢にいる自分を、とにかく覚えていてほしかった。
きっかけのない波打つ感情に呼応する。使い方を忘れかけた声帯を震わせ、私は虚空に話しかけた。
「私の罪は…終わらない」
「…けれど、もし」
「もし、人が私を許したなら」
「その時まで、」
「その時が来ても、」
「その時が過ぎ去っても、」
「変わらずそこに、居てくれる?」
「親愛なる、私の…」
その言葉は誰にも届かない。静かな灰色の部屋に放たれた声は、鉄格子を吹き抜ける冷たい風にかき消される。
稚拙な文章を読んでくれて、ありがとうございます…。
幼少期から妄想するのが趣味でして、今回初めてこういった形で書いてみました。
更新がいつになるかは分かりませんが、覗きに来ていただければ感謝歓迎です。