ハーゲット領の息子③
昼下がり、買ったパンをかじりながらベンチに座っている。
「ハーゲット領主殺害事件。これ読んだか?」
「ええ、もちろん。」
俺は新聞の見出しを指さして言った。
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【ハーゲット領主、息子により残虐に殺害される】
昨日未明、ハーゲット領の城内で、領主カルロス・ハーゲット氏(44)が自身の息子ウィリー・ハーゲット氏(9)によって殺害される事件が発生した。
現場に最初に到着した憲兵の証言によると、カルロス氏の遺体には200箇所を超える刺し傷が確認され、「凄惨な光景だった」と述べている。
事件の動機や詳細な経緯については現在調査中だが、父子間に何らかの確執があったのではないかと見られている。
ハーゲット家は代々この地域を治めてきた名家であり、今回の事件は地域社会に大きな衝撃を与えている。当局は引き続き捜査を進めるとともに、市民に対して不審な人物を見かけた場合の通報を呼びかけている。
本紙は今後も事件の進展について随時報道していく。
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彼女の体が痙攣するように震え、顔を俯かせたまま唇が震えている。
「実に、実に…」
かすれた声が闇を切り裂く。
突如、彼女の体が捻れるように動き、顔を上げる。
頬は紅潮し、目は焦点の定まらない恍惚の表情を浮かべている。
「美味だったあああ!!!」
絶叫とも嬌声ともつかない声が部屋中に響き渡る。
その瞬間、空気が重くなり、異様な雰囲気が満ちる。
彼女の舌が唇を舐める。その動きは蛇を思わせる。
「愛憎による不幸は実に美味…♡ しかもここまでのは久しぶり…♡」
人の不幸を主食にする種族『鬱喰』
超常変異によって突然生まれる希少種である。
吐息まじりの言葉が漏れる。
その声には、人間離れした悦びが滲んでいる。
テネシアの目は虚空を見つめ、瞳の奥で何かが蠢いているようだ。
「ウィリーには悪いことをしちゃったな。」
―――
「噂?」
「そうだ!噂!」
旅人であるためよく利用するのは激安大衆居酒屋。
お世辞にもマナーがなっている人間が多いとは言えない。
飲んでいたら腹の出たおっさんが絡んできた。うざい。
「兄ちゃんたち旅人だろう。ここの領主のカルロス・ハーゲットについてのくろ~いU・WA・SA!!」
「興味ない」
「いや聞くわ」
テネシアが何故か乗り気で聞いた。
ええ、絶対に胡散臭い。ただのこの人の作り話だって。
おっさんによるとカルロスは人身売買に絡んでいるという噂があるらしい。
「なるほど…。私は調べてみる価値があると思う。」
えー。うーん。確かにこいつの嗅覚はかなりいいけどさ…。
凄く乗り気にならない。
「ちょ、あんたなんでそんなにやる気ないのよ?」
「えー、だって明らかに胡散臭いって。しかも、ここの領主って凄いみんなから慕われてるって話じゃん。ただの嫉妬だと思うけどなー」
なんとかごねるが、
「そういう人間ほど裏の顔があるってもんよ。確実にね。」
そしてその後、噂の調査をしつつ、見事にカルロスに恩を売ることに成功した。
そして彼の屋敷に住まわせてもらうことになったわけ。
まあ、そこからはテネシアの計画に従っただけなのだが。
―――
屋敷に来てから一日が経過した。
やはり私の見立て通りこいつは何かある。
住み込みのメイドはざっと10人ほど。
その全員がおそらく9歳~12歳程度の少女ばかり。
これは小児性愛者の傾向があるといっていいでしょうね。
成人女性では無く少女を侍女にするのはあまりに非効率的。
まあただの性癖だと言われればそれだけなのだけど。
これ以上は実際に聞かないと分からないわね。
推測もやり過ぎるとただの妄想になる。
「ん」
皿洗いをしているメイド…。彼女でいいか。
「まだ小さいのに偉いわね」
彼女に話しかけた。
「は、はい。恐れ入ります。」
怯えているのかしら。屋敷の外部の人間である私に。
「あなたは何がきっかけでここで働いているの?」
「………自らの志願でございます。」
ふむ、なるほど。まあ流石に言わないわよね。
でも、駆け引きは嫌いだからこちらから仕掛けよう。
「今日はあなたの当番だそうね」
「! な、なんのこと…でしょうか…?」
おや?これは…。
「いえ、先ほどカルロス殿が言ってたでしょう。あなたに大声で。今日の皿洗い当番はあなたなのね。」
「あ、はい。そうです…。」
ふん。大体予想は合ってるわね。
―――
夜の闇が屋敷を包み込む頃、私は息を殺してアイリスの部屋の前の廊下に身を潜めていた。
靴音が近づく。
「どこへ行くの?こんな夜中に。」
私の声に、アイリスは飛び上がらんばかりに驚いた。
薄暗い廊下で、彼女の姿が浮かび上がる。
9歳のメイドにあるまじき艶めかしい姿。
唇は濡れたように光り、甘い香りが漂う。
「夜更かしは美容の大敵よ?」
言葉とは裏腹に、私の声は冷たく響いた。
「えっと、その…」
アイリスの声が震える。
「カルロスの部屋に行こうとしてたのかしら?」
その瞬間、アイリスの瞳に恐怖が走った。彼女が何かを言いかけたその時—
「アイリス?何をしている?」
突如、カルロスの声が闇を切り裂いた。
廊下の向こうから、彼の姿が現れる。
緊張が空気を満たす。
「たまたま廊下で彼女と出会ったのよ。こんな時間に何をしているのかと。」
私の言葉に、アイリスの体が微かに震えるのが分かった。
カルロスの笑顔は完璧だった。
「ああ、彼女はこの屋敷に来てまだ日が浅い。なので業務についてこうしてまだ教えなければいけないのです。」
「こんな時間に?」
私の問いかけに、一瞬の沈黙が流れる。
「このような時間でなければ、彼女は暇がありませんから。」
カルロスの言葉は滑らかだったが、その目は冷たく光っていた。威圧感が私を包む。
「でも、そうだな。アイリス今日は辞めにしよう。また次だ。テネシア様のご厚意に感謝するんだぞ。」
「はい、旦那様。」
アイリスの返事は小さく、震えていた。
カルロスの足音が遠ざかる中、廊下に残された私とアイリス。
闇の中で、言葉にできない緊張が私たちを包み込んだ。
「………話を聞いてもいいかしら?」
彼女の、アイリスの部屋に来た。
やっとウィリー視点じゃなくなりました。
こっからは基本的にこの二人の視点から物語を楽しんでいただけたらと思います。