悪いことは重なるもので
私は夏がわりと嫌いだ。
夏は別れの記憶が多すぎるから。
給湯器が壊れた。
当たり前だけど水しか出ない。真夏で良かったと思うけれど、このまま我慢してどうにかなるものではないので、やっぱり良くはないのだ。
でも困ったな。直すにも交換するにもお金がかかる。
そんなお金、逆立ちしても出てこない。
世知辛いなあ……生きてゆくのはどうしようもなくお金がかかる。
そして――――大抵最悪のタイミングでやってくるのだ。
なんとか先輩に泣きついてバイト代の前借りをさせてもらった。
いくつかの約束と引き換えに。
これでまだ死ねなくなってしまった。
頑張って生きて 生きて 働かなければ!
先輩にはお世話になりっぱなしだ。
ありがたい。本当にありがたい。
翌日の深夜、大好きだった叔母が亡くなったと連絡があった。
もうずいぶん会ってないけど、お正月に画面越しに少しだけ話したことを思い出す。
相変わらず綺麗で――――私の憧れで――――ようやく夢を叶えて――――子どもの自慢話をしていたのに――――
あんなに楽しそうに話していたのに信じられなくて。信じたくなくて。
旦那さんと子ども以外には病気のことも余命のことも話していなかったらしい。
お正月の時にはすべてわかっていて、お別れも身辺整理も全部済ませて――――
いつものように 普段通りの笑顔で――――静かに逝ってしまった。あの人らしいけど少しだけ寂しくて――――少しだけ羨ましかった。
お葬式もしないしお墓にも入らないから何も気にせず来る必要もないからと言われて――――
私は――――私は少しだけホッとしていた。
最低だな。
もちろん来てくれと言われても行けない。今の状態で四国まで行く旅費もなければバイトや学校を休むことなど出来ない。それは私の物理的な死を意味するから。
冷たいシャワーを浴びながら、心の芯まで冷え切ってゆくような気がした。
色んなことを諦めてきたからだろうか、私は失うことにわりと冷たくて薄情だ。
私は結局涙一つ流さなかった。
その日、業者の人から連絡があった。
土曜日に工事してくれるそうだ。
こんな時なのに、ホッとしている私はどうかしている。
きっと私の感情はどこか壊れているに違いない。いや、最初からか。
ボロボロで壊れかけのタブレットでお絵描きをした。
どんな疲れていても、悩んでいても、絵を描いている時は気にならない。
私は最低の人間だ。
深夜、家族からメールが来た。
祖母がコロナで亡くなった。
先日まで元気だと聞いて安心していたのだけれど。
来れるかとは聞かれなかった。
土曜日は給湯器の工事があるし――――何より交通費が私には無い。
祖母は強い人だった。自分に厳しく他人に優しい人だった。ユーモアがあって良く気が付く人で――――苦労していることなんて微塵も見せないカッコイイ人だった。
私が辛いとき、悲しい時、そっとお小遣いをくれるその不器用な優しさが好きだった。
痛みには慣れている。
貧乏なことに負い目など無い。
でも――――私は一体何なのだ。
別れに立ち会うことも出来ない。
何も返すことが出来ない。
自分の身体すらままならず
気を遣ってもらわなければ働くことすら出来ない。
みじめだ。本当に。
わかってはいる。生きていることが素晴らしいのだと。
私もみんなに生きていて欲しいと思っているから。それ以外求めてなどいないから。
でも――――ね、生きるのは辛いよ。
心を殺して 諦めて 普段通り 働いて 勉強して
そうしなければ生きていけないことが辛い。
少しずつ自分が鈍感になってゆくのが死ぬことよりも怖い。
そんなことを考えながら 冷たいシャワーを浴びて 絵を描いて 連載の続きを書いて……。
自分は最低だと思いながら、そしてその言葉すら響かなくなっている自分自身がどうしようもなく不気味で。
泣いているのに笑えるようになってしまった私がどうしようもなく嫌で。
でも、そんな自分が少し頼もしく思えてしまう矛盾が私の本質。
結局私はどこまでも冷たい人間なのだと思う。
自虐ではない。ただそうなのだと思っている。
夏はあまり好きではない。
私の大切なものを奪ってゆくし
そのたびに冷たい私の本質を見せつけられるから。
わずかに残った心の熱すら感じられなくなってしまうから。
温かいシャワーを浴びて こんなエッセイを書いている
本当に最低だなと思いながら。
それでも何も無いよりはマシなのだと言い聞かせながら。