7 私が偽物だから
帝の訪問からしばらく経ち、身辺も少し落ち着きを見せてきたころだった。
「尚侍さまは蔵人頭さまにお会いになってはいかがでしょうか」
いつものように大量の書状を持ち込んだ丹羽局が淡々と告げた。
「尚侍は、後宮における帝の側近であるとすれば、蔵人頭は表の政における側近です。今までのように引きこもらず、尚侍として動かれるのであれば、避けては通れますまい」
「そうですね……」
松緒は、かすかに残る「蔵人頭」の記憶を掘り起こそうとした。
前世の記憶によれば、彼も攻略対象のひとりで、性格は実直かつ真面目……しかし家柄はいいものの、父を早くに亡くしたために出世が遅れてしまった、なかなかの苦労人というキャラクターだった。ルートとしては、比較的穏やかに愛を育める……いわばグランドロマンスだらけのルートの中でも箸休め的な……甘いものだけ食べるのも飽きてしまうので、ほっとするお抹茶も付けてみました、みたいな印象は残っている。
松緒が覚えているのはそれぐらい。前回の御簾越しの対面の記憶などきれいさっぱり吹き飛んでしまっている。
「蔵人頭の長家さまは非常にお忙しい方です。こちらにもなかなか参れないでしょう。かぐや姫さまは、かの御方とやりとりはされていらっしゃいますか?」
「いいえ……」
「あの、丹羽局さま……」
傍らにいた相模が、眉根を寄せながら、こそこそと丹羽局に耳打ちした。
「……は?」
信じられないような視線を感じた松緒は、さらに顔を見られまいと扇を持ち直した。
「一切! お返事を! これまでされていないと!? 出仕前はともかくとして、今はいわば同僚のような立場の方ですよ! それを無視して、なんとしますか! あなたさまは尚侍としての御自覚がおありか!」
「……先日のお見舞いの返事は書きました!」
「それだけで、人間関係を攻略できたとお思いかっ! 足りませぬ足りませぬっ!」
「ひいっ!」
丹羽局の圧に負けた松緒は、ついつい「かぐや姫」を忘れて素になりかけた。
危ないと冷や汗をかくものの、丹羽局は違和感に気付かない。
しばらく思案した様子の丹羽局は、結論に至ったのか、大きく息を吐きだすと、
「かぐや姫さま。ご覚悟なさりませ」
真剣な声音に、松緒も固唾を飲んで耳をすませた。
「いずれは通らねばならぬ道。そのうち、ご案内せねばと考えておりました。わたくしめも同行いたしますし、日時の算段もつけましょう。かぐや姫様は、蔵人頭さまとお言葉を交わさなければならないのですから」
「それは、すなわち、どういうことでしょうか……」
見えているようで見えない話に困惑して尋ねれば。
「こちらから、蔵人頭の長家さまに会いに行くのですよ」
「会いに……」
「ええ。かぐや姫さまは、この室を出なければなりません」
「かぐや姫」は出仕してからというものの、与えられた殿舎からはまったく外に出ない。
顔を見られたら、松緒が「かぐや姫」でないことが明らかになってしまう。
先日も……真意はわからないが、かぐや姫の正体を看破した男と出会ったばかり。幸いに、まだ正体が世間に知れたわけではないが、わざわざ目立つ真似をしたくなかった。
「そんな……」
「姫様……」
松緒も、女房の相模も、困り果ててしまった。
「……それほど、ご自分の顔を恐れていらっしゃるのですか」
ふと、丹羽局がそう尋ねてくる。
「まだ実際に拝見したことはございませんけれども、尚侍さまのお噂は耳にしたことはございます。女であれば、美しさは武器になりましょう。しかし、あなたさまは美しさを誇るよりも、恐れていらっしゃるように見えますが」
「それは……」
――私が「偽物」だから。
言いたい言葉をこらえる。
「……人は勝手に期待して、勝手に落胆するものでしょう?」
「そうでございますね。身勝手なものです。……ただ、お気持ちは少しばかりわかりました。では、こういたしましょう」
丹羽局は、「かぐや姫」にある策を授けたのだった。




