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5 そなたの秘密を知っている

 書状や書簡が積まれてからしばらく経つと、丹羽局が松緒の元へやってきて、仕事のやり方を一通り教えていった。

 丹羽局の元には、宮中にいる貴族たちから後宮内に届く文や嘆願書が届くほか、様々な部署からの報告書が上がってくる。それぞれの内容に合わせ、帝に報告をあげるもの、内部で処理をするもの、自ら返書を書くものなどに選り分け、女官たちに指示を出す。


「これはまだ一部でございますよ。簡単そうなものだけお持ちいたしました」

「……そなたは、きちんと眠れていますか」

「灯りの油がもったいないですからね。夜は寝ています」


 つまり、それ以外はほとんど働きづめということだ。聞けば、一年以上里下がり(実家に帰ること)ができていないとのこと。


「わかりました。わたくしもそなたの負担を減らせるようにしましょう」

「よろしくお願いいたします」


 丹羽局はまだ「かぐや姫」に対して猜疑心を持っているようだった。今まではさぼり魔のように見えていただろうから仕方ないと思う。自分の働きで認めてもらうしかないのだ。

 松緒は後宮で働く女官の名簿を求めた。自分の下にいる部下たちのことぐらい、多少知っておかなければならないと思ったからだ。

 丹羽局は少々驚いた様子だったが、了承した。


「ところで丹羽局。この、女官の家族から来ている嘆願書が気になっているのですが、これはなんですか?」


 松緒が渡した書状に目を通した丹羽局は、ああ、と低い声になる。


「後宮で何ができるわけではございませんが、帝のお耳には入れたほうがよいことですね。近ごろ、都には妙な薬が流行っているのです。見た目はただの粉薬なのですが、飲めば極楽浄土に行って帰ってきたような心持ちとなり、やみつきになってしまうのだとか」


 ――麻薬みたいなものかな。

 

「物騒ですね……」


 ええ、と丹羽局はため息をついた。

 

「老若男女問わず、それこそ身分も問わず、流行っているようですね。それこそ朝廷の方々も、こっそり愛用されていた方がいらっしゃったようで……。ただ先日、前参議さきのさんぎの方が、服用のしすぎでお亡くなりになって以降、その薬は使用禁止となりました」

「そうなのですか。それでこの書状を……」


 嘆願書を書いた女官の家族が、薬を飲みすぎで、錯乱状態になっているという。医者に見せるため、給料の前払いを嘆願したいというのがその内容だった。

 前払いは可能だろう。だが、副作用でボロボロになった身体は戻らない。


「知らぬ間に、後宮内にも入り込んでいるかもしれませぬ。かぐや姫様もお気をつけくださいませ」

「わかりました」

「それと、こちらは口頭でのご報告なのですが」

「なんでしょう?」

「先ほどこちらに伺う時、野良陰陽師がかぐや姫の元へおたずねになるとおっしゃったので、首根っこ捕まえて、追い出しておきました。御承知おきくださいませ」

「野良陰陽師?」


 野良犬に対するような言い方だった。

 丹羽局は口にするのも嫌そうに、


晴明はるあきらでございますよ。かぐや姫様を『気に入った』ようです。……まさかあのような輩を寝所に入れたわけではございませんよね?」


 帝を袖にしておいて! と言わんばかりである。


「そのようなことはありません」


「寝所に入れる」という表現は……まあ、あけすけな言い方ではないが、そういうことだ。だから嘘は言っていない。ただ、「かぐや姫」の居室に入ってきたことはあるので、なんとなく気まずい。

 丹羽局が退出した後、松緒はまた書類仕事との格闘を再開した。


 ――仕事はたくさんあるけれど、気が紛れていい。姫様のためにもなるもの。


 夜になると、傍仕えの女房たちを先に眠らせた。頼りない明かりの下、机に向かい、黙々と書状に目を通していく。自分ならばだれにどのように指示を出すか、考える。

 数回夜を繰り返すうち、松緒はどのように宮中が動いているのか、書面を通してなんとなくわかってきた。

 後宮自体、ひとつの組織なのだ。どこから要望が生まれ、企画が立てられ、人が動いていくのか、その構造は現代の企業や官僚組織と似通うところがある。

 そうなると、事務仕事の省略を考えたくなるのが、元OLとしての思考である。

 前世の松緒は、いかに残業を減らすためにさぼりながら仕事をするのか、そればかり考えていたのだ。

 少しのノウハウを駆使すれば、丹羽局の仕事も減らせ、身代わりが終わった後のかぐや姫の負担も減る。まさにウィンウィンの関係だ。

 頭の中で考えを巡らせていた松緒は。

 そのために、背後から忍び寄る人影に気付けなかったのだ。


「かぐや姫」


 甘い声で呼ばれたのは、今はいない主人の名。

 首の後ろから手を回され、抱きしめられているのは、松緒の身体。

 一瞬、頭が真っ白になった松緒は、とっさに灯台あかりだいについた火を吹き消した。顔を見られないために。

 相手は男。大柄と思われる。

 一度、内部に入り込んだあの陰陽師かと一瞬疑うも、声は別人のように思われた。

 松緒は震えながら「どなたですか」とかぐや姫として答えた。

 男は耳元でフ、と笑う気配がする。男が身に纏う香の匂いが辺りに充満している。


「わたしは、そなたの秘密を知っている」

「秘密……? 何のことですか」


 毅然として言い返せば、「気丈な女だな」と声が返ってきた。


「実は、先ほど、灯りに照らされた、そなたの顔を見ていたのだ」


 それは思いも寄らないことで、体中の血の気がざっと引いた。

 

「かぐや姫は絶世の美女と聞く。なのに、こっそりのぞいてみれば凡庸な女がそこに座っていたよ」

「あ……っ」


 声にならない。

 だれだ。この男は、だれだ。

 笑みを含んだ声のまま、男は後ろから『かぐや姫』……松緒の手を取った。今や振りほどく気力もない。


「そなたは……かぐや姫の『偽物』だな?」

 

 そうして、決定的な一言を放ち、松緒の身体は今度こそ凍り付いたのだった。

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