48 誘拐
「お人払いをお願いできますか」
夜に入ってすぐのこと。
行春が、尚侍の居室までやってきた。
松緒の傍にはたまたまだれもいなかった。
最近は宮中にも頻繁に「不死の妙薬」の摂取によって暴れる者が続出しており、そのたびに何が起こっているのか、だれかに様子を見にいかせることが多かったのだ。
彼らは目先の快楽を手放したくないあまりに、だれにも言わずに、普通の薬を飲むようなふりをして、くだんの薬を摂取する。ばれたらばれたで、相手を巻き込み、相手をも薬漬けにするという案件もあった。
「なぜ人払いをしなければならないのですか」
「大事な用なのです」
「内容をお聞かせいただけますか」
「……内密のことにて」
松緒が慎重に答えたが。
御簾が、大きくたわんだ。
ぬるりと男の影が入り込んでくる。
「なるほど。……おひとりですね」
「入ってこないで!」
松緒は気づかなかったのだが、行春はひとりで来たのではない。供を連れてきている。その男が無遠慮にも中に入ってきたのだ。
「これはどういうことですか、行春さま!」
「それは……」
御簾向こうに留まったままの行春が口籠る。
松緒は塗籠に閉じこもろうとしたが、それよりも早く、男が松緒の体を捕えた。
「『姫様』ごっこはもう終わりだ。見るに絶えない」
低めの声にはなにやら聞き覚えがあった。
「……まさか。あずま、ですか?」
「さよう。あなたにも極楽を見せてさしあげますよ」
男の風体をした「あずま」が、松緒の口をむりやりこじ開け、さらさらとした何かを飲ませようとする。
必死にもがいたけれども、松緒の力ではどうにもならず。喉の奥に粉末が吸い込まれていった。
「「不死の妙薬」の味はいかがですか。……おまえの大好きな「かぐや姫」が見出した薬だから、ありがたいだろう?」
松緒は、もう何も言えなかった。
口が痙攣して思うように動かない。視界は歪んで涙がこぼれ、がくがくと両足が震えて男に寄り掛からねば立っていられない。
松緒の体からがくりと力が抜けると、男は慣れた様子で持ってきた袋に松緒を入れて、肩に担いだ。
そして、何食わぬ顔で、行春の供を装い、夜に紛れて後宮を出て行った。
幸せな夢を見た。
松緒の姫様が傍にいて、一緒に箏を弾きましょうという。
殿方から届いた恋文の返しをどうするか、ああでもないこうでもないと話す。
夜空に浮かぶおぼろ月を眺め、風や虫の音に耳を澄ませた。
「この松緒は、姫様に拾っていただいた身です。姫様の行くところならば、どこにもついて参ります。だから」
――捨てないでください。
松緒は懐かしい「姫様」へ手を伸ばしたのだが、掴んだのは、狩衣の袖。
「姫様」は、優しく松緒の手を振りほどき。
「ぼくは松緒を連れていかないよ。そう決めたんだ」
「どうしてですか!」
泣き出す松緒の眦を、男の姿をした「姫様」が優しく拭うも、問いには答えない。
「松緒は、ぼく以外にも大切なものを作ったほうがいいんだ。『偽物』のぼくよりも。……ぼくは幽霊なんだよ。この世にいちゃいけなかったんだ……」
姫様の姿も声も遠ざかっていく。
何も見えなくなった。




