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46 腹祭り

 その日も里下がりが長引く丹羽局に代わって、蔵人頭長家が尚侍ないしのかみの手伝いに来ていた。


「これさえ終われば一段落できましょう。もう少しですよ」


 仕事は心折れかける量だったが、そのたびに長家の励ましで持ち直す。長家には蔵人頭としての職務もあるので、松緒以上の激務をこなしているのに。


「そうですね。励みます」

「……なにか、気にかかることでもあるようですね。少しお声が沈んでいるように聞こえます」

「そのように聞こえていましたか?」

「それはもう。お顔を拝見できずとも、側にいたらわかることもあります。お悩みのことがあれば、相談に乗りますよ」

「お気遣いいただきありがとうございます」


 かぐや姫のことで悩んでいたのが態度に出ていたらしい。これでは身代わり失格だと気合いを入れ直す。

 松緒の強固な妄想により出現する「イマジナリー姫様」も、本物の姫様と再会して以来、うまく思い描けなくなってしまった。

 尚侍の仕事は大変だけれども、気が紛れてちょうどよかった。


「身の回りであまりよくないことが立て続けに起こっているので、気が滅入っているのかもしれません」

「そうでしたか。生きていればそのようなこともありましょう。なにか、尚侍さまがお気に召すような笑い話などお話しできればよいのですが、あいにくの粗忽そこつもので……」

「粗忽者などとおっしゃらなくとも。真面目なところが長家さまの良いところなのですから」

「しかし……」


 隔てに使っている御簾向こうがふと沈黙したと思えば。さらさらと衣擦れの音がした。


「仕方ありません。かくなる上は腹踊りを」

「ちょ、ちょっと、長家さまっ!」

「止めてくれますな。この際ですので、私の新たな一面をお目にかけたく。油断しがちな腹を見せるのは若干の恥ずかしさはございますが」

「い、いいいい、いい、です! 無理なさらないで! 己を大事になさって!」


 御簾向こうで腹を出すために着崩しているかと思い、松緒は慌てていると。


「……おや。裸祭りですかネ」


 長家ではない、別の声が響いた。

 だれにも呼ばれていないのに、いつも来てしまうピンク髪陰陽師の晴明はるあきらである。

 松緒は嫌な予感がした。


晴明はるあきら殿、本日は鈴命婦すずのみょうぶは来ておりませんよ!」

「いえ、ワタクシはただ尚侍サマに会いにきましたヨ。来てみれば、蔵人頭サマが何やら半裸になっておられる。……フム。それでは空気を読んでワタクシも」

「やらなくてよいですっ!」

「フッ……。これでも陰陽師という体力仕事を生業なりわいにしておりますので、修行で鍛えているのですヨ。ぜひ尚侍サマにはご覧になっていただきたく」


 楽しそうな声のピンク髪陰陽師。こちらからも衣擦れの音が。

 一方の長家は無言だった。


「……長家さま?」

「尚侍さま。私は勢いに任せて何をやろうとしていたのでしょうか……」


 他人の姿を見て、一周回って冷静に戻ったらしい。

 

「大丈夫です。まだわたくしは何も見ておりません。見ていなければ、なかったのと同じことです」

「……そうですね」


 再び、長家が着崩れを直すための衣擦れの音がしたと思ったのだが今度は。


「……そなたたちは女人のすぐ近くでなぜ裸になっているんだ」


 東宮の呆れた顔が目に浮かぶようだった。

 物別れで終わって以来の対面なので、思わず身構えてしまう。

 まさかここで東宮が訪ねてこなくてもよかったのに、さらにことはややこしかった。


主上おかみ、残念そうにしていてもだめですからね。いそいそと脱ごうとしなくてよいですからね」

「そうか」


 東宮だけではなく、帝まで来た。

 客人が続々と訪れる。まさに千客万来せんきゃくばんらいといった様相になってきた。

 醜態を晒すまいとした長家の顔がどんどん青くなっていくのが、視界に入らないにも関わらず、ありありとわかってしまう。


「ど、ど、どうして、こちらへ……?」

「そなたたちを労うために餅を持ってきたのだが……うむ、ここにも餅があるな」

主上おかみ、さすがに蔵人頭の腹肉を掴むのはやめてさしあげてはいかがですか。気の毒です」

「おお、晴明はるあきらの腹は硬そうだなあ! 岩のようではないか!」

「陰陽師ですカラ!」


 挙動不審の長家に、楽しそうな帝。いさめる東宮に、暴走する晴明。


 ――今、目の前ではどんな光景が繰り広げられているのかしら。

 

 松緒には収拾不可能なので、互いの腹の具合を確認する謎の儀式が終わるのを待った。

 

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