45 これもゆめだもの
「あずま」と名乗る男についていくと、邸の中央に通された。
御帳台の中で、姉は横たわっていた。
手は枯れ木のように細く、頬はこけてやつれている。
「姉上」
そう呼ぶと、目蓋が開いた。ひび割れた唇が、「あ……」と言葉にもならない音を紡ぐ。
そして……童のように、にっこりと笑った。
それは久しく見たことのない、姉の笑顔だった。
「ゆきはる……」
「姉上」
変わり果てた姉の姿が哀れで、行春は姉の元ににじり寄る。
「しあわせな、ゆめをみていたの。ちちうえとははうえがなかよくて、わたくしがいて、あのこもいて……。ふふ、かなうわけないのに」
「姉上……?」
あの子、とはだれのことを言っているのか。
母も暴れる時、決まって「あの子」という言い方をしていたけれど。
「あの子とは、だれですか」
「さあ……? なはしらないわ」
姉は何か幸せな妄想をして、気を紛らわせているのだろう。行春はそう思った。
「ねえ、いまごろどうしてきたの」
その問いに、行春は黙り込むしかなかった。
「やまいにかかったものからにげる。ちちうえとおなじくおまえはそういうにんげんでしょうに」
「姉上、私は……」
姉の顔を見た段階で、行春の用はもう済んでいたから、言いよどむ。
「いいわ。これもゆめだもの」
「……え」
「ごくらくのゆめはここちよいのよ、ゆきはる。でもおまえにはもったいないわね……」
姉は再び目を閉じ、すうすうと寝息をたてはじめた。
行春は、姉の枕元の陰に、薬包紙が散乱していることに気付く。手に取って、匂いを嗅ぐ。
彼は、近衛少将。武官だ。当然、近ごろ都を騒がせる薬のことも、母をむしばんでいたものも知っていた。
「これは」
「気づいてしまわれましたか」
無音で、行春の首元に己の太刀が突き付けられた。ぬうっと背後から案内役をした「あずま」が現われた。
「都人は不用心がすぎるな。幾度も縊れる機会があったぞ」
「おまえは……」
「ちょうど、宮中の協力者を増やしたいと思っていた。おまえは御しやすそうだ」
「なんだと……!」
「おっと。姉君がどうなってもよいと? 父君に叱られるのでは? あなたは養子ですからね。いくらでも代わりがいると思いませんか」
行春は無言になった。話すのもわずらわしかった。
「こっそり注進しようとしても無駄だぞ。監視の目は宮中にもある」
男は、周囲をさっと見渡した後、行春の耳にこう囁いた。
「まず頼みたいことがある。……宮中にいる「かぐや姫」。あれを連れ出してもらおうか」
思いも寄らぬことに、行春の身体が震えたのだった。




