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40/53

40 世界で一番かわいいから

一時的に40話となるべき内容が38話として掲載されていました

現在は修正し、正しい38話が掲載されています

よろしくお願いいたします

 ――殺してよろしいでしょう?

 ――いけません。

 ――なぜですか。この女はあなたの邪魔をしますよ! 現に今も……!

 ――いけません。

 ――そんなに大事なのですか。この私よりも……? 

   教えてください。あなたの心には一体、だれがいらっしゃるのですか。

   私は、いつ、あなたに触れられるのですか。

 ――とにかく、この子には手を出さないでください。



 

 松緒は目を開けた。

 ぼんやりと、かぐや姫と男との会話が思い出せた。


 ――男。だれ……?


 聞き覚えがあるようなと思いながら、体を起こす。

 松緒は、六条の邸でかぐや姫の奏でる箏の音を聞き、我を忘れた。油断していたところに、袋のようなものをかぶせられ、そのまま縄で巻かれて、荷物のように背負われてどこかに運ばれたのだ。

 ただ、しっかり起きていたはずの松緒は、緊張と疲れと寝不足でいつしか眠ってしまっていたのだった。


「松緒」


 背後から聞こえた甘い声に、松緒の魂は震えた。

 両腕をつっぱって体を起こし、振り向くと。


「……姫様」


 焦がれた再会はあっけないものだった。


「どうしてそのような格好を……?」


 かぐや姫は、男が着る狩衣を纏っていた。しかも、あんなに美しかった黒髪は背中の途中で切ってしまったのだろう、烏帽子にまげがおさまっている。

 松緒に向ける微笑みだけは、以前のままだった。


「まるで、男のようではありませんか……」

「男のような、ですか」

「……はい」


 そうですね、とかぐや姫は告げ、次の瞬間、


「男のようなもなにも、本当に男だったら?」


 別人のように冷えた声で言われて、松緒の背筋が凍った。


「え……? 何をおっしゃって」

「『かぐや姫』の言動や振る舞いはすべて演技。体は女だとしても、心は男で、周囲をすべて欺いていたなら、松緒はどうする? ――それでも、地獄までついていく?」

「そ、それ、は……」


 やっと会えたかぐや姫。なのに、かぐや姫の言っていることがわからない。


「松緒も東宮から聞いたよね。不死の妙薬のこと。気持ちよくなってしまう薬のこと。庶民ばかりでなく、貴族も狂わせてしまった魔性の薬。あれを流行らせたのはかぐや姫だよ」

「そ、そんなはずは……姫様、嘘だとおっしゃってください……」

「かぐや姫には望みがあった。そのために、必要なことだった。やりすぎて、宮中からお咎めが来そうになったから、逃げた。松緒、君は置いていくことにした」


 ふいに「姫様」は顔を歪ませた。


「泣かないでよ。ぼくが泣かせたみたいだ。君が追いかけてきたから知る羽目になったんだよ。知らないままでよかったのにね。幻滅しただろう? 君のかぐや姫は幻想なんだから」


「姫様」が、松緒の肩を優しくさすった。


「それでも」

「うん?」

「それでも松緒の姫様はひとりだけ。あなたさまだけなのです……!」


 胸の辺りの衣を縋るように掴み、重ねて懇願する。


「姫様、一緒に帰りましょう……?」


 かぐや姫は、慈愛の眼差しで松緒を見下ろしたけれど。

 

「どこに帰るの」


 きっぱりと告げられる。


「大納言家に戻っても居場所はないし、尚侍ないしのかみをやるつもりもない。罪を犯した僕を東宮は見逃すまい」

「それは! それなら……松緒も連れていってください! 置いていかれるのはもう嫌です! 松緒は姫様がいてくださらないと……」

「連れていかないよ」

「どうして!?」

「松緒が世界で一番かわいいから」


 松緒の全身から力が抜けた。


 ――私、今、何を言われた?


 混乱した。姫様は姫様だけれども、これまでの姫様は演技だったというし、姫様の心は実は男だったという。男な姫様が松緒をかわいい、と……?


「もう僕を追いかけるのはやめるんだよ。それが言いたくて、ここに連れてきたんだから。これで会うのは最後だし、身代わりもやらなくていい」

「そのようなことを、おっしゃらないでください」


 かぐや姫は困った顔になる。


「そうだね。……君なら、きっとそうだろうと思っていたよ」


 狩衣姿のかぐや姫は、唐突に動いた。

 頬に熱いものが当てられる。姫様の唇だと気がつくまでに何秒もかかった。

 幼馴染の女房の目が呆然と見開かれるのを確認したかぐや姫は、すばやく懐から布を取り出し、松緒の口と鼻に当てた。

 気を失った松緒の体が、くたりと力を失う。

 かぐや姫は松緒の体を横たえて、その寝顔をじっと見下ろして、小さく呟いた。聞こえていないだろうと知りながら。

 

椿餅つばいもちを、一緒に売ってあげられなくて、ごめんなさい」

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