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4 働かざる者は……

「『姫様』。やはりこのままでは難しいかと……」

「そうですね。いろいろと誤魔化しては来ましたがさすがに苦しいですね……」


 几帳を何重にも囲った薄暗い空間での密談の結論で、そういうことになった。

 「かぐや姫」が賜ったのは「尚侍」《ないしのかみ》という官職だ。

 そう、官職なのである。


「帝の寵愛を受けることもある地位で、実際にそういう「扱い」をされていれば、みな納得するでしょうが、『かぐや姫』はそうではありません。この地位に留まり続けるのは問題がありますよね……」


 尚侍は帝が後宮にいる時の秘書役ともいうべき立場で、帝の命令文書を取り扱うこともある。内侍司ないしのつかさと呼ばれる、宮中の儀礼を扱う部署の長官かみでもあるのだ。

 官職もらっておいて、仕事をしないのはいろいろとまずい。もし「かぐや姫」が戻った時、宮中に彼女の居場所がなくなってしまう。史実の平安時代と同じく、この世界でも人からの評判がものを言う。狭い世界なのだ。

 本来なら適当なところで宮仕えを辞めてしまいたいし、官位も返上したいのが本音だ。ただ、その場合、父桃園大納言が怖すぎる。冗談ではなく、太刀で一息に……なんてことになりかねない。

 大納言は毎日のように「かぐや姫」のいる殿舎にやってくる。人の目があるのであたりさわりのない話ばかりして帰っていくのだが、毎回、鬼のようにぎらつく目が怖い。

 本物の「かぐや姫」を探させているとのことだが、成果がないらしい。

 このまま「かぐや姫」が帰ってくるのを待つ、という戦法は使えないのだ。


「がんばって働こう……」

「そうしてください、『姫様』……」


 かくして松緒は働くことを決意した。

 内侍司の長官は尚侍であるが、現状は次官がその役目を代行しているため、松緒はさっそく次官を務める女官を呼び出すことにした。

 現れたのは、丹羽局にわのつぼねと呼ばれている、しっかり者といった風情の漂う女だった。少しうねった白髪頭と強く引き結ばれた口元が印象的である。

 開口一番、彼女は言った。


「今ごろ、わたくしめを呼び出されるとは、何をお考えなのでしょうか」


 ――ですよね。


 仕事一筋で生きてきたような彼女からしたら、かぐや姫は仕事もしなければ、帝の寵愛を受ける気もなく、何のために後宮にいるのかわからない役立たずである。

 美女との鳴り物入りで宮中入りしたものの、本人は表に出てこないし、何をするわけでもない。いろいろな期待をされていただけにかぐや姫の評判は日に日に悪くなっている。ほかでもない、松緒のせいで。

 桃園大納言が先日、四人の男たちと対面させたのも、そのあたりの評判を慮ってのことだろう。彼にしても、心中おだやかではないはずだ。


「女のわたくしめでも、御簾越しの対面となり、直にお顔を拝見することは叶わないとは恐れ入りました。それで、御用件は?」


 彼女の身から発せられる怒りに、松緒もひるみそうになる。

 いつも伝言役をする女房が腰をうかせて、丹羽局に何かを言おうとしたのだが、『かぐや姫』はそれを制した。どきどきとする心臓を落ち着かせながら、口を開く。


相模さがみ。御簾をあげて、こちらへ通して差し上げて」

「『姫様』……!」


 相模が驚いた顔で一瞬、松緒を見るも、視線を受けて黙り込み、『かぐや姫』の命じたとおりにする。

 宮中に入ってから、実家の桃園第から連れてきた者以外に声を聞かせたのはこれが初めてのことだった。

 丹羽局は衣擦れの音を立てて、相模の上げた御簾の下をくぐって中に入り、「かぐや姫」のいる居室の様子をぐるりと見渡してから、用意された円座わろうどに座る。

 松緒は手に持つ檜扇で額までしっかりと顔を隠しながら、丹羽局と相対した。


「丹羽局。そなたには申し訳なく思っております。本来であれば、尚侍としてお役目をいただいた以上、真っ先にそなたに挨拶しなければならなかったのですが、無知ゆえに怠っていたことを、お詫びします」


 沈黙からややあって、丹羽局は淡々と答えた。

 

「いえ、そのことは特に気にしておりません。先代、先々代の帝にお仕えした時の尚侍さまもそうでしたから。あの方たちは、ほとんど妃と同じでございました。そうであれば、お役目を代行するのもわたくしめの責務にて。わたくしめは、あなたさまも、同じように帝の寵愛を受けられるものと思っておりましたが」


 今の帝にはだれも入内されておりませんので、と丹羽局は付け加えている。

 貴族たちが自分の娘を差し出したくとも、帝はどれも断ってしまうとのことだ。そんな彼が唯一心ひかれたのが、「かぐや姫」なのである。丹羽局が期待したのも無理はない。

 

「そのことは、宮中入りを打診された際に、はっきりとお断りしております」

「殿方の寵愛を得たほうがよろしいかと思われますが。今でもなにくれと主上おかみが文を送り、訪ねていらっしゃるのをむげにされるのはいかがなものかと」


 そんなぞっとする話をしないでほしい。松緒はあくまで身代わりでしかないのだ。


「寵愛など不確かなものでしょう。丹羽局さまもそれがわかっているから、結婚されていても出仕されているのでは? 頼りない身の上だからこそ、よりどころはいくつもあってもよいのです」


 丹羽局は何かを逡巡しているようだった。


「宮中入りしてから、だれもわたくしに尚侍の役割を教えてくれませんでした。それはそなたが有能だったからでしょう。だれもそなたに不満を持っていないのです。……わたくしは、そなたの手腕を学びたいのです。長年、宮中でしたたかに生きてこられた強さを見習いたいのです」

「……なるほど。お考えはわかりました」


 丹羽局は松緒へ頭を下げた。


「そのようにおっしゃるのであれば、尚侍がやるべき職務をお教えいたしましょう。……ご覚悟を見せていただきます」


 その後、丹羽局の配下の女官たちが、「かぐや姫」の居室に次々と書状や書簡を持ち込み、文机の上にこんもりとした山を作った。


 ――たしかに、覚悟、必要かもしれない。


 文字の羅列に眩暈がする心地になりながらも、松緒は丹羽局から回された仕事を必死にこなしていくのだった。


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