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31 仲良くなりたいです



 ――「あずま」が見られたのか?

 ――ええ、まあ。ただ、もう潮時かと。

 ――そうだな。十分に金は集まってきたよ。みな、快楽が好きだからね。

 ――我らの宿願はこれにて叶いまする。中央から虐げ続けられた我らの恨み、一族の恨みは……。

 ――それはよい。あぁ、でもまだもう少しだけ。

 ――何をなさるつもりで?

 ――ふふ。ちょっとばかりね。この世界が、あまりにも『気持ち悪い』から。


 


 寺社参詣を終えた「かぐや姫」はふたたび後宮に舞い戻った。


「お待ちしておりました、尚侍ないしのかみさま」


 文字通り、待っていましたとばかりに補佐の丹羽局にわのつぼねが山のような未処理の書状を抱えてやってきた。文机に置くと、さすがにやれやれといった表情をしていた。


「短い間にずいぶんと溜まりましたね……」

「ええ、まあ。いろいろとございまして」


 丹羽局は言葉を濁した。


「実は尚侍さまにお話ししなければならないことがございます」

「はい。なんでしょうか」


 丹羽局は居住まいを正して、深々と頭を下げた。


「しばらく宿下りをしたく存じます」

「えっ」


「かぐや姫」がくる前から働き詰めだと聞いていた彼女から、まさかそのような言葉が出てくるとは思わず、松緒は「何かありましたか?」と尋ねていた。


「驚かれるのも無理ないことです。わたくしめも、最後に宿下りをしたのが、一体いつなのかまったく覚えておりません……」


 ただ、と彼女は俯き加減で言葉を絞り出した。


「……わたくしめには息子がひとりおりまして。どうしようもなく出来が悪くて、尚侍さまにもお仕えできぬぐらいの者なのですが。……病にかかったとの文が参ったので、様子を見に行こうと思います」


 あまり状態が良くないため、宿下がりが長期になる可能性もあるのだと丹羽局は話した。

 

「それは仕方のないことですよ。さぞや心配でしょう。わたくしのことは己でなんとかいたしますから、気の済むまで宿下りをしていいのですよ」

「ありがたいお言葉です。でも……」


 なおも彼女は不安そうに、


「まだこちらに来て日が浅い尚侍さまをおひとり残してしまうことは、わたくしめの不徳の致すところでごさいます……『あんなこと』がありましたのに」

「あんなこと、とは?」


 含むものを感じた「かぐや姫」が問返せば、まだ彼女が何も知らないことを察した丹羽局が教えてくれた。


「尚侍さまがいらっしゃらぬ間に、尚侍さまの殿舎で犬の死骸が見つかったのです」


 宮中は特に穢れを嫌う。犬の死骸が見つかったとなれば、その場が穢れたこととなり、人が触れたら人目を避けて、物忌みをしなければならない。

 後宮は人も多いけれども、だからといって動物が入り込まないわけではなく、時々死体となって見つかることがあるのだ。

 松緒もそのつもりで聞いていたのだが、丹羽局が気になることを告げた。


「片付けた者から話を聞く限り、その犬には明らかに人の手による切り傷があったようです。血はすでに乾いていたとか」

「だれかが、わたくしに悪意をもって投げ込んだ可能性があるということですね」

「備えておくことに越したことはございません。良くも悪くも尚侍さまは目立つお方ですから……」

「わかりました。わたくしの方でも気をつけておきます」


 丹羽局はひとつ頷き、仕事の引き継ぎを終えて、まもなく宿下がりをした。


主上おかみにもお話しして、内侍所ないしのどころを手伝ってもらうための人員を割いていただくようお願いしております」


 丹羽局が最後の挨拶でこう言い置いていったので、どこかの女官が手伝いにくるのだろうと思っていたのだが。


「どうして、このようなところにいらっしゃるのですか?」

「丹羽局の代わりですので」


 御簾の下から書状を渡してきた顔に、松緒は気まずさを感じた。

 先日、「松緒」として会った男なのだ。あの時は東宮が機転をきかせたのではっきりと顔は見られなかっただろうが、それでもひやひやした気持ちになる。


「あなたさまは蔵人頭ではありませんか」

「だからこそ、ですよ」


 蔵人頭長家は、柔和な面立ちもさらににこにこと笑ませて次の書状を渡した。


「尚侍と蔵人頭は、表と裏で主上おかみをお支えするのですから。裏が困れば、表が助けるのは当然のこと……もちろん、多少の下心はありますよ」


 かぐや姫と仲良くなりたいです。

 さらりと告げる年上男の余裕に、松緒はめまいを覚えたのだった。

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