22 椿餅の思い出
宿下りの理由を乳母の見舞いと平癒祈願の寺社参詣ということにしているので、辻褄合わせも必要だろう。
――それに……やらなければならないことがある。
そんなわけで、都近くの寺院に行くことにした。松緒自身も姫様とともに何度も足を運んだことがあるため、懐かしい場所だ。
平地は牛車で移動し、山道と石段は徒歩でいく。
一応、松緒は布を垂らした笠をかぶり、お忍びの姫君という恰好をしているが、表向きには「かぐや姫」の名を出さない。束の間、松緒は身代わりの役目から解放されたというわけだ。
参道には人通りもあり、店も並ぶ。物売りの声もあれば、見物人を集める芸人もいる。小さな市のようになっているのだった。
「にぎわっていますね」
お付きとしてついてきた相模が、少し息を切らせながらも、興奮で頬を赤らめている。もうひとり、たつきもお付きとなっていたが、彼女もこの辺りまでは来たことがなかったのか、肩で切りそろえられた涼やかな髪先を躍らせるように周囲を見ていた。
「椿餅を売っていますよ。ぼく、買ってきましょうか」
「いいですよ。買ってらっしゃい」
相模がたつきに小銭を渡す。たつきは、箱を抱えた椿餅売りに突進していった。
その姿が、まるで昔の自分を思い出すようで、松緒の胸が少し苦しくなる。
――姫様、椿餅がお好きでしょう? 松緒が買って参りますね!
――本当? うれしいわ。
――買えましたよ! どうぞ、姫様!
――ありがとう。ふふ、美味しいわね。
かぐや姫はあまりにも美しく、そのため、人目から隠されるように育てられた。けれど、世間から隠れるようにしながらも、寺社参詣だけは許された。桃園第から離れられる、ほとんど唯一の時間で、松緒にとっては姫様と外出できる優しい時間だった。
「『姫様』、どうぞ!」
今は、たつきが、松緒に椿餅を差し出している。松緒は悲しみを押し殺して微笑んだ。
「ありがとう。もう少しで寺につくけれど、そこの木陰で少し休みましょうか」
「そうしていただけると助かります……」
杖を持つ手がそろそろぶるぶると震えてきていた相模は少し安堵を滲ませた。
「ぼくは、近くをもっとよく見てきてよいでしょうか?」
「あまり遠く離れなければいいですよ」
お駄賃代わりの椿餅を一口で飲み込んだたつきが、たたた、と駆けていく。しっかり者でませていると思っていたけれど、ああいうところはまだ子どもらしい。
相模は運よくあった切株に座らせた。はあ、と特大のため息がでている。
「昔来ていた時はそうでもなかったのに、私も年ですねえ」
「最近は後宮に籠りきりだから仕方がありませんよ」
「いいえ。やっぱり年なのですよ。だって、姫様も松緒も大きくなるぐらいに年月が流れて……。この辺りに来ると、いつも二人で椿餅をせがんでいたでしょう?」
相模も、同じようにかぐや姫のことを思い出していたらしい。
「姫様は、松緒が喜ぶからいつも椿餅を頼むんだっておっしゃっていましたね……」
「え、そうでした……? 私は、姫様の好物だとばかり」
特段、好きでもないものを押し付けていたかもしれないとわかり、松緒は焦る。相模はゆったりとした様子のままだった。
「椿餅も嫌いではなかったはずですし、姫様も別に気にしてはいらっしゃらなかったとは思いますけどね。ほら、松緒は思い込みの激しいところがあるでしょう?」
「う……」
相模に諭されると、ぐうの音も出ない松緒。
少し休憩もできて、興が乗ったのか、相模はあ、と何かを思い出した様子になった。




