21 怒りの桃園大納言
松緒が桃園第に帰ったら、やはりと言っていいのか、大騒ぎになった。
「愚か者めが! なぜ宿下がりをして参った! わしは許しておらぬぞ!」
「大殿……どうか! どうかお怒りをお納めくださいませ」
邸の女房たちは怒り狂う桃園大納言をどうにか止めようと必死だった。もちろん近くには太刀などを置かないようにしている。また勢いのままに抜き放たれたらたまらない。
松緒は深々と頭を下げていた。
――胃がしくしく痛んでいる気がする……。
ひそかに胃のあたりをさすりながら、どうにかこの修羅場を切り抜けることを祈るのみである。
――ぜんぶがぜんぶ、「あの人」のせいじゃないの? 「あの人」が現れるたびに私の寿命が縮んでいる……!
恨みがましくてたまらないのだが、確認しないことには進まない。
「申し訳ありません……! ですが、いても経ってもいられない、緊急の用件がありまして。人目の多い宮中では難しかったものですから」
これは相模にも言っていなかったことで、大納言を止めていた相模の目が松緒に向けられる。
大納言はぎろりと松緒を睨んだ。
「なんだね、松緒。それほど言うには、それにふさわしい内容であるようだな?」
松緒はぐっ、と詰まりながらも気合いを入れ直す。
「大殿。姫様は、まだ見つかっていないのですよね」
「無論だ。今もひそかに調べさせておる」
「大殿。驚かずにお聞きください。……先日の、庚申待ちの晩に、姫様は宮中にいらっしゃったようなのです」
「……なんだと?」
「長年姫様とともにいた、この松緒が申すのですから、間違いございません。姫様の、声が聞こえたのです」
「声だけか? 姿は? それはまことか?」
桃園大納言の驚愕と狼狽は、真実のように見えた。
「まことにございます」
「なぜ捕まえてこなかったのだ!」
「姿を拝見する前に声が聞こえなくなったのです! 松緒も会いとうございました! 会って、会って……。お話ししたいことは山のようにあったのですよ!」
実際には姫様に近づくどころか、松緒が悪い男に捕まったのである。
いろんな意味で悔し涙が止まらない。人目も憚らずおいおい泣き出す松緒に、なぜか桃園大納言は毒気を抜かれたように、どっかりと畳に座り込み、脇息にもたれかかって、ひらひらと松緒たちに向かって左手を振った。
もう退がれ、という合図である。
様子を伺っていた邸の者はほっとしたように動き出す。
松緒は、相模に支えられながら大納言の室を出た。
「言い方は悪いですが、よくやったと思いますよ。あれだけの態度を出せば、いくら大殿でもこれ以上お叱りにはなれませんし……。松緒、ここならもう大丈夫ですよ……あら」
相模は、この時はじめて松緒の顔を覗き込んだ。
「大殿の気が抜けるのもわかるわ。……ひどい顔よ」
そう言いながら、胸元から出した帖紙で松緒の顔面をごしごしと拭いたのだった。




