20 庚申待ちの後に
庚申待ちが明けた朝。
多くの人がようやく眠りについた後のこと。
宮中を守る衛士が、後宮の外れの草むらで倒れる人影を見つけた。
覗き込めば、男が目を見開き、口元から泡をふいたままで死んでいる。
奇しくもそれは彼の同僚で、昨夜から行方がわからず探していた者だった。途中まで共に警固の役目についていたのに、ふいにいなくなってしまっていたのだ。
衛士は数人の仲間を呼び、急いで遺体を外に運ばせようとした。
宮中に死の穢れは許されるものではないからだ。
衛士たちは持ってきた戸板に遺体を乗せる。その時、ぱさり……と何かが落ちた。
それは薬包紙に包まれていて、少し零れた粉は、日に照らされてきらきらと光る。
まさかと思って、舌先に含んだ衛士は味を確かめるとすぐに唾ごと吐き出した。
「『不死の妙薬』だ……」
彼が呟けば、周りの者も静まり返る。
すぐに上に報告しなければ、とみなの意思が一致した。
翌朝、松緒はいつも文をまとめていた文箱の上に見慣れぬ結び文を見つけた。ごわごわとした手触り。開けて見れば、心臓がどきりと跳ね上がる。
すぐさまぐしゃりと文を潰し、袖に隠した。相模に見つからないように。
『かぐや姫。秘密を知っているぞ』
昨夜、松緒はいなかった。庚申待ちの行事のため、戻らなかった。自室にて待機していた相模に客人がいないか尋ねてみれば、そんなものはいないと言った。
ただ、松緒の戻りが遅いので、丹羽局が探しに来た時、相模も近辺を探していたので、室を開けていた時があったという。
不審な文はその時に内部に入った何者かの手によって入れられたのだろう。
いつでも『秘密』を暴けるぞ、という無言の意思表示だ。
混乱しているうちに、丹羽局がやってきた。
「尚侍さまとはぐれた時には肝が冷えました……。わたくしめの不徳の致すところで申し訳ございません」
彼女は深々と頭を下げていた。
「あの後に、突然、様子がおかしい男が乱入してきたと騒ぎがございまして。尚侍さまにもしものことがあってはと……」
「尚侍さまはご自分で戻ってこられました。わたしはこちらで控えていたのですが、まさかそのようなことが起こっていたなどとはつゆしらず……」
傍らにいた相模が、丹羽局に応じるが、ふと松緒を見ると、
「尚侍さま。どうされましたか。あまりお加減が……?」
「え、ええ……」
松緒は曖昧な返事をした。
心の中は嵐である。大嵐だ。暴風と大雨がおさまらない。
気が気でないので、言葉もすべて上の空だった。
「ご自分のせいだとは思わないでくださいませ」
丹羽局はそう慰めた。
庚申待ちが明けた朝に、宮中に死人が出た話である。
相手は衛士だったとのことだが、中毒性が高いために禁止されたはずの「不死の妙薬」を大量服用したために死んだらしい。
今、宮中はその噂でもちきりなのだ。
「わかっていますよ。……ただ、わたくしはこれから主上に数日の宿下がりを願い出ようと思っています」
「……え」
その時の、茫然とした丹羽局の様子は忘れられそうにないだろう。まるでがっかりしたとでも言いたげだった。
「実は乳母の身体の調子が悪いのです。この際に、病の平癒を願って寺社参詣に出かけるつもりなのですよ」
「まことでございますか」
「はい」
松緒がはっきりと頷くと、丹羽局はいつものように淡々とした調子に戻る。
「承知いたしました。お帰りをお待ちしております」
そう告げて退出した。
傍にいるのが、相模だけになる。彼女は不安そうに松緒を見ていた。
「なぜ、急に……?」
それは、松緒を近くで見ていた彼女がずっと考えていただろうことだった。
「姫様の乳母は健在です。嘘をついてまで宿下がりする理由は……」
「ごめんなさい。言えないの」
「松緒。無理はしないで」
松緒は何も言えなかった。
相模にも、理由は告げられなかった。
三日後。
「かぐや姫」は慌ただしく宿下がりをした。




